γ 線

γ線
1.は じ め に
γ線は、α線、β線に次いで、より透過力の高い放射線としてフラ
ン ス 人 P a u l Vi l l a r d が 発 見 し 、E r n e s t R u t h e r f o r d が 命 名 し た と さ れ る 。
γ 線 は 、励 起 状 態 の 原 子 核 が 他 の 励 起 状 態 を 経 て 基 底 状 態 に 遷 移 す る
過程で放出される電磁波と定義され、原子核のα壊変、β壊変、自発
核分裂、中性子捕獲
1)な
どの原子核反応によって励起された原子核を
起源とする。元素から放出される電磁波には、他に軌道電子のエネル
ギー遷移を起源とするX線があり、起源により区別されるが、検出・
測定の対象としては、どちらも高エネルギー電磁波(以後、光子と呼
ぶ)であり区別できない。一方、γ線の持つ比較的高いエネルギー
0.1MeV か ら 100MeV を 指 摘 し て X 線 と 区 別 す る 場 合 が あ る が 、 X 線
のエネルギー範囲と重複し、またこの範囲を超えるγ線も存在する。
上 記 の ほ か 、陽 電 子 が 対 消 滅 を 起 こ し た と き 放 出 さ れ る 2 個 の 光 子 も
γ線と呼ばれる。また、宇宙線の一種として観測される高エネルギー
の光子は、その起源が必ずしも明らかではないが、γ線と呼ばれる。
2.γ 線 計 測 の 目 的
一般には混同されがちであるが、γ線などの“放射線”と、それを
放出する物質の性質または放射性物質の量を表す“放射能”とは、区
別して理解する必要がある。放射線を計測する目的は、照射される放
射 線 の エ ネ ル ギ ー 分 布 と 放 射 線 量 を 把 握 す る こ と と 、放 射 能 の 存 在 を
検知し定性・定量することに大別される。原子力施設の内部や周辺で
空間の放射線量を常時監視するための測定は、前者の一例であり、排
気、廃液、土壌、動植物などから採取した物質中に含まれる放射性物
質の特定や定量分析のために行われる測定は、後者の例である。
3.γ 線 の 検 出
γ線は、電荷を持たないので物質を直接電離せず透過力が高い。γ
線 は 、主 と し て 次 に あ げ る 3 種 類 の 相 互 作 用 を 介 し て そ の エ ネ ル ギ ー
を 電 子 の 運 動 エ ネ ル ギ ー に 転 換 し 、こ の 高 速 の 電 子 が 検 出 器 物 質 中 で
電離を生じさせ、その結果得られる電気的信号を使って検知される。
光電効果、コンプトン散乱、電子対生成がγ線と物質との主な相互作
用として取り上げるべきものであるが、その解説は教科書に譲る
2)。
検出器に入射したγ線は相互作用を繰り返しながらそのエネルギー
を 失 い 、最 終 的 に 全 て の エ ネ ル ギ ー を 検 出 器 物 質 の 電 離 に 費 や し た 場
合 に 全 吸 収 ピ ー ク を ス ペ ク ト ル 上 に 作 る ( 図 1 )。 エ ネ ル ギ ー 吸 収 の
過程で一部の高速電子、X 線、消滅γ線などが検出器有感領域から逸
脱した場合、検出器出力パルス波高は欠損を生じ、スペクトル上の連
続成分やエスケープピークを構成する。
4.検 出 器 の 種 類
γ 線 検 出 器 に は 、使 用 し て い る 原 理 や 測 定 し よ う と す る 量 に よ っ て
色 々 な 種 類 が あ り 、単 に 放 射 線 の 存 在 を 検 知 し 警 報 を 発 す る 目 的 の も
の か ら 、γ 線 の エ ネ ル ギ ー 分 布 を 詳 細 に 測 定 し 定 量 分 析 を 行 う も の ま
でさまざまである。また、対象とするγ線のエネルギー範囲や強さに
よっても選択する必要がある。ここでは、機器分析装置として微量の
放射能の定量測定
6)に
使 わ れ る Ge 半 導 体 検 出 器 に フ ォ ー カ ス し て 、
その特徴と使用方法を解説する。
5.Ge半 導 体 放 射 線 検 出 器
試料から放出されるγ線を捕らえて、エネルギー・スペクトルを作
成し、これを分析して試料中の放射能を定性・定量することを可視光
周 辺 で の 分 光 分 析 に な ぞ ら え て 、γ 線 ス ペ ク ト ロ メ ト リ ー と い う 。G e
半導体検出器がこの目的に使用されるのは、次の理由による。
検出器出力のエネルギー直線性が良い。
に優れている。
1.
2.エネルギー分解能が特
3 . 検 出 器 物 質 Ge の 原 子 番 号 、 密 度 が 大 き く 検 出
効率が高い。4.安定性、再現性が優れている。
図 1. Ge 検 出 器 で 測 定 し た 校 正 用 放 射 線 源 の γ 線 ス ペ ク ト ル
5.1Ge半 導 体 検 出 器 の 構 造
高 純 度 の p ま た は n 型 Ge 単 結 晶 を 素 材 と し 、 円 筒 形 の 片 方 の 端 面
か ら 貫 通 し な い 穴 を 空 け て 電 極 を 作 り 、円 筒 外 皮 に 設 け た 電 極 と の 間
で 片 端 面 の 閉 じ た 同 軸 構 造 を 作 る 。 加 工 さ れ た Ge 単 結 晶 で は 、 電 極
と の 間 で ダ イ オ ー ド 接 合 を 形 成 し て お り 、こ の 接 合 に 2 0 0 0 か ら 5 0 0 0 V
程度の逆バイアス高電圧を印加することによって空乏層が拡張され、
Ge 結 晶 の ほ ぼ 全 域 に 広 が っ て い る 。 こ の 拡 張 さ れ た 空 乏 層 が γ 線 に
対して有感領域となる。検出器有感領域に入射したγ線は、先に述べ
た 主 な 相 互 作 用 を 介 し て Ge 原 子 を 電 離 し 電 子 と ホ ー ル の 組 を 作 る 。
これらは、電場に従ってそれぞれ電極に移動し信号を出力する。この
と き 、一 対 の 電 子 ホ ー ル 対 を 生 成 す る の に 必 要 な 入 射 γ 線 の 平 均 の エ
ネ ル ギ ー は ε で 表 す の が 習 慣 で 、G e の 場 合 2 . 9 6 e V 、S i の 場 合 3 . 6 2 e V
である。電子ホール対の生成は確率過程とされており、このε値が小
さ い ほ ど 多 数 の 電 子 ホ ー ル 対 を 生 成 し 、生 成 数 の 統 計 変 動 を 小 さ く す
る。その結果、良好なエネルギー分解能を得ることができる。なお、
G e 結 晶 の バ ン ド ギ ャ ッ プ は 0 . 6 7 e V と 小 さ く 、熱 励 起 電 子 に よ る 漏 れ
電流を減少させるため液体窒素温度に冷却して使用することが不可
欠である。
図 2. p 型 ,n 型 の 高 純 度 結 晶 を 使 用 し た 同 軸 型 検 出 器
5.2 エ ネ ル ギ ー 分 解 能
放 射 線 検 出 器 の エ ネ ル ギ ー 分 解 能 は 、単 色 の γ 線 が 入 射 し た と き に
作 ら れ る ス ペ ク ト ル 上 の 全 吸 収 ピ ー ク の 半 値 幅 ( F W H M : F u l l Wi d t h
at Half Maximum) 1)で 定 義 さ れ る 。 Ge 検 出 器 に 対 し て は 、 Co60 放
射 線 源 か ら 放 出 さ れ る 1332.5keV の γ 線 を 測 定 し て 決 定 す る 方 法 が
JIS そ の 他 の 規 定 で 決 ま っ て い る
3),4)。
検出器内部で生成される電子
ホ ー ル 対 の 数 の 揺 ら ぎ は 、 単 純 に ポ ア ソ ン 分 布 に 従 わ ず 、 FWHM は 、
検出器の物質ごとに実験値として得られるファノファクタ Fを使って
F W H M = 2 . 3 5 5 × ( F × E × ε ) 1 / 2 と 表 さ れ る 。 F は 、G e の 場 合 0 . 0 5 8 と
される
5 ) 。以
上 に よ り 、G e 検 出 器 自 体 の エ ネ ル ギ ー 分 解 能 は 入 射 γ 線
のエネルギーのルートに比例する。実際には、これにプリアンプ初段
に 使 わ れ る 電 界 効 果 ト ラ ン ジ ス タ ー ( F E T: F i e l d E f f e c t Tr a n s i s t o r )
を 主 な 起 源 と す る 電 気 回 路 の ノ イ ズ が 加 わ り 、1332.5keV の γ 線 に 対
し て 1.7keV 程 度 の エ ネ ル ギ ー 分 解 能 が 得 ら れ て い る 。
5.3 検 出 効 率
一 般 に γ 線 検 出 器 の 検 出 効 率 は 、検 出 器 物 質 の 密 度 と 原 子 番 号 に 拠
る ほ か 、 検 出 器 の 有 感 領 域 の サ イ ズ と 形 状 に よ っ て 決 ま る 。 Ge 検 出
器 は 大 き な 原 子 番 号 と 密 度 を 持 ち 、高 エ ネ ル ギ ー の γ 線 を 検 出 す る の
に 向 い て い る 。 Ge 半 導 体 検 出 器 の 検 出 効 率 は 、 Co60 点 状 線 源 を 検 出
器 の 前 方 軸 上 25cm の 位 置 に 置 き 、 エ ネ ル ギ ー 1332.5keV の γ 線 の 全
吸 収 ピ ー ク を 測 定 し 、 直 径 3 イ ン チ 長 さ 3 イ ン チ の 円 筒 形 NaI(Tl)シ
ンチレーション検出器の検出効率に対する相対効率として計算され、
相 対 効 率 3 5 . 3 % な ど と 表 記 さ れ る 。実 際 の 測 定 で は 、上 記 の 位 置 関 係
に あ る NaI(Tl)シ ン チ レ ー タ の 絶 対 効 率 は 、 1.2×10-3 と し て 計 算 す る
ことになっているので、比較測定を行う必要はない。大きな検出効率
を 持 つ Ge 検 出 器 は 長 く 製 造 が 困 難 で あ っ た が 、 最 近 で は 検 出 効 率
200%超 な ど 大 型 の Ge 検 出 器 が 入 手 可 能 で あ る 。
5.4 検 出 効 率 の 校 正
検出器の検出効率は、様々な測定対象の形状、密度にあわせ、さら
に γ 線 の エ ネ ル ギ ー 毎 に 定 め な く て は な ら な い 。こ の 為 に 測 定 対 象 の
形 状 に 合 わ せ て 既 知 の 放 射 能 を 持 つ 校 正 用 放 射 線 源 を 作 成 し 、こ れ を
測定して形状毎、エネルギー毎の検出効率を予め測定しておく。
使
用する放射能は、スペクトル分析が行いやすいように、測定対象エネ
ル ギ ー 全 域 に 単 純 な 全 吸 収 ピ ー ク を 持 ち 、実 用 的 な 半 減 期 を 持 た な く
て は な ら な い 。( 図 1 ) こ の よ う な 放 射 性 核 種 の 組 み 合 わ せ を 得 る こ
と は 難 し く 、場 合 に よ り 数 十 日 程 度 の 比 較 的 短 い 半 減 期 の 放 射 性 核 種
を 使 用 す る た め 、常 時 校 正 用 放 射 線 源 を 保 有 す る こ と に は 困 難 が あ る 。
また、最近の社会情勢を反映して、一部の放射線源は、入手、使用、
廃 棄 が 規 制 さ れ 管 理 が 難 し く な っ て お り 、こ れ ら に 変 わ る 校 正 方 法 と
してモンテカルロ計算を主体としたシミュレーション技術が盛んに
開発されている。
5.5 検 出 器 の 周 辺 装 置 な ど
Ge 半 導 体 検 出 器 を 使 用 す る た め に は 、 様 々 な 周 辺 装 置 な ど が 必 要
であるが、ここでは名称を列挙するにとどめる。
1 .遮 蔽 体 、
トウエア。
2 .冷 却 装 置 、
3 .エ レ ク ト ロ ニ ク ス 、
4 .ソ フ
6.最 後 に
本 稿 で は 、 最 も 基 本 的 な 形 状 の Ge 検 出 器 を 解 説 し た が 、 用 途 に よ
り 様 々 な 形 状 の 検 出 器 が 入 手 可 能 で あ る 。 Ge 半 導 体 検 出 器 に 関 す る
JIS 規 格
3)と
関 連 の IEC 規 格
4)を
参 照 文 献 に 挙 げ た 。 IEC で は 、 次 期
規 格 IEC60973Ed.2.0 を 準 備 中 で あ る 。 γ 線 測 定 の ア プ リ ケ ー シ ョ ン
には、本稿で取り上げたものの他に様々な応用があり、それぞれに適
し た 検 出 器 が あ る 。 医 療 用 の PET 装 置 へ の 応 用 や 、 年 代 測 定 や 食 品
の放射線照射検認に使用されるルミネッセンス分析などが最近注目
を集めている。
文
献
( 1 ) 文 中 使 用 し た 用 語 は 、 次 の We b サ イ ト に 用 語 集 が あ る の で 参 照 さ れ
た い 。 h t t p : / / w w w. a t o m i n . g r. j p / a t o m i c a / i n d e x . h t m l( 2 0 0 8 年 1 月 1 6
日確認)
( 2 ) G . F.
Knoll
“Rdiation
Detection
and
Measurement,
Third
e d i t i o n ” , J o h n Wi l e y & S o n s , N e w Yo r k , 1 9 9 9 .
(3)JIS Z 4520, ゲ ル マ ニ ウ ム γ 線 検 出 器 の 試 験 方 法 (2007)。
( 4 ) I E C 6 0 9 7 3 E d . 1 . 0 : 1 9 8 9 ( b ) Te s t p r o c e d u r e s f o r g e r m a n i u m
gamma-ray detectors.
( 5 ) 米 沢 中 四 郎 訳 :“ 実 用 ガ ン マ 線 測 定 ハ ン ド ブ ッ ク ”、
p241(2002)、
(日刊工業新聞社)
( 6 ) 文 部 科 学 省 :“ ゲ ル マ ニ ウ ム 半 導 体 検 出 器 に よ る ガ ン マ 線 ス ペ ク ト ロ
メ ト リ ー ” (1992)
[ セ イ コ ー ・イ ー ジ ー ア ン ド ジ ー 株 式 会 社 技 術 部
齋藤正喜]