FEJ 71 08 462 1998

富士時報
Vol.71 No.8 1998
ディーゼルエンジン用圧力センサ
村上 忠義(むらかみ ただよし)
表1 トラック生産台数
まえがき
分類
国内のトラック生産台数は,普通トラックでのガソリン
エンジン車の比率が低下し,ディーゼルエンジン車の比率
年度
(単位:台)
普通トラック
小型トラック
ガソリン
ディーゼル
ガソリン
ディーゼル
1992
509,694
546,478
410,058
745,268
が増加している(表1 )。また,乗用車においても近年の
1993
410,934
510,531
326,475
628,892
RV(Recreational Vehicle)
,MPV(Multipurpose Vehicle)
1994
431,153
538,307
298,457
606,275
市場の拡大に合わせてディーゼルエンジン化が進んでいる。
1995
232,514
573,206
304,495
604,825
ガソリンエンジンの直噴化で燃費の低減が図られている
1996
213,774
568,556
329,500
564,855
(1)
が,ディーゼルエンジンも同様に直噴化が主流になりつつ
ある。ディーゼルエンジンの最大の特長は熱効率が高く燃
費の点で優位なことである。燃費が良いということは CO2
いるが,本稿ではディーゼルエンジン用半導体式圧力セン
の発生を少なくできることであり,地球環境の面から温暖
サの概要を紹介する。
化の防止につながるものである。
ディーゼルエンジン車は排出ガスの面でガソリンエンジ
圧力センサの特長
ン車に劣り,触媒システム改善と電子制御式燃料噴射シス
テムによる燃焼改善が進められている。より理想的な燃焼
を行うことで NOx だけでなく,粒子状物質の発生を大幅
に抑えようとしている。
2.1 1 チップ形 IC の使用
圧力センサは,数 mm 角のチップ上にモノリシック IC
技術でセンシング抵抗,増幅回路,温度補償回路をすべて
ディーゼルエンジンの制御では燃料噴射量,燃料噴射開
1チップに集積した IC を使用している。ダイアフラム部
始時期などの最適制御を行うことで,燃費向上・排出ガス
は微細加工技術により数十μm の薄さにエッチングされ,
低減を図る。制御が不十分であると,燃費・エンジン性能
圧力によるダイアフラムの機械的な変位(ひずみ)を半導
は向上しても排出ガスが多くなる。両方同時に最適化する
体のピエゾ抵抗から成るホイートストーンブリッジにより
ために,マイクロコンピュータ(マイコン)を使用して最
電気信号 に 変換 する。この 信号 は 数十 mV と 小 さいこと
適な点火時期制御,空気と燃料の混合比の精密な制御など
と温度特性があるため,増幅回路と温度補償回路で制御が
を行っている。このためあらゆる条件下でエンジン状態を
しやすく,リニアリティのある電圧に変換している。富士
検出する各種センサ情報が非常に重要な役割を担っている。
電機では,自動車の電子制御式燃料噴射装置に使用される
センサからの 信号 は ECU( Electronic Control Unit : エ
圧力 センサの 量産 をこの 1 チップ 形 センサで 行 っている
ンジン制御用電子回路ユニット)に入力され,最適制御が
(図1)。1チップ形センサはバイポーラ IC プロセスとダ
イアフラムエッチングプロセスにより製造されるため,量
行われる。
燃料噴射システムの最適制御のために,エンジンの吸入
産性・再現性が高く,コストパフォーマンスが高い。エッ
空気量を精密に測定することが必要となり,吸気管内圧力
チング量を変えてダイアフラムの厚みを変えることで広範
を圧力センサを使用して測定し ECU へ信号を出力する。
囲の圧力レンジをカバーすることができる。
ECU は 圧力信号,エンジン回転数信号などから精密な吸
入空気量を求めている。
2.2 機能調整
富士電機では,ガソリンエンジン用燃料噴射システムの
1 チップ上に 6 個の機能調整用薄膜抵抗があり,専用の
吸気側エア圧力を測定する半導体式圧力センサを量産して
レーザオンチップトリミング装置を使用してセンシング部
村上 忠義
ハイブリッド IC の開発,圧力セ
ンサの開発に従事。現在,松本工
場 IC 部主査。
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ディーゼルエンジン用圧力センサ
Vol.71 No.8 1998
で発生した出力電圧の増幅調整,零点調整,温度特性(零
EPX084 は大型ディーゼルエンジン車用,EPX068 は乗用
点・感度)の補正を高精度に行う。零点調整,零点温度特
車用,EPX059 はトラック用に開発したものである。外装
性調整は正負両方向の調整が可能である。電源を接続する
樹脂ケースタイプはエンジンルームに直接搭載されるもの
だけですぐに高精度のセンサとして使用できる。
である。金属パッケージタイプはユーザーにてプリント基
板搭載・ケース組立工程後エンジンルームに設置される。
2.3 パッケージ
ガソリンエンジン車で実績のある信頼性の高い小形金属
3.1 圧力範囲
パッケージタイプは標準パッケージである。また,これを
使用する最大圧力値が 250 ∼ 400 kPa の範囲にあるので,
内蔵した外装樹脂ケースはカスタム用でさまざまな外形に
300 kPa までと 400 kPa 用でダイアフラムの厚みを変えて
対応が可能であり,エンジンルーム内の厳しい環境条件に
目標感度付近の設定を行い,チップ上の感度調整用薄膜抵
適合できる構造になっている。
抗をレーザトリミングして最終感度調整を行っている。
特性仕様
3.2 使用温度
エンジンルーム内使用で温度環境が厳しい用途に適して
表2はディーゼルエンジン用圧力センサの代表機種の特
いる金属パッケージを使用しているため,−40∼+125 ℃
性仕様である。EPX083 は小型ディーゼルエンジン車用,
の使用温度範囲に対しても信頼性上まったく問題がなく,
量産中のガソリンエンジン車で十分実績がある。
図1 1 チップ集積形圧力センサのチップ表面写真
3.3 誤 差
圧力誤差に対する仕様はさまざまであるが,地球的規模
での環境問題から,一層の燃費向上と排出ガスの低減が求
められ,燃料噴射制御システムの高精度化に合わせて要求
される圧力誤差も高精度仕様のものが多くなってきている。
外装ケースタイプの圧力誤差は+1
− % FS 以下と高精度仕
様となっている。要求に対しては,すべての機能が 1 チッ
プ上に集積化されているセンサを使用しているので,均一
な特性が得られることと,高精度のファンクショントリミ
ングにより高精度仕様を達成している。
3.4 パッケージ
図2は金属パッケージタイプで,ガソリンエンジン車に
表2 ディーゼルエンジン用圧力センサの特性
分 類
項 目
圧力範囲(kPa)
EPX083
EPX084
EPX068
EPX059
20∼250
50∼300
20∼250
50∼400
500
500
500
600
0.40∼4.65
0.78∼4.75
0.5∼4.5
0.5∼4.5
保存温度(℃)
−40∼+130
−40∼+130
−40∼+125
−40∼+140
使用温度(℃)
−40∼+125
−40∼+125
−40∼+125
−40∼+120
±1.48%FS:50∼220
±1.83%FS:20,250
±1.89%FS:70∼270
±2.39%FS:50,300
±0.87%FS:100∼200
±1.74%FS:20,250
±1.00%FS:70∼360
±1.80%FS:50,400
倍率1.00: 10∼85
倍率2.00:−30/125
倍率3.00: −40
倍率1.00:20∼110
倍率1.60: 125
倍率3.00: −40
倍率1.00: 10∼85
倍率2.00:−40/125
倍率1.00:20∼110
倍率1.60: 120
倍率3.00: −40
4.75∼5.25
4.5∼5.5
最大許容圧力(kPa)
出力電圧範囲(V)
圧力(kPa)
誤差
温度(℃)
電源電圧範囲(V)
4.5∼5.5
消費電流(mA max)
10
シンク電流(mA min)
1
ソース電流(mA min)
0.1
出力インピーダンス(Ω max)
10
応答性(ms max)
パッケージ
5
図2
図3
463(39)
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ディーゼルエンジン用圧力センサ
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図2 金属パッケージタイプの外観と断面図
アルミワイヤ
図3 外装ケースタイプ(EPX059)の外観と断面図
チップ
金属キャップ
ガラス
台座
ケース(PBT)
センサ
端子
Au-Sn
はんだ
ガラス
エポキシ
樹脂
ステム
端子
端子
フレーム
Oリング
パイプ
プルアップ
抵抗
Oリング
キャップ
(PBT)
(a)外 観
(a)外 観
(b)断面図
(b)断面図
図4 EPX059 の熱衝撃試験による出力変動
る。チップは外部からの熱応力を緩和するためにガラス台
(温度条件:− 50 ∼+ 150 ℃)
Fe-Ni 合金のステムに高温はんだにより固定される。高温
はんだには
Au-Sn
はんだを使用しているので,耐食性の
高いセンサとなっている。チップ上の空間は金属キャップ
にて真空密封されて絶対圧検出仕様となる。金属パッケー
ジの外形はφ 15. 2 × 19.6(mm)である。
図3は外装ケースタイプで,エンジンルーム内に搭載さ
れる。ディーゼルエンジン特有の振動に耐えるための構造
として,センサ本体の金属パッケージ端子部とケースの端
子部とを接続するにあたり,端子フレームを介して溶接に
1.0
70kPa
0.5
0
−0.5
−1.0
250
0
500
1,000
500
1,000
(サイクル)
変動値(%FS)
座上 に 陽極接合 により 固定 される。さらにガラス 台座 は
変動値(%FS)
量産供給して実績があり使用環境が厳しい用途に適してい
1.0
360kPa
0.5
0
−0.5
−1.0
0
250
(サイクル)
て接続する方法を採用している。プリント基板にはんだ付
けして接続する方法と比較して接続部の信頼性が高い。ま
た,ダイアグノーシス( Diagnosis)のためのプルアップ
抵抗の接続にあたっては,はんだ接続部の熱疲労の小さい
燃焼に必要な空気量は圧力センサの出力電圧に関連して計
温度サイクル性の良い低融点のはんだを使用して信頼性を
算されるので,出力電圧異常が発生すると最適制御からは
確保している。
ずれることになり,排出ガスに影響がでる。
3.5 ダイアグノーシス
3.6 信頼性
診断装置 のことで, ECU のマイコンがエンジン 制御 シ
信頼性試験結果は良好で,一例として 図4 に熱衝撃試験
ステムのセンサ,アクチュエータ,ワイヤハーネスの状態
の結果を示す。ケース内部の溶接接続部および抵抗のはん
を診断して正常動作なのか異常かを判断する。
だ付け部はいずれも良好で断線は見られない。
圧力センサの場合にもこの機能を内蔵した仕様の製品が
求 められている。 EPX059, EPX068 の 外装 ケースタイプ
あとがき
の製品は,要求のダイアグノーシス機能が内蔵されている。
要求仕様 は,グラウンド( GND) 系統 のオープンモード
ガソリンエンジン車の系列にディーゼルエンジン車の系
(ワイヤハーネスを含む)時に出力電圧が決められた規格
列が加わったことで,圧力センサの圧力範囲が拡大し,新
値以上 の 電圧 になることで, ECU が 異常診断 の 判断 を 行
規用途への対応が可能になり一層の拡大が期待される。今
う。また,電源,出力電圧部のオープン時,ショート時な
後は燃料噴射用途だけでなく,タンク用微圧センサ,オイ
どの 異常 に 対 しても 規格値 の 範囲外 となることで, ECU
ル用高圧センサなど自動車関連の新規用途拡大を進めてい
は診断を行うことができる。
く所存である。
ダイアグノーシスが必要な理由の一つに,法律規制が挙
げられる。アメリカのカリフォルニア州では大気汚染防止
参考文献
のために排出ガス関連装置の故障診断が法律で定められて
(1) 日本自動車工業会:日本の自動車工業(1997年度版)
いる。
(2 ) 加藤和之・酒井利明:ワンチップ集積形圧力センサ,富士
自動車のあらゆる運転状態において燃料を理想的な状態
で完全燃焼させることで排出ガスの影響を低減できるが,
464(40)
時報,Vol.68,No.7,p.421- 424(1995)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。