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小曲げ径用 PANDAファイバ
光事業部
林 和 幸 1 ・ 井 添 克 昭 2 ・ 愛 川 和 彦 3 ・ 工 藤 学 4
Bend Insensitive PANDA Fiber
K. Hayashi, K. Izoe, K. Aikawa, and M. Kudo
近年の通信容量の増大に伴い光送受信モジュールの小型化が進んでいる.モジュール内で使用される
偏波保持光ファイバのとりまわしについても許容されるスペースは狭い.そこで,より小さな曲げ径で
使用した場合でも,偏波クロストークなどの特性が劣化しない PANDA 型偏波保持光ファイバを開発し
た.半径 7.5 mm で 10 回巻いた場合,1550 nm での損失の増加が 0.1 dB 以下であり,偏波クロストー
クも−40 dB 以下を維持していることを確認した.
As optical networks expand, there are increasing demands of smaller modules for optical communication systems. PANDA (Polarization - maintaining and absorption - reducing) fibers are used for connecting optical devices
employed in modules for optical communication systems. In order to reduce size of modules, bend insensitive
PANDA fibers for much smaller bending radius are required. The developed ultra bend - insensitive PANDA fibers
have less than 0.1 dB of bending loss and less than −40 dB of polarization crosstalk at 1550 nm with a winding condition of 7.5 mm - bending radius and 10 turns.
与部を挿入することで製作される.線引き工程では,この
1.ま え が き
母材を一体化させながら 125 μm まで細径化する.この
応力付与部は B 2 O 3 をドープした SiO2 であり,SiO2 クラッ
PANDA 型偏波保持光ファイバ(以下 PANDAファイバ)
は,コア両側方に応力付与部があり,この部分がコアへ応
ド部に比べ大きな熱膨張係数を持っている.線引き工程の
力を与えることで複屈折が誘起され偏波を保持している 1).
冷却過程において,この応力付与部はクラッド部よりも大
応力付与部がコアの両側方にある軸をSlow 軸,その垂直方
きく収縮するため,周囲のクラッド領域およびコア領域に
向をFast 軸として 2 つの偏波モードの伝送が可能となる.
異方性ひずみを印加する.このひずみによる光弾性効果に
偏波保持光ファイバの使用例としては,偏波依存性の
よりコア部分に複屈折が生じ,モード複屈折率が誘起され
ある光デバイスのピグテールや,ひずみや温度を計測す
る.このモード複屈折率は偏波保持能力の指標となり,こ
るためのセンサなどがある.
の値が高いほど偏波保持能力が高いことを意味する.モー
ド複屈折率B は式(1)で表される 2).図 1 は式(1)の
近年,光通信で使用される変調器や Laser Diode(LD)
を使用した光送受信モジュールなどでは小型化が進み,
使用される偏波保持光ファイバも,従来特性を維持した
コア
まま小さく曲げる必要がある.我々は,すでに曲げ半径
クラッド
応力付与部
15 mm 対応の PANDA ファイバをラインナップしていた
が,さらにその半分の曲げ半径である,7.5 mm 対応の小
θ
1
曲 げ 径 用 PANDA フ ァ イ バ(BISM 15 - PX - U25D - H) を
開発したので報告する.
2.設 計
PANDA ファイバ用母材は,SM ファイバ用母材のコア
を中心とした対称の位置に穴を開け,別に製造した応力付
2
1 光ファイバ開発部
2 光ファイバ開発部グループ長
3 光ファイバ開発部部長 (博士(工学))
4 佐倉第 2 光製造部部長
図 1 式(1)パラメータ解説
Fig. 1. Parameter description of formula(1)
.
9
2014 Vol. 2
フ ジ ク ラ 技 報
略語・専門用語リスト
略語 ・ 専門用語
正式表記
説 明
PANDA ファイバ
PANDA (Polarization maintaining AND Absorption reducing)型偏波保持光ファイバ
コアの両側方に円形の応力付与部を持つ偏波保持光ファ
イバ.
MFD
Mode Field Diameter
光ファイバ中を伝搬するモードの電界分布の広がりを直
径として表現したもの.
SM ファイバ
Single - mode optical fiber
伝播するモードが単一の光ファイバ.
光ファイバの融着接続
光ファイバの端面の軸合わせを行った後に,高電圧アー
ク放電により光ファイバの端面を溶かして接続を行う接
続方法.
偏波クロストーク
偏波保持光ファイバにおける,直交する二つのモード間
での結合度合い.例えば,入力端で一方のモードに励振
された光パワーが,出力端で他方のモードに漏れ出して
いる光パワー.
光ファイバと接続した場合の損失増加は避けられない.
パラメータ解説である.
B
d1
d2
r
1−3 1−2
b
2 EC
(α −α3 )T
1−ν 2
B
E
C
ν
α2
α3
T
d 1
d 2
b
r
θ
第 127 号
そこで,コアの近傍に屈折率を下げた層を有するトレン
2
・
2
d2
b
4
r
+3
d2
チ型プロファイルを用いると,コア/クラッド間の実効
2
的な屈折率差を大きくすることが可能となるため,MFD
cos 2θ …(1)
の縮小を抑制し,かつ曲げ損失が低減される 3)4).このト
:モード複屈折率
レンチ型プロファイル構造に加え応力付与部の間隔を狭
:石英のヤング率
くして配置することにより,小曲げ径での損失増加を抑
:光弾性係数
え,偏波クロストーク特性を向上させたファイバを実現
:ポアソン比
することができる.図 2 に目標とする屈折率分布を示す.
表 1 に当社製 PANDA ファイバ SM 15 - PS - U25D - H と
:クラッドの熱膨張係数
:応力付与部の熱膨張係数
曲げ半径 15 mm 対応 SRSM 15 - PX - U25D - H の特性,お
:応力付与部の融点と実使用環境温度との差
よび今回開発した BISM 15 - PX - U25D - H の目標特性を示
:応力付与部の半径
す.従来の半径 15 mm 対応ファイバでは,低曲げ損失
:応力付与部の中心とコアの中心との距離
とするためコア/クラッド間の比屈折率差を大きくして
:クラッドの半径
いた.また,曲げ偏波クロストーク特性を良くするため
:コア偏心量
に応力付与部間隔を狭くしている.曲げ偏波クロストー
:両応力付与部を結ぶ線を基準としたときのコア
角度位置
屈折率分布(a)
偏波クロストーク特性を向上させるには,モード複屈
トレンチ層
折率を大きくする必要がある.式(1)でシミュレーショ
ンすると,モード複屈折率を大きくするためには,応力
(a)
コア
付与部とクラッドの熱膨張係数差を大きくすることや,
(b)
応力付与部径の最適化,および応力付与部間隔を狭くす
る必要があることがわかる.応力付与部とクラッドの熱
膨張係数差を大きくするためには,応力付与部への B 2 O 3
ドープ量を増やせばよいが,B 2 O 3 をドープしたガラスは
潮解性があるため,高湿熱環境下に曝すと応力付与部が
応力付与部
吸湿し膨張する.そのため,今回の設計では応力付与部
の B 2 O 3 ドープ量は従来と同等とし,間隔を狭くすること
屈折率分布(b)
で小曲げ径時の良好な偏波クロストークを実現すること
にした.
一方,光ファイバの曲げ損失を低減するには,コア/
クラッド間の比屈折率差(Δ)を高くすることが必要と
図 2 目標屈折率分布
Fig. 2. Target refractive - index prof ile.
なる.しかし,Δを上げると MFD の縮小を招き,既存の
10
小曲げ径用 PANDAファイバ
表 1 標準 PANDA ファイバと曲げ半径 15 mm PANDA ファイバの典型値と BISM15 - PX - U25D - H の目標値.
Table 1. Typical characteristics of standard PANDA f ibers and target value of the BISM15 - PX - U25D - H.
波長:1550 nm
項 目
SM 15 - PS - U25D - H
(標準品)
SRSM 15 - PX - U25D - H
(標準品)
BISM 15 - PX - U25D - H
目標値
許容最小曲げ半径(mm)
20
15
7.5
曲げ損失(dB)
0.1
(曲げ半径 20 mm×10 巻)
0.05
(曲げ半径 15 mm×10 巻)
≦ 0.1
(曲げ半径 7.5 mm×10 巻)
曲げ偏波クロストーク(dB)
−38
(曲げ半径 20 mm×10 巻)
−41
(曲げ半径 15 mm×10 巻)
≦−30
(曲げ半径 7.5 mm×10 巻)
モード複屈折率(×10−4)
3.9
4.5
≧ 4.0
伝送損失(dB/km)
0.25
0.28
≦ 3.0
カットオフ波長(μm)
1.32
1.34
≦ 1.44
MFD(μm)
10.5
9.5
9.0
ファイバ外径(μm)
125
125
125
コア/クラッド比屈折率差(%)
0.35
0.40
0.40
屈折率分布トレンチ構造
無
無
有
被覆外径(μm)
245
245
245
表 2 BISM15 - PX - U25D - H 特性
Table 2. Characteristics of BISM15 - PX - U25D - H.
波長:1550 nm
項 目
目標値
開発品
曲げ損失(dB)
(曲げ半径 7.5 mm×10 巻)
≦ 0.1
0.01
曲げ偏波クロストーク(dB)
(曲げ半径 7.5 mm×10 巻)
≦ −30
−40
モード複屈折率(×10−4)
≧ 4.0
6.9
伝送損失(dB/km)
≦ 3.0
1.6
カットオフ波長(μm)
≦ 1.44
1.42
図 3 BISM15 - PX - U25D - H 断面写真
Fig. 3. Cross - section of BISM15 - PX - U25D - H.
MFD(μm)
9.0
8.9
ファイバ外径(μm)
125
125
被覆外径(μm)
245
245
BISM15-PX-U25D-H 曲げクロストーク
SRSM15-PX-U25D-H 曲げクロストーク
BISM15-PX-U25D-H 曲げ損失
SRSM15-PX-U25D-H 曲げ損失
ク特性向上は応力付与部間隔を狭くすると可能であるが,
コアに近づけすぎると伝搬モードの電磁界が応力付与部
ファイバの一般的な使用方法では,数 m での使用頻度が
高いことから,従来の PANDA ファイバより伝送損失が
高くなることは大きな問題にならないと判断した.
3.フ ァ イ バ の 特 性
−45.0
0.50
−40.0
0.40
応力付与部はトレンチ部より内側に外縁が突き出して
0.20
(dB/
0.10 10 turns)
−30.0
(dB/
−25.0
10 turns)
0
試作した PANDA ファイバの断面写真を図 3 に示す.
0.30
−35.0
曲げ損失
曲げ偏波クロストーク
にかかるため伝送損失が増加する.しかしこの PANDA
10
20
曲げ半径(mm)
0.00
30
図 4 曲げ損失と曲げ偏波クロストーク
Fig. 4. Bending polarization crosstalk and bending loss
at 1550 nm.
おり,トレンチ部より応力付与部のほうが屈折率は低く
なっている.
表 2 に試作したファイバの特性を示す.半径 7.5 mm
で 10 回巻いた場合の,曲げ損失と偏波クロストークは
目標特性を満たしており良好な結果が得られた.偏波ク
各曲げ径での損失,偏波クロストーク特性を図 4 に示
ロストーク特性向上のため,応力付与部の間隔は標準
す.偏波クロストークは半径 10 mm 以下になると劣化
PANDA ファイバより狭くしており,B 2 O 3 の影響で損失
が見られるが半径 5 mm でも−35 dB を維持している.
が増加しているが数 m での使用では無視できる程小さい.
損失については半径 10 mm から増加が見られるが半径
11
2014 Vol. 2
フ ジ ク ラ 技 報
偏波クロストーク
試験温度
n=30
λ=1550 nm
80
−34
60
20
−42
at 曲げ半径
7.5 mm
(dB/10 turns) −46
0
15
頻度
40
−38
−50
SRSM15-PX-U25D-H
BISM15-PX-U25D-H
20
100
試験温度
曲げ偏波クロストーク
−30
第 127 号
(℃)
5
−20
−40
0
12
24
試験時間(hours)
10
0
−60
36
0.02
0.04
0.06
0.10
0.14
0.18
0.08
0.12
0.16
0.20
融着損失(dB)
図 6 SM ファイバとの融着損失
Fig. 6. Fusion splicing loss between SM f iber.
図 5 曲げ偏波クロストークの温度特性
Fig. 5. Temperature characteristic of bending
polarization crosstalk.
を狭くした設計を用いた.曲げ半径 7.5 mm で 10 回ファ
5 mm で あ っ て も 0.01 dB で あ る. 許 容 最 小 曲 げ 半 径
イバを巻いた状態でも損失の増加が 0.01 dB であり偏波ク
15 mm 用ファイバである SRSM 15 - PX - U 2 5 D - H と比較
ロストークは−40 dB であることを確認した.以上の結果
から,今回開発した BISM 15 - PX - U25D - H を用いること
すると特性は大きく向上している.
で,小スペースでの引き回しが可能となり小型化された光
図 5 に曲げ偏波クロストークの温度特性確認結果を示
送受信モジュールや,その他部品等への適用が期待される.
す.半径 7.5 mm で 10 回巻いた状態で−40 ℃〜+85 ℃
のヒートサイクル試験を実施し,偏波クロストークの測
定を行った.7 日間経過したが劣化は見られなかった.
参 考 文 献
図 6 に一般的な通信用 SM ファイバとの融着接続損失
を示す.SM ファイバの MFD は 10.3μm(1550 nm)であ
1)姫野ほか:「偏波保持光ファイバ」, フジクラ技報 , 第 85
る.BISM 15 - PX - U25D - H の MFD は,曲げ半径 15 mm 用
号 pp.1 - 9, 1993
(MFD:9.5 μm)より小さいため接続損失は高くなってい
2)Pak L.Chu , et al.:“Analytical Method for Calculation of
るが,許容できるとレベルと考える.
Stresses and Material Birefringence in Polarization Maintaining Optical fiber”, Journal of Lightwave Technology. Vol.LT - 2, No.5, pp.650 - 662, Oct. 1984
4.む す び
3)池 田 ほ か:「 接 続 損 失 を 低 減 し た 低 曲 げ 損 失 光 フ ァ イ
BISM 15 - PX - U25D - H を開発した.このファイバは,曲
バ」, フジクラ技報 , 第 105 号 pp.6 - 10, 2003
げ半径 7.5 mm で使用することができる.母材はトレンチ
4)布 目 ほ か:「 低 曲 げ 損 失 光 フ ァ イ バ FutureGuide® -
型屈折率分布を持った SM 母材を使用し,応力付与部間隔
BIS - B」, フジクラ技報 , 第 117 号 pp.5 - 10, 2009
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