Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率の配向度依存性と保磁力メカニズム Relation between Nd2Fe14B Grain Alignment and Coercive Force Decrease Ratio in Nd-Fe-B Sintered Magnets 北井 伸幸* 松浦 裕* Nobuyuki Kitai 石井 倫太郎* Yutaka Matsuura 棗田 充俊 Rintaro Ishii 星島 順 * Mitsutoshi Natsumeda * Jun Hoshijima Nd - Fe - B 焼結磁石の保磁力は,Nd 2 Fe14 B 結晶粒の配向度が向上するにしたがい減少する。完 全配向した磁石の保磁力を外挿により求めると等方性磁石の保磁力の約 0.7 倍となる。これは保磁 力のメカニズムとしては回転磁化モデルより磁壁移動モデルが適切であることを示している。そこで 電子線後方散乱回折法(EBSD)により Nd - Fe - B 焼結磁石中の Nd 2 Fe14 B 結晶粒の配向分布を測 定し,その結果から磁壁移動モデルに基づき配向度と保磁力減少率を計算した。磁気特性測定によ る実測値と比較すると,配向度は良く一致したが,保磁力減少率は大きく異なった。この原因につい て考察した。 It was found that the coercive force of Nd-Fe-B sintered magnets decreases as the Nd2Fe14B grain alignment improves. It was expected that the coercive force of perfectly aligned magnets would reach 0.7 of the coercive force in isotropically aligned magnet. The Magnetic Domain Wall Model is more appropriate than the Stoner-Wohlfarth Model for explaining the coercive force. The alignment distribution of Nd2Fe14B grains in Nd-Fe-B sintered magnet was also measured by electron backscattering diffraction (EBSD). The alignments and the coercive force decrease ratios were calculated using these alignment distributions. These data were compared against the results obtained from the magnetization measurements. The calculated alignments using the alignment distribution functions were close to the values of magnetization measurements. However, it was found that the calculated coercive force decrease ratios were different from the the results obtained from the magnetization measurement. The Authors considered reason for this phenomenon. ● Key Word:Nd-Fe-B 焼結磁石,保磁力,配向 ● Production Code:Nd-Fe-B magnet ● R&D Stage:Research では,ハードディスク用ボイスコイルモーター(VCM: 1. 緒 言 Voice Coil Motor)や 磁 気 共 鳴 画 像 (MRI: Magnetic Nd-Fe-B 焼結磁石が 1982 年に発明されてすでに 30 年 Resonance Imaging)装置で使用される場合に比べ高温の が経過した 1)。その間,この磁石は多くの電子機器のモー 環境下で使用され,逆磁界もかかることにより大きな保磁 ター,アクチュエーター等に使われるようになってきた。 力を要求されるため多くの Dy を使用している。しかし希 省エネルギーや二酸化炭素排出量削減の要求にともない, 土類の価格の高騰や資源の枯渇問題から省 Dy 技術の開発 ハイブリッド自動車(HEV: Hybrid Electric Vehicle)の が求められ,そのため保磁力メカニズムの解明に注目が集 駆動モーター,発電機や電動パワーステアリング等の自動 まっている。 車用途やエアコン用コンプレッサー等の家電機器用途に使 これまでの Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力( われるモーター,アクチュエーターが急速に増加してきて 磁性相である Nd 2 Fe14 B 結晶粒の周囲を非磁性と考えられ いる。2012 年の Nd-Fe-B 焼結磁石の国内生産量は約 1 万 ている Nd-rich 相が取り巻いているため結晶粒は磁気的に トンであるが, 生産量に占めるモーター, アクチュエーター 孤立しているとし,結晶粒内には磁壁を止める機構は存在 用磁石の割合は 50%を超えている。 していないという考えに基づいており, Nd-Fe-B 焼結磁石は高温では保磁力が小さくなるという 実験データを基に理論の検証がなされている。Kronmuller 欠点があり,その対策として Dy を添加することが一般的 らは回転磁化モデル (S-W モ デ ル : Stoner-Wohlfarth に行われてきた。上記のモーター,アクチュエーター用途 Model)をベースとした,Nd-Fe-B 焼結磁石の主相である * 20 日立金属株式会社 磁性材料カンパニー 日立金属技報 Vol. 30(2014) * Magnetic Materials Company, Hitachi Metals, Ltd. cJ cJ)モデルは, の角度依存性の Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率の配向度依存性と保磁力メカニズム Nd2Fe14B 結晶粒界近傍の結晶磁気異方性の弱い部分に逆 ものと Dy を含むものとの 2 通りの組成の磁石を作成し 磁区が発生し結晶全体に広がるとする核生成モデル た。同様にまず材料合金をストリップキャスト法により作 (Nucleation model) を提唱している 2)。また Givord らに 成し,それを 3 ∼ 5 μ m の大きさに粉砕した。その磁粉 よる熱揺らぎに関係する活性化体積から発生する磁化反転 を 0.14 MA/m と 1.35 MA/m の 2 通 り の 磁 界 中 で 配 向 核生成 3) ,4) と結晶粒内の磁化反転核の侵入,すなわち磁 壁の粒内への移動により磁化反転が進むという磁壁移動モ し,プレス成形してから 1,350 K で焼結した。そして保磁 力を増すため熱処理を行った。 デル (D-M モデル : Magnetic Domain Wall Motion Model) により説明が試みられてきた。しかし,これらのモデルを 用い Nd2Fe14B 結晶粒の配向分布関数を考慮して計算して も,Nd-Fe-B 焼結磁石の cJ の角度依存性すら十分な説明 2. 2 測定方法 作成した磁石の飽和磁化( s) ,残留磁束密度( r) ,保磁力 ( cJ)は電磁石式 B-Hトレーサー,最大磁界 7.96 MA/m の ができず,保磁力のメカニズムはいまだ解明されていない パルス磁界式 B-H トレーサーおよび超伝導 VSM (Vibrating のが現状である。 Sample Magnetometer)を用い調べた。 Gao らは Givord らの磁化反転核に近い考えを提案し, 粒度分布および方位差分布は電子線後方散乱回折法 5) Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力の配向度依存性を検討した 。 (EBSD: Electron Backscatter Diffraction)を用いて測定 しかし彼らは磁石の保磁力をすべての結晶粒の保磁力の平 を行った。方位差分布から配向分布を求めた。EBSD デー 均値と定義しており,保磁力の配向度依存性の説明も十分 タから計算した配向度と保磁力減少率を,磁気特性測定に ではない。 よる実測値と比較した。 本論文では Nd-Fe-B 焼結磁石の配向度と等方性磁石を 基にした保磁力の減少率の関係について報告し,そこから 3. 実験結果および考察 導かれる結果について回転磁化モデルと磁壁移動モデルを 用い考察を加えた。また結晶粒の配向分布を実測し,その 3. 1 結果から保磁力減少率を計算し,磁気特性による実測値と 磁石の飽和磁化を 比較した。 磁石の配向度αは式(1)のようになる。 s とし,残留磁束密度を r α= 2. 実験方法 2. 1 配向度と保磁力減少率 r とすると, (1) s 試料作成 こ こ で 磁 石 の 保 磁 力 を 表 1 の Sample1 ∼ 3 のように,保磁力レベルの異なる cJ 3 種類の組成の磁石を粉末冶金法により作成した。まず材 料合金をストリップキャスト法により作成し,得られた合 cJ , 等 方 性 磁 石 の 保 磁 力 を (2) のように定義する。 isotropicとし,保磁力減少率βを式 ( ) cJ (2) β= −1 ×100[%] cJ isotropic 金を粉砕して約 4 μm の微粉末とした。この粉末を 0 ∼ 2.39 MA/m までの磁界中で配向後,成形を行った。成形 図 1 は Sample1 ∼ 3 に加えて,参考として高配向度を 体は 1,353 K で焼成後, 向上のため 823 K で熱処理を 達成した Nd-Fe-B 焼結磁石 (Ref. Sample, α = 0.991) およ 行った。実験では比較のため,高配向度を達成した Nd-Fe-B びフェライト磁石 (Ferrite)について保磁力減少率の配向 焼結磁石(Ref. Sample)とフェライト磁石(Ferrite)につ 度依存性を示したものである。図から,保磁力減少率は高 いても調べた。 い配向度(α > 0.95)領域で大きくなり,高配向度領域の cJ 配向分布関数から求めた保磁力減少率と磁気測定データ を比較するため,Sample4,5 のように,Dy を含まない Sample No. Composition Sample 1 Nd14.1B6.1Co1.0Febal. Sample 2 Nd12.1Dy2.1B6.1Co1.0Febal. Sample 3 Nd10.1Dy4.1B6.1Co1.0Febal. Ref. Sample Nd12.37B5.76Febal. Ferrite Sr0.76La0.24Fe11.5Obal. Sample 4 Nd13.7B5.8Co1.0Febal. Sample 5 Nd11.7Dy2.1B6.0Co1.0Febal. 0.5 Coercive force decrease ratio β (%) 表 1 実験に用いた磁石の組成(Nd-Fe-B 焼結磁石の組成は原子組 成 atom%,フェライトは化学組成式) Table 1 Composition and coercive force of magnets used in this experiment (Nd-Fe-B magnet: atom%, ferrite magnet: chemical composition) Alignment α 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 0 −5 −10 −15 −20 −25 : : : : : Sample 1 Sample 2 Sample 3 Ferrite Ref.sample −30 図 1 実験に用いた各種磁石の保磁力減少率の配向度依存性 Fig. 1 Alignment dependence of coercive force decrease ratio 日立金属技報 Vol. 30(2014) 21 (a) (b) (c) (d) 35 μm 35 μm 35 μm 001 110 100 図 2 電子線後方散乱回折法(EBSD)による逆極点方位マップ(IPF マップ) (a)等方性磁石(b)配向磁石の容易磁化面(配向面)(c)配向磁石の磁化困難面(d)カラーゲージ Fig. 2 Inverse pole figure from electron backscattering diffraction (EBSD) (a) isotropically aligned magnet (b) aligned magnet (aligned surface) (c) aligned magnet (perpendicular to aligned surface) (d) color gauge (a) (b) 0.2 (c) 0.2 Area fraction Area fraction Area fraction 0.2 0.1 0.1 0.1 0 0 0.1 1 10 0 0.1 1 10 0.1 Grain size (diameter) (μm) Grain size (diameter) (μm) 1 10 Grain size (diameter) (μm) 図 3 電子線後方散乱回折法(EBSD)より求めた粒度分布および平均粒径 (a)等方性磁石(b)配向磁石の容易磁化面(配向面)(c)配向磁石の磁化困難面 Fig. 3 Grain diameter distribution and average diameter obtained from EBSD (a) isotropically aligned magnet (b) aligned magnet (aligned surface) (c) aligned magnet (perpendicular to aligned surface) 保磁力減少率βを完全配向(α =1)に外挿した値は− 30% になることが分かった 6)∼ 9)。実際,高配向度を達成した 10) Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率は− 30%に近い値を示 がある。上述の EBSD データより粒径を調べることがで しており,外挿から求めた完全配向磁石の値に近い値が得 きる。図 3 は粒度分布および平均粒径を示している。こ られた。フェライト磁石についても Nd-Fe-B 焼結磁石と れに示されるとおり,等方性磁石と配向磁石の平均粒径に 同様に配向度の向上とともに は大きな差異は認められない。このことから,配向度向上 cJ が減少する傾向が見られ cJ の値は結晶粒径にも依存することが知られており ,配向した磁石の粒径に変化がないか調べておく必要 たが,より高い配向度を達成することができないため高配 による 向度領域について調べることはできなかった。 因していることが強く示唆される。 cJ の減少は保磁力発生のメカニズムそのものに起 図 2 は EBSD を用いて得られた Sample 4 の逆極点方位 マップ(IPF: Inverse Pole Figure) を示す。逆極点方位マッ 3. 2 保磁力モデル プとは電子ビームで照射している材質表面の点の結晶方位 図 4 のように,バルク Nd-Fe-B 焼結磁石の磁化方向を 0° を EBSD により決定し,その方位をステレオ投影座標上 とし,それに対する Nd2Fe14B 結晶粒の c 軸つまり容易磁 のカラーゲージで表したものを多数の解析点についてマッ 化方向の角度をθとする。外部からの磁界が 0°方向から プにしたものである。図 2(d) はそのカラーゲージであり, かかるときの,角度θの結晶粒の保磁力を とする。 cJ(θ) 赤,青,緑はそれぞれ 001,110,100 方向を表し,測定点 の方位をその混色を用いて表している。方位が同じ測定点 つまりひとつながりの結晶粒は同じ色で描画される。図 2 (a)は等方性磁石,図 2(b)は配向磁石の磁化容易面(配向 0° θ 面) ,図 2(c) は配向磁石の磁化困難面の逆極点方位マップ である。等方性磁石の配向度αは 0.53,配向磁石の配向度 αは 0.95 である。図 2(a)は多様な色調をしており,等方 性磁石の結晶粒方位はランダムであることが示される。図 2(b)は赤色系の色調,図 2(c)は青および緑色系の色調 であることから配向磁石の結晶粒の多くは 001 方向を向い ており,この磁石はよく配向されていることを示している。 22 日立金属技報 Vol. 30(2014) 図 4 角度θの定義 Fig. 4 Definition of angle θ Nd2Fe14B grain c-axis direction of Nd2Fe14B grain Magnetization orientation of bulk Nd-Fe-B sintered magnet Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率の配向度依存性と保磁力メカニズム 図 5 は回転磁化モデル,図 6 は磁壁移動モデルに基づい 点における磁化分布は回転磁化モデルと磁壁移動モデルで た保磁力計算の原理モデルを示している。 は同じであるが, cJ 点つまり全体の磁化が 0 のときの磁 Nd2Fe14B 結晶粒が周囲の結晶粒から磁気的に独立して 化分布は回転磁化モデルと磁壁移動モデルでは大きく異な いるとしたとき,0°方向の磁界に対しては,回転磁化モデル る。 では図 5(a)のようにθが 45°のときの保磁力 0°方向からの逆向きの磁界を増加させていくと,回転 (θ)が cJ 最も低く,45°から増加または減少するにしたがい (θ) cJ 磁化モデルの場合は, が最も低いθが cJ(θ) 45°の結晶 は増加する。一方,磁壁移動モデルでは図 6(a)のように 粒から磁化反転が起こり,磁界が強くなるにしたがい 45° θが 0°のとき より高角度および低角度の結晶粒が順次磁化反転する。θ が最も低く,θが増加するにした cJ(θ) がい 1/cos θの割合で は増加する cJ(θ) 11) 。 が 45 ± 15°つまり 30°から 60°の範囲にある結晶粒が磁 ところで等方性磁石の着磁方向の磁化分布,つまり 化反転すると着磁方向の磁化と磁化反転した磁化のグラフ Nd2Fe14B 結晶粒の磁化のθが 0°方向成分のθに対する 上の面積が等しい,つまり磁化の大きさが等しくなり総和 分布は が 0 となる。このときの磁界の強さが r を求めると r 0.6 0.4 cJ (c) (d) 0.2 0 15 30 45 60 75 となる。この状 2.0 40 (0) 20 1.5 0 cJ 0.8 (θ) / (b) 80 60 40 20 0 −20 −40 −60 −80 −100 90 cJ 態を図 5(d) に示す。 cJ (0) cJ となる。 (a) (a) 1.0 (θ) / s /2 −20 (d) 1.0 −40 (b) (c) −60 0.5 −80 0 15 Angle θ (°) 30 45 60 75 −100 90 75 90 Coercive force decrease ratio β (%) 点つまり磁界が 0 の場合では sin 2θとなってお Coercive force decrease ratio β (%) r り,これを積分した値より Angle θ (°) (b) P (θ) sin 2θ P (θ) sin 2θ (b) 0 15 30 45 60 75 90 0 15 Angle θ (°) 30 45 60 Angle θ (°) (c) (c) 0 15 30 45 60 75 Magnetization direction P (θ) sin 2θ P (θ) sin 2θ Magnetization direction 90 0 15 Angle θ (°) 30 45 60 75 90 Angle θ (°) (d) P (θ) sin 2θ Magnetization direction 0 15 30 45 60 75 90 Angle θ (°) 図 5 回転磁化モデルによる保磁力 (a)回転磁化モデルによる Nd2Fe14B 結晶粒の保磁力の角度依 存性(b)完全配向磁石(c)配向磁石(d)等方性磁石 Fig. 5 Angular dependence of coercive force based on S-W model (a) angular dependence of Nd2Fe14B crystal particle coercive force based on S-W model (b) perfectly aligned magnet (c) aligned magnet (d) isotropically aligned magnet Magnetization direction P (θ) sin 2θ (d) 0 15 30 45 60 75 90 Angle θ (°) 図 6 磁壁移動モデルによる保磁力 (a)磁壁移動モデルによる Nd2Fe14B 結晶粒の保磁力の角度依 存性(b)完全配向磁石(c)配向磁石(d)等方性磁石 Fig. 6 Angular dependence of coercive force based on D-M model (a) angular dependence of Nd2Fe14B crystal particle coercive force based on D-M model (b) perfectly aligned magnet (c) aligned magnet (d) isotropically aligned magnet 日立金属技報 Vol. 30(2014) 23 配向を高めるにつれ磁化分布は図 5(c)のようにθの低 3. 3 配向分布による解析 角度側に寄り,完全配向 (α =1)したときの磁化分布は図 図 7 に Dy 含 有 量 が 0.0 % と 2.1 % の サ ン プ ル (表 1 の 5(b)のようにθが 0°の位置でのデルタ関数となる。こ Sample 4 と Sample 5) の EBSD 測定によって得られた極 のときの保磁力はθが 0°の結晶粒の保磁力に等しくな 点図を,図 8 に EBSD から得られた方位差分布およびそ る。その値は等方性のときの 1.91 倍となり,実験結果を れから得られる配向分布を示す。極点図は同心円に近い分 説明することができない。 布形状を示しており,配向分布は配向磁界が強くなると低 磁壁移動モデルではθの小さい結晶粒から磁化の反転が 角度側にシフトする,すなわち配向が高くなることを示し 起こり,磁界が強くなるにしたがいθの大きな結晶粒が磁 ている 12),13)。 化反転する。θが 0°から 45°の範囲の結晶粒が磁化反転 先に定義したθより結晶粒の方位差分布関数を f(θ) , した時に着磁方向の磁化と磁化反転した磁化のグラフ上の 配向分布関数を P(θ) とすれば,式 (3) のような関係になる。 面積が等しい,つまり磁化の大きさが等しくなり総和が 0 となる。このときの磁界の強さが cJ f(θ)∝ P(θ)sin θ となる。この状態を (3) 図 6(d)に示す。等方性と完全配向の中間の配向状態は図 6(c)のようになり, 等方性磁石の cJ は配向の分布形状に依存するが, cJ よりも小さい値となる。 図 8 に示した配向分布関数 P(θ)は,標準偏差をσと した式(4)で表されるガウス分布に近いことが分かる。 図 6(b)のように完全配向(α =1)したときの保磁力は 1 θ2 P(θ)∝ exp − 2πσ 2σ2 ( ) θが 0°の結晶粒の保磁力に等しくなるのは回転磁化モデ ルと同じである。その値は等方性のときの約 0.71 倍とな (4) り,実験結果に近い値が得られる。このことから,磁壁移 実測の分布をガウス分布で近似したときのσは配向磁界 動モデルは Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力メカニズムを反映 が 0.14 MA/m のときは 19°で,配向磁界 1.35 MA/m の していると考えられる 8),9)。 ときは 12°である。その分布を図 8 にあわせ示す。 (a) (b) Max: 9.8 Max: 20.1 16 8 0.25 0.25 (d) (c) Max: 9.7 Max: 21.2 32.000 16.000 16 8.000 8 0.25 0.25 4.000 2.000 1.000 0.500 0.250 図 7 EBSD によって得られた極点図 (a)Sample 4(Dy0.0%)配向磁界 0.14 MA/m(b)Sample 4(Dy0.0%)配向磁界 1.35 MA/m (c)Sample 5(Dy2.1%)配向磁界 0.14 MA/m(d)Sample 5(Dy2.1%)配向磁界 1.35 MA/m Fig. 7 Pole figure using electron backscattering diffraction(EBSD) (a) Sample 4 (Dy: 0.0%) alignment field: 0.14 MA/m (b) Sample 4 (Dy: 0.0%) alignment field: 1.35 MA/m (c) Sample 5 (Dy: 2.1%) alignment field: 0.14 MA/m (d) Sample 5 (Dy: 2.1%) alignment field: 1.35 MA/m 24 日立金属技報 Vol. 30(2014) Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率の配向度依存性と保磁力メカニズム 図 1 を詳細に見ると,Dy が含まれる場合と含まれない 等方性磁石の場合θ 1 はπ /4 となり,配向磁石ではθ 1 場合で保磁力減少率に差が見られたが,図 8 の配向分布 は 0 からπ /4 の間の値となる。式(2), (6)と角度θ 1 から, では Dy 含有の有無による差は見られなかった。 保磁力減少率βは式(8)で与えられる。 P(θ)から各結晶粒の磁化のθが 0°の方向に平行な成 1/cosθ1 1 β= −1= −1 π 2cosθ1 1/cos 4 分の総和を算出でき,配向度αを式 (5)により計算するこ とができる。 ただし式(8)はすべての結晶粒が独立して式(6) にしたが 1 π2 α= = P (θ) sin2θdθ 2 0 s ∫ r (8) (5) うとしている。磁石の配向が 高くなるにしたがいθ1 は小 さくなり,完全配向では 0 となる 13)。 ここでこの磁石の保磁力は磁壁移動モデルにしたがうと 図 9 に保磁力減少率の配向度依存性について,EBSD 測 すれば式 (6) が成り立つ。 定からの計算値と,磁気特性測定による実測値を示す。破 線は配向分布関数 P(θ)がガウス分布である場合の計算 (0) cJ ( ) cJ θ = (6) cosθ 値である。計算値と実測値は配向度については良く一致し たが,保磁力減少率は大きく異なる結果となった。また図 結晶粒の磁化の総和がバルク体の磁化 を与える。式(7) 1 のデータから予想して描いた関係のグラフ線と,配向分 に示すような,配向磁石において角度 0°からθ 1 の結晶 布をガウス分布として計算した線を比べると大きく異なる 粒が磁化反転し磁化 が 0 となるときの磁界 ことが分かった。 が cJ(θ 1) この計算値と実測値の相違は今回の保磁力減少率の計算 磁石の保磁力となる。 π θ1 1 1 2 = s P(θ)sin2θdθ− s P (θ)sin2θdθ=0 2 2 θ1 0 ∫ ∫ はすべての結晶粒が 1/cos θにしたがい磁化反転すると仮 (7) 結晶粒の粒界に存在するピンニングサイトに磁壁は強くピ (b) 30 (a) 30 Sample 4 (Dy 0.0%) Sample 5 (Dy 2.1%) 20 15 10 20 15 10 5 5 0 Sample 4 (Dy 0.0%) Sample 5 (Dy 2.1%) 25 Fraction (%) 25 Fraction (%) 定していることから生じていると考えられる。θが大きな 10 20 30 40 50 60 70 80 0 90 10 20 30 Angle θ (°) 60 70 80 90 (d) 40 Sample 4 (Dy 0.0%) Sample 5 (Dy 2.1%) Gaussian (σ=19 ° ) 30 25 20 15 30 25 20 15 10 10 5 5 10 20 30 40 50 Angle θ (°) 60 70 80 Sample 4 (Dy 0.0%) Sample 5 (Dy 2.1%) Gaussian (σ=12 ° ) 35 Fraction (%) 35 Fraction (%) 50 Angle θ (°) (c) 40 0 40 90 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 Angle θ (°) 図 8 EBSD によって得られた方位差分布 f(θ)と配向分布 P(θ)およびガウス分布 (a)f(θ)配向磁界 0.14 MA/m(b)f(θ)配向磁界 1.35 MA/m (c)P(θ)配向磁界 0.14 MA/m および標準偏差σ =19°のガウス分布 (d)P(θ)配向磁界 1.35 MA/m および標準偏差σ =12°のガウス分布 Fig. 8 Data based on misorientation distribution figure by EBSD and calculated alignment distribution using EBSD data and Gaussian distribution (a) f (θ) (alignment field:0.14 MA/m) (b) f (θ) (alignment field: 1.35 MA/m) (c) P (θ) (alignment field:0.14 MA/m) and Gaussian distribution with standard deviateσ=19 ° (d) P (θ) (alignment field:1.35 MA/m) and Gaussian distribution with standard deviateσ=12 ° 日立金属技報 Vol. 30(2014) 25 ン止めされているとする。外部からの磁界の影響でそこか 4. 結 言 ら磁壁が外れれば磁壁は次のピンニングサイトまで移動す るが,そのピンニングサイトのピン止め力が弱ければ磁壁 Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力 はそこにはとどまらず,また次のピンニングサイトまで移 減少するという実験結果が得られた。この保磁力の配向度 動すると考える。つまり磁壁は弱いピンニングサイトしか 依存性は結晶粒径の違いによるものではなく, 持たない結晶粒にはとどまることなく移動すると仮定する メカニズムから起こっていることが強く示唆される。回転 と説明できると考える。高い配向の磁石では大きなθの結 磁化モデルではこの保磁力の減少は説明できず,磁壁移動 晶粒の数は少なくなるため強いピンニングサイトの数は少 モデルならば定性的に説明できる。 なくなり,保磁力は当初に仮定した 1/cos θにしたがうよ 磁壁移動モデルと配向分布から求めた計算値と磁気特性 うになり,それにそって磁化反転するようになると考えら による実測値は配向度については良く一致したが,保磁力 れる。このように考えると,磁壁移動モデルは,配向した 減少率は大きく異なり Dy 含有量に依存する結果となっ 磁石では磁壁がピンニングサイトから外れた時に複数の結 た。この差はすべての結晶粒の保磁力が独立して 1/cos θ 晶粒を飛び越え移動することを考慮したモデルに修正する にしたがうとした仮定に起因するのではないかと推測され 必要がある。 る。強いピンニングサイトにピン止めされた磁壁がピンニ cJ は配向度の向上とともに cJ 発生の ング力の弱い複数の結晶粒を飛び越え移動することにより 磁化反転が進むと考えると,計算と実測の差を説明できる Alignment α Coercive force decrease ratio β (%) 0.5 0 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 −5 Experimental data Dy2.1% −10 −15 Gaussian distribution Experimental data Dy0.0% −20 −25 −30 from Gaussian distribution Dy0.0% from EBSD data Dy2.1% −35 図 9 EBSD データおよびガウス分布によって予想される保磁力 (実測値は磁気特性測定による) Fig. 9 Expected coercive force using EBSD data and the gaussian distribution function. (Experimental data in this figure was obtained by magnetic properties measurement) 26 日立金属技報 Vol. 30(2014) と考えられる。 Nd-Fe-B 焼結磁石の保磁力減少率の配向度依存性と保磁力メカニズム 引用文献 北井 伸幸 Nobuyuki Kitai 1) M. Sagawa, S. Fujimura, M. Togawa, H. Yamamoto and 日立金属株式会社 Y. Matsuura: J. Appl. Phys., 55(1984), 2088. 2) H. Kronmuller, K. D. Dust and G. Martinek: J. Magn. Magn. Mater., 69(1987), 149. 3) D. Givord, M. Rossignol and V. M. T. S. Barthem: J. Magn. Magn. Mater., 258(2003), 1. 4) F. Cebollada, M. F. Rossignol, D. Givord, V. Villas-Boas and J. M. Gonzales: Phy. Rev. B, 52(1995), 13511. 5) R. W. Gao, D. H. Zhang, H. Li and J. C. Zhang: Appl. Phys. A, 67(1998), 353. 6) D. Harimoto, Y. Matsuura and S. Hosokawa: J. Jpn. Soc. Powder Powder Metallurgy, 53(2006), 282. 7) 播本大祐 , 松浦 裕 : 日立金属技報 , 23(2007), 69. 8) 松浦 裕 :「金属」, 83(2013), 28. 9) Y. Matsuura, J. Hoshijima and R. Ishii: J. Magn. Magn. Mater., 336(2013), 88. 10)松浦 裕 : 博士論文(1987), p92. 11)E . Kondorsk i i : C omptes Rendus (D ok lady) de l’ 磁性材料カンパニー Academie des Sciences de l’URSS, 15(1937), 457. 12)Y. Matsuura, N. Kitai, R. Ishii, M. Natsumeda and J. Hoshijima: J. Magn. Magn. Mater., 346(2013), 1138. 13)N. Kitai, Y. Matsuura, R. Ishii, M. Natsumeda and J. Hoshijima: J. Jpn. Soc. Powder Powder Metallurgy, to be published. 磁性材料研究所 松浦 裕 Yutaka Matsuura 日立金属株式会社 磁性材料カンパニー 工学博士 石井 倫太郎 Rintaro Ishii 日立金属株式会社 磁性材料カンパニー 磁性材料研究所 棗田 充俊 Mitsutoshi Natsumeda 日立金属株式会社 磁性材料カンパニー 磁性材料研究所 星島 順 Jun Hoshijima 日立金属株式会社 磁性材料カンパニー 磁性材料研究所 日立金属技報 Vol. 30(2014) 27