トナー表面電荷による静電付着力の解析 | Ricoh Technical Report No.37

トナー表面電荷による静電付着力の解析
Analysis of Electrostatic Force induced by Charge on Toner Surface
栗林 夏城*
Natsuki KURIBAYASHI
要
旨
多重極展開の方法と境界要素法による静電場解析を用いて2つの球形トナー間に働く静電的付
着力を計算した.その結果,同極性トナー間でも表面電荷分布がより局在している場合は間隙が
小さいところで引力になることがわかった.この力はトナー表面上の局所電荷が他方のトナーの
樹脂の部分を誘電分極させて,その分極電荷との間に働く引力である.このような力により感光
体上ではトナーが凝集し,保持されていると考えられる.
ABSTRACT
Electrostatic force between two spherical positively charged toners is calculated by two methods,
a multipole expansion method and boundary element method (BEM). The calculation results show
that interactive force between two toners is attractive for small distance, if their surfaces are charged
not uniformly but locally. This attractive force is caused by the fact that the localized charge on one
toner induces polarization charge on the other toner located closely. This suggests that toners can
cohere together by the attractive force on photoconductor surface.
*
研究開発本部 基盤技術研究センター
Core Technology R&D Center, Research and Development Group
Ricoh Technical Report No.37
117
DECEMBER, 2011
Toner
1. はじめに
電子写真の画像形成材料であるトナーは粒径数ミク
Local
Charge
Electrostatic
Force
ロンの帯電した微粒子で,個々のトナー粒子は主に静
電気力によって感光体上に現像される.そして感光体
上で画像として顕在化する際にはそれらは凝集した状
態で保持されている.このときのトナー粒子と感光体
Image Force
との間に働く付着力や,同極性であるトナー粒子間に
Photoconductor
Surface
Fig.1 Developed toner particles on PC surface.
働く付着力(凝集力)については従来より多くの議論
があった.その中には微粒子であるトナーと感光体表
面間あるいはトナー粒子間のvan der Waals力(分子間
2. 多重極展開の方法によるトナー(軸
対称電荷分布)間の静電気力の解析
力)が支配的との考え方もあったが,この場合には粒
子間の間隙が数nm 以下である必要がある.電子写真
の転写プロセスではトナーが強く圧縮されてそのよう
2-1
な場合も考えられるが,現像プロセスにおいては考え
多重極展開法による静電界の計算方法
まず,1つの誘電体球について考える.球の半径を
にくい.
1)
R,誘電率をε,球外の誘電率をε0(真空の誘電率)
既報 ではトナー粒子表面が一様ではなく局所的に
2, 3)
帯電している
とすると,同極性の2つのトナー粒子
とする.
間でも一方のトナー表面上の局所電荷が,近接するも
電荷は球面上にのみ存在して空間に電荷がないので,
う一方のトナーの樹脂などの部分を誘電分極させ引力
静電界は3次元Laplace方程式で表わされる.誘電体球
が働く可能性を示し,Fig.1のようなトナー凝集が起こ
の中心を原点とした極座標系でさらにz軸対称の場合は
り得ることを示唆した.すなわち,付着力(凝集力)
式(1)となり,静電ポテンシャルφの一般解(級数解)
は主に静電気力であると考えることができる.しかし,
は式(2)となる.
場合にも対応できるよう境界要素法を用いて静電界を
 
 
1   2  
1
 sin 
0
 2
r
2
 
r r  r  r sin   

B( j ) 

 (r ,  )    A( j ) r j  j 1  Pj (cos  )
r 

j 0
解析し静電気力による付着メカニズムを示した.最初
ここで,Pj (cosθ)はLegendre多項式,A(j ),B(j )は
に軸対称電荷分布の場合の解析結果の概要を示して,
展開係数である.原点(r = 0)と無限遠(r = ∞)で電位φ
次に局所的な電荷分布の場合の解析結果を示す.なお,
が発散しないためには球内部での解はr jのみを含む項,
トナーは正帯電した球形の誘電体として扱っているが,
球外部では1/r j+1のみを含む項となり,以下のように表
負帯電としても静電界の向きが逆になるだけで付着力
される.
その解析は多重極展開の方法を用いており,軸対称の
電荷分布の場合しか扱えなかった.
本報告ではトナー粒子表面が任意の電荷分布を持つ


j
 in (r ,  )   A( j ) r Pj (cos  )
j 0



B( j )
  (r , ) 
Pj (cos  )

out
j 1

j 0 r

は同じである.
(1)
(2)
(r  R)
(3)
(r  R)
(4)
球面上の軸対称に分布した電荷密度σ(θ)は境界条
件に組み込まれる.誘電体境界面の静電界の接続条件
は次式であり,
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  0 E out  n   E in  n   ( )

 E out  n  E in  n
(5)
 1
 r k 1 Pk (cos 1 ) 
 1
j

1  ( j  k )!  r2 
 (1) k k 1 
  Pj (cos  2 )
j!k!  S 
S

j 0

 1 P (cos  ) 
2
 r2 k 1 k

j

1  ( j  k )!   r1 



 j!k!  S  Pj (cos1 )
S k 1 j  0

(6)
これを使うと球面での境界条件は
out


  in   ( )
 0
r
r





out
in

(r  R)
(7 )
(r  R)
(8)
となる.上式に式(3)(4)を代入すると次式を得る.











j 0
0
j 1
B( j ) Pj (cos  ) 
R j2

  A( j ) j R
j 1
j 0
Pj (cos  )   ( )
式(16)はr1<Sの範囲で成立する.そこで,球1内部の
(9)
電位φ1-in,球2内部の電位φ2-in,球1と球2の外部の

B( j )
Pj (cos  )   A( j ) R j Pj (cos  )

j 1
j 0 R
j 0
電位φout(2通り)は次式で与えられる.
(10)

1in ( r1 , 1 )   A1 ( j )r1 j Pj (cos 1 ) (r1  R1 )
次に,上式の両辺にPj (cosθ)を乗じて-1 < x = cosθ
2
1 Pm ( x) Pn ( x) dx  2n  1  mn
( x  cos  )
を使って次式を得る.
j 1

j 1
  0 R j  2 B ( j )   j R A( j )

2 j 1 1

 ( ) Pj (cos  )d (cos  )


2 1

 B ( j )  R 2 j 1 A( j )
( j  0,1, 2  )


(17)
j 0

< 1について積分すると,Legendre多項式の直交性
2 in ( r2 , 2 )   A2 ( j )r2 j Pj (cos  2 ) (r2  R2 )
(18)
j 0
(11)

out ( r1 , 1 )  
j 0


  B (k ) S
j 0
(12)
k 0
2

out ( r2 ,  2 )  
j 0
(13)


  B (k )
上式から展開係数A(j ),B(j ) (j = 0,1,2,…)が直
j 0
k 0
1
B1 ( j )
r1
j 1
Pj (cos 1 ) 
j
1 ( j  k )!   r1 

 Pj (cos 1 )
k 1
j!k!  S 
B2 ( j )
r2
j 1
(19)
Pj (cos  2 ) 
j
(1) k ( j  k )!  r2 
  Pj (cos  2 )
j!k!  S 
S k 1
接求められ,静ポテンシャルφin,φoutが決定される.
(20)
z-axis
R1
2-2
(16)
ここで,S は2球の中心間距離で,式(15)はr2<S,

1
(15)
1
多重極再展開法による静電界の計算方法
Sphere 1
次に,半径R1,R2,誘電率ε1,ε2の2つの球の表
1
1
r1
O1
面電荷密度がσ1,σ2のときの静電界を計算し,球面
上でMaxwellの応力を算出して2球の間の力を求める.
0
Fig.2に示すような2つの誘電体球の作る球外の静電
R2
ポテンシャルφoutは次式のように表わすことができる.
out  1 out ( r1 , 1 )  2 out ( r2 ,  2 )


j 0
B1 ( j )
r1
j 1

Pj (cos 1 )  
j 0
B2 ( j )
r2
j 1
Sphere 2
Pj (cos  2 )
r2
S
2
2
2
O2
(14)
上式は2つの極座標系が混在した表式となっている
Fig.2
ため,どちらか一方の極座標系に統一しておくことが
Spherical coordinate systems for O1 and O2
with two dielectric spheres.
必 要 で あ る . 多 重 極 再 展 開 法 4-6) は こ の 変 換 公 式
( r1 , 1 )  ( r2 ,  2 ) を与えるもので次式となる.
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球面1,球面2上での境界条件は式(7)(8)と同様
ことがわかる.球1の北極に電荷が集中している場合
となり,これに上式(17)-(20)を代入する.例えば,
(計算モデル②)でも小さいが引力が働いている.こ
r1=R1における境界条件への代入ではr1<Sゆえ,式
の理由は球2が誘電分極してこの分極電荷と球面1上
(16)が成り立ち式(19)を使うことができる.そして
の真電荷との間で引力が働くためで,当然のことなが
前項と同様の手続きを取り展開係数に関する関係式
らε2 = 1とするとFz = 0となる.
を得る.この際に,式(17)-(20)をN+1項で近似す
計算モデル③は球1,球2とも南極に電荷が集中し
るとすれば,展開係数A1(j ),B1(j ),A2(j ),B2(j )を
ている場合であるが,(x-1)12/4096分布の場合はgap <
未知数とする4(N +1)個の連立1次方程式が得られ,
0.4μmで引力が働いている.Fig.4には球面電荷を中心
それを解くことで静電ポテンシャルφ1-in,φ2-in,
の点電荷に集約したときの2点電荷間クーロン力(中
φ out が決定される. N を増すほど精度が高まるが,
心の点電荷近似)も示しているが,計算モデル③では
以下の計算例では最終的な付着力の計算値は N =50
gapが大きくなると電荷分布の構造が見えなくなり2点
程度でほぼ収束(8桁一致)する.計算時間は1秒以
電荷間のクーロン斥力に漸近する.
内である.
2-3
式(21)で与えた表面電荷分布は実際のトナーとは異
なると考えられるが,同極性トナーであっても表面の
トナー間付着力の計算結果
電荷分布によってはgapの小さいところで引力が働く場
2つの球形トナーを考えてR1 = R2 = 4μm,ε1 = ε2
合があることがわかった.したがって,Fig.1で示した
= 3(比誘電率),トナー間隙であるgap = S-(R1+R2)
ようなトナーの凝集モデルが成り立つ可能性がある.
= 0-10 μmの場合で計算した.トナー球面上の電荷
Diameter = 8μm Q/M = 20 μC/g
1.0
z-axis
密度は,σ(θ)=σ(cosθ)とすることで式(12)の被積
f ( x) 
0.8
分関数は x = cosθのみで表わされて積分範囲は-1 < x
θ
f (x)
< 1になる.そこでGauss積分(積分点64)を使うこと
ができる.Q/M=20μC/gとしてトナー1個の電荷量Q
r
σmax=1.5×10-4 C/m2
0.6
0.4
(Mはトナー質量,トナーの比重は1.1)を決めて,電
f ( x) 
0.2
荷分布を次式のように設定した.
( x  1)12
4096
σmax=3.8×10-4 C/m2
0.0
-1.0

x  cos
(21)
  ( x)   max f ( x)

4
12
 where f ( x)  ( x  1) / 16 or ( x  1) / 4096


1
2
2
 Q  0  ( )R sin dd  2R  max 1 f ( x)dx (22)

( x  1) 4
16
-0.5
0.0
0.5
1.0
x=cosθ
Fig.3
Axisymmetric charge distribution on toner
surface.
分布関数f (x)はトナー球の北極(正符号の場合)ま
たは南極(負符号の場合)の周辺に電荷が集中するよ
Coulomb force between two sphere center’s charges
5.0
うに試行的に与えた.f (x)とσmaxをFig.3に示した.
 ( x )   max ( x  1) 4 / 16
③
Fz of Sphere 1 [nN]
2つの球の南極または北極に式(21)のように電荷を
集中させたモデルで静電界を計算し,球面1上の
Maxwellの応力を算出して球1に働く力Fzを求めた.計
算結果をFig.4に示した.2つの球の間にはFz < 0のと
 ( x )   max ( x  1)12 / 4096
②
0.0
①
Fig.4
2は帯電していない場合であるが,引力が働いている
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120
③
z-axis
Sphere 2
-10.0
0.0
計算モデル①は球1の南極に電荷が集中していて球
②
gap
-5.0
きに引力,Fz > 0のときには斥力が働くことになる.ま
た,計算モデルもFig.4中に示した.
①
Sphere 1
not charged
2.0
4.0
6.0
gap [μm]
8.0
10.0
Electrostatic force of two toner particles.
DECEMBER, 2011
分の和として表わされ,式(23)は次式(27)となる.
3. 境界要素法によるトナー(任意電荷
分布)間の静電気力の解析
ci u i 
実際のトナーに近いと考えられる表面電荷分布を仮
定して,静電的付着力を境界要素法により計算する.
境界要素法による静電界の計算方法
3-1
1
4

 1 r 


   j N j u j  r 2 n dS


 
1
  N j q j  1 dS



r
4    j
 
(27)
ここで,uj,qjは節点j (j = 1~N:節点数)におけるポ
3次元Laplace方程式は,Greenの定理を用いて領域
テンシャル,流束である.要素内部ではu,qを形状関
での体積積分をそれを囲む閉曲面(境界面)上の面積
数(内挿関数)Njを用いて表わしている.uiはソース点
分に変換することにより,境界面上の境界積分方程式
である節点iにおけるポテンシャルの値である.式(27)
7)
で表わすことができる .静電ポテンシャルをu(x,y,
は次のように書くことができる.
z)として次式となる.
ci u i 









1
4

S
u
1 r
1
dS 
2
4


n
r

1
q dS
S
r
N 
N
ci ui   H ij u j   Gij q j
( 23)
r  r  ri
j 1
(28)
j 1
1
1 r

 H ij   4  N j r 2 n dS

1
G  1
N dS
 ij 4  j r
( 24)
u
u
u
u
 u  n 
(25)
nx 
ny 
nz
n
x
y
z
z  zi
y  yi
x  xi
r
 r  n 
n z (26)
ny 
nx 
n
r
r
r
q
(29)
(30)
ソース点iをi = 1~N(N:節点数)まで変えると,式
(28)はN個の方程式となりマトリックスの形で書くと,
ここで,rは境界上の積分変数,riは境界上の定点で
次式となる.
HU  GQ

 H ij  H ij (i  j )


 H ii  ci  H ii
ソース点と呼ばれる(Fig.5(a)参照).nは境界上の外
向き法線単位ベクトルである.qは境界上でのポテン
シャルの外向き法線方向微分で流束である.式(23)は
(31)
(32)
(33)
境界上のポテンシャルuと流束qの関係を表わしたもの
ベクトルU,Qの成分はそれぞれuj,qj,マトリック
である.また,uiはソース点riにおけるポテンシャルの
スH,Gの成分は式(29),(30),(32),(33)で与えられ
値u(ri)である.積分点がソース点と一致するときr = 0
る.式(29),(30)は境界面を離散化した要素内での積
となり積分は特異となるが,この特異積分は有限の値
分を計算することで求められる.ソース点が積分する
を持つ.その際に現れる係数をciとしている.
境界要素に含まれるときは,r = 0となり特異積分を数
領域Vを囲む境界面S(閉曲面)を4辺形8節点要素
値計算する必要があるが,それには文献8)の方法を用
(2次要素)でメッシュ分割して離散化すると
いた.
(Fig.5(b)参照),境界面上の積分は境界要素Δ上の積
3次元Laplace方程式は境界条件として境界面におけ
るポテンシャルまたはその勾配(流束)が与えられて
n
Boundary S
ri
Element Δ
n
いるので,式(31)では境界上の節点 j において,ポテ
ンシャル,流束の一方が既知で他方が未知である.そ
r
r
ri
r
こで,式(31)のUベクトル,Qベクトルの成分の中で未
知数のみを取り出して,マトリックスを組み替えるこ
Domain V
(a) Domain and Boundary
Fig.5
とで,次のようなN 個の連立1次方程式が得られる.
Ax  b
(34)
(b) Finite Element Mesh
Boundary S surrounding Domain V.
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未知ベクトルxの成分はujまたはqjである.
121
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Hマトリックスの対角成分(=式(33))は未知の係
まず,式(21)で表わされる軸対称の表面電荷分布の
数ciを含んでいる.これは,Laplace方程式の解として
場合で,多重極展開の方法による計算結果と比較して
領域内および境界上で一様なポテンシャルu0と流束q =
計算精度の検証を行った.
0を用いることで間接的に求めることができる.
多重極展開の方法による計算結果との比較
3-2-1
次にFig.6のように2つの異なる誘電率ε1,ε2の領
域V1,V2を結合する境界面S2上(結合境界)ではポテ
Fig.4中の計算モデルに対して,Fig.7の(a)mesh Aを
ンシャルuj,流束qjともに未知数となるが,一方の領域
用いた境界要素法による計算結果をFig.8に■▲●で示
と他方の領域のそれぞれで境界積分方程式が得られる
す.また,多重極展開の方法による計算値も実線で示
ので,未知数の数と方程式の数は一致する.したがっ
してあり,計算モデル③の場合で,およそ5%以内で
て結合境界上のポテンシャル,流束の両方を未知数と
一致している.
して含んだ連立1次方程式を作ることができる.この
384 elements
1536 elements
(a) mesh A
(b) mesh B
際,S2上では静電界の接続条件(式(5)(6))を考慮す
る.なお,FIg.6のn1とn2は領域V1を囲む2つの境界上
の外向き法線ベクトルを表示している.
n1
∞
Boundary S1
Fig.7
Domain V1
ε1
ε2
Finite element mesh on the spherical toner
surface.
n2
Domain V2
5.0
Fz of Sphere 1 [nN]
Fig.6
 ( x )   max ( x  1)12 / 4096
③
Boundary S2
Boundary S1, S2 surrounding Domain V1, V2.
トナー表面上の電荷が作る静電界を計算する場合,
②
0.0
①
-5.0
Multipole Expansion Method
■▲● Boundary Element Method
Fig.6の境界面S2をトナー表面,S1を無限境界として,
-10.0
0.0
ε1 = ε0,ε2をトナーの誘電率(比誘電率=3)とし
4.0
6.0
8.0
10.0
gap [μm]
て計算する.なお,トナー表面上の電荷分布は離散化
Fig.8
した節点上に任意に与えることができる.
3-2
2.0
トナー間付着力の計算結果
Electrostatic force of two toner particles.
以上の結果から境界要素法による静電界計算および
2つの球形トナー間の静電的付着力の計算を行った.
トナー間付着力計算が十分な精度で行えることが確か
付着力は多重極展開のときと同様にトナー球面上の
められた.本計算,2つのトナー間隙(gap)が要素長
Maxwellの応力を算出することで求める.また,トナー
の1/10以上であれば計算精度が保たれた.
球面のメッシュ分割はFig.7に示すような2種類を用い
3-2-2
た.直径8μmの球面では,要素長はmesh Aの場合で
0.78μm,mesh Bの場合で0.39μmとなる.
局所的な電荷分布の場合の計算結果
トナー表面が局所的に帯電している場合では,ト
ナー1個分の電荷量を複数の帯電箇所に振り分ける.
Q/Mは15μC/gとした.具体的には,トナー球面上が均
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122
DECEMBER, 2011
等に帯電しているとして,球面に内接する正多面体を
球1(上側トナー)に働くz方向の力Fzを示してお
考えてその頂点周辺に一定の面電荷密度σで帯電領域
り,正ならば2つのトナー間に斥力が働いており負な
(円で切り取られる球面の一部とする)を与える.σ
らば引力となる.なお,Fig.9(b)に示した計算モデルで
の大きさは,トナー球面が一様帯電している場合の値,
は帯電部の面積が要素に比べて十分に大きくないので,
-4
2
0.22×10 C/m (Q/M=15μC/g,径8μmに相当)より
Fig.7(b)のmesh Bを用いた.
大きく,原子レベルで平滑な表面の摩擦帯電で得られ
4.0
る実験結果9),およそ10-2 C/m2より小さい.本研究では
2.0
試みにσ= 10-3,または10-4 C/m2とした.
Fig.9(a)は面電荷密度σ=10-3 C/m2の4ヶ所の局所電
荷を持つ上下2つのトナーについて,それぞれの電荷
配置を示したもので,FIg.9(b)は6ヶ所の場合である.
z-axis
σ=10-3 C/m2
Fz of Sphere 1 [nN]
6 charged patch
0.0
4 charged patch
-2.0
σ=10-3 C/m2
-4.0
σ=10-4 C/m2
Sphere 1
-6.0
0.0
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
gap [μm]
Fig.10
gap
gap
Electrostatic force of two toner particles (4, 6
charged patch).
Sphere 2
4.0
(a) 4 charged areas
Fig.9
Fz of Sphere 1 [nN]
8,12,20 charged patch
(b) 6 charged areas
Configuration of charge patch on two
spherical toner surfaces close to each other.
2.0
0.0
-2.0
σ=10-3 C/m2
-4.0
-6.0
0.0
全帯電面積はトナー表面積の2.2%になる.Fig.9(a),
(b)とも上側トナー(球1)の最下点に1つの局所電荷
8 charged patch
σ=10-4 C/m2
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
gap [μm]
Fig.11 Electrostatic force of two toner particles (8,
12, 20 charged patch).
が配置されており(正多面体の1つの頂点),下側ト
ナーの最上点には電荷のないトナー樹脂の部分が位置
し,上側トナーの局所電荷と対向している(正多面体
Fig.10では,σ = 10-3 C/m2で4,6個の局所電荷のと
の正多角形中心に対向).このような電荷配置のとき
き,それぞれgap < 0.4,0.2μmで引力になっている.
最も引力が働き易い.その他の場合も同様な電荷配置
この場合,2つのトナーは外部静電界(トナーを現像
として0.05 < gap < 5μmの範囲で計算した.計算時間
するためのバイアス電界など)によってgap < 0.4,
はmesh Aの場合で1分,mesh Bの場合は60分程度
0.2μmまで近づけば引力となり,その後は凝集したま
(CPU:Intel Xeon W5590 QuadCore 3.33GHz×2)で
ま感光体上に保持され得ることがわかる.一方,σ =
あった.
10-4 C/m2の場合は斥力しか働かず,gap → 0でも引力
面電荷密度σ = 10-3,10-4 C/m2で4,6個の局所電荷
にならないと予想される.
の場合のトナー間に働く力の計算結果をFig.10に示す.
Fig.11はσ = 10-3 C/m2で8個の局所電荷を持つ場合と
σ = 10-4 C/m2で8,12,20個の場合の付着力の計算結
Ricoh Technical Report No.37
123
DECEMBER, 2011
果を示したものであるが,いずれもgap > 0.05μmの範
particles, IEEE Trans. DEI, Vol.10, (2003), pp.623-
囲では引力にはなっていない.
633.
7) 田中正隆,松本敏郎,中村正行:計算力学と CAE
以上から,トナーの電荷量が同じでも表面上の電荷
シリーズ2 境界要素法, 培風舘 (1991).
分布の違いによりgapの小さいところで引力になる場合
8) M. Koizumi and M. Utamura : A New Approach to
と斥力しか働かない場合があり,面電荷がより局在し
Singular Kernel Integration for General Curved
て集中している場合に引力になり易いことがわかる.
Elements, Boundary Elements VIII Proc. of 8th Int.
Conf. ( Eds M.Tanaka and C.A.Brebbia ), Springer
4. まとめ
Verlag, (1986), pp.665-675.
9) R. G. Horn and D. T. Smith : Contact Electrification
多重極展開の方法と境界要素法を用いて,表面上に
局所的に帯電した2つの球形トナー間に働く静電気力
and
Adhesion
Between
Dissimilar
を解析した.その結果,同極性トナー間でも電荷分布
SCIENCE, Vol.256, (1992), pp.362-364.
Materials,
によっては間隙の小さいところで誘電分極により引力
が働くことがわかった.したがって,トナー表面の電
荷が局所的に分布しているために静電的な付着力が生
じることが確認できた.トナーはキャリア粒子との混
合撹拌により摩擦帯電するため,表面の電荷分布のバ
ラツキが大きいと考えられる.今後,実際のトナー表
面の電荷分布計測結果をもとに様々な表面電荷分布に
対してトナー間の静電的付着力を調べる必要がある.
参考文献
1) 栗林夏城,門永雅史:トナーの表面電荷分布と付
着 力 に 関 す る 考 察 , Imaging Conference Japan
2009 論文集,日本画像学会 (2009), pp.79-82.
2) D. A. Hays : Toner adhesion, J. Adhesion, Vol.51,
(1995), pp.41-48.
3)飯村治雄:トナー付着力の研究 - 外添剤の効果,
Ricoh Technical Report, No.26, (2000), pp.34-41.
4) M. Washizu and T. B. Jones : Dielectrophoretic
Interaction of Two Spherical Particles Calculated by
Equivalent Multipole moment Method, IEEE Trans.
Industry Applications, Vol.32, (1996), pp.233-242.
5) 中島耀二,松山達:数珠球形成力の Re-expansion
法による計算,静電気学会誌,Vol.25, (2001),
pp.215-221.
6) B. Techaumnat and T. Takuma : Calculation of
electric field for lined-up spherical dielectric
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