ステルスダイシング技術資料 for MEMS

Stealth Dicing
Technical
Information
for MEMS
ステルスダイシング技術資料
2
目 次
1. はじめに
2. MEMS製造工程用ダイシング技術と課題
2.1 砥石切削型ブレードダイシング
2.2 ダイシング工程の完全ドライプロセス化
3. ステルスダイシング技術
3.1 ステルスダイシング技術の基本原理
3.2 内部加工型レーザダイシング技術と表面加工型レーザ加工技術
3.3 内部レーザ加工プロセスにおけるMEMSデバイスへの熱影響範囲
3.4 デバイス特性への熱影響確認
3.5 ステルスダイシング適用時の制約条件
4. 収益性向上に寄与するステルスダイシング技術
4.1 カーフ幅10μmの収益効果
4.2 異形チップのダイシング技術の魅力
5. Si以外の材料への適用の可能性
5.1 ガラスウェーハ
5.2 今後のステルスダイシング技術の開発ロードマップ
6. ステルスダイシングの環境貢献度
7. おわりに
既存のダイシング概念を塗り替える「ステルスダイシングの特長」
ウェーハダイシング
レーザダイシング
ブレードダイシング
レーザアブレーションダイシング
加工方式
砥石切削加工
ステルスダイシング
表面吸収型レーザ加工(溶融・蒸散) 内部吸収型レーザ加工(局所選択的)
水(冷却 / 洗浄)
要
要
不要
チッピング
有
有
無
発塵
有
有
無
T字・円形ダイシング
×
○
◎
高速極薄ウェーハダイシング
△
○
◎
チップ収率
△
△
◎
加工高速性
△
△
◎
有(HAZ*)
無
デバイス熱影響
有(残留ストレス含む)
* HAZ: Heat Affected Zone
3
1. はじめに
2. MEMS製造工程用ダイシング技術
と課題
これまでは別々の技術分野として議論されがちであった機
械工学・量子力学・電気工学・化学・光学などの異種技術が、
2.1 砥石切削型ブレードダイシング
半導体製造プロセスのプラットフォーム上でマイクロマシニ
脆弱な構造体を有するMEMSデバイスのダイシングプロ
ング技術として融合され、その技術が有する可能性の大きさ
セスにおいては、機能素子部への応力負荷やコンタミネーシ
に世界が注目しています。これらは主にエッチング技術の進
ョンの付着などの問題を回避しなければなりません。最も一
展に伴い普及し、ウェーハにミクロな薄膜構造体や梁、中空
般的なブレードダイシングプロセスにおいては、そのダイシ
構造体を精度良く、自在に形成できるようになったことに起
ング原理に宿命的に存在する以下のような課題を有していま
因しています。これがMEMS設計者らのイマジネーション
す。
を刺激し、新たな機能デバイスとして具現化され始めていま
①ウェットプロセス起因
す。
・ダイシング時に冷却水及び洗浄水を利用する事に伴う、
ステルスダイシング技術は、「完全ドライプロセス」、「発
構造体への水圧による応力負荷
塵レス」、「切削ロス=ゼロ」などの利点を有する、レーザ
・切削汚水による機能素子部への再汚染
を用いた全く新しい概念のレーザダイシング技術です。本技
・水や汚水から構造体を保護するための保護膜の形成と
術は極薄半導体ウェーハの高速・高品質ダイシングを実現す
ることを目的に開発した技術であり、その特長はMEMSデ
その除去工程の追加
②接触式プロセス起因
バイスのダイシングプロセスにおいても有効です。すでに
・接触式切削加工プロセスに伴う、構造体への振動負荷
MEMSデバイスの量産現場での運用が始まっており、
図1に、メンブレン構造体を有するMEMSデバイスに対して、
MEMSデバイスにおける標準的なダイシング手段になろう
ブレードダイシングを実施した場合の課題点を示します。写
としています。
真1には、ブレードダイシング時の水圧で破損したメンブレ
本技術資料では、MEMSのダイシング工程が抱える課題
ン構造体の写真を示します。
を整理した上で、ステルスダイシング技術の原理やプロセス、
特徴などを紹介し、さらにSi以外の材料に対応した新型ステ
ルスダイシングエンジンの開発動向についても紹介します。
ダイヤモンド砥石
冷却 / 洗浄水
メンブレン割れ
チッピング
写真1 水圧によって破損したメンブレン
発塵
構造体破損
ゴミ付着
切削ロス
TLASC0022JA
図1 ブレードダイシングの課題点
4
2.2 ダイシング工程の完全ドライプロセス化
①、②を共に解決できる手段がステルスダイシングです。
脆弱な構造体を有するMEMSデバイスは、その構造体に
尚、レーザを利用したダイシング技術としては、古くからア
対してストレスの少ないダイシング技術が必要となります。
ブレーション方式のレーザ加工方式が検討されています 1・2)。
同時に、構造体へのパーティクルの再汚染などが生じない配
しかしこの技術の場合、レーザ加工時にデブリ(Debris
慮を必要とします。これらの問題は、以下のような特長を有
Contaminant)が発生するため、それらのゴミから構造体を
するダイシングプロセスに切り替えることで解決されます。
保護するための保護膜を塗布するなどの前処理と、加工後の
ウェット洗浄が宿命的に必要となります。
①完全ドライプロセス化:ウェットプロセス起因の不良や
次項では、完全ドライプロセス化を実現したステルスダイ
製造/検査工数増加を抑制
シング技術に関して紹介します。
②非接触式ダイシングプロセス:切断に伴う振動による構
造体へのストレスを排除
3. ステルスダイシング技術
の両表面に向かって伸びた「き裂」も形成されています。こ
のき裂はチップ分割のために重要な要素であり、これが大き
3.1 ステルスダイシング技術の基本原理
く蛇行したり、両表面へのき裂伸展が阻害されるような状態
ステルスダイシング技術は、対象材料に対して半透明な波
になることは好ましくありません。主にMEMSデバイスの
長のレーザ光を材料内部に集光し、分割するための起点(改
ように厚いSiウェーハを切断する場合、深さ方向に複数回ス
質領域:以下、SD層と称す)を形成した後、ウェーハに外
キャンしながらSD層を上下に繋ぎ合わせ、分割に最適なSD
力を加え、チップ状に小片化するダイシング技術です 3・4)。
層を形成することが最も重要な工程とも言えます。
従ってこの技術は、チップ状に分割するための起点(SD層)
尚、ここでSD層と、き裂の関係にも触れ、加工条件を検
をウェーハ内部に形成する「レーザプロセス」と、ウェーハ
討する上で理解しておいていただきたい3つの形態を整理して、
をチップ状に小片化する「分割プロセス」の2つのプロセス
図3に示します。
で構成されています。図2に、「レーザプロセス」の概念を
SD層は目的に応じて大きく3つの様態に作り分けることが
示します。
可能であり、これらを組み合わせて最適な加工レシピを導き
出します。ウェーハの厚さやチップ形状、金属膜の有無など、
①ステップ1:レーザプロセス
デバイスの状態に応じてそれぞれに最適な加工条件が存在し、
レーザ光をウェーハの内部に集光させて、分割するための
それらの加工レシピはデータベースとして体系化され、装置
SD層を形成します。内部に形成されたSD層には、ウェーハ
ユーザーを対象に活用されています。
レーザ光
SD層 & き裂
スキャン方向
ウェーハ
テープ
TLASC0023JA
図2 ステップ1: レーザプロセス
b) HC: Half-cut
a) ST: Stealth
き裂は表裏面に到達していない
(内部き裂状態)
き裂が入射面まで到達
(表面き裂状態)
SD層
SD層
き裂
c) BHC: Bottom side half-cut
き裂
SD層
き裂
き裂が入射裏面まで到達
(表面き裂状態)
TLASC0025JA
図3 レーザプロセスで形成されるSD層と、き裂の関係
5
次に、図4に「分割プロセス」の概念を示します。
の状態でテープをウェーハ外周方向に拡張すると、HC面も
しくはBHC面が外側方向に引っ張られ、その引張応力がウ
②ステップ2:分割プロセス
ェーハに伝わり、き裂先端に応力集中します。応力集中によ
テープマウントされたSD層形成済みのウェーハを、ウェ
って、き裂は瞬時にウェーハ表面へと到達し、ここでウェー
ーハ外周方向に拡張(エキスパンド)することで、ウェーハ
ハはチップ状に小片化されます 4)。
内部のき裂に引張応力(Tensile Stress)が加わり、この応力
次にステルスダイシングによって切り出されたメンブレン
によりウェーハ内部のき裂がウェーハの両表面に伸展し、チ
構造体を有するMEMSチップの断面写真を写真2に示します。
ップ状に小片化されていきます。
チップの表裏面ともにチッピングの無い、シャープなダイシ
ウェーハ内部に形成されたSD層のき裂が伸展することで、
ング品質が得られています。さらに、チップ中央部のメンブ
ウェーハがチップ状に小片化されるまでのプロセスを概念的
レン構造体には、破損やゴミの付着などの不具合要因の無い、
に図5に補足し示します。
良好なダイシング結果が得られています。テープ拡張工程は、
SD層を形成する場合、チップ分割性を向上させるためには、
隣り合うチップ同士が分割する際でも互いを干渉し合うこと
テープ面側にHC(ハーフカット)もしくはBHC(裏面ハー
無く、き裂の先端に応力を加えられる方法であると言えます。
フカット)が形成されている状態が好ましいと言えます。こ
分割されたチップ
テープ拡張
圧縮応力
テープ拡張
引張応力
TLASC0024JA
図4 ステップ2: 分割プロセス
ウェーハ
き裂伸展
引張応力
テープ拡張
BHC
ウェーハ
テープ
テープ拡張
き裂伸展
引張応力
テープ拡張
テープ
テープ拡張
き裂が上表面まで到達
ウェーハ
テープ拡張
引張応力
テープ
テープ拡張
TLASC0026JA
図5 き裂の伸展原理
6
写真2 ステルスダイシングによって切り出されたチップ写真
3.2 内部加工型レーザダイシング技術と表面加工型
レーザ加工技術
の表面に積極的にレーザ光を吸収させて、溝を掘っていく表
次にステルスダイシング技術と一般的な表面加工型レーザ
ステルスダイシング技術は、レーザプロセス時にウェーハ
加工技術との違いを簡単に整理します。
表面へのSiダストなどの溶融飛散が無い、クリーンな切断技
写真3にレーザ加工集光点位置の違いによる加工結果の違
術です。尚、レーザ加工時の熱影響範囲に関しては、レーザ
いを示します。レーザ光をウェーハ表面に集光して表面加工
集光点の探さに応じて、内部及び表面の熱分布が大きく異な
した場合と、ウェーハ内部に集光してレーザ加工した場合の
る、という報告 6)があります。ここでは結果的に、内部集
加工結果を比較して示します 5)。
光方式の方が、表面集光方式と比較してレーザ加工点での温
ステルスダイシング技術の特長はレーザ光をまず材料の内
度分布の拡がりが抑制される、と結論付けられています。
面アブレーション方式とは明らかにその原理が異なります。
部に導光し、内部から加工を始める点にあります。対象材料
ステルスダイシング
(内部集光加工)
表面アブレーション加工
(表面集光加工)
レーザ光
デブリ
レーザ光
SD層
Siウェーハ
Siウェーハ
TLASC0035JA
表面
Si
表面
溶解飛散したSi
10 µm
Si
10 µm
断面
断面
10 µm
改質領域(SD層)
(レーザ内部加工)
10 µm
写真3 ステルスダイシング(内部集光型レーザダイシング)と表面加工型レーザ加工との原理比較
7
3.3 内部レーザ加工プロセスにおけるMEMSデバイス
への熱影響範囲
この結果を、実際のデバイスウェーハに当てはめてみた様
レーザダイシングプロセスにおいて、まず最初に懸念され
イシングストリートの幅は50μm∼70μm程度です。図7の
ることは、レーザプロセス時のアクティブ領域への熱的な影
イラストからも判るように、ステルスダイシング時のレーザ
響です。実際のレーザプロセスにおける局所的な温度の実測
による熱影響の範囲は、これらの一般的なダイシングストリ
は容易ではありません。そこで単結晶Siにおけるレーザ光の
ート幅と比べ、狭い範囲に留まることが分かります。このこ
吸収係数の温度依存性に基づいて、Si内部の熱解析シミュレ
とから、ステルスダイシング技術は、ダイシングストリート
ーションを実施した報告 7)を引用して、ステルスダイシン
のさらなる狭幅化を可能にし、ウェーハあたりのチップ収率
グにおけるSi内部での温度分布について紹介します。
を向上させられる可能性を持った技術であると言えます。
子を図7に示します。通常のデバイスウェーハにおいて、ダ
図6は、厚さ100μmのSiウェーハ表面から、深さ60μmの
位置にレーザ光を集光させてSD層を形成した際の、加工集
デバイス領域
光点近傍での1パルスあたりのSi内部の温度分布を熱解析シ
ミュレーションにて導出した結果です。最高到達温度分布が
ダイシングストリート
示すように、レーザ加工に伴いSi内部が200 ℃以上まで温度
上昇する範囲は、集光点を中心に横方向には±7μm以内に
留まっていることが分かります。
焦点深さ
60 µm
25
30
熱影響範囲15 µm
深さ (µm)
35
TLASC0027JA
40
図7 SD層形成時の熱作用範囲
45
50
55
60
温度 (°C)
∼200
200∼500
500∼1000
1000∼1500
1500∼
65
-25 -20 -15 -10
-5
0
5
10
15
20
25
幅 (µm)
TLASB0012JB
図6 レーザ1パルスあたりのSi内部での最高到達温度分布
8
3.4 デバイス特性への熱影響確認
7μm以内であり、アクティブエリアから半径10μm程度離れ
次に、実際のデバイスウェーハにおけるデバイス特性への
た位置で切断した場合では、すでにその熱的影響がデバイス
影響を検証した結果を示します。検証に利用したデバイスは
特性には及ばないという事実の裏付けともなります。但し、
光センサ(フォトダイオード)で、検証方法はデバイスのアク
これらはデバイス構造にも大きく影響するものであり、実際
ティブ領域からチップの切断端面までの距離: dをd=10μm
にはそれぞれのデバイスを用いた実験検証が必要となります。
とd=150μmの2種類のサンプルを製作し、ステルスダイシ
ングにおけるレーザプロセス時の熱影響の範囲を考察したも
10-6
のです。
10-7
た状態で逆バイアスを印加し、リーク電流を計測しました。
10-8
■THB(Temperature Humidity Bias)テスト
湿度と温度を85 % / 85 ℃として、500時間実施
■TC(Temperature Cycle)テスト
■温度サイクル試験(TC Test)
暗電流 ID (A)
フォトダイオードの暗電流特性に着目し、受光部を遮光し
−55 ℃∼125 ℃を100 cycles実施
d=10 (µm)
0 (H)
500 (H)
d=150 (µm)
0 (H)
500 (H)
10-9
10-10
10-11
10-12
■フォトダイオード
10-13
0.01
パッケージモールドタイプ
0.1
1
10
100
10
100
バイアス電圧 VR (V)
チップサイズ: 2 mm×2 mm チップ厚: 100μm
図8にTHBテスト結果を示します。暗電流はVr: 10 V以下で
図8 THBテスト結果
0.1 nA程度を示しており、Vr: 10 Vを超えると急激に増加し
始め、ブレークダウンの閾値が存在しています。d=150μm
10-6
及びd=10μmの何れも、Vr: 10 V以下において暗電流は
10-7
までの距離がd=150μmから10μmまで変化してもわずか
0.1 nAしか増加していません。さらに、500 h後のテスト結果
を見ても初期状態と比較してほとんど変化の無いことが分か
ります。
図9にTCテスト結果を示します。ここでも暗電流の値は
暗電流 ID (A)
0.1 nAと0.2 nAでした。チップ切断端面からアクティブ領域
10-8
10-9
10-10
10-11
100サイクルのTCテスト後も初期状態と比較しても、ほとん
10-12
ど変化がありません。
10-13
0.01
これらの結果から、ステルスダイシングにおけるレーザプ
ロセスはデバイスの寿命や耐久性に大きな影響を与えない技
術であることが分かります。これは図6の熱解析シミュレー
ション結果が示す通り、200 ℃以上に加熱される範囲が半径
d=10 (µm)
d=150 (µm)
0 (cycle)
0 (cycle)
100 (cycle)
100 (cycle)
0.1
1
バイアス電圧 VR (V)
図9 TCテスト結果
TLASB0013JB
9
3.5 ステルスダイシング適用時の制約条件
たウェーハの場合には、表面側からのレーザ光の導光が困難
ステルスダイシング技術は、その原理から宿命的に以下の
であるため、裏面側からレーザ光を照射し内部加工を実施し
加工制約条件を有しています。通常はデバイス面側からレー
ます(裏面入射方式)。表1に、デバイスウェーハの状態に応
ザ光を照射し、内部加工を実施します(表面入射方式)。し
じたレーザ入射方式を整理します。
かし、ウェーハ表面側に光を遮光する金属膜などが形成され
表1 デバイスウェーハ構造に応じたレーザ入射方式
表面入射方式の場合の制約条件
ダイシングストリート上のTEG / 金属膜
無き事
ダイシングストリート上の保護膜
SiO2は問題なし。SiNは膜厚に応じてAF特性及び加工に影響を与える。要相談。
SDレーザ光はある入射角を有しているため、ウェーハの厚さに応じて導光するための非遮
ストリート幅
光領域の確保が必要。
BOX層においてレーザ光が減衰し、タクト低下の原因となる。BOX層を除去することで、
SOIウェーハ
タクトup可能。
裏面入射方式の場合の制約条件
ウェーハ裏面側にSD専用透過性ダイシングテープを貼付し、テープ越しにSDを実施。但し、
ウェーハ固定方法
それが困難な場合は、ウェーハを吸着テーブルで保持し、ウェーハ裏面側からSDを実施し、
吸着テーブル上でテープを貼る方法も可能。
裏面研削面粗さ
#2000以上
BOX層においてレーザ光が減衰し、タクト低下の原因となる。BOX層を除去することで、
SOIウェーハ
タクトUP可能。
さらに、MEMSデバイスウェーハにおいて、裏面入射方
内部へSD層を形成することが可能になります。その後の工
式を採用する場合には、ウェーハの保持方法に工夫が必要と
程も大変シンプルであり、テープにマウントされたまま吸着
なります。このような脆弱な構造体を有するデバイス面側を
テーブルから取り外し、そのままテープエキスパンドすれば、
チャックテーブルに保持する際には、ポーラスシートなどの
チップ分割までのプロセスを簡略化できます。このテープ越
クッション性の良い多孔質状のシートを介して吸着テーブル
し裏面入射方式の概念図を図10に示します。
上にデバイス両側を保持します。その際、SD用レーザ波長
ステルスダイシング技術はこのような新しい周辺要素技術
に対して透過性の高い専用のダイシングテープを利用すれば、
の進展により、さまざまなデバイスに応じた新しいソリュー
ウェーハ裏面側をそのテープで保持したままテープ越しにSi
ション提案が可能になってきました。
レンズ
透明テープ
Siウェーハ
レーザ入射面
SD層
Si
Si
レーザ入射面
ポーラスシート
透明テープ
吸着プレート
エキスパンダ
(a) テープ越し裏面入射時
(b) 吸着プレートから着脱後、テープエキスパンド
TLASC0028JA
図10 テープ越し裏面入射方式の概念図
10
4. 収益性向上に寄与するステルス
ダイシング技術
表2に、ステルスダイシングで実現可能な10μm幅のダイ
シングストリートを実現させた場合のチップ収益効果試算を
示します。この試算の前提条件は、ウェーハ径: 152 mm、チ
ステルスダイシング技術は、MEMSデバイスの信頼性向
ップサイズ: 2 mm×2 mm、既存ブレードダイシング用のス
上への貢献以外に、ビジネス的にも新たな付加価値を提供で
トリート幅80μmです。ストリート幅の縮小に伴い増加する
きる技術的優位性を有しています。
ウェーハ当たりのチップ収率を算出し、仮にチップ単価を30
円とした場合の収益効果を試算しました。月産2000枚、年間
4.1 カーフ幅10μmの収益効果
2万4000枚のウェーハを用いて生産していた場合、1億9000万
技術的優位性の1つとして、ウェーハ1枚当たりのチップの
円相当のチップが余分に得られる計算になります。現実的に
収率向上が挙げられます。ステルスダイシングは割断技術で
言い換えれば、収率増加した分だけ少ないウェーハ振り出し
あるため、切削領域が全く存在しないという魅力があります。
量で、目標生産量が確保可能となります。これを上記試算結
これにより、本技術に必要なダイシングストリート幅は、割
果で換算すると、年間1585枚のウェーハ量に相当します。
断時のチップ端面の直進性: 2μm∼3μmを考慮しても、最
なお、レーザをウェーハの表面側から入射させる場合は、
大±5μm程度の幅で良いことになり、これによりウェーハ1
レーザのビーム広がり幅を考慮し、レーザ光を遮光する金属
枚当たりのチップ取り数は究極まで高めることができます。
膜のない領域を10μmよりも広く確保する必要があります。
表2 ストリート幅10 μmの収益効果試算
ステルスダイシング
ブレードダイシング
ワークサイズ
152
ストリート幅
mm
0.08
チップサイズ
単位
0.01
2×2
mm
mm
有効チップ数
3732
3996
pcs
増加チップ数 / ウェーハ
―
264
pcs
取得向上率
―
107.1
%
―
190,080,000
円
収益効果
(24000枚 / 年)
(チップ単位: 30円換算)
4.2 異形チップのダイシング技術の魅力
ステルスダイシングは、曲線やT字部を有するチップ配列
でもダイシングが可能です。チップレイアウトを千鳥状に配
列して、ウェーハ当たりのチップ収率向上を図ることも可能
になります。TEGウェーハのように、できるだけ多く異なる
チップパターンを1つのマスクで実現しようとした場合にも
対応できます。直線加工のみならず、技術的には丸形状にダ
イシングも可能です。
CH1-1
2
3
4
図11に、チップサイズの異なるダイシングパターンへの施
策例を示します。チップサイズが2 mm角、10 mm角と異な
るため、10 mm角チップのエッジ部ではダイシングラインが
交差せず、T字部を有することになります。
レーザ光がT字部に差し掛かるタイミングでレーザ光をOFF
にすればSD層は形成されず、2次元的な加工選択性が得られ
CH2
ます。このようなレーザ光のON / OFF制御技術により、非
連続なデバイスパターンにも対応可能なダイシングを実現し
CH1
TLASC0034JB
ています。このON / OFF位置制御の精度は、ステージ速度
図11 チップサイズ2 mm角、10 mm角混在パターン
300 mm/sの場合でも±25μm(高精度レーザON−OFF制御
機能を追加した場合は±10μmまで可能)以内に制御可能です。
11
写真4には、図11に示したサイズ混載ウェーハのステルス
ダイシング結果を示します。掲載スペースの関係でT字部か
ら3か所のみを抽出してあります。
また、写真5に、フリーサイズにダイシングをしたSiウェー
ハのステルスダイシング例を示します。
これからもわかるように曲線や三角形の切断も可能であり、
その断面は通常のステルスダイシングの加工品質と同等です。
5. Si以外の材料への適用の可能性
ステルスダイシング技術はSi以外の材料にも適用可能であ
り、現在開発中のこれらの材料への適用事例を交えて紹介し
ます。
5.1 ガラスウェーハ
現時点で対象となるガラスの材質は石英ガラス、硼硅酸ガ
ラス(BK7他)、パイレックス、無アルカリガラスなどであ
り、軟質系、硬質系ガラスのそれぞれに適用を検討していま
す。さらにガラスウェーハはSiウェーハと貼り合わせた状態
でのダイシングを希望される場合なども多いため、その場合
は、Si側からSi用のレーザ光を導光し、ガラス側からガラス
用のレーザ光を導光する方法で、それぞれにSD層を形成し、
同時に分割するための応力を印加するなどして、チップに小
CH1-1
CH1-2
写真4 T字ダイシング加工例
CH1-3
片化する方法を提案しています。
写真6に、実際のガラスウェーハをステルスダイシングに
て切り出した際のサンプルの写真を示します。
これはまだ切断品質に課題があり、切り出したチップ端面
の表面側のエッジ直進性は±15μm程度の蛇行を有していま
す。Siウェーハの場合、表裏面ともに±2μm程度の精度で
切れるのに対して比較すると、まだその精度には改善すべき
余地があります。
写真5 フリーサイズダイシング
100 µm
写真6(a) 切り出したガラスチップの表面写真
50 µm
写真6(b) 切り出したガラスチップの断面写真
12
5.2 今後のステルスダイシング技術の開発ロードマップ
ーズが高まってきています。ガラス向けステルスダイシング
これらSi以外の対象材料に対して以下のような開発スケジ
技術に関しては課題が多く、開発に時間を要していますが、
ュールで製品化を進めています。すでにSi以外のウェーハを
製品化の目処を立てるべく開発を加速させています。表3に
利用したMEMSデバイスの検討も進められており、ガラス
新型SDエンジンの開発ロードマップを示します。
や化合物ウェーハに対してもステルスダイシング技術へのニ
表3 SDエンジン開発ロードマップ
∼2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
Si
ガラス
サファイア
化学強化ガラス
SiC
対象材料
LiTaO3
新規材料、複数材料への対応が可能な
エンジンを開発予定
LiNbO3
GaAs
GaN
水晶
Ga2O3
タクト2倍
性 能
タクト3倍
Si + ガラス
Si + ガラス
(2台のエンジンで加工)
(1台のエンジンで加工)
小型エンジン
※タクトアップ、コストダウンをすることで、
トータル的にお客様のCOO(Cost of Ownership)を改善することが出来るエンジン開発を予定しています。
TLASC0029JD
13
6. ステルスダイシングの環境貢献度
ブレードダイシング装置1000台がステルスダイシング装置
に置き換わったと仮定すると、CO 2の削減量として17,000 t、
ステルスダイシングエンジン搭載装置は消費電力を68 %
自然(杉)浄化127万本に相当します。また、超純水の削減
削減可能(一定加工条件下)、さらに完全ドライプロセスで
量として600万 tを削減できると試算できます。
ある特徴から純水を必要とせず、純水製造・排水等まで考慮
これら環境面に対する優位性の意味するところはまさにス
すると消費電力を77 %削減可能となり、2007年2月には「優
テルスダイシングエンジン搭載装置を導入する半導体製造メ
秀省エネルギー機器/日本機械工業連合会会長賞」を受賞し
ーカーの「エネルギー・環境面への配慮」を示唆するもので
ました。(受賞:東京精密様)
あり、ダイシング工程がステルスダイシングであることは、
図12に、ステルスダイシングの環境貢献度を算出したグラ
環境負荷軽減の一翼を担いつつ半導体製品を製造していると
フを示します。
いう、半導体製造メーカーのアピールポイントでもあります。
■1年1台では…
■ハイブリッド車 ※1
■一般家庭 ※2
×7.6台分
CO2削減量
17.7t
超純水削減量
※1 営業車を普通乗用車(ガソリン車)からハイブ
リッド車に切り替えたとき削減できるCO2排出
量 2 . 3 4トン / 年として 換 算( 走 行 距 離 が
19,500 km/年 燃費10.15モードの60 %)
×21戸分
6,307t
※2 一般家庭の水使用量300トン/年
として換算
■10年では…
25,000t
ステルスダイシング
1台あたりの
超純水
127万本
63万本
38万本
13万本
190万本
相当
相当
2009
2009
2012
2012
10,000
5,000
相当
相当
相当
15,000
0
2014
2014
2017
2017
2019
2019
0
200万
削減量
400万
超純水削減量
600万
900万t
800万
超純水削減量( t )
CO2
20,000
自然(杉)浄化に換算
CO 2 削減量( t )
25,000
CO2排出削減量
1,000万
100台
300台
500台
1,000台
1,500台
ステルスダイシング普及予定台数
TLASC0036JA
図12 ステルスダイシングの環境貢献度
14
7. おわりに
マイクロアクチュエータやSiマイクロフォン、RF MEMS、
光MEMSなどのMEMSデバイスは、既にさまざまな分野で
実用化が始まっています。それらの市場拡大に伴い、
MEMSデバイスは高機能化、高付加価値化の追求以外に、
生産性の向上や生産効率の改善という経営的な視点からも新
たな技術革新を要求され始めています。半導体メモリーなど
の極薄Siデバイスにおける既存ダイシング技術の宿命的課題
を克服するために開発した技術であったため、比較的厚い
MEMSなどのSiデバイスを切るためには、深さ方向に複数本
のSD層を形成する必要があり、これがスループットを低下
させる原因となっています。今後は厚いSiウェーハに対する
スループットを向上するためのハードウェアの開発や、加工
プロセスの開発に傾注し、ステルスダイシング技術の適用が
可能な対象デバイスの範囲を拡大していきます。
■特許(2013年4月1日現在)
●米国/特許第6992026、特許第7396742等計48件 他62件特許出願中
●日本/特許第3408805号、特許第3626442号、特許第3761565号、特許第3761567号、特許第3761566号、特許第3624909号、特許第3670267号、
特許第3790254号、特許第3822626号、特許第3762409号、特許第3867003号、特許第3867107号、特許第3867109号、特許第3867110号、
特許第3867101号、特許第3867102号、特許第3867103号、特許第3867100号、特許第3867104号、特許第3867105号、特許第3869850号、
特許第3751970号、特許第3867108号、特許第3935187号、特許第3935188号、特許第3990710号、特許第3935186号、特許第3935189号、
特許第3990711号、特許第4050534号、特許第4095092号、特許第4128204号、特許第4142694号、特許第4146863号、特許第4167094号、
特許第4197693号、特許第4198123号、特許第4200177号、特許第4237745号等 計120件、他70件出願中
●台湾/特許第I250060、I270431、I289890、I278027等計32件、他54件出願中 ●ヨーロッパ/特許第1632997等計28件、他63件出願中
●大韓民国/特許第KR10-0667460、特許第KR10-0715576、特許第KR10-0749972、特許第KR10-0766727、特許第KR10-0781845等計39件、他49件出願中
●中華人民共和国/特許計62件、他36件出願中
●他にタイ、マレーシア、インド、フィリピン、シンガポール、イスラエル等へ出願中
■参考文献
株式会社シーエムシー出版 MEMSマテリアルの最新技術 2007年11月刊 第2章 MEMSの製作 内山直己
株式会社電子ジャーナル Electric Journal別冊 2008マイクロマシン/MEMS技術大全 第5編 第9章 第7節 内山直己
1) B. Richerzhagen, D. Perrottet, and Y. Kozuki, "Dicing of wafers by patented water-jet-guided laser: the total damage-free cut", Proc. of the 65th The Laser
Materials Processing Conference, 197-200 (2006)
2) P. Chall, "ALSI's Low Power Multiple Beam Technology for High Throughput and Low Damage Wafer Dicing", Proc. of the 65th The Laser Materials Processing
Conference, 211-215 (2006)
3) F. Fukuyo, K. Fukumitsu, N. Uchiyama, "Stealth Dicing Technology and Applications", Proc. 6th Int. Symp. on Laser Precision Microfabrication (2005)
4) K. Fukumitsu, M. Kumagai, E. Ohmura, H. Morita, K. Atsumi, N. Uchiyama, "The Mechanism of Semiconductor Wafer Dicing by Stealth Dicing Technology",
Proc. 4th International Congress on Laser Advanced Materials Processing (2006)
5) E. Ohmura, F. Fukuyo, K. Fukumitsu, and H. Morita, "Internal modified-layer formation mechanism into silicon with nano second laser", J. Achievement in Materials
and Manufacturing Engineering, 17, 381-384 (July-August 2006)
6) Etsuji Ohmura, Masayoshi Kumagai, Kenshi Fukumitsu, Koji Kuno, Makoto Nakano, and Hideki Morita, "Internal Modification of Ultra Thin Sillicon Wafer by
Permeable Pulse Laser", Proceeding of the 8th International Symposium on Laser Precision Microfabrication (2007)
7) Masayoshi Kumagai, Naoki Uchiyama, Etsuji Ohmura, Ryuji Sugiura, Kazuhiro Atsumi, Kenshi Fukumitsu, Advanced Dicing Technology for Semiconductor
Wafer-Stealth Dicing, Proc. 15th International Symposium on Semiconductor Manufacturing (2006)
15
SDE(ステルスダイシングエンジン)
は
浜松ホトニクス株式会社の登録商標です。
※この資料の内容は、平成26年3月現在のものです。仕様・性能は改良のため予告なく変更することがあります。
WEB SITE www.hamamatsu.com
電子管事業部 電子管営業推進部
〒438-0193 静岡県磐田市下神増314-5 1(0539)62-5245 ファックス(0539)62-2205
TLAS9005J05
MAR. 2014 IP