ガスクラスターイオンビーム角度照射による金ミラー表面の平坦

技術紹介 3 ガスクラスターイオンビーム角度照射による金ミラー表面の平坦化と光反射特性改善
技術紹介
3
ガスクラスターイオンビーム角度照射による
金ミラー表面の平坦化と光反射特性改善
Flattening and Improvement in Optical Reflection Property of Gold Mirror Surface by Gas Cluster Ion Beam Angled Irradiation
鈴木 晃子
Akiko Suzuki
ブーレル エマニュエル
Emmanuel Bourelle 中央研究所 研究開発部 主任 工学博士
佐藤 明伸
Akinobu Sato
中央研究所 研究開発部 主任 理学博士
中央研究所 研究開発部 マネージャー 工学博士
キーワード: ガスクラスターイオンビーム、平坦化、角度照射、MEMS、垂直ミラー
Keywords : gas cluster ion beam, flattening, angled irradiation, MEMS, vertical mirror
要 旨
次世代ナノデバイスを実現するための新しい加工技術
の実用化を目指して、ガスクラスターイオンビームを用
いた固体表面の超平坦化技術を開発しています。従来
は難しかった微細なパターン構造の側壁にガスクラス
ターイオンビームを角度照射することにより、表面粗さ
(Ra) を 1 nm 以下のレベルまで低減することに成功し
ています。このガスクラスターイオンビーム角度照射技
術 を MEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)
光スイッチの垂直ミラー平坦化に応用しました。MEMS
垂直ミラーは半導体の微細加工プロセス技術を用いて
デバイス面に垂直に形成されるため、従来の化学機械
研 磨(Chemical mechanical polishing) 法 で は 平
坦化が困難でした。MEMS 垂直ミラーと類似の方法で
作製した金のミラー表面にガスクラスターイオンビーム
を角度照射した結果、光反射特性が改善されることを
実証致しました。ミラー表面には突起の先端が削り取
られたような特徴的な形状変化が見られ、この形状変
化にともなう平均表面粗さの減少が光反射特性の改善
SUMMARY
In an attempt for practical application of a new
process technology to realize new generation nano
devices, JAE is developing the ultra flattening
technology for a solid surface by using gas cluster
ion beam. With adoption of angled irradiation of
gas cluster ion beam to sidewalls of a micro-pattern
structure, we successfully reduced their surface
roughness (Ra) to a level of under 1nm. We applied
this gas cluster ion beam angled irradiation technique
to flattening of a vertical mirror of a MEMS (Micro-E
lectro-Mechanical System) optical switch. Since the
vertical mirror is structured vertically to the device
face by using semiconductor device fabrication
process technologies, it is difficult to flatten it by the
conventional chemical mechanical polishing. We
demonstrated that optical reflection property could be
improved by the angled irradiation of gas cluster ion
beam to a gold mirror surface that was produced by
the similar method used for the MEMS vertical mirror.
Unique shape change like cut-off tops of protrusions
was observed in the mirror surface. We consider that
reduction of average surface roughness resulting
from the shape change contributes to improvement of
the optical reflection property.
に寄与していると考えられます。
なお、本研究は京都大学との共同研究、および独
立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
(NEDO)
が推進しているプロジェクト
「次世代量子ビー
ム利用ナノ加工プロセス技術」の委託を受けて実施し
ているものです。
Copyright c 2007, Japan Aviation Electronics Industry, Ltd.
This research is being conducted jointly with Kyoto
University by reference contract for the project
“Advanced Nano-Fabrication Process Technology
Using Quantum Beams” promoted by the New Energy
and Industrial Technology Development Organization
(NEDO).
航空電子技報 No.30(2007.3)
1
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2
1 まえがき
ガスクラスターイオンビーム (Gas Cluster Ion Beam: GCIB) は数百個から数万個か
らなる分子の塊が主に 1 価に帯電した荷電ビームです。通常のイオンビーム ( 分子 1 個
に 1 価の帯電 ) に比べて分子 1 個あたりのエネルギーが非常に小さいため、固体表面に
衝突した際に固体表面に与える損傷が小さく、また衝突した際の横方向へのスパッタリン
グ ( ラテラルスパッタリング ) 効果や物質の横移動効果により、固体表面を平坦化するこ
とができるという特徴を有しています。このように、GCIB は従来のイオンビームとは異
なる特徴を有することから、クラスターが固体表面に衝突して起こるユニークな現象が実
験的なアプローチと分子動力学計算の両面から活発に研究されており 1-5) 、また次世代の
新しい高精度加工技術としても高いポテンシャルを有しています。
GCIB は従来の化学機械研磨 (Chemical Mechanical Polishing: CMP) 法では難し
い曲面等の研磨ができることや、硬い材料や化学反応性のない材料などを含めてどのよう
な材料に対しても平坦化ができることなど、さまざまな利点があります。このようなユニ
ークな表面平坦化効果を各種の電子デバイスや光デバイスの表面研磨処理に利用すること
が検討され始めていますが 6,7)、GCIB 研磨による表面形状の変化とデバイス光学特性の
変化との関係が詳細に調べられた例はこれまでほとんどありませんでした。
われわれは GCIB の新しい平坦化技術として独自開発した“GCIB 角度照射法”を用い
て MEMS 光スイッチ垂直ミラー表面を研磨することを試みています。ここで角度照射と
は、GCIB を固体表面に対して斜めに照射するもので、パターン化された構造体の側面の
研磨に特に適した方法です。MEMS ミラーは大きさが約 100 μ m 角程度の微小なミラ
ーで、半導体微細加工技術を用いて基板表面に対して垂直に形成されます。そのため、ミ
ラーの表面粗さは典型的には数 nm から数 10 nm と比較的大きいにもかかわらず、従
来の CMP 法などを用いて研磨することが困難でした。MEMS の垂直ミラーを GCIB 技
術で研磨することができれば、ミラーの光反射特性等が改善され、入出力に用いる光ファ
イバの配置などが散乱光による制約を受けにくくなり、コンパクトな MEMS 光デバイス
の実現に寄与することができます。
本 稿 で は、 第 2 節 で 独 自 開 発 し て き た GCIB 角 度 照 射 技 術 の 概 要 を、 第 3 節 で
MEMS ミラーと類似の方法で作製した金のミラー表面に対する光反射特性測定と表面
形状観察に関する実験条件について述べ、第 4 節でこれらの金のミラー表面に対して、
GCIB を角度照射した場合に光反射特性が改善されることを示します。また表面形状変化
を観測し、垂直照射の場合と比較することにより、角度照射の特徴を明らかにします。さ
らに、ガスクラスターの種類として Ar と SF6 を比較することにより、金ミラー表面に
対してガス種の選択が重要であることを示します。最後に第 5 節でまとめと今後の展望
を述べます。
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2 GCIB 角度照射技術
GCIB の新しい平坦化方法として、われわれは GCIB 角度照射法を提案しています。こ
れは、フォトニック結晶などの微細なパターン構造の側面を平坦化することができる技術
です。
従来ガスクラスターイオンビームによる固体表面の平坦化では、Ar などの不活性ガス
クラスターを固体表面に垂直に入射する方法がとられてきました。その理由は、固体表面
の法線から測った角度が大きくなると、表面粗さが大きくなるという実験結果が得られ
ていたこと 8)、SF6 ガスクラスターのように化学反応性が高いクラスターを照射すると、
不活性ガスクラスターを照射する場合と比較して表面粗さが大きくなること 9) が知られ
ていたためです。そのため、照射角度が大きな領域でのガスクラスターと固体表面との相
互作用はこれまで詳しくは調べられてきませんでした。しかしながら、フォトニック結晶
に代表される次世代光デバイスなどにおいては、パターン構造の側面の表面粗さが性能に
大きく影響するため、側面の平坦化を実現するための照射角度制御は重要な課題です。
われわれはこれまでに、GCIB の固体表面の法線から測った照射角度が 60 度以上に
なると、角度増加と共に表面粗さが急激に減少し、垂直照射に比べて表面粗さを小さく
することができることを見いだしました 10)。SF6 クラスターを用いて 83 度で照射する
と、シリコンの表面粗さ (Ra) は垂直照射の場合の 1.0 nm と比べて、0.3 nm と極めて
小さくなります。この角度照射による表面超平坦化効果は、材料とクラスターの化学反応
性が高いほど顕著になるという、垂直照射の場合とは逆の関係があることがわかりました
10,11)
。化学反応性を有効に用いることができることから、平坦化速度を下げずに、従来
以上の平坦化を実現することができる画期的な手法といえます。
ガスクラスターイオンビームを角度照射した場合に起こる超平坦化メカニズムとして
は、角度照射されたクラスターから解離した原子あるいは分子の挙動が重要な役割を果た
していると考えています。すなわち、表面に衝突しクラスターから解離した原子は、クラ
スターの入射角度よりも大きい角度で、すなわちより水平方向に反跳すると考えています。
これらの解離した原子あるいは分子が表面に存在する凸部や突起と相互作用することによ
り、突起の先端が削られます。このいわば、クラスターの衝突・解離後に起こる 2 次的
な反応が、角度照射による超平坦化に重要な役割を果たしていると考えられます。このと
き、解離した原子と凸部や突起との間に化学反応性があれば、原子の運動エネルギーが非
常に小さくてもエッチングが起こる可能性が高いため、平坦化効果は化学反応性が高いク
ラスターと材料との組み合わせの方が化学反応性のない場合より顕著に起こると考えられ
ます。一方、垂直照射の場合、解離した原子あるいは分子が持つ表面と水平方向への運動
エネルギー成分は小さいと考えられます。そのため、解離した原子あるいは分子は表面の
凸部や突起と反応する確率は小さくなります。このモデルは、角度照射法が、ラテラルス
パッタリングや物質の横移動など、固体表面を構成する原子の水平方向の移動現象のみな
らず、ガスクラスターを構成する原子自体が水平方向へと解離する現象を利用して平坦化
効果を増強する巧みな方法であることを示唆しています。ガスクラスターと各物質の組み
合わせの化学反応性と表面形状との関係を、このモデルで用いて説明することが可能であ
ることを報告しました
12)
。
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われわれはこの角度照射技術を用いて、フォトニック結晶のような微細なパターン構造
体の側壁の表面粗さを除去することに成功しました 10,11)。また、最近はフォトニック結
晶だけでなく、磁気ディスクなどの分野においても、デバイス表面をより高度に制御する
方法として GCIB の角度照射法が注目され 13,14)、分子動力学計算によるミクロスコピッ
クなメカニズム解明も進められています 15)。
3 実験条件
金の薄膜を高周波スパッタ堆積法により 2 μ m 厚でアルミニウム基板に形成し、ミラ
ーを作製しました。ガスクラスターイオンビームの種類としては、Ar クラスターと SF6
クラスターを用いました。クラスターの平均サイズが、Ar クラスターが約 2000 個、
SF6 クラスターは約 500 個となる条件で照射を行いました。これらのクラスターイオン
ビームを金のミラー表面に対して、垂直あるいはミラー表面の法線から 83 度の角度で照
射し、垂直照射の場合と角度照射の場合を比較しました。ミラーの光反射特性は、250
nm の波長の光を用いて調べました。これは短波長の光を用いることにより、光散乱をよ
り強調して観測することができるためです。入射光の角度はミラー表面に対して 45 度と
しました。散乱角φは鏡面反射の方向から測った角度としました(図 1)。金ミラー表面の
形状および表面粗さを原子間力顕微鏡 (Atomic Force Microscope : AFM) を用いて測
定しました。
�����
����
45�
0�
��� �
���
���
���
図 1 金ミラーの光反射特性測定方法
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4 金ミラー表面の光反射特性と表面形状変化
Ar クラスターを用いて、GCIB 照射前後の金ミラーの光反射特性を調べました。角度
照射法の特徴を明らかにするため、ミラー表面に対して GCIB を垂直に照射した場合と
83 度の角度で照射した場合とを比較しました。このとき、実効照射イオン量が同じにな
るよう、ともに 1.5 × 1016 ions/cm2 で照射しました。図 2 は GCIB 垂直照射と角度
照射を行った前後での同一のミラーに対する散乱角と散乱光強度の関係を示したグラフ
です。すべての光反射特性カーブは散乱角が 0 度の場合の光強度、すなわち鏡面反射光
の強度が 1 となるように規格化してあります。GCIB 照射前の各々の金ミラーにおいて、
広い範囲の散乱角で散乱光の強度が観測されます(図 2 点線)。GCIB を照射すると、垂
直照射と角度照射の場合で共に、散乱光強度が、特に散乱角が 20 度以上の領域で、かな
り減少することがわかりました。
1
before GCIB (0°)
after GCIB (0°)
before GCIB (83°)
after GCIB (83°)
0.9
Normalized Intensity
0.8
0.7
1
0.6
0.1
0.5
0.4
0.01
0.3
0.001
0.2
15
25
35
45
55
0.1
0
0
10
20
30
40
50
60
(deg.)
Scattered
Scattered angle
angle �
�(deg.)
図 2 ガスクラスターイオンビーム照射前後での金ミラーの散乱光強度と散乱角との関係
GCIB 照射による散乱光強度減少メカニズムを理解するため、ミラー表面の形状変化を
調べました。GCIB 照射前後の典型的な AFM 像を図 3(a)-(c) に示します。平均表面粗さ
(Ra) は、照射前、垂直照射後、角度照射後の順に 57nm, 50 nm, 45 nm でした。照射前
と比べて平均表面粗さは垂直照射の場合と角度照射の場合で共に小さくなっており、この
ことが散乱光強度の減少に寄与していると考えられます。
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金ミラーの光反射特性と表面形状との関係を明らかにするため、表面形状の変化をさ
らに詳細に検討しました。図 3 の AFM 像を詳しく比較してみると、垂直照射の場合と
角度照射の場合では表面の凹凸形状がかなり異なっていることがわかります。すなわち、
GCIB 垂直照射後には表面凹凸の凸部(突起)の形状は照射前と比べてかなり丸くなって
いますが、角度照射の場合にはあまり丸くなりません。むしろ突起の頂上がそぎ落とされ
たような形状に変化しています。突起形状の違いを定量的に示すため、個々の突起の大き
さと高さの分布を調べました。図 4(a) に示すように、個々の突起を球形で近似し、その曲
率半径 r と表面への露出部分の高さ h で評価しました。角度照射後の突起については、先
端がそぎ落とされてできた頂上の平坦な部分と急峻な角部分とが存在するため、曲率半径
の大きい球と小さい球との組み合わせで近似しました。図 4(b) は突起の形状分布を、横
軸に曲率半径 r、縦軸に突起高さ h と曲率半径 r との比 h/r をとってプロットした結果で
す。GCIB 照射前には r が小さく h/r が大きい領域に突起形状の分布が観測されていまし
たが、GCIB 垂直照射後には r がかなり大きく、h/r が小さい領域に分布がシフトしてい
ることがわかります。同様の傾向が GCIB 角度照射後にも観測されますが、突起先端部に
急峻な角が残ることに対応して曲率半径が小さい領域にも分布が観測される点が異なって
います。突起の表面積が大きいほど光散乱への寄与が大きくなると考えられますが、これは
図 4(a) においては、突起の大きさに相当する曲率半径 r が大きく、表面への露出度に相当
する h/r が大きい場合に対応します。すなわち、光散乱は突起の形状分布が図 4(b) にお
いて右下の方向へシフトすることにより低減するものと期待されます。以上のように、表面
突起形状の変化で GCIB の垂直照射および角度照射による光散乱強度の減少を説明する
ことができます。
300
a)
100 nm
c)
nm
0
5 �m
5 �m
b)
d)
図 3 ガスクラスターイオンビーム照射による金ミラーの表面形状の原子間力顕微鏡像
(a) 未照射 , (b) Ar クラスター垂直照射後 , (c) Ar クラスター角度 (83 度 ) 照射後 ,
(d) SF 6 クラスター角度 (83 度 ) 照射後 . 矢印は角度照射時のビーム方向を表す.
それぞれの平均表面粗さは (a) 57 nm, (b) 50 nm, (c) 45 nm , (d) 42 nm.
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(a)
��
7
h
r
1
(b)
before���
GCIB
83���
Ar cluster
83°
0���
Ar cluster
0°
h/r
0.1
0.01
0.001
0
5
10
10
r (µm)
図 4 (a) 金ミラー表面突起の球形近似モデル化 (b) 金ミラー表面の表面突起の形状分布
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次に、金ミラー表面の平坦化と光反射特性の改善について、クラスターの種類による
違いを検討しました。GCIB 角度照射法では、クラスターと基板材料との化学反応性が高
いほど表面が平坦化されやすいという垂直照射法とは異なるユニークな特徴があります。
一般に金は化学的に不活性であると考えられていますが、エッチング率を Ar クラスター
の場合と、ハロゲン系ガスのひとつである SF6 クラスターの場合とで比較すると、30
keV の加速エネルギーの場合、Ar クラスターでは 47atoms/ion、SF6 クラスターでは
137atoms/ion となり、SF6 クラスターの場合の方が数倍高いエッチング率を示します。
金表面に対する SF6 クラスターの照射過程で化学反応性が関与しているかどうか、その
メカニズムは明らかではありませんが、エッチング率がより大きな SF6 クラスターを用
いることにより、金ミラーの表面をさらに平坦化し、光反射特性を改善させる可能性があ
ります。このような考え方から、金ミラー表面に SF6 クラスターを角度照射し、Ar クラ
スター照射の場合と比較しました。光反射特性を図 5 に示します。光散乱強度は SF6 ク
ラスター照射の方が Ar クラスター照射の場合より特に散乱角が大きい領域で小さくなっ
ています。また、突起の形状変化を図 4 と同様な方法で比較してみると、SF6 クラスタ
ー照射後の方が h/r がやや小さい領域に分布していることがわかりました ( 図 6)。以上
の結果を考え合わせると、エッチング率が大きな SF6 クラスターを用いることにより、
Ar クラスターと比較して金ミラーの特性をより改善させることが可能です。すなわち、
GCIB 角度照射技術では、ガスクラスターの化学反応性やエッチング率をコントロールす
ることによって、さらなる特性改善が期待されると考えられます。
Normalized Intensity
1
before GCIB (SF6 , 83°)
after GCIB (SF6 , 83°)
before GCIB (Ar, 83°)
after GCIB (Ar, 83°)
0.1
0.01
0.001
0
10
20
30
40
50
Scatteredangle
angle��
(deg.)
(deg.�
Scattered
図 5 ガスクラスターイオンビーム照射前後での金ミラーの散乱光強度と散乱角との関係
(ガスクラスター種の効果)
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9
1
SF6 cluster 83°
Ar cluster 83°
h/�
0.1
0.01
0.001
0
5
10
r (µm)
図 6 ガスクラスター種の違いによる金ミラー表面突起形状の解析
5 むすび
ガスクラスターイオンビーム (GCIB) の角度照射技術の応用例として、MEMS 光デバ
イスの光反射特性改善に寄与する可能性を実証する目的で、垂直ミラー平坦化を検討して
きました。その結果、垂直ミラーと類似の方法で作製した金のミラー表面に GCIB を照射
することにより、光反射特性が改善されることを実証しました。ミラーの表面形状を詳細に
調べた結果、GCIB の角度照射により、表面上の突起の先端が削り取られた特徴的な形状
変化が起こることを明らかにしました。これらの形状変化が平均表面粗さを低減させ、光散
乱強度の減少に寄与したものと考えられます。また、ガスクラスターの化学反応性やエッチ
ング率をコントロールすることによって、光反射特性をさらに改善できる可能性を示しま
した。今後は、実際の MEMS 光デバイスに対して、垂直ミラーの平坦化プロセスを検討し、
実用性を実証していきたいと考えています。
なお、本研究は、京都大学との共同研究、および独立行政法人 新エネルギー・産業技術
総合開発機構 (NEDO) が推進しているプロジェクト「次世代量子ビーム利用ナノ加工プロ
セス技術」の委託、により行なわれたものであり、共同研究者の京都大学 松尾二郎助教授、
瀬木利夫博士に深謝いたします。
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