地上デジタル放送1/3セグ用OFDM-LSIの開発

地上デジタル放送 1/3セグ用 OFDM-LSIの開発
赤堀 博次 市川 武志
2006年12月,日本国内において携帯・移動体向けの地
上デジタル放送サービス(通称:ワンセグ)が開始され,
地上デジタルラジオ放送の試験放送が開始された。本放
送方式は従来のアナログ放送と異なり,劣化やゴースト
を抑え,高品質の映像・音声が届けられることが特徴と
なっている。しかしアンテナを定位置に設置した固定受
信となる従来のテレビジョンとは異なり,携帯・移動体
写真1 ML7107チップ
に用いられるため非常に厳しい電波伝搬状況にて受信可
能となる受信器が求められている。
今回ワンセグおよびデジタルラジオ用OFDM-LSIであ
るML7107(写真1)を開発した。本LSIの概要および移
メントが高伝送速度を可能にする64QAMを使用している
のに対し,ワンセグではノイズ耐性に優れたQPSKにより
携帯・移動体を考慮した放送パラメータを用いている。
動体端末に必要な受信特性(所用CNR,フェージング特
ISDB-TSBはVHF帯を用いた放送であり,ISDB-Tのワ
性,長遅延特性)の他社比較結果を示し,本LSIの優位性
ンセグ同様1セグメントのみによる放送と,連続する3つ
を説明する。
のセグメント(3セグ)を用いた放送がある。これらも携
帯・移動体を考慮した放送パラメータを用いる。
今回開発した地上デジタル放送用OFDM-LSIのブロック
地上デジタル放送用OFDM-LSIの概要
構成を次項,図1に示す。
今回開発した地上デジタル放送用OFDM-LSI(ML7107)
は,地上デジタルテレビジョン放送(ISDB-T)規格
各ブロックの概要を以下に示す。
ARIB-STD-B31の「ワンセグ」
(1セグ)および地上デジ
タル音声放送(ISDB-TSB)規格ARIB-STD-B29(1/3
セグ)に準拠している。
(1)ADC/DAC
本LSIは,アンテナおよびチューナLSIと組み合せ使用
ISDB-TはUHF帯を用いた放送であり,従来の地上アナ
することでUHF/VHFの地上デジタル放送を受信可能と
ログ放送にて問題となるゴーストを抑えるべくOFDM
する。チューナLSIとは,アンテナより受信した放送信号
(Orthogonal Frequency Division Multiplex)方式を採
を本LSIに搭載されるADCがサンプリング可能な低い周波
用している。OFDMとは,複数の搬送波を用いこれらを
数の信号(Low-IF信号)に変換するLSIである。本LSIは
直交した周波数位置に配列した変調方式であり,GI
前段のチューナLSIから出力されるLow-IF信号を入力と
(Guard Interval)を付加することでゴーストを発生させ
し,ADCによりデジタル信号に量子化を行う。
るマルチパスに強い性質を持つ。ISDB-Tでは,この
チューナLSIは受信電力に適した利得制御を行う必要が
OFDMを採用することでゴーストを抑えた高品質な映像・
ある。DACはチューナLSI内のVGA(Voltage Gain
音声を実現することが可能となっている。
Amplifire)制御に用いる。
ワンセグとは,ISDB-Tの放送波を周波数方向に13分割
した「セグメント」のうち,中心の1セグメント(1 セグ)
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(2)復調処理
を用いて放送するサービスである。現在の運用(2007年
復調処理ではOFDM復調およびデマッピングにて放送
2月現在)では残りの12セグメントはハイビジョン放送に
信号を復調する。同時に放送パラメータ等の情報を示す
使用されている。ハイビジョン放送に使用される12セグ
TMCC(Transmission and Multiplexing Configuration
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デバイス特集 ●
復調処理
RF
ADC
復号処理
OFDM
復調
DAC
TMCC
復調
周波数
デインターリーブ
時間
デインターリーブ
ビット
デインターリーブ
バイト
デインターリーブ
デパンクチャ
ビタビ
復号
エネルギー
逆拡散
RS復号
TS I/F
TMCC復号
コントローラ
図1 ML7107ブロック図
Control)復調も行う。デマッピングとは変調信号の複素
引き方法はISDB-T/ISDB-TSBにて規定される。ビタビ復
座標位置に対応した復調信号に変換する機能であり,
号とは誤り訂正復号の一種で冗長性のある誤り訂正符号
TMCCとは復調・復号に必要な放送パラメータ等の情報
化された信号の誤り訂正を行うものである。エネルギー
信号である。ISDB-T/ISDB-TSBの1/3セグでは,放送信
逆拡散は信号極性の偏りを無くしランダム性を持たせる
号の変調にQPSK/16QAMを用いることか可能であるが,
もので,送信側にて掛け合わせた擬似雑音系列を逆に掛
現在の運用(2007年2月現在)ではすべてQPSKを用い
け合わせ元に戻すものである。RS復号とはブロック誤り
ている。
訂正復号の一種で誤り訂正検出および誤り訂正復号を行
本LSIは,高い受信性能を実現するため,OFDM復調に
弊社独自の方式を採用している。
うものである。TSインタフェースとはRS復号の出力信号
を映像・音声の再生を行う後段のデコーダーに合ったイ
ンタフェースに変換するものである。これらの復号処理
(3)復号処理
復号処理は周波数インターリーブ,時間インターリーブ,
過程はISDB-T/ISDB-TSBにより規定されている。3セグ
受信では,中心の1セグメントによるA階層受信と,両側
ビットインターリーブ,バイトデインターリーブ,デパ
の計2セグメントによるB階層が含まれ,時間デインター
ンクチャ,ビタビ復号,エネルギー逆拡散,RS復号
リーブまでの処理は共有し,ビットデインターリーブ以
(Reed- Solomon復号),TSインタフェースの順で処理
降の処理はA/B階層それぞれ独立して行う。
を行い,また,TMCC復号も行う。インターリーブとは
誤り訂正復号の誤り入力信号を分散させるためのもので,
ISDB-T/ISDB-TSBにて規定される規則性に準じた順番並
(4)コントローラ
コントローラは,復調/復号処理の設定だけでなく,
べ替えを行うものである。周波数インターリーブはOFDM
チ ュ ーナLSIの設定や,受信開始前の放送波スキャン
のサブキャリアの順番を並べ替えるものである。時間イ
(チャネルサーチとも言う)を制御する。放送波スキャン
ンターリーブは復調された信号の順番を入れ替えるもの
は信頼度と高速性を要求される機能であり,本LSIでは高
である。ビットインターリーブ,バイトインターリーブ
い信頼度と高速性を実現している。
はそれぞれビット単位,バイト単位で順番を入れ替える
ものである。デパンクチャとは送信側にて予め間引かれ
た冗長性のある信号領域に暫定値を挿入するもので,間
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像・音声の再生をより困難にする。
要求される受信性能
ワンセグに求められる代表的な受信性能を以下に示す。
本事象に対する地上デジタル放送用OFDM-LSIの性能
指標として,フェージング特性を用いている。放送周波
数と移動速度からフェージングに用いられるドップラー
(1)受信エリアの拡大
従来の定位置に設置するタイプのアンテナは,放送波
周波数が換算され,ドップラー周波数が高いほど移動速
度が速くなる。
の受信方向が変化することが無いため,指向性の高いア
ンテナを放送局の見通しの良い位置に設置することで,高
(3)SFN
い受信電界を得ている。しかしワンセグでは,携帯・移
前述のように,マルチパスは伝播路の経路長が異なる
動体端末本体に付属するアンテナにて放送波を受信する
ほど受信アンテナに到来する時間に差が生じ,地上アナ
ため,アンテナの受信利得が低く見通し外伝搬となり,高
ログ放送では映像が重なる「ゴースト」が現れる原因と
い受信電界を得ることが困難となる。そのため,受信装
なる。
置には低い受信電界でも良好に映像・音声が再生できる
ことが強く要求される。
地上デジタル放送では,GI(Guard Interval)を用い
たOFDM方式を採用している。GIを用いることでマルチ
本事象に対する地上デジタル放送用OFDM-LSIの性能
パスによる影響を軽減することが可能となる。この性質
指標として,所要CNRが用いられる。所要CNRとは希望
を生かし地上デジタル放送では,電波資源の有効活用の
電力と擬似白色雑音電力(以後雑音電力)の比を表すも
ため,中継局が本放送局もしくは親となる中継局と同一
のであり,値が小さいほど雑音電力の割合が大きいこと
の周波数にて放送波を送出する方式(SFN:Single
を表す。所要CNRの値が小さいほど優れた受信性能を有
Frequency Network)が採用されている。
することとなる。
本放送局からの放送波を受信し中継波を生成するSFN
中継局の送出タイミングは,本放送局から中継局までの
(2)高速移動受信
伝搬遅延および受信・送信処理により遅延が生じる。さ
地上アナログ放送では,マルチパスやフェージングに
らに親となるSFN中継局から放送波を受信するSFN中継
弱いという点で,電車や自動車等の移動受信が困難で
局は,本放送局からの送出タイミングに比べさらに遅延
あった。マルチパスとは,放送波が複数の伝搬路を通過
が加わることとなる(図2)
。
し,受信アンテナに到来することを言う。伝播路の経路
長が異なるほど受信アンテナに到来する時間に差が生じ,
山
地上アナログ放送では映像が重なる「ゴースト」が現れ
る原因となる。フェージングとは電波伝搬上の物理現象
反射
で,マルチパスによる複数の経路を通った放送波の合成
が受信アンテナの移動や時間経過に伴い位相やレベルが
変動することである。特に移動速度が速い場合はこれら
遅延
直接
変動も早くなり,適切な受信が困難になる。ワンセグで
反射
は,携帯・移動体端末による電車や自動車等の移動受信
高層ビル
を想定しており,インターリーブ等の技術が放送方式と
して盛り込まれている。フェージングによる受信レベル
の一時的な落ち込みにより復調信号の誤りが生じてもイ
放送局
SFN中継局
利用者
ンターリーブにて誤り信号を分散し,後段の誤り訂正復
号の訂正効果を高められるためである。
図2 遅延パス
しかしOFDM方式は,マルチパスに強い反面,移動時
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にICI(Inter carrier interference)等により受信品質劣
ワンセグ受信装置は,受信する場所によりこれら本放
化が生じる。ICIとはOFDMの各サブキャリアの直交性が
送局・SFN中継局からの伝搬遅延も加わり,地上アナログ
崩れ,不要なサブキャリアの信号成分が雑音成分となっ
放送では生じ得ない非常に長い遅延を持ったマルチパス
て回線品質を劣化させることを言う。特に高速鉄道等の
受信となる場合が起こりうる。この遅延時間はGIを越え
高速移動時に生じるこれら受信品質の劣化は大きく,映
る場合も起こりうると考えられている。
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表1 特性比較
項目
所要CNR
評価基準
映像が途切れる
映像が止まる
映像が途切れる
映像が止まる
映像が途切れる
映像が止まる
フェージング
特性
長遅延特性
ML7107
4.3
4.1
150 以上※
150 以上※
200
230
A社
5.2
5.0
100
110
120
140
B社
4.4
4.3
100
110
210
220
C社
4.8
4.6
100
110
210
220
単位
dB
dB
Hz
Hz
us
us
※ ML7107のフェージング特性は測定器制約により150Hzで評価中止
本事象に対する地上デジタル放送用OFDM-LSIの性能
指標として,長遅延特性を用いている。等電力となるパス
●筆者紹介
赤堀博次:Hiroji Akahori. シリコンソリューションカンパニー
通信・車載システムビジネス本部 通信LSI設計第一部
市川武志:Takeshi Ichikawa .シリコンソリューションカンパ
ニー 通信・車載システムビジネス本部 通信LSI設計第一部
の時間間隔が遅延時間に相当する。
性 能 比 較
他社ワンセグ搭載携帯端末3機種と弊社開発のML7107
を用いた映像再生評価系を用い,この4つの映像を目視に
て確認した。評価方法はA)映像が途切れ始める若しくは
乱れ始める,B)映像が止まる,の2つの状態における各
評価環境の値で比較した。
評価結果を表1に示す。本評価は運用されている放送パ
ラメータを用いた。
これら性能比較結果により,今回開発した地上デジタ
ル放送用OFDM-LSIは他社と同等以上の性能であること
が分かる。特にフェージング特性は優れており,高速移
動時の受信を実現している。東京タワーにて放送される
放送周波数において,ドップラー周波数150Hzは時速約
300km/hに相当する。
今後の展開
地デジおよび当社が開発したワンセグおよびデジタル
ラジオ用OFDM-LSI LSI(ML7107)についての説明は
上記の通りである。今般,携帯機器に多く適用され,低
消費電力化,小型化を求める声が非常に高くなってきて
いる。そこでさらに市場競争力を高めるため,今後はOKI
の得意とするCMOS-RF技術を適用しチューナLSIと
OFDMLSIの1チップ化に取り組んでいく。
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