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エネルギーハーベスティング環境センサノード
環境・エネルギー研究所
山 本 和 寛 1 ・ 岡 田 顕 一 2
エンジニアリング事業部
中 山 正 樹 3
生産技術・設備センター
田 口 拓 4 ・ 金 枝 謙 太 4 ・ 林 広 幸 4
新 事 業 開 発 営 業 部
木 藤 浩 之 5
Wireless Environmental Sensor Node Using Energy Harvesting Technology
K. Yamamoto, K. Okada, M. Nakayama, T. Taguchi, K. Kaneeda, H. Hayashi,
and H. Kito
色素増感太陽電池(Dye - Sensitized Solar Cell,以下 DSC と記す)は,明るい場所だけではなく,弱い
光や拡散光でも優れた発電特性を発揮する太陽電池で,明るい場所,日陰,窓際,屋内照明下などでも
使用できるため設置場所を選ばず,エネルギーハーベスティング(環境発電)の分野で最適な発電デバ
イスとして注目されている.この DSC を搭載したワイヤレス環境センサシステムは,電池交換や配線工
事などの煩わしさがなく自由に設置してデータを集めることができるため,スムーズなシステム導入と
メンテナンス費用の削減を可能にする.本稿では,DSC を電源に用いた多機能,小型,軽量な室内用の
環境センサノードを開発したので報告する.
Dye - sensitized solar cell (DSC) is a photovoltaic cell with excellent power generation performance even under
low - light intensity or diffused light conditions as well as under high - intensity light. Because DSCs can be used under low illuminance conditions like in the shade, near windows or inside a room, it has been attracting attention as
an optimal power generation device for the energy harvesting devices. Wireless environmental sensor systems
powered by DSC have advantages such as easy installation and low maintenance costs because it does not require
a battery change or wiring. In this report, we have developed multifunction, compact and lightweight wirless environmental sensor node powered by DSC for indoor condition.
住宅,オフィスや店舗といった生活空間には,必ず照
1.ま え が き
明機器が備えられている.そのため低照度での発電特性
が良好な DSC は,多くの場所で発電デバイスとして使用
近年,無線送信可能なセンサを環境中に複数設置して,
できる 2)3).図 1 に一般的な生活環境の照度を計測した結
環境情報(温度,湿度,気圧等々)を取得し活用するワ
イヤレスセンサネットワークに注目が集まっている.無
線を使用することによりケーブル配線工事のコストが不
要になるため,HEMS,BEMS に代表されるエネルギー管
窓際・日陰 5000 lx
壁面(オフィス)50∼300 lx
(店舗)500∼700 lx
机 200∼600 lx
戸棚(オフィス)50∼300 lx
(店舗)1000∼3000 lx
理,ヘルスケア,セキュリティ,農業 IT,インフラ管理
など多くの分野で導入が積極的に進められている.しか
しながら,既存システムに用いられるワイヤレスセンサ
ノードの多くは一次電池駆動であるためにその交換コス
トが問題になっている.そのため,環境発電デバイス 1)
を電源に用いた電池交換レスなセンサノードの実現が望
まれている.
1 光発電開発室
2 光発電開発室室長
3 通信エンジニアリング部グループ長
4 生産技術開発部
5 新事業開発営業部
図 1 室内の照度例
Fig. 1. Represent illuminance of indoor condition.
6
エネルギーハーベスティング環境センサノード
略語・専門用語リスト
略語 ・ 専門用語
正式表記
説 明
DSC
Dye - Sensitized Solar Cell
色素増感太陽電池
EH
Energy Harvesting
環境発電
HEMS
Home Energy Management System
ホームエネルギーマネージメントシステム
BEMS
Building Energy Management System
ビルディングエネルギーマネージメントシステム
LIC
Lithium Ion Capacitor
リチウムイオンキャパシタ
EDLC
Electric Double -layer Capacitor
電気二重層キャパシタ
果を示す.測定場所によって明るさは異なるものの 50 〜
ここで図 3 に前述の EH 環境センサノードを用いたワ
5000 lx の環境であり,10 lx 以上の照度で発電可能な DSC
イヤレス環境センサシステムの構成を示す.センサステ
を用いれば効率的に電力が得られる.さらに DSC はスク
ーションは複数台のセンサノードからセンシングデータ
リーン印刷法を用いたシンプルな製造工程で作れるため
を受信し,ルーターをかいしてインターネット上のクラ
デザイン自由度が高く,設置環境に合わせたモジュール
ウドサーバーへデータを送信する.さらにサーバーに蓄
設計ができる点でも発電デバイスに適している.今回,
えられたデータは,携帯端末や他のシステムから閲覧さ
DSC を電源に用いたエネルギーハーベスティングセンサ
れ活用することができる.このシステムを連続して動か
ノードおよびシステムを開発したので報告する.
すためには,電源部の蓄電エネルギーとセンサ・無線部
の消費エネルギーのバランスをとることが重要であり,
そのキーテクノロジーについて後述する.
2. EH 環境センサシステム
2.2 電源部
2.1 システム構成
図 4 に代表的な DSC の外観,表 1 にその特性を示す.
FDSC - FSC 4 のような単セルはセル間の封止が不要なの
EH 環境センサノードの構成を図 2 に示す.発電,電
源管理を行う電源部と,蓄えた電力を使用するセンサ・
無線部とに分けられる.センサノードは室内のような人
FDSC - FSC4
目に付く場所でも使用されるため,設置しても美観を損
FDSC - FSC1
なわないデザインであることも必要とされる.
電源部
センサ・無線部
電源回路
発電デバイス
蓄電部
マイコン
センサ
RF
FDSC - FDC3FG
図 4 DSC モジュール外観
Fig. 4. Various DSC modules.
図 2 EH 環境センサノードの構成
Fig. 2. Block diagram of wireless sensor node using
energy harvesting technology.
データ収集
サーバ
920MHz 帯無線
Wi - Fi
屋内センサノード
FSN - 2001N
表 1 DSC モジュールの特性
Table 1. Output specitications of various DSC modules.
(HTTP)
センサステーション ルーター
FSN - 2000S
特性
インターネット
データ表示
図 3 ワイヤレスセンサシステムの構成
Fig. 3. Components of wireless sensor system.
単位
FDSC - FDC 3 FG
FDSC - FSC 4
最大出力
μW
(Pmax )
140(min)
,
170(Typ)
305(min)
,
450(Typ)
180(min)
,
250(Typ)
動作電流
μA
(IOPE )
90(min)
,
120(Typ)
100(min)
,
130(Typ)
465(min)
,
630(Typ)
動作電圧
(VOPE )
V
1.5
3.0
0.38
開放電圧
(VOC)
V
1.8 - 2.6
3.5 - 5.2
0.45 - 0.65
セル数
−
外形寸法 mm
7
FDSC - FSC 1
4
8
1
56×91
84×130
56×112
2015 Vol. 1
フ ジ ク ラ 技 報
第 128 号
で,その面積だけ発電量を大きくできる.さらにそれは
ジュールの外観,表 2 にその特性を示す.この電源モジ
デザイン性と信頼性を高めることにもつながるためセン
ュールは蓄電した電力を定電圧出力することができ,一
サノードの発電デバイスに最適である.
次電池と置き換えるだけで簡単に電源を EH 化することが
できる.図 7 に電源モジュールの充電特性の測定値と,
多くの太陽電池と同様に,DSC のエネルギーを安定して
発電量から昇圧のロスを差し引いて求められる計算値の
蓄電するためには昇圧もしくは降圧の DC - DC 変換回路が
4)
必要になる . FDSC - FSC 4 のように入力電圧が小さい
比較を示す.測定値と計算値はほぼ一致し,漏洩電流は
場合には,昇圧効率が低下する問題が発生する.そこで
200 lx 照度下における DSC 発電量のおおよそ 4 %にあた
当社では,低電圧入力でも高効率に DC - DC 変換できる電
る約 2.8 μA と良好な結果であった.これは設計回路が
源 IC や自己消費の小さい超低消費電力 IC を用いた独自の
前述とおりに,ロスと消費電力が低減されたものである
回路設計により,限りなくロスと消費電力を低減して
ことを示している.
2.3 センサ・無線部
FDSC - FSC 4 を発電デバイスに適用した.
一方,蓄電デバイスには自己放電の少ない LIC
5)
EH 環境センサノードには複数個のセンサが必要とな
を採
用した.LIC は充放電を繰り返しても劣化しにくい特長も
る.そこで汎用的なセンサとして,温度,湿度,照度,
有するため環境発電に適した蓄電デバイスであると考え
気圧,人感の各センサを搭載した.さらにデジタルとア
ている.図 5 に EH の分野で用いられる代表的な蓄電デ
ナログの外部センサポート(各 1 個)を拡張用に設け
バイスである LIC と EDLC の自己放電の比較を示す.自
た.一方,無線には長距離を確実にデータ転送すること
己放電の小さい LIC は長期間にわたって著しい電圧の低
が求められるため,最大占有帯域幅が比較的広く,周波
下が起こらないことが確認できる.
数の干渉問題の少ない 920 MHz 帯の特定小電力無線を
採用した.電波の回り込みが大きいのでビルの陰などに
図 6 に FDSC - FSC 1 と LIC を使って試作した電源モ
も電波が届きやすくなるメリットがある.これらセンサ
や無線モジュールは低消費化することが必要であるた
め 6),センシングと無線送信する時間を限りなく短縮し,
Voltage retention(%)
120
それ以外はスリープ状態となる制御を行って消費電力を
LIC
100
極限まで低減させている.
EDLC①
80
表 2 電源モジュールの特性
Table 2. Specitications of a power module.
60
40
170 μW(Typ)@ 白色 LED 200 lx
最大出力
DC 3±0.2 V / 100 mA
突入電流≦ 185 mA(印可時間 10 μs)
EDLC②
20
0
定格蓄電電力
0
500
1000
1500
Time(hr)
蓄電容量
27 mWh(100 J)
外形寸法
W 58×H 125×D 15(mm)
(突起物含まず)
図 5 各種キャパシタの自己放電
Fig. 5. Self - discharge of various capacitors.
Power storage amount(J)
120
100
80
60
40
測定値
20
計算値
0
0
50
100
Time(hr)
150
200
図 7 電源モジュールの充電特性(200 lx 照度下)
Fig. 7. Charging rate of the power source module
under 200 lx illumination.
図 6 電源モジュール外観
Fig. 6. DSC power source module.
8
エネルギーハーベスティング環境センサノード
ルにデザインした.図 9 にセンサノードのエネルギー収
3.システム特性と用途例
支を示す.300 lx の光を 12 時間間隔で 5 日間照射し,
図 8 に試作したセンサノードとセンサステーションの
その後 2 日間無照射状態が続く状態を 1 サイクルとす
外観,表 3 にシステムの特性を示す.室内の壁面または
る環境下にセンサノードを設置した.この環境はオフィ
卓上に設置しても違和感のないよう小型,薄型,シンプ
ス環境などを想定している.温度,湿度,照度,気圧等
のデータを光照射の有無によらず 5 分間隔で連続計測し
た結果,1 サイクルにあたる 7 日後には蓄電量が初日に
比べて増加した.これはこのサイクルが続く限り,連続
動作ができることを示している.
図 10 にワイヤレスセンシングシステムの応用例,図
11 に各種センサデバイスの消費電力を示す.スマートハ
ウスのような室内環境での使用はもちろんのこと,ビニ
ールハウスで光が遮られてしまう農業 IT や日陰での使用
も予想される構造物監視など,従来の屋外用太陽電池が
Power storage amount(J)
図 8 センサステーションとセンサノード外観
Fig. 8. Newly - developed sensor station and sensor node.
表 3 ワイヤレス環境センサシステムの特性
Table 3. Performances of wireless sensor system.
データ送信周期
センサステーションにより
設定変更可能(1 分〜 60 分)
無線方式
920 MHz 帯特定小電力無線 IEEE 802.15.4 g/e
センサ
温度
−20 〜 60 ℃
湿度
0 〜 100 % RH(0 〜 60 ℃にて)
気圧
300 〜 1100 hPa
照度
0 〜 100 000 lx
人感
寸法
2000
35
1800
1600
30
蓄電量
1400
25
1200
20
1000
15
800
10
600
照度
400
5
200
0
0
1
2
3
4
5
6
7
8
0
9
Time(day)
最大 5 m
温度:−10 〜 50 ℃,
湿度:20 〜 85 % RH
動作環境
40
Illumination intensity(Ix)
不得意な十分に日射が得られない分野にも今回開発した
図 9 ワイヤレスセンサノードのエネルギー収支
Fig. 9. Energy harvesting and comsumption balance of
wireless sensor node under 300 lx illumination.
W 120×H 85×D 20(mm)
(突起物含まず)
スマートグリッド
電流センサ
電力監視
電流センサ
構造物監視
農業 IT
振動センサ
温度・湿度・CO2 センサ
スマートハウス
温度・湿度・CO2 センサ
セキュリティ
RFID・人感センサ
駐車場監視
車両検知センサ
図 10 ワイヤレス環境センサシステムの適用例
Fig. 10. Examples of the application of wireless sensor system.
9
フ ジ ク ラ 技 報
0.01 mWs
(0.03 µW)
第 128 号
考えている.今後は,さらなる低消費電力化を目指すと
防
犯
ともに実用化を進めていく予定である.
1 mWs
(3 µW)
人
感
セ
ン
サ
CO
2
セ
ン
サ
農
業
工
場
監
視
EM
H
開
閉
セ
ン
サ
温
湿
度
セ
ン
サ
照
度
セ
ン
サ
差
圧
セ
ン
サ
防
犯
S
2015 Vol. 1
本開発の一部には,独立行政法人新エネルギー・産業
技術開発機構(NEDO 技術開発機構)からの委託研究に
て開発した技術を応用した.
100 mWs
(300 µW)
参 考 文 献
図 11 各種センサデバイスの消費電力
Fig. 11. Examples of power consumptions of
various sensor devices.
1)
竹内敬治:「エネルギーハーベスティング技術」,電氣
評論,11 月号,pp.51 - 55,2012
2)
岡田顕一ほか:「環境発電用色素増感太陽電池モジュー
ル」,フジクラ技報,第 121 号,pp.42 - 46,2012
3)
田辺信夫:「エネルギーハーベスティング技術への応用
EH 環境センサノードを活用できると考えている.また,
これまで比較的消費電力の大きかった CO2 センサの低消
が 期 待 さ れ る 色 素 増 感 太 陽 電 池 」, フ ジ ク ラ 技 報, 第
費電力化も進んでおり 7),短いセンシング周期が必要とさ
123 号,pp.111 - 115,2012
れるような分野でも EH 環境センサノードが普及すると考
4)
甲斐田陽一:「環境発電のワイヤレスセンサネットワー
えている.
クへの応用」,伝熱,第 218 号,pp.21 - 29,2013
5)
長谷部章雄:「リチウムイオンキャパシタの開発・製品
化動向と応用展開」,炭素,第 256 号,pp.33 - 40,2013
4.む す び
6)
藤森司:「センサネットワーク用低電力アナログフロント
蓄電のロスを限りなく低減し,センサ・無線の消費電
エンド回路技術の開発」,電学誌,第 4 号,
pp.218 - 221,
2013
力を抑えることにより,DSC の発電電力のみで連続動作す
7)
D. Gibson,et. al.:“A Novel Solid State Non - Dispersive
ることのできるエネルギーハーベスティング環境センサ
Infrared CO2 Gas Sensor Compatible with Wireless and
ノードを実現した.電池交換が不要でかつ設置するだけ
Portable Deployment”,Sensors,No.13,pp. 7079 - 7103,
で動作することができるため様々な用途で使用できると
2013
10