LIGAプロセスを用いた微細電鋳スプリングに関する研究 Research on Electroformed Micro-Spring with LIGA Process 加藤 文明* Fumiaki KATO 要 旨 LIGAはX線リソグラフィと電鋳法を組み合わせて高アスペクト比加工を行うことができる MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術の一つである.今回LIGAプロセスを用いて線幅20 ~40μm,高さ200μm(アスペクト比最大10)の金属製のマイクロスプリングを製作した.また この研究においては一般的な電鋳材料であるニッケルに加え,きわめて高い強度が期待される ニッケル-鉄合金でもマイクロスプリングの製作を試みた.これらを評価したところ,Ni-Fe合金 製のスプリングはNiのスプリングと比べて極めて高い強度を持つことが確認された. Abstract LIGA is one of MEMS (Micro Electro Mechanical System) techniques, which has the machining ability of high-aspect ratio with X-ray lithography and electroforming. We manufactured the metal micro-springs with 20-40 µm of line width and 200µm height (maximum aspect ratio is 10) using LIGA process. Furthermore, in addition to Ni, a common elecroforming materials , we tried to manufacture micro springs with Ni-Fe alloy which is expected to provide very high strength. It is found that the Ni-Fe alloy springs have much higher tensile strength than the Ni springs. * リコーエレメックス株式会社 技術センター R&D Center, Ricoh Elemex Corporation. Ricoh Technical Report No.33 44 DECEMBER, 2007 1.背景と目的 1-1 2.技術 背景 2-1 LIGAプロセス技術 精密機械加工技術は中世の頃より時計を中心に古い 2-1-1 歴史があり,多くの先人の手によりその技術は進歩し LIGA てきた.現在においても新たな加工技術の開発などに LIGAとはX線リソグラフィー,電鋳,成型の3つのプ より,微細化,高精度化技術はさらに進歩を続けてい ロセスを組み合わせたMEMS技術のひとつであり, るが,一部ではこれらの一般的な機械加工技術では達 1980年代にドイツのカールスルーエ研究所で開発され 成できない寸法,形状に関するニーズも増えてきてい た技術である.そのため各プロセスのドイツ語 る. (Lithographie:リソグラフィー,Galvanoformung: 一方でMEMS(Micro Electro Mechanical System)と めっき,Abformung:成型)の頭文字を取ってLIGA 呼ばれる半導体の加工技術から発展した微細加工技術 (リガ)と呼ばれる. があり,各種センサーやインクジェットプリンタヘッ この技術の基本プロセスは,リソグラフィーでレジ ドなどで特に近年大きな発展を遂げている.MEMS技 ストの加工を行い,このレジストの凸凹を電気めっき 術は非常に微細で高精度な加工が可能であるが,半導 で金属に転写する(場合によってはその後転写された 体技術がベースであるがゆえ,そのプロセス技術の多 金属を金型とした樹脂などの成型加工までを含める) くはシリコン素材に限られている.しかしながら 単純なプロセスである.しかしこの技術の最大の特徴 MEMS技術のひとつにLIGAと呼ばれる高アスペクト比 は,リソグラフィーにシンクロトロン放射光という極 (高さと幅の比率)構造体を金属や樹脂など多様な材 めて輝度が高く,平行度に優れた透過力の高いX線を 料で製作できる技術がある. 用いることであり,一般的な紫外線フォトリソグラ 今回このLIGA技術に注目し,金属製の超小型部品 フィーと比べて,「高さのある」構造体を「垂直に近 (以下マイクロマシン部品)を製作する技術開発を い形状で」製作することが可能である. 行った. 2-1-2 1-2 目的 シンクロトロン放射光 シンクロトロンとは電子加速器の一種である.この 今回LIGA技術を用いて超小型のスプリング(以下マ 電子加速器で光速近くまで加速された電子が磁力でそ イクロスプリング)を始めとするマイクロマシン部品 の軌道を曲げられたとき,その接線方向に発生する強 を製作することに成功した.本レポートでは,この製 い光(電磁波)をシンクロトロン放射光(以下SR光と 作技術に関する報告を行う. 呼ぶ)と呼ぶ.(Fig.1参照) またこのマイクロスプリングのばね特性の向上を狙 SR光は著しい指向性を持つ赤外からX線領域までの い一般的な電鋳(厚膜電気めっき)材料であるニッケ 連続波長を持つ白色光である.LIGAにおいてはフィル 1) ルの他,高い強度が期待されるニッケル-鉄合金 につ ターを介して,1.5~7.3Åの軟X線領域の光をのみを利 いても研究開発を行った.これらの材料の機械的特性 用している. 本研究では立命館大学の「Aurora」を光源として使 についても合わせて報告する. 用した. Ricoh Technical Report No.33 45 DECEMBER, 2007 Electron Beam SR Radiation X-Ray 製作プロセス 2-2-2 マイクロスプリングは,下記の手順で製作した. Bending Magnet Filter (1) Fig.1 Schematic Image of SR Radiation. 2-1-3 成膜して,その上にPMMAレジスト膜を接着する. レジスト (2) X線マスクを通じて,SR光を露光する. (3) PMMAレジストを現像液で現像する. (4) (1)の金属薄膜を電極として,電気めっきでレジ ストの凹部が埋まりきるまで金属を電析させる. リソグラフィーに用いるレジストはPMMA(ポリメ (5) タクリル酸メチル)を主成分としている.PMMAはX めっき表面を目的の厚さ寸法まで研磨し,最終製 品のとなる厚さを調整する. 線を吸収して崩壊反応を起こし,分子鎖が切断される (6) 特性があり,およそ分子量20000以下まで分解される 最後にPMMAレジストとシリコンウエハを除去 し,電鋳金属部分のみを分離して,マイクロス とPMMAは有機溶剤に溶けるようになる.このため, 2) プリングを完成させる.(Fig.3参照) ポジレジストとして利用することができる. 2-2 シリコンウエハに,めっき電極となる金属薄膜を マイクロスプリングの製作 (1) PMMA Metal seed layer 2-2-1 マイクロスプリング Si substrate 本研究で製作したマイクロスプリングの一例をFig.2 (2) SR X-ray に示す.マイクロスプリングのばね幅は5~40μmであ X-ray Mask る. Irradiated PMMA (3) (4) (5) Developed PMMA Electroformed Metal Polished (6) Fig.2 Micro-Spring. Ricoh Technical Report No.33 Fig.3 Schematic Image of LIGA Process. 46 DECEMBER, 2007 2-2-3 電鋳(電気めっき) 本研究では2種類の材料を用いて実験を行った. (1) スルファミン酸浴ニッケルめっき 他のニッケルめっき浴と比べて内部応力が小さい Fig.4 SEM Image of the Micro-Spring. 特徴があり,DVDディスクの成型金型など広く 使用されている最も一般的なニッケル電鋳浴であ る.今回実験に用いたニッケルめっき条件を 実験を試みたマイクロスプリングのばね幅は5~40 Table 1に示す. μmであるが,幅15μm以下の試作品では部分的にパ 3) (2) ニッケル-鉄合金めっき ターンの不完全な個所が発生しており,完全な形状を 高硬度の電鋳材料として研究が進められている新 製作できたものは幅20~40μm(厚さ100~200μm) しいめっき材料である.ニッケル-鉄合金は鉄の であった. 4) 含有量が10~25%で硬度が最も高くなる ことが 2-3 知られており,本実験ではニッケルと鉄がおよそ 80:20で共析するよう調整されたものを使用した. 2-3-1 今回実験に用いたニッケル-鉄合金めっき条件を Table 2に示す. Table 1 Table 3に記す.また本実験において製作することがで 450g/L きた最小幅のマイクロスプリングの写真をFig.5に記す. 5g/L 30g/L ほう酸 pH 4.0 電流密度 2.0A/dm2 温度 50℃ Table 3 The Detail of Ni-Fe Alloy Plating Bath. 250g/L 硫酸酸ニッケル 硫酸鉄 The Evaluation of the Form. 最高値 完全な形状 最大厚さ 200μm 200μm 最小幅 5μm 20μm 最大アスペクト比 40 10 精度 - ±0.5μm以下 側面角度 - 89.8° 適量 塩化ニッケル 5g/L ほう酸 30g/L マロン酸 5.2g/L 2g/L サッカリン 2-2-4 法精度,側面角度に関して評価を行った.その結果を The Detail of Ni Plating Bath. 浴組成 塩化ニッケル 浴組成 形状 製作したマイクロスプリングについてその形状,寸 スルファミン酸ニッケル Table 2 加工形状に関する評価結果 pH 3.0 電流密度 2.0A/dm2 温度 50℃ 完成したマイクロスプリング Fig.4に製作したマイクロスプリング(幅40μm,厚 Fig.5 The Micro-Spring with Width 5μm. さ100μm)のSEM写真を示す. Ricoh Technical Report No.33 47 DECEMBER, 2007 2-3-2 表面粗さ 製作したマイクロスプリングの側面を微細形状測定 装置(KLA-Tencor社アルファステップ)を用いて表面 粗さを測定した.側面の顕微鏡写真をFig.6に示す. Fig.7 硬度 2-4-2 Fig.6 The Side of the Micro-Spring. Tension Test Piece. マイクロビッカース硬度計(明石製作所HM103)を 用いて,材料試験片の硬度を測定した.この結果を Fig.8にまとめる. 表面粗さは垂直方向(Fig.6の縦方向)でRa0.018, 水平方向(同横方向)でRa0.120と水平方向の方が大幅 に高くなっている.また縦方向に平行のスジが見られ 700 るが,これはマスクの凸凹がそのままレジストに転写 600 されたもので,このスジのため水平方向の表面粗さが 500 648.5 Vickers Hardness 619.0 高くなったと考えられる.つまりLIGAプロセスは,数 10nmというマスクの凸凹すら高精度で転写できる能力 Ni Ni-Fe(Fe20%) 573.4 425.3 300 259 246.5 218 217 200 があることを示している. 400.7 400 144 100 0 2-4 材料特性試験 AS Plating 200㷄 250㷄 300㷄 400㷄 Heat Treatment Fig.8 本研究に使用した2種類の電鋳材料の特性を評価する Vickers Hardness. ため,引張試験片を用いて,硬度,引張強度,伸びに ついて測定を行った. 熱処理前のニッケル-鉄合金はHV573とニッケルの また試験片は電気炉で熱処理(200~400℃で2時間 HV259と比べ大幅に硬いことが確認された.この硬度 保持)を行ったものについても同様の試験を行い,高 は析出硬化系ばね用ステンレス鋼(JIS G 4315 SUS631- 温での機械的性質の変化についても評価した. CSP:HV530以上)に匹敵する. 2-4-1 またニッケルは加熱により徐々に軟化するのに対し, 引張試験片 ニッケル-鉄合金は250℃までは逆に硬度が上昇するこ 引張試験片の形状をFig.7に示す.この試験片はマイ とが認められた.ただしニッケル-鉄合金も250℃を超 クロスプリングと同様のプロセスで製作している. Ricoh Technical Report No.33 えるとニッケルと同様に軟化が始まる. 48 DECEMBER, 2007 までは引張強度は上昇するが,それ以上の温度では強 引張強度および伸び 2-4-3 度は低下することも確認された. 引張強度および伸びはFig.9のような荷重試験機と治 また伸びについてはニッケルが温度の上昇とともに 具を用いて引張試験を行い,その最大荷重と試験片破 伸びが上昇する傾向があるが,ニッケル-鉄合金は低下 断までの伸び量を測定した.なお荷重試験機はインス し,まったく逆の傾向を示すことがわかった. トロン社5848を使用した. 考察 2-4-4 ニッケル-鉄合金はニッケルと比較して,硬度と強度 に優れている.耐熱性もニッケルよりやや高い傾向が あるが,200℃を超えると引張強度と伸びが低下して脆 くなり,さらに250℃以上では硬度の低下も認められる. このため熱が加わる環境下での使用には注意が必要で ある. Fig.9 The Tension Tester and the Jig. ばね試験 2-5 測定した引張強度と伸びをFig.10およびFig.11に示す. 製作した2種類の材料のマイクロスプリングに錘を付 けその伸び量をFig.2に示す通りマイクロスコープで測 定し,その測定結果をFig.13にプロットした. 2500 2166.4 Tensile Strength (MPa) 1995.5 なおこの試験には,ばね幅40μm,厚さ100μmのマ Ni Ni-Fe(Fe20%) 2000 1721.1 イクロスプリングを使用した.(Fig.2参照) 1500 1169.9 1000 試験治具 588.8 574.6 509.6 472.7 500 632.4 429.2 マイクロスプリング マイクロスプリング 試験治具 0 AS Plating 200㷄 250㷄 300㷄 400㷄 マイクロスコープ (レンズ部) Heat Treatment Fig.10 Tensile Strength. この2点間を測定 錘 マイクロスコープ (本体) 70.0% Ni 60.5% Ni-Fe(Fe:20%) 60.0% Fig.12 The Test Method of the Spring Test. Elongaton 50.0% 40.0% 35.5% 39.0% 34.0% 100 29.5% 30.0% Ni-Fe(Fe20%) 90 21.5% 6.7% 70 5.7% Load (mN) 8.0% 10.0% 0.0% AS Plating 200㷄 Ni-Fe Yield Point 80 16.3% 20.0% 250㷄 300㷄 400㷄 Heat Treatment Ni-Fe Spring Constant k=36.0 mN/mm 60 Ni Yield Point 50 40 Ni 30 Fig.11 Elongation. 20 Ni Spring Constant k=27.0 mN/mm 10 0 0 熱処理前のニッケル-鉄合金の引張強度は1996MPaと Fig.13 ニッケル589MPaの3倍以上の強度を示した.また200℃ Ricoh Technical Report No.33 49 20 40 60 E lo n g a t io n ( % ) 80 100 120 The Result of the Spring Test. DECEMBER, 2007 参考文献 ニッケル-鉄合金のマイクロスプリングは同形状の 1) 水谷泰,永山富男:MEMS のためのめっき・電鋳 ニッケルの試料よりばね定数が30%ほど高く,また降 技術,表面技術,Vol.55 No.4 (2004),pp.237-241 伏荷重は3倍以上とばねとして優れた性質を示した. 2) M. J. Madou:MEMS HANDBOOK,CRC PRESS, 特にばねの弾性伸びが70%と高く,大きな出力が必 (2002),pp.17-21 要とされるマイクロアクチュエーターなどに有効な材 3) 永山富男 他:ニッケル-鉄合金めっき皮膜の熱膨 料になると考える. 張特性,表面技術,Vol.57 No.10 (2006),pp.733737 3.成果 4) 榎本英彦,小見栄:合金めっき,日刊工業新聞 LIGAを用いて幅20μmまでのマイクロマシン部品を 社,(1987),p.128 製作する生産技術を確立するとともに,ニッケル-鉄合 金電鋳を始めとする素材に関する要素技術の蓄積を行 うことができた. また研究で培った評価技術も含めて,これらの技術 は今後の新技術,新商品の開発の礎となると考える. 4.今後の展開 高強度で耐熱性のあるニッケル-鉄合金は従来ニッケ ルで製作されていた成型金型の寿命の向上や,複雑な 形状での製品精度の向上が期待される.今後,金型に 要求される品質を確保するため,LIGAプロセス技術の 細部条件の最適化による精度の向上,成型金型へ展開 するための周辺技術の開発を行う. また一方で,ばね試験でも明らかなようにLIGA技術 とニッケル-鉄合金電鋳技術の組み合わせは,MEMSア クチュエーター部品としても期待でき,金型以外の商 品,部品への展開を検討する. 謝辞 本研究にあたりLIGA技術のご指導をいただいた立命 館大学杉山進教授,電鋳開発で協力いただいた清水長 金属工業(株)様,京都市産業技術研究所様に深く感 謝いたします. また,本研究は「平成18年度文部科学省のナノテク ノロジー総合支援プロジェクト」を通して実施されま した. Ricoh Technical Report No.33 50 DECEMBER, 2007