FEJ 88 04 296 2015

特集
エネルギーマネジメントに
貢献するパワー半導体
高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
High-Speed Discrete IGBT “High-Speed W-Series”
原 幸仁 HARA, Yukihito
内藤 達也 NAITO, Tatsuya
加藤 由晴 KATO, Yoshiharu
無停電電源装置(UPS)や太陽光発電用パワーコンディショナ(PCS)においては,電力の変換効率が重要な性能であ
るため,使用するスイッチングデバイスに対して低損失化が求められている。また,小型のインバータ溶接機において
は,持ち運びを容易にするため,使用するデバイスには高速スイッチングが可能で低損失であることが求められる。開発し,
製品化した高速ディスクリート IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)は,活性部における寄生容量の低減,フィール
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
ドストップ層の最適化などにより,従来品に対して 650 V 品で約 10%,1,200 V 品で約 19 % の低損失化を達成した。
Since power conversion efficiency is an important factor for uninterruptible power systems (UPSs) and power conditioning sub-systems
(PCSs) for photovoltaic power generation, switching devices used in the equipment are required to reduce the power loss. For compact
inverter welding machines, utilized devices are required to have low-loss characteristics and high-speed switching to make conveyance easier.
The high-speed discrete insulated-gate bipolar transistor (IGBT) that we have developed and released reduces parasitic capacitance in active
parts and optimizes the field stop layer, thereby achieving a 10 % reduction in loss for 650 V products and a 19 % reduction in loss for 1,200 V
products when compared to the previous product.
まえがき
貢献できる。
今回,UPS,PCS,インバータ溶接機を高性能化するた
近年,世界のエネルギー需要は増加の一途をたどってい
めに,オン電圧とスイッチング特性のトレードオフを改善
る。インターネット社会を支えるサーバやデータセンター
した高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
などでは,信頼性の高い電源が必要である。一方で,太陽
を開発し,製品化した。本稿では,最大定格電圧が 650 V
光発電や風力発電など再生可能エネルギーの普及により,
と 1,200 V の High-Speed W シリーズについて,製品の概
エネルギー供給の分散化が進み,電力変換の需要が増えて
要とその適用効果について述べる。
いる。サーバやデータセンターでは省電力化が,エネル
ギー供給では電力変換効率の向上が求められ,パワーエレ
「High-Speed W シリーズ」の概要
クトロニクス技術に寄せられる期待は非常に大きい。
世界的にデータ使用量が増える中,データを保障する
図 1 に High-Speed W シリーズの外観を, 図
に主な
ためサーバやデータセンターには無停電電源装置(UPS:
用途を示す。表 1 に,High-Speed W シリーズの主要最大
Uninterruptible Power System)が導入されている。以前
定格と電気的特性を示す。
は,100 kVA 以上の用途では,大容量 UPS を 1 台導入す
650 V 系 は 40 〜 60 A の IGBT チ ッ プ と 20 〜 60 A の
ることが一般的であった。しかし,サーバやデータセン
FWD(Free Wheeling Diode) チ ッ プ を,1,200 V 系 は
ターでは高い信頼性を確保するため冗長構成が必要であり,
25,40 A の IGBT チップと 12,20,40 A の FWD チップ
最近では 10 〜 50 kVA 程度の中容量ユニットを組み合わ
を,ディスクリート製品として一般的なパッケージである
せて並列冗長動作としている。また,太陽光発電では,発
TO-247 に搭載したものである。系列をそろえて,装置の
電した直流電力を交流電力に変換するパワーコンディショ
ナ(PCS:Power Conditioning Sub-system)が使用され
ている。これら UPS や PCS では電力の変換効率が重要な
性能であるため,スイッチングデバイスに対する低損失
化の要求が強い。いずれも IGBT(Insulated Gate Bipolar
Transistor)を 20 〜 40 kHz でスイッチングさせることが
多いため,高速スイッチングによるスイッチング損失の低
損失化が求められる。
一方,建設現場などで使用される小型のインバータ溶接
機においては,持ち運びを容易にするため小型・軽量化が
求められる。使用するデバイスを高速スイッチングで低損
失にし,かつ高周波で駆動させることにより,トランスや
コイルが小型化できるため,溶接機本体の小型・軽量化に
富士電機技報 2015 vol.88 no.4
296(66)
図 高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
1,000
POL
VRM
Class.D AMP
MOSFET
スイッチング周波数(kHz)
BUS コンバータ
100
標準電源
インクジェット
プリンタ
PC 用アダプタ
LCD-TV
サーバ
フロントエンド
PC 電源
溶接機
UPS
太陽光発電用
パワーコンディショナ
10
高速ディスクリート IGBT
0.1
ルームエアコン インバータ
1
10
出力(kVA)
図2 「High-Speed W シリーズ」の主な用途
表1 「High-Speed W シリーズ」の主要最大定格と電気的特性
最大定格
電気的特性
IGBT
型 式
タイプ
FWD
IGBT
FWD
V CES
IC
(T j=100 ℃)
I CP
IF
(T j=100 ℃)
V CES(sat)
(T j=25 ℃
typ)
(V)
(A)
(A)
(A)
(V)
(V)
(V)
(V)
パッケージ
V CES(sat)
(T j=125 ℃
typ)
VF
(T j=25 ℃
typ)
VF
(T j=125 ℃
typ)
FGW40N65WD
Ultra Fast FWD
TO-247
650
40
160
20
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW50N65WD
Ultra Fast FWD
TO-247
650
50
200
25
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW60N65WD
Ultra Fast FWD
TO-247
650
60
240
30
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW40N65WE
Ultra Fast FWD
TO-247
650
40
160
40
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW50N65WE
Ultra Fast FWD
TO-247
650
50
200
50
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW60N65WE
Ultra Fast FWD
TO-247
650
60
240
60
1.80
2.05
2.5
1.9
FGW40N65W
w/o FWD
TO-247
650
40
160
−
1.80
2.05
−
−
FGW50N65W
w/o FWD
TO-247
650
50
200
−
1.80
2.05
−
−
FGW60N65W
w/o FWD
TO-247
650
60
240
−
1.80
2.05
−
−
FGW25N120WD
Ultra Fast FWD
TO-247
1,200
25
100
12
2.0
2.4
2.2
2.05
FGW40N120WD
Ultra Fast FWD
TO-247
1,200
40
160
20
2.0
2.4
2.2
2.05
FGW40N120WE
Ultra Fast FWD
TO-247
1,200
40
160
40
2.0
2.4
2.4
2.2
FGW25N120W
w/o FWD
TO-247
1,200
25
100
−
2.0
2.4
−
−
FGW40N120W
w/o FWD
TO-247
1,200
40
160
−
2.0
2.4
−
−
電源容量や適用される回路に応じた選択肢を設けている。
術が広く採用されており,ディスクリート IGBT のスイッ
チング周波数は 20 〜 40 kHz 程度で動作させることが多い。
ディスクリート IGBT の課題
溶接機では,本体の小型・軽量化のため,体積と質量の
占有率の高いトランスを小さくすることが求められている。
図
図
に UPS におけるディスクリート IGBT の適用例を,
に PCS における適用例を示す。
UPS では電力損失を最小限に抑えること,PCS では太
陽光パネルで発電した直流電力を交流電力に変換する際の
損失を最小限に抑えることが重要である。
このため,スイッチング周波数を高周波化する傾向が近年
高まっている。一部では,50 kHz 以上の周波数でディス
クリート IGBT のスイッチングを行う溶接機が市場に展開
されている。
図
に,5 kVA クラスの UPS および 8.5 kVA クラスの
UPS や PCS の数 kVA 〜数十 kVA の容量帯では,イン
溶接機のインバータにおけるディスクリート IGBT の損失
バータ部の電力効率を改善するため,3 レベル電力変換技
分析結果を示す。損失全体のうち,IGBT のスイッチング
富士電機技報 2015 vol.88 no.4
297(67)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
1
0.01
冷蔵庫
高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
波化対応として,リカバリ損失の低減を重点課題とした。
ディスクリート IGBT
適用部
「High-Speed W シリーズ」の特徴
+
デ ィ ス ク リ ー ト IGBT は,IGBT チ ッ プ と FWD チ ッ
出力
AC240 V
入力
AC240 V
プを 1 つのパッケージに搭載したデバイスである。IGBT,
FWD チップのそれぞれの特徴について次に述べる。
+
4 . 1 650 V 系列 IGBT チップの特徴
従 来 品 の「High-Speed V シ リ ー ズ 」 の 定 格 電 圧 は
入力整流回路 PFC回路
600 V であった。今回,電圧マージンを確保したいという
NPCインバータ
回路
市場要求に応えるため定格電圧を 650 V とした。
に,650 V IGBT チップの断面構造を示す。従来品
図
⑴
(3 レベル I-Type)
-E
off
のトレードオフを改善する設計であった。これに対し
て High-Speed W シリーズでは,寄生容量を大幅に低減
させた活性部構造とフィールドストップ(FS)層の最適化,
ホールの注入を抑制するコレクタ層,基板の薄化などによ
ディスクリート IGBT
適用部
り,V CE(sat)-E off のトレードオフを改善する設計施策を新
たに取り入れた。
に,600 V 系 /50 A IGBT チ ッ プ の V CE(sat)-E off 特
図
性を示す。High-Speed W シリーズでは,従来品に対して
+
出力
AC200 V
エミッタ
太陽光
パネル
昇圧コンバータ回路
エミッタ
インバータ回路
p
p
n+
図 4 PCS におけるディスクリート IGBT の適用例
n+
ゲート
n−ドリフト層
100
rr
90
ゲート
n−ドリフト層
n+ フィールド
(FWD)
ストップ層
n+ フィールド
ストップ層
(FWD)
F
80
コレクタ
(IGBT)
p+ コレクタ層
off
コレクタ
70
(a)
「High-Speed W シリーズ」
60
(b)従来品
(IGBT)
on
50
図 6 IGBT チップの断面構造
40
30
(IGBT)
20
10
0
5 kVA UPS
8.5 kVA 溶接機
図 5 ディスクリート IGBT の損失分析結果(f c = 40 kHz)
損失 E on+E off の割合は UPS で約 50 %,溶接機で約 60% を
占めている。また,IGBT のオン電圧損失 V on はいずれも
約 40 % である。このことから,高速スイッチング動作に
より低損失なディスクリート IGBT を実現するためには,
V CE(sat)-E off のトレードオフを改善し,低スイッチング損
失と低 V on を両立させることが重要である。特に今回は,
off (mJ)
=400 V, C=25 A, GE=+15/−0 V,
j=125 ℃
g=10 Ω,
on
cc
発生損失(%)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
は,モジュール用の V シリーズ IGBT をベースに V CE(sat)
図 3 UPS におけるディスクリート IGBT 適用例
1.5
1.0
従来品
0.5
High-Speed W シリーズ
0
1.0
1.2
1.4
=25 A,
(V)
GE=15 V,
j=125 ℃
1.6
1.8
CE(sat)
C
駆動周波数のさらなる高周波化にも対応できるように,低
E off 特性に重点を置いている。また,FWD においても高周
富士電機技報 2015 vol.88 no.4
298(68)
図 7 600 V 系 /50 A IGBT チップの V CE(sat)-E off 特性
2.0
高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
V CE(sat) の悪化を最小限に抑えつつ,E off を約 48 % 低減し
ている。
「High-Speed W シリーズ」の適用効果
4 . 2 650 V 系列 FWD チップの特徴
図
と図
に,5 kW 出 力 の UPS を 想 定 し た 発 生
従来品の FWD は高速スイッチングに特化した設計であ
損 失 の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 結 果 を 示 す。 ス イ ッ チ ン グ 周
る。High-Speed W シリーズでは,この FWD をベースに
波 数 は 40 kHz の フ ル ブ リ ッ ジ 回 路 PWM(Pulse Width
ドリフト層の厚さを最適化することで,低リカバリ損失特
Modulation)を模擬している。
性を維持したまま,650 V 保証の FWD とした。
図
の 600 V 系の IGBT では,High-Speed W シリー
ズは,従来品と比べてトータル損失が約 10 % 低減する
の 1,200 V 系 IGBT では,
ことが見込まれる。また, 図
4 . 3 1,200 V 系列 IGBT チップの特徴
前述の 650 V 系列 IGBT チップと同様の施策を行い,
約 19% の損失低減が見込まれる。いずれの発生損失にお
1,200 V 系列では,活性部における寄生容量の低減,コレ
いても,約 30 % を占めている E off を大きく低減させたこと
クタ層におけるホールの注入の抑制,基板の薄化などを
が,トータル損失の低減に大きく寄与している。
図
に,8.5 kVA ク ラ ス の 溶 接 機 に 600 V 系 の IGBT
を搭載した際のデバイス温度の評価結果を示す。一般的
テール電流を大幅に改善し,E off を大幅に低減した。図
に溶接機では,温度保護機能が働くと溶接機としての動作
に,V CE(sat)-E off 特性を示す。High-Speed W シリーズで
を止めるため,温度の上昇幅が小さい IGBT が強く要求さ
は,E off を約 40 % 低減している。
れている。図
に示したように,溶接機においては損失全
体の約 60 % を E off による損失が占めている。そのため,従
来品より大幅に E off を低減させた High-Speed W シリーズ
4 . 4 1,200 V 系列 FWD チップの特徴
High-Speed
W シリーズの FWD は,従来品と同様に低
リカバリ損失特性を持った FWD を使用している。
の適用効果は大きく,デバイスの温度上昇分が従来品より
約 5 ℃(約 20%)低く抑えられている。このため,HighSpeed W シリーズは,従来品より溶接機の連続運転時間
40
o
=20 A,
C
GE
=+15/−0 V,
=10 Ω,
g
:10 V/div
GE
CE
GE
:200 V/div
C
=25 A,
=50 Hz,
o
c
=40 kHz,
=1.0, Modulation=1.0
F
=125 ℃
j
CE
:5 A/div
:10 V/div
:200 V/div
:5 A/div
C
:200 ns/div
約 10% 低減
30
発生損失(W)
=600 V,
cc
rr
(FWD)
F
(FWD)
(IGBT)
off
20
on
(IGBT)
10
:200 ns/div
(a)
「High-Speed W シリーズ」
(1,200 V/40 A)
on
(b)従来品
(1,200 V/40 A)
(IGBT)
0
High-Speed W シリーズ
従来品
図 8 1,200 V/40 A GBT のターンオフ波形
cc
2.0
40
=12.5 A,
o
従来品
1.5
30
1.0
High-Speed W シリーズ
0.5
発生損失(W)
off (mJ)
=600 V, C=20 A, GE=+15/−0 V,
j=125 ℃
g=10 Ω,
図 1 0 600 V 系 /50 A IGBT の損失シミュレーション
1.2
1.4
=20 A,
(V)
GE=15 V,
j=125 ℃
1.6
1.8
CE(sat)
C
図 9 1,200 V/40 A IGBT の V CE(sat)-E off 特性
=40 kHz,
c
20
=1.0, Modulation=1.0
F
約 19% 低減
rr
(FWD)
F
(FWD)
(IGBT)
off
10
0
1.0
=50 Hz,
o
2.0
on
(IGBT)
on
(IGBT)
0
High-Speed W シリーズ
従来品
図 1 1 1,200 V 系/25 A IGBT の損失シミュレーション
富士電機技報 2015 vol.88 no.4
299(69)
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
に,1,200 V/40 A IGBT の タ ー ン オ フ 波 形
行 っ た。 図
を示す。High-Speed W シリーズでは,ターンオフ時の
高速ディスクリート IGBT「High-Speed W シリーズ」
品を供給していくことで,省エネルギー化,電力変換の高
8.5 kVA クラス溶接機 負荷率 =50 %
デバイス温度上昇 Δ
効率化,装置の小型・軽量化に貢献していく所存である。
25
約 20% 低減
c
(℃)
30
参考文献
20
⑴ 渡島豪人ほか. 高速ディスクリートIGBT「High-Speed V
15
シリーズ」富士時報. 2010, vol.83, no.6, p.393-397.
10
原 幸仁
5
ディスクリート半導体デバイスの開発・設計に従
事。現在,富士電機株式会社電子デバイス事業本
0
650 V/40 A
High-Speed W シリーズ
600 V/35 A
従来品
部事業統括部ディスクリート・IC 技術部。
図 1 2 600 V 系 IGBT 搭載の溶接機のデバイス温度評価結果
特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体
内藤 達也
を長くとることが可能となった。
パワー半導体デバイスの開発・設計に従事。現在,
富士電機株式会社電子デバイス事業本部開発統括
部デバイス開発部。
あとがき
本稿では,650 V と 1,200 V の高速ディスクリート IGBT
「High-Speed W シリーズ」の概要とその適用効果につい
て述べた。本製品は,UPS,PCS,溶接機を主な対象とし
て開発したが,スイッチング電源の PFC(Power Factor
Correction)回路や産業機器向けなどにも広く適用が可能
である。
今後もさらなる低損失化を進め,市場の要求に応える製
富士電機技報 2015 vol.88 no.4
300(70)
加藤 由晴
パワー半導体デバイスの開発・設計に従事。現在,
富士電機株式会社電子デバイス事業本部開発統括
部デバイス開発部。
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。