耐ヒートクラック性

耐ヒートクラック性,被削性および耐腐食疲労割れ性を兼備させたダイカスト金型材
Die Steel for Die Casting with Higher Heat Cracking Resistance, Machinability and Corrosion Fatigue Cracking Resistance
田村 庸*
長澤 政幸*
Yasushi Tamura
Masayuki Nagasawa
山口 基
*
中 津 英 司 **
Hideshi Nakatsu
片岡 公太
Motoi Yamaguchi
**
Kota Kataoka
ダイカストはハイサイクル化や製品の大型化が進むにつれて,十分な金型寿命が得にくくなって
いる。そこで,ダイカスト金型の長寿命化のため,金型材の耐ヒートクラック性および耐腐食疲労
割れ性の改善を試みた。ヒートクラックを抑制するため,主要な炭化物の種類を変更し,固溶強化
を併用することで高温強度を改善した。同時に上部ベイナイト変態を遅延させることで靭性の低下
を抑制して,耐ヒートクラック性を改善した。より実態に近い腐食疲労試験方法を採用して評価し
た結果から,粒界炭化物の析出を抑制すれば耐腐食疲労割れ性を改善可能であることを示した。さ
らに,金型作製を容易にするために,被削性の向上も試みた。切削中に酸化物の潤滑作用が効果的
に働くように酸化物形成元素を制御した結果,被削性が向上した。
As reducing cycle time and upsizing of products advance in die casting process, the die life
has frequently been shortened. For the purpose of the prolongation of the die life, the authors
tried the improvement of heat cracking resistance and corrosion fatigue cracking resistance
of the die steel.
The high temperature strength has been improved by modifying the kind of principal
carbide and using solid solution strengthening. The toughness has been maintained at high
level by inhibiting the upper bainitic transformation. As a result, the heat cracking resistance
has been improved. The corrosion fatigue cracking resistance was investigated by a new test
originated with authors. The result was that the corrosion fatigue cracking resistance could
be improved by restraining carbide precipitation on grain boundary.
Additionally, the improvement of machinability was tried to facilitate the die
manufucturing. The machinability have got better by adjusting oxide forming element,
because the oxide works efficiently as lubricant in machining.
● Key
Word :ダイカスト,ヒートクラック,金型寿命
Code : DAC-MAGIC®
● Production
● R&D
Stage: Mass-production
く,さらに金型の材料費や製作費が高くなるとともに金型
1. 緒 言
製作リードタイムが長くなり,結果として生産性向上やコ
自動車業界では燃費向上を目的として車体の軽量化が進
ストダウンに逆行する場合が多い。一方,ヒートクラック
められ,大型の部品にまでアルミダイカスト製品が用いら
対策として金型温度を下げるために内冷を強化する方法も
れるようになっている。大型のダイカスト製品では鋳込み
有効であるが,金型表面と内冷孔との温度勾配が大きくな
量が大きくなるため,金型への熱負荷が増し,特に湯口付
るため,設計が適切でない場合には熱応力が増し,内冷孔
近ではヒートクラックが頻繁に発生する。また,ダイカス
周辺からの応力腐食割れが危ぶまれる。
ト製品のコストダウンのために成形リードタイムの短縮す
耐ヒートクラック性を改善するためには,金型材の高温
なわちハイサイクル化が進められている。ここでは金型の
強度と室温での延性・靭性を高めることが重要であり 1),
冷却不足により金型表面の熱負荷が増し,ヒートクラック
被削性の改善には,快削物質を組織中に分散させたり,工
がより少ないサイクル数で発生しやすくなる。
具と被削材との界面に生成するベラーグ(酸化物被膜)に
ヒートクラックの発生を抑制するために,JIS SKD61 の
よる潤滑効果を活用したりすることが有用である 2)。また,
基本鋼に種々の合金元素を添加した改良ダイカスト金型材
炭化物の析出した粒界が腐食の起点や亀裂の伝播・拡大の
を用いる場合がある。しかし,改良ダイカスト金型材は,
要因となるので,腐食疲労割れには粒界炭化物の生成抑制
焼入性や靭性を高めるために被削性を犠牲にする場合が多
が有効である。
* 日立金属株式会社 特殊鋼カンパニー
** 日立金属株式会社 冶金研究所
28
日立金属技報 Vol.26(2010)
* Specialty Steel Company, Hitachi Metals, Ltd.
** Metallugical Research Laboratory, Hitachi Metals, Ltd.
耐ヒートクラック性,被削性および耐腐食疲労割れ性を兼備させたダイカスト金型材
そこで本研究は,焼入れ,焼戻し工程において生じるナ
2 mmU ノッチを付与し,室温(297 ± 4 K)にてシャルピ
ノレベルの組織変化に踏み込んだ組成および組織制御に着
ー衝撃試験を行った。試験は各条件 3 本ずつ行い,その平
目し,組成および組織制御方法の改良によって耐ヒートク
均値で評価した。試験機は500 J のエネルギー容量のもの
ラック性や被削性を高め,かつ腐食疲労割れを抑制した経
を用いた。
緯を述べ,こうして得た改良ダイカスト金型材の性能を評
価しなおした結果に関して記すものである。
2. 4
組織観察および破面観察
マルテンサイトおよびベイナイト組織は,選択的定電位電
2. 実験方法
解腐食法(SPEED 法: Selective Potentiostatic Etching
by Electrolytic Dissolution Method)で組織を現出させた
2. 1
供試材
今回開発したダイカスト金型材は,SKD61 を基本成分
試料を用いて,電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM :
Field Emission Scanning Electron Microscope)にて観察
とした Fe に質量比で 5 %の Cr を含有する組成の改良鋼
した。結晶粒界は,FE-SEM での電子線後方散乱回折法
(以下,新改良鋼と呼ぶ)である。高温強度を向上させ,
(EBSD : Electron Backscatter Diffraction)を用いて得
かつ粒界析出を抑えるために炭化物形成元素を,靭性を向
られる結晶方位の情報をもとに,隣り合う結晶の方位差が
上させるために焼入性改善元素を,そして被削性を向上さ
15 °
以上の大角粒界を解析した。シャルピー衝撃試験片の
せるために酸化物形成元素を,それぞれ調整した。組成お
破面は,SEM を用いて観察した。
よび組 織 制 御 の詳 細 は後 述 する。 実 験 の比 較 材 には,
S K D 6 1 および日 立 金 属 の従 来 改 良 ダイカスト金 型 材
DAC®55 を用いた。
高温引張試験には,各成分を真空誘導炉にて10 kg 溶解
2. 5
ヒートクラックシミュレーション試験
ヒートクラック発生メカニズムの概念図を図1に示す。
ダイカスト金型ではアルミ溶湯が金型に接触したときに,
して作製したインゴットに,高温均質化処理および熱間鍛
表面が高温となって急激に熱膨張するため内部や周囲から
造を施した後,1,133 K に加熱して徐冷する焼なまし処理
拘束を受けて圧縮熱応力が負荷される。その後,水溶性離
を施した素材を用いた。その他の評価には,各成分を量産
型剤などで表面が冷却されたときには引張熱応力が負荷さ
用 大 気 アーク炉 にて溶 解 し, そのうち, 新 改 良 鋼 と
れるため,1 サイクルの中で圧縮・引張の熱応力が負荷さ
DAC55 はさらにエレクトロスラグ再溶解を施した後,す
れることになる。この熱応力が繰り返し負荷されることに
べてのインゴットに,高温均質化処理および熱間鍛造を施
より発生する熱疲労クラックがヒートクラックである。そ
し,1,143 K で焼なまし処理した素材を用いた。
して,ヒートクラックの発生を抑制させるために金型材に
要求される基礎特性は,高温での圧縮熱応力に耐える高温
2. 2
高温引張試験
試験片は,試験片の長手方向が素材鋼片の主鍛造方向
強度と,冷却時の引張熱応力による変形に耐える室温での
延・靭性となる。
となるように採取し,JIS Ⅱ-6 形試験片に準じた平行部の
そこで日立金属は,上記のヒートクラック発生メカニズ
直径 6 mm で標点間距離 30 mm の丸棒試験片とした。試
ムに基づいてヒートクラックシミュレーション試験機を開
験片を,300 mm 角ブロックを1,303 K から油冷した際の
発し 3),改良してきた。図2に試験方法の模式図を示す。
中心部の冷却速度に相当する速度(1,303 ∼ 803 K を約 40
試験方法としては,アルミ溶湯が金型に接触して金型表面
分,ベイナイト変態温度域 673 ∼ 523 K を約 30 分(平均冷
却速度 5 K/min))で焼入れした後,ロックウェル硬さ
HRCを42∼50に調質した。高温引張試験は,JIS法で823 K
に加熱し10 分間保持した後,初期ひずみ速度 0.286 %/min
(a)
Compressive
thermal stress
Temperature
Surface
of die
いた。
2. 3
シャルピー衝撃試験 試験片は,試験片の長手方向が素材鋼片の厚さ方向とな
るように採取し,1,303 K から300 mm 角ブロックを油冷
Temperature
Surface
of die
Low
で行った。試験は各条件 2 本ずつ行い,その平均値で評
価した。試験機は島津製作所製 IS-10T 型引張試験機を用
High
(b)
Tensile
thermal stress
Low
High
図1 ヒートクラック発生メカニズムの概念図
(a)Al溶湯の接触時(b)離型剤の吹き付け時
Fig.1 Schematic diagram of a heat-crack initiation mechanism
(a) contacting with molten aluminum alloy and
(b) spraying mold release agent
(a)
Test piece
(b)
した際の中心部の冷却速度に相当する速度で焼入れした
後,HRC42 ∼ 50 に調質した。SKD61 はさらに,試験片サ
イズで5 気圧の加圧ガス冷(1,303 ∼ 803 K を約 3 分,673
∼ 523 K を約 2 分(平均冷却速度 75 K/min)
)で焼入れし
た後,HRC45 ± 1 に調質した素材も作製した。それらの試
験片に亀裂の進展方向が素材鋼片の幅方向になるように
Induction heating
Heating up to 923 K
Water cooling
Cooling to 303∼323 K
図2 ヒートクラック試験の概念図 (a)加熱 (b)冷却
Fig.2 Schematic diagram of a heat-crack test during
(a) heating and (b) cooling
日立金属技報 Vol.26(2010) 29
が昇温する工程を高周波コイルにより試験片端面の中央部
試験片には,300 mm 角ブロックを1,303 K から油冷し
を誘導加熱することで再現し,その後,噴霧水冷却を行う
た際の中心部の冷却速度に相当する速度で焼入れした後,
ことで水溶性離型剤が吹き付けられて金型表面が冷却され
HRC45 の硬さに調質したものを用いた。試験は,各条件3本
る工程をシミュレートしている。このような試験方法を用
ずつ行い,亀裂発生サイクル数の対数平均で評価した。
いて試験片表面にヒートクラックが発生するサイクル数
および 4,000 サイクル後のクラック深さによって金型材の
3. 結果および考察
ヒートクラック特性を評価した。
試験片には,試験片形状で300 mm 角ブロックを1,303
3. 1
開発材の組織制御技術と基礎特性
K から油冷した際の中心部の冷却速度に相当する速度(引
ヒートクラック発生メカニズムと市場変化を背景とした
張試験に同じ)で焼入れした後,HRC を45 に調質した硬
金型材への熱負荷の増大を考慮して,特に高温強度を重視
さのものを用いた。
した金型材の開発を行った。
2. 6
特殊炭化物の析出強化によって担われている。しかし,炭
金型材として用いられる熱間工具鋼の高温強度は,主に
被削性試験
被削性の評価は,横型マシニングセンターで焼なまし状
化物は温度の上昇や高温での時間の経過とともにオストワ
態の素材を粗加工した後の工具損傷と,硬さをHRC45 に
ルド成長して析出強化量が急激に減少するため,オストワ
調質して模擬金型形状に仕上げ加工した後の工具損傷で
ルド成長が遅い炭化物の種類を選定する必要がある。ま
行った。評価に用いた模擬金型は,図3に示すようなダイ
た,単純に炭化物量の増加による強度の向上を狙った場
カスト金型に求められる高低差があり,連続した曲面で形
合,靭性が低下する。そこで新改良鋼では,金型材の使用
成されているオリジナルの形状とした。加工条件はDAC55
温度域で拡散速度が遅い元素からなる炭化物を主体として
の条件を用いた。
利用するとともに,高温でも強度を維持するために固溶強
化を併用した。
3.5 %NaCl
solution in
cooling hole
図5に,923 K での各試料の引張強さを示す。SKD61 に
比べて特殊炭化物を形成する合金元素量が多いDAC55 お
よび新改良鋼はSKD61 を上回る強度を示した。さらに主
300 mm
Repeated
load
200 mm
200 mm
図3 被削性テストの加工形状
Fig.3 Machined shape used in
a machinability test
Repeated
load
Test piece
図4 腐食疲労試験の概念図
Fig.4 Schematic diagram of
corrosion fatigue test
要な特殊炭化物の種類をDAC55 とは変え,固溶強化を併
用するために,Mo を高めて V でバランスを取った結果,
新改良鋼はDAC55 と比べても高温強度で高い値を示した。
一方,靭性は一般には強度とトレードオフの関係にあ
り,強度を高めると靭性が低くなる傾向にある。そこで,
新改良鋼では高温強度の改善方法として固溶強化を併用す
ることで靭性を損ないやすい析出強化の利用を減らしたほ
2. 7
腐食疲労試験
か,組織制御による改善も試みた。
金型の内冷孔割れは,金型にアルミ溶湯を鋳込んだ際の
図6(a),(b)は,SKD61 を2 種類の冷却速度で焼入
型締め力,鋳造圧力および熱応力が負荷された状態と,金
れした後の組織のSEM 写真である。ベイナイト変態温度
型を開いている際の応力が開放された状態が繰り返される
域の平均冷却速度が75 K/min の急冷ではマルテンサイト
疲労現象に腐食が作用して起こる,いわゆる腐食疲労割れ
単一組織となっているが,同平均冷却速度が5 K/min に遅
であり,単なる応力腐食割れではない。腐食疲労は,一定
くなると針状の下部ベイナイトおよびB-Ⅲ型と考えられる
荷重下では応力腐食割れが生じない程度の荷重でも発生す
粗大な上部ベイナイトが多く生成しているのが観察された。
ることから応力腐食割れと同じ方法で評価することはでき
また図6(c),(d)は,同一試料を別視野でEBSD 解析
ない。
して得られた,隣り合う結晶の方位差が15 °
以上の境界を
描いた大角粒界マップを示している。このマップから,マ
ルテンサイト→下部ベイナイト→上部ベイナイトと変化す
しては,治具で試験片外側から荷重をかけることで内冷孔
に各種の複合的な応力が負荷された状態を再現し,除荷と
負荷を繰り返すことで鋳造サイクルをシミュレートしてい
る。内冷孔には腐食を加速させるために3.5 %NaCl 溶液を
封入した。また,荷重はコンピューターによる応力解析を
用いて内冷孔表面に発生する引張応力を計算して決定し
た。そして,内冷孔表面の発生応力が1,000,900,800,
700 MPa のときの腐食疲労亀裂が発生するサイクル数を測
定した。
30
日立金属技報 Vol.26(2010)
0.2% proof stress at 923K (MPa)
そこで,実態に近い形で腐食疲労を再現できる試験方法
を考案した。図4に試験方法の概念図を示す。試験方法と
500
Present steel
DAC®55
400
SKD61
300
250
42
44
46
48
Rockwell hardness number
図5 923 Kでの高温引張試験結果
Fig.5 Results of high temperature tensile tests at 923 K
50
耐ヒートクラック性,被削性および耐腐食疲労割れ性を兼備させたダイカスト金型材
(a)
(c)
(b)
(d)
(b)
(a)
図8 焼入れままの新改良鋼をEBSD解析して得られた結晶粒界マップ
<ベイナイト変態温度域の平均冷却速度>(a)75 K/min,(b)5 K/min
Fig.8 Grain boundary maps obtained by EBSD analysis of asquenched present steel
<average cooling rate in temperature range of bainitic transformation>
(a) 75 K/min, (b) 5 K/min
図6 焼入れままの SKD61 の SEM 写真(a),
(b)と EBSD 解析で得
られた結晶粒界マップ(c)
,
(d)
<ベイナイト変態温度域の平均冷却速度>(a),
(c):75 K/min,(b),
(d):5 K/min
Fig.6 SEM micrographs and grain boundary maps obtained by
EBSD analysis of as-quenched SKD61
<average cooling rate in temperature range of bainitic transformation>
(a), (c) : 75 K/min, (b), (d) : 5 K/min
るにつれて大角粒(ブロック)サイズが大きくなっている
様子が見て取れる。これらの組織を有するSKD61 をHRC
Charpy impact value
( ×103J/m2)
600
Present steel
400
DAC®55
200
SKD61
100
42
44
46
48
50
Rockwell hardness number
図9 室温での 2 mmU ノッチシャルピー衝撃試験結果
Fig.9 Result of 2 mm U-notch Charpy impact test at ambient
temperature
で45 ± 1 に調質後,室温でシャルピー衝撃試験を行った結
果,マルテンサイト単一組織鋼では460 × 103 J/m2 の良好
5 K/min で焼入れた試験片について室温でシャルピー衝撃
な値を示したが,ベイナイト組織が生成している鋼では
試験を実施した結果を図9に示す。新改良鋼は靭性を損な
330 × 103 J/m2 とかなり低い値を示した。シャルピー衝撃
いにくい強化方法の利用と上部ベイナイト組織の生成抑制
試験片の破面をSEM で観察した結果(図7),擬劈(へ
を行った結果,高い高温強度を有するにもかかわらず,靭
き)開破壊(へきかい: cleavage)の最小単位(例えば図
性も高いレベルを示した。
中の破線で囲んだ部分)は図6で示した大角粒のサイズと
良く対応しており,大角粒の境界で亀裂の進展方向が曲
3. 2
ヒートクラックシミュレーション試験
がっていることがわかった。つまり,大角粒サイズが特に
新改良鋼は基礎特性で優れた値を示したことから,続い
大きくなる上部ベイナイト組織が存在すると,亀裂が直線
てヒートクラックシミュレーション試験による評価を行った。
的に進みやすく,靭性が下がることがわかった。
図 10 は,新改良鋼およびDAC55,SKD61 の各材料の試
そこで,新改良鋼はベイナイト変態点制御によって靭性
験片表面にヒートクラックの発生が確認されたサイクル数
を低下させる粗大な上部ベイナイト組織の生成を遅延させ
を示している。SKD61 は1,500 サイクルでヒートクラック
た。図8に新改良鋼を EBSD 解析して得られた大角粒界
が発生したのに対し,DAC55 では2,000 サイクルまで発生
マップを示す。これは,2 種類の冷却速度で焼入れし,隣
が遅くなり,新改良鋼はさらに3,000 サイクルまで発生が
り合う結晶の方位差が15 °
以上の境界を描いたものである
遅くなって,SKD61 対比で2 倍,DAC55 対比でも1.5 倍の
が,この図から焼入冷却速度が遅くなっても急冷の場合と
ヒートクラック発生サイクル数となっている。
ほとんど変わらない組織サイズが得られていることがわか
続いて,上記の試験を4,000 サイクルまで実施した後,
る。そこで,ベイナイト変態温度域の平均冷却速度が遅い
Present steel
(a)
(b)
DAC®55
SKD61
0
1,000
2,000
3,000
Number of cycles of heat-crack initiation
図7 SKD61 のシャルピー衝撃試験片の破面SEM 写真
<ベイナイト変態温度域の平均冷却速度>(a)75 K/min,(b)5 K/min
Fig.7 SEM micrographs of fracture surface of Charpy impact
specimens of SKD61
<average cooling rate in temperature range of bainitic transformation>
(a) 75 K/min, (b) 5 K/min
図10 図 2 で示したヒートクラック試験でのヒートクラック発生サ
イクル数
Fig.10 Number of cycles of heat-crack initiation in the heat-crack test
shown in Fig.2
同 一 部 位 の断 面 を観 察 した。 その結 果 を図 1 1 に示 す。
SKD61 は複数のクラックが深くまで進展しており,浅いク
ラックの数が少ないことがわかる。最大クラック深さは約
0.8 mm であった。DAC55 は深いクラックの数が少なく,
日立金属技報 Vol.26(2010) 31
る元素が含まれており,これらの酸化物を適切に組み合わ
(a)
せると,切削中に発生する1,273 K 近い熱で酸化物が溶融
200
し,工具と被削材との摩擦を軽減したり,被削材の工具へ
(b)
の溶着を防いだりする。新改良鋼は,この点に着目して粗
加工および仕上げ加工の切削条件に対応できるようにSi を
200
中心とした組成制御を行った。
(c)
被削性の評価は,横型マシニングセンターを用いて,模
200
擬金型形状に粗加工およびHRC45 に調質後の仕上げ加工
図11 ヒートクラック試験 4000 サイクル後の
(a)新改良鋼,(b)DAC®55,
(c)SKD61 の断面写真
Fig.11 Cross-sectional optical micrographs of (a) present steel,
(b) DAC®55, (c) SKD61 tested until 4,000 cycles
することで行った。加工条件は従来改良鋼であるDAC55
浅いクラックが主体となっており,最大クラック深さも約
を加工した後の工具はクレーター摩耗が大きく発生し,刃
0.6 mm とSKD61 よりも浅くなっていた。一方,新改良鋼
先はチッピングを起こしているのに対して,新改良鋼を加
では,浅いクラックのみが均等に発生しており,クラック深
工した後の工具では,チッピングも起こしておらず,被削
さは最大でも約 0.3 mm で,他の鋼種の半分以下であった。
性が良好であることがわかる。また,図 12 に表1で示した
このように,耐ヒートクラック性に重要な役割を担う基
高送りラジアスミル加工終了時の切り屑の写真を示す。切
礎特性である高温強度と靭性を両立した新改良鋼はヒート
り屑の色は,切削中の温度上昇による酸化の度合い(酸化
クラック特性の向上が期待できることが示された。
膜厚さ)によって変化するため,切削温度の高低を定性的
3. 3
に対して,新改良鋼のそれは紫色がかっており,青色より
の条件を使用した。まず,表1に焼なまし材を高送りラジ
アスミルで加工した後の工具刃先の写真を示す。DAC55
に判断する指標となる。DAC55 の切り屑は青色であるの
模擬金型加工での被削性評価
鋼の被削性を向上させる手段として,Pb の添加やMnS
も紫色の方が酸化膜の厚さが薄いと報告されている 4)。こ
の利用が有効であるが,Pb は環境負荷物質であるためそ
のことから,新改良鋼はDAC55 と比べて切削温度も低い
の利用が規制されてきていること,MnS は基本的に靭性の
と考えられ,酸化物の潤滑効果によって摩擦熱の発生が抑
低下を伴い,また鋼の特性に異方性を与えやすいことか
制されていることが推察される。
次に,図 13 に焼入れ焼戻し材を超硬ボールエンドミル
ら,本研究では使用していない。
上記のような被削性向上を主目的とする元素を追加添加
加工した後の工具刃先の写真を示す。写真矢印部に着目す
する方法以外に,もともと鋼中に含まれる元素から形成さ
ると,新改良鋼を加工した工具は,DAC55 のそれと比べ
れるベラーグによる工具と被削材間の潤滑作用も被削性の
て逃げ面摩耗量が少なく,調質後の被削性も良好であるこ
改善に大きな効果を示すことが知られている 2)。SKD61 や
とがわかった。
その改良鋼はFe,Si,Cr,Mo,V などの酸化物を形成す
表1 焼なまし材を高送りラジアスミル加工した後の工具刃先の比較
Table1 Comparison of tool edges after high feed radius milling of
annealed materials
2 mm
DAC®55
スト低減が期待できることがわかった。
(a)
(b)
2 mm
すくい面
Rake face
Present steel
このように,ダイカスト金型の粗加工および仕上げ加工
を模擬した被削性評価結果より,新改良鋼は金型加工のコ
Crater wear
Crater wear
逃げ面
Relief face
Chipping
VBmax = 0.25 mm
VBmax = 0.13 mm
VBmax:逃げ面最大摩耗量
(a)
(b)
250
250
図13 HRC45調質材を超硬ボールエンドミル加工した後の工具刃先
(a)新改良鋼 (b)DAC®55
Fig.13 Comparison of tool edges after ball end milling of HRC45 heat
treated materials (a) present steel, (b) DAC®55
3. 4
新しい腐食疲労試験による内冷孔割れ性の評価
内冷孔で生じる腐食疲労割れは,粒界に析出したフィル
ム状炭化物が局部電池作用や切り欠き効果を与えて,粒界
破壊の形で発生・進行すると考え,新改良鋼は焼入冷却時
にオーステナイト粒界に析出・成長するフィルム状炭化物
図12 表 1 で示した焼なまし材の高送りラジアスミル加工終了時の
切り屑(a)新改良鋼 (b)DAC®55
Fig.12 Chips of end of the high feed radius milling of annealed
materials shown in Table 1 (a) present steel, (b) DAC®55
32
日立金属技報 Vol.26(2010)
の析出量が少なくなるような成分設計をした。
まず,新しく考案した試験方法が実際の金型の腐食疲労
現象を再現できるかどうかを確認した。図 14 は,SKD61
耐ヒートクラック性,被削性および耐腐食疲労割れ性を兼備させたダイカスト金型材
の試験片を1,000 MPa の負荷で試験して発生した亀裂の破
(3)ヒートクラックシミュレーション試験によってSKD61,
面 SEM 写真である。大半が粒界破面を呈していることが
DAC55 および新改良鋼を比較した結果,新改良鋼は
わかる。図中には合わせて実際に金型で発生した内冷孔割
ヒートクラックの発生が最も遅く,クラックの深さが最
れの破面観察結果を示すが,本試験結果と同様に粒界破面
も浅かった。このことから,新改良鋼は耐ヒートクラッ
となっていることから,本試験によって実態の腐食疲労亀
ク性に優れることが示された。
裂を再現できると言える。そこで,応力を種々変更して,
(4)Si を中心とした酸化物形成元素の組成制御を行った新
鋼種ごとの腐食疲労亀裂の発生サイクル数を測定した。図
改良鋼は,DAC55 と比べて粗加工および仕上げ加工に
15 に応力と亀裂発生サイクル数から作成したS-N 曲線(縦
おける工具の摩耗やチッピングが低減された。切り屑の色
軸に応力振幅 S,横軸に繰り返し数 N をとって材料の疲労
から新改良鋼の方が切削温度が上がっていないと予想さ
特性を表したもの)を示す。応力が大きい場合は鋼種間の
れ,酸化物の潤滑作用が有効に働いたためと推察された。
差はほとんど見られないが,応力が下がるとともに差が広
(5)新 しく考 案 した腐 食 疲 労 試 験 を用 いて S K D 6 1 ,
がり,700 MPa での新改良鋼の腐食疲労亀裂の発生サイ
DAC55 および新改良鋼の内冷孔割れ性を評価した結果,
クル数は,SKD61 の約 2 倍,DAC55 の約 1.4 倍になった。
900 ∼ 700 MPa の範囲において腐食疲労亀裂の発生は新
このように,新しく考案した腐食疲労試験によって,新
改良鋼が最も遅く,内冷孔からの割れにも強いことが示
改良鋼は内冷孔からの割れに強いことが確認された。
された。
(a)
新改良鋼は,これまでに数社でのサンプル評価が実施さ
(b)
れ,実金型でも改善効果が確認されており,2009 年 4 月現
在,DAC-MAGIC® の鋼種名で販売を開始している。
引用文献
10
10
図14 図 4 で示した試験で発生した亀裂の破面写真(a)と実型で発
生した内冷孔割れの破面写真(b)
Fig.14 SEM micrographs of a fracture surface of crack
(a) initiated by the test shown in Fig.4 and (b) initiated at a
cooling hole of a real used die
Stress (MPa)
1,000
1)奥野,田村:鉄と鋼,79(1993),1013.
2)岡田:熱処理,41(2001),183.
3)長澤,田村:日立金属技報,12(1996),55.
4)藤村:プラントエンジニア,7(1993),52.
田村 庸
900
Yasushi Tamura
Present steel
800
SKD61
日立金属株式会社
特殊鋼カンパニー
®
DAC 55
安来工場
700
1×104
3×104
1×105
3×105
Number of cycles of corrosion fatigue crack initiation
図15 図4で示した腐食疲労試験での亀裂発生サイクル数
Fig.15 Number of cycles of crack initiation in the corrosion fatigue
test shown in Fig.4.
技術士(金属)
長澤 政幸
Masayuki Nagasawa
日立金属株式会社
特殊鋼カンパニー
安来工場
技術士(金属)
4. 結 言
中津 英司
焼入れ,焼戻しにおけるナノレベルの組織変化に踏み込
Hideshi Nakatsu
日立金属株式会社
んだ組成および組織制御を行い,耐ヒートクラック性を向
特殊鋼カンパニー
上させつつ被削性および耐腐食疲労割れ性を両立させたダ
冶金研究所
イカスト用新改良鋼の開発を試みた。得られた結論を以下
に示す。
(1)金型材の使用温度域で拡散速度が遅い元素からなる炭
化物と高温でも強化量を維持できる固溶強化を利用する
ために Mo を高めて V でバランスを取った新改良鋼は,
工学博士
山口 基
Motoi Yamaguchi
日立金属株式会社
特殊鋼カンパニー
安来工場
923 K での引張強さがSKD61 および従来改良鋼 DAC55
よりも高い。
(2)靭性を損ないやすい析出強化の利用を減らした上,ベ
片岡 公太
Kota Kataoka
イナイト変態点制御によって靭性を低下させる粗大な上
日立金属株式会社
部ベイナイト組織の生成を遅延させた結果,新改良鋼は
冶金研究所
高い高温強度を有しつつ優れた靭性を兼ね備える。
特殊鋼カンパニー
工学博士
日立金属技報 Vol.26(2010) 33