超低消費電力FD-SOIの現状と展望

超低消費電力FD-SOIの現状と展望
谷 幸一 クマール・アニール 堂前 泰宏
内山 章 井田 次郎
我々は早くから低消費電力化に有効な完全空乏型SOI
品によっては2次電池と併せて使用している)が使用さ
(Fully Depleted Silicon On Insulator:FD-SOI)デバ
れる。これらシステムは小型化,低コスト化の要求から
イスに着目しデバイス開発を行ってきた。その結果,従
できるだけ小さいサイズ,すなわち電池容量の少ないも
来製品に比べ大幅な低消費電力化を実現した時計用マイ
にせざるを得ない。そのためLSIはUltra Low Powerの
1)2)
。しかし近年の
領域,つまり超低消費電力駆動で超低待機時リーク電流
携帯情報端末機器の爆発的な普及と共にそのシステムは
が必要となる。さらに究極は振動他の自然エネルギーを
高速化,多機能化してきている。その一方,これら端末
利用する場合,100μW以下で駆動するLSIが必要となっ
機器はそのほとんどがバッテリー駆動であるため搭載さ
てくる3)。
コンや検波LSIなどの製品に繋がった
れるLSIへの低消費電力化の要求はさらに強くなっている。
本稿では,超低消費電力LSIの必要性を述べ,それに向
コイン電池を使用したときの駆動可能期間を,センサ
ネットワークに適用した場合を例に計算した結果を図2に
けたFD-SOIデバイス,回路の開発状況および今後の展望
示す。図2は1分間に30msだけ無線通信した場合 4)の,
について述べる。
LSIの各コイン電池容量での駆動可能時間を示している。
消費電流20mA のLSI A(待機時リーク電流2μA)では,
超低消費電力LSIの必要性
1000mAhのコイン電池を用いても約1年間しか駆動しな
図1は動作時消費電力と待機時リーク電流を各LSI用途
いことがわかる。それに対し,消費電流を1mAとしたLSI
別に示したイメージ図である。Mobile PCなどに適用さ
B,Cの場合には駆動可能期間は5年以上となり,さらに
れるLow Operation Power向けLSIや,携帯端末機器な
駆動期間を延ばすには,LSI Cに示すように動作時消費電
どに適用されるLow Stand-by Power向けLSIのほとん
流だけでなく,待機時リーク電流も下げる必要がある。こ
どは,高機能を維持しつつバッテリーで駆動することが
のような観点から我々は,Ultra Low Power領域で使用で
できる。しかし,健康管理を目的とした次世代リストプ
160
ロダクト,防犯・防災やビルオートメーションなどに適
用されるワイヤレスセンサネットワーク,次世代キーシ
A:Iact=20mA Stand-by=2μA
B:Iact=1mA Stand-by=2μA
C:Iact=1mA Stand-by=0.1μA
140
バルクCMOS
Oki FD-SOI
動作時消費電力(mW)
超低消費 低消費
1000
High Performance LSI
Low Operation Power
100
120
100
80
60
40
Low Stand-by Power
10
20
低消費
1
駆動可能期間(months)
ステムなどの場合,電源供給にコイン電池や太陽電池(製
Ultra Low Power
自然エネルギー
コイン電池
0.1μA
バッテリー
10μA
1mA
100mA
待機時のリーク電流(μA)
超低消費
10A
0
0
500
1000
コイン電池容量(mAh)
図2 コイン電池を使用し1分間に30ms通信を行った時のLSI駆動可能
図1 動作時消費電力と待機時リーク電流の関係を示したイメージ図
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期間(コイン電池は年間3%自然放電により容量が減少すると仮定)
デバイス特集 ●
きるLSIの消費電流を1mA,またそのLSIの待機時リーク
10 -5
電流を0.1μAと位置付け,超低消費電力LSIを実現するた
Bulk NMOS
(S85mV)
10 -7
Idoff (A /μm)
め,FD-SOIのデバイス,またその特徴を引き出す回路技
術の開発を進めている
超低消費電力LSI実現に向けた取り組み
FD-SOIは通常のBulk-Siに比べ,優れた特性を有して
10 -9
10 -11
SOI
(S=65mV)
10 -13
いる。表1にBulk-SiとFD-SOIの比較を示す。FD-SOIの
10 -15
メリットは接合容量(ソース・ドレインと基板間の容量)
0.0
0.2
が極めて小さい,ラッチアップが発生しない,基板バイ
アス効果が発生しない,サブスレショルド特性が良好と
0.4
0.6
0.8
Vth (V)
図3 Bulk-SiとFD-SOIトランジスタのしきい値電圧とオフリーク電流の関係
いうメリットを持っている。デメリットとしては,
ソース・ドレイン耐圧の低さとSelf-Heating効果が高い
35
SOIのメリットをLogic,Analog,RF回路の視点から検
30
討した。
25
Delay [ns]
点が挙げられる2)。超低消費電力化に向けて,これらFD-
表1 FD-SOIとBulk-Siの比較
Bulk-Si
FD-SOI
1
0.1
80∼90mV/dec
60∼70mV/dec
良好
低い
ラッチアップ
対策必要
発生しない
基板バイアス効果
発生する
発生しない
Self-Heating効果
低い
高い
gm/Ids
低い
高い
Depletion型MOS Tr
複雑
容易
接合容量(バルクを1とした相対値)
サブスレショルド特性(S値)
ソース・
ドレイン耐圧
2NAND+1mmWiring
0.15SOI
0.15Bulk
Ioff=1E-12
20
×6
15
×2.6
10
5
×1.4
0
0.4
0.6
0.8
1.2
1
S Voltage [v]
1.4
1.6
図4 2NAND回路のFD-SOIとBulk-Siでの電源電圧と遅延時間のSimulation結果
ナミックレンジを確保できるかがキーとなる。図5に示す
オペアンプ(Operational Amplifier)を例に説明する。
Logic回路を低消費化する上で有効な手段として,式
図に示すようにトランジスタが3段直列に接続されている
(1)に示したように電源電圧を下げることと,負荷容量を
ため,このオペアンプを駆動させるには,各々のトラン
下げることである。ここでfは動作周波数,CLは負荷容量,
―――(1)
ジスタのVt×3以上のVddが必要となる。そのため,低電
圧駆動せるにはVtを下げる必要があるが,Bulk-SiではVt
を下げるとオフリークも増大してしまうため,容易にVt
Vddは,電源電圧である。表1で示したように急峻なサブ
を下げることができないという問題がある。しかし,FD-
スレッショルド特性を有しておりその値は理想値となる
SOIは先に述べたようにサブスレッショルド特性が急峻で
(図3に実測値を示す)。これは,FD-SOIのみの特徴で,
あること,また基板バイスによるVt変動がないことから,
Bulk-Siでも出せない特性である。よって,低オフリーク
Vtを下げても低電圧で安定した動作が得られ,十分なダ
を維持しつつ,しきい値電圧(Vt)を下げられる。つま
り低電圧駆動が可能である。またFD-SOIは低寄生容量で
VDD
あることから1),FD-SOIを用いるだけで負荷容量が低減
でき,低消費電力化を容易に実現できる。さらに基板バ
イアス効果がないことも低消費電力化に有効である5)。縦
積み論理回路を構成した場合でも,Vt値の変動がないた
め,スピード低下がなく低電圧動作でもマージンがあがる。
図4に示すようにBulk-Siでは実現不可能な低電圧での動
作が可能となる。
Analog回路の低消費化には,低電圧駆動でいかにダイ
図5 代表的なOperational Amplifier回路図6)
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イナミックレンジを持たせられる。
とも重要である。オペアンプの増幅率(A0)を式で表す
と(2)式のようになる7)。
――――(2)
ここでgmはドレインコンダクタンス,I d はドレイン電
Gate noise power (V2/Hz)
低消費化する上で,オペアンプの増幅率を確保するこ
1.E-10
Bulk
BF_Normal
DMOS
BF_Reverse
1.E-11
1.E-12
流,V ea はアーリー電圧をそれぞれ示す。図6に gm/I d の
規格化したドレイン電流依存を示す7)。Bulk-Siに比べ,
同じドレイン電流で g m /I d の比率が大きくなり,その結
果増幅率も高くなる。つまり,Bulk-Siと同じ増幅率をよ
1.E-13
0
0.2
0.4
VG-VT (V)
0.6
図7 各デバイスの1/fノイズの周波数依存
り低い電流で実現することが可能である。
最後に高周波特性において検討した結果を示す。一般
45
に高周波回路を低消費化するために有効な手段はPassive
40
素子(インダクタ,容量)のQ値を高くすることである。
Gm/Id Ratio (1/V)
35
SOI
30
25
Bulk
その一つとして支持基板を高抵抗化する方法がある。SOI
の場合,製造工程を変えることなく支持基板を容易に高
抵抗化することが可能である。そこで高抵抗基板を用い
20
15
高周波回路,特に低消費化が必要なLow Noise Amp.
10
(LNA)およびVoltage Controlled Oscillator(VCO)
5
0
1.0E−06 1.0E−05 1.0E−04 1.0E−03 1.0E−02 1.0E−01 1.0E+00
回路で検討した。図8にソース接地型LNAを示す。この
LNAの増幅率は一般的に(3)式のように表される8)9)。
Id/(u・Cox・W/L) (V2)
―(3)
図6 gm/Id Ratioのドレイン電流依存
(−:FD-SOI,…:Bulk-Si)
ここでCgs1 はTrのオーバーラップ容量,Rs は50Ω,ω0
ダイナミックレンジを確保する上で重要なパラメータ
は動作周波数,gmはドレインコンダクタンス,L3 はイン
のとして1/fノイズやクロストークノイズがある。これは
ダクタL3のインダクタンス,RL3 はインダクタL3の抵抗
低電圧動作に十分なS/N比が得られないなど誤動作など
成分を表している。この式で
の問題になる。図7に1/fノイズの周波数依存を示す。図
中◆のBulk-Siに比べ■で示したFD-SOIを用いた場合1/f
が低くなっていることがわかる。特に,▲で示したFD-
部分に注目するとLNAの増幅率をあげるにはTrのgmを大
SOIを用いたDepletion型MOSの場合1/fノイズは1桁以
きくすること,Cgsを小さくすることが重要であることが
上低くすることが可能である。
わかる。gmについては先に述べたようにより低電流で大
またクロストークノイズについては,Bulk-Si基板の場
きな増幅率を得ることができることがわかっている。Cgs
合,デジタル部で発生したノイズは基板を介しアナログ
についてはデバイス構造依存する。そのため現在低消費
ブロックへ回り込み(基板伝搬ノイズ)
,これが影響して
化に最適なデバイス構造を開発しているところである。ま
誤動作の原因となる場合がある。そのため設計者は,
た,高い増幅率を得るためには(3)式の後項
Analog部の回路動作マージン(ノイズマージンなど)を
多めに設定する(電源電圧を高くする。つまり消費電力
増大)か,チップ上でデジタル部とアナログ部の距離を
で 示 さ れ る L 3/ R L3, す な わ ち イ ン ダ ク タ L 3 の Q 値
離す等の工夫をする必要がある。それに対しSOI基板で
(Quality Factor)が関係しており,高抵抗基板を用いる
は,基板とデバイスがBox酸化膜により完全に分離され
ことでQ値が高くなり同じ電流でもより高い増幅率が得ら
ているため,基板伝播ノイズを低減できる特徴を持つ。実
れる。これらの効果を検証するため図8で示した回路を試
際に試作評価した結果Bulk-Siのwell Isolationに比べ20
作 し た 結 果 , V d d = 1 V で 1 . 4 7 m A ( @ 2 . 4 G H z ),
5)
∼40dB低減できた 。
Gain=14.7dB/NF=1.776dBと低消費電流で高増幅率
を得ることができた。
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の回路構成ではなく,FD-SOIの特徴を最大限に引き出す
Vdd
回路技術開発を進める必要がある。たとえば縦積み構成
L3
RF out
による電流再利用方式,パッシブミキサーなどを利用し
M2
たパッシブ方式などがある。従来の回路方式にとらわれ
L1
ず斬新なアイデアを取り込み,さらにFD-SOIの特徴を引
M1
RF in
き出すアーキテクチャ,回路構成を追及し回路,デバイス
L2
で一体となり超低消費電力技術を目指す必要がある。
今後も引き続きFD-SOIのデバイス,回路開発を進め,
超低消費電力アプリケーションに向けBulk-Si技術などの
図8 今回検討したソース接地型LNA回路図
技術では得られない超低消費電力向けFD-SOI用のプラッ
トフォームを開発していきたいと考えている。
◆◆
高いQ値のインダクタが使えることは他の高周波回路,
特にVCOやPA(Power Amp.)などでも低消費化を実現
するために有効である。実際にVCOを試作した結果を図
9に示す。図9a)は試作に用いたVCO回路図,図9b)は
試作したVCOの発振周波数のVcont依存および発振信号
強度を示している。図中赤で示した特性は高抵抗SOI基板
(1kΩ)を用いた場合,青は通常SOI基板(10Ω)を用い
た場合の特性を示す。通常基板を用いた場合は0.2V以上
で未発振であった。一方,高抵抗基板を用いた場合イン
ダクタの特性が良くなる(Q値高)ため,Vdd=1.0Vでも
高発振信号レベルを得ることができ,動作電流を1/2以
下の1.5mA(中心周波数2.4GHz)とより低消費でVCO
を動作させることができた。
Icur
Osc.Freq[GHz]
out
Vcont
2.8
2.7
2.6
2.5
2.4
2.3
2.2
2.1
2
1.9
1.8
1.7
Freq_HR
1.6
1.5
Freq(SOI-CMOS)
1.4
Pout_HR
1.3
1.2
Pout(SOI-CMOS)
1.1
1
-1.2 -1 -0.8 -0.6 -0.4 -0.2 0
10
0
-10
-20
-30
Pout[dBm]
高抵抗基板によりHigh-Q化
Vdd
-40
0.2 0.4 0.6 0.8
1
-50
1.2
Vcont[V]
a) VCO回路 b)試作したVCOの評価結果
図9 VCO試作結果(Vddは1V)
今後の展望
以上説明した通り,FD-SOIはLogic,RF/Analog回路
いずれにおいても低消費電力化に非常に有効であること
がわかった。ロジック,アナログ,RFの各要素回路での
低消費化の効果を述べたが,我々が目標としている超低
消費電力LSI(消費電流1mA,待機時リーク電流0.1μA)
を実現するにはさらに低消費化する必要があり,単純に
SOIの特徴を用いただけでは実現不可能である。そのため
■参考文献
1)F. Ichikawa:
“Fully Depleted SOI Technology for Ultra
Low Power Application”
,SSDM,p.230,2004
2)長友良樹:低消費電力 完全空乏型SOIデバイス開発のあゆ
み,沖テクニカルレビュー196号,Vol.70 No.4,pp.112-117,
2003年10月
3)
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wireless sensor nodes”,Computer Communications ,
pp.1131-1144
4)鄭立:“ZigBee開発ハンドブック”,リックテレコム社,
2006年
5)A. Uchiyama:“Fully Depleted SOI Technology for
Ultra Low Power Digital and RF Applications”
,IEEE SOI
Conference,p.15,2006
6)D. Flandre:“SOI CMOS TRANSISTORS FOR RF AND
MICROWAVE APPLICATIONS”
,International Journal of
High Speed Electronics and Systems,p.1159,2001
7)E.A.Vittos:“Low Power design ways to approach the
limits”
,IEEE ISSCC,p.14,1994
8)D.K. Shaeffer:“A 1.5-V, 1.5-GHz CMOS Low Noise
Amplifier”
,JSSC,p.745,1997
9)Yo-Chuol Ho:“4- and 13-GHz Tuned Amplifiers
Implemented in a 0.1u m CMOS Technology on SOI, SOS,
and Bulk Substrates”
,JSSC,p.2066,1998
●筆者紹介
谷幸一:Koichi Tani. 半導体ビジネスグループ 研究本部 研究
第一部 SOI研究第二チーム
クマール アニール:Anil Kumar. 半導体ビジネスグループ 研究本
部 研究第一部 SOI研究第一チーム
堂前泰宏:Yasuhiro Domae.半導体ビジネスグループ 研究本部
研究第一部 SOI 研究第一チーム
内山章:Akira Uchiyama. 半導体ビジネスグループ 研究本部 研
究第一部
井田次郎:Jiro Ida. 半導体ビジネスグループ 研究本部 研究
第一部
には通常のデバイス設計ではなく,ロジック,RF,アナ
ログ性能を高めさらに最適化する必要がある。また従来
OKIテクニカルレビュー
2007年10月/第211号Vol.74 No.3
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