富士時報 Vol.74 No.2 2001 電源用マルチチップパワーデバイス「M-POWER」 太田 裕之(おおた ひろゆき) 寺沢 徳保(てらさわ のりほ) まえがき 合となっており,その他の特徴的な回路は大きく二つに分 けられる。 近年,地球温暖化対策として省エネルギー化が重要視さ 第 1 の回路はソフトスイッチング動作のための回路で, れ,情報通信機器や家庭用電化製品の消費電力の低減が求 主スイッチである主 MOSFET Q1 と並列に,補助 MOS められている。 FET Q2 を接続し,ソフトスイッチング用コンデンサ C2 そのため,それらに広く使われているスイッチング電源 の 電 荷 を ト ラ ン ス 回 生 巻 線 N 4 で 回 生 す る ZVT( Zero は高効率化が必要不可欠となってきており,特に常時電源 Voltage Transition)方式のソフトスイッチング回路であ を投入したまま使用される機器では,待機状態での消費電 る。 力が全体の消費電力の 20 ∼ 30 %にもなるため,待機時の 第 2 の回路は高調波対策回路で,トランスの巻線 N3 と, ダイオード D1,D2,リアクトル L1 から構成されるワンコ 消費電力の削減が求められている。 さらに,これらの機器が接続される電源系統の品質維持 のため,スイッチング電源は入力電流高調波規格を満足す 図1 M-POWER の外観 る必要もある。 そのため,富士電機では一つのコンバータでこれらの要 求に対応できる一体トランス方式のスイッチング電源技術 を開発し,その制御用デバイスとして専用マルチチップパ (図1)を商品化したので, ワーデバイス「M-POWER」 その概要を紹介する。 特 徴 一体トランス方式のスイッチング電源と M-POWER の 特徴を以下にまとめる。 図2 一体トランス方式コンバータの回路構成 (1) 高効率:スナバエネルギー回生 (2 ) 待機時入力電力 3 W 以下:エナジー 2000 適合 Tr (3) 低高調波電流:高調波規制 IEC クラス D 適合 D4 (4 ) 低ノイズ:ソフトスイッチング動作 N3 (5) ワールドワイド対応 AC 80∼288 V (6 ) 各種保護機能の充実 + N1 C3 D1 (7) オールシリコン構造による高信頼性の確保 L1 D2 一体トランス方式コンバータ N2 + N4 D3 Q1 Q2 C1 C2 M-POWER 3.1 回路構成 図2に一体トランス方式コンバータの回路構成を示す。 基本的には主巻線 N1 と二次巻線 N2 とはフライバック結 122(22) 太田 裕之 寺沢 徳保 スマートパワーデバイスの開発・ スマートパワーデバイスの開発・ 設計に従事。現在,富士日立パ 設計に従事。現在,富士日立パ ワーセミコンダクタ (株) 松本事業 ワーセミコンダクタ (株) 松本事業 所開発設計部。 所開発設計部。 IC 富士時報 電源用マルチチップパワーデバイス「M-POWER」 Vol.74 No.2 2001 ンバータ方式の高調波対策回路である。 (1) そして図2の回路構成において,キーデバイスといえる Q1,Q2 と制御 IC(破線内部)をワンパッケージにしたデ バイスが M-POWER である。 3.3 高調波対策回路 高調波対策回路の動作を図5に示す。 (1) 昇圧巻線 N3 の効果 Q1 がオフ時に昇圧巻線 N3 には電圧 VN3 が発生し,こ (1) の電圧 VN3 と入力電圧絶対値| Vin |の和の電圧が C1 の 3.2 ZVT 方式ソフトスイッチング動作 ZVT 方式のソフトスイッチング回路を 図3 に示す。こ の回路動作を①∼③の期間に分けて簡単に説明する。 (1) 期間 T1 ∼ T2 電圧 VC1 より高いとき(VN3 +| Vin |> VC1)に電流 i 3 を流し,従来のコンデンサインプット電流(i inc)より入 力電流の導通角を広げることができる。 Q1 をオンする前に Q2 をオンし,コンデンサ C2 に蓄え (2 ) リアクトル L1 の効果 られていた電荷をトランス Tr の N4 巻線を介して放電す N3 巻線のみでは,入力電圧 Vin が高いとき相対的に導 る。このとき,N4 巻線に VN4 が印加され,N1 巻線にも 通角が狭まり効果が小さくなる。そのため,リアクトル VN1 が誘起されるため VN1 が電源電圧 VC1 より大きくなる L1 の回路を付加し,Q1 がオンのときに,入力電源→ D1 と電流 i r が流れ,C2 に蓄えられていた電荷は C1 に回生さ (または D2)→ Q1 の経路で電流 i 2 を流すことができる。 れる。また,N4 巻線電流 i N4 は Tr 励磁電流となる。 (2 ) 期間 T2 ∼ T3 i 2 は入力電圧が高いほど大きな電流となり,大きな効果が 得られる。 VC2 が零電圧になったあと Q1 をオンすることで,Q1 の つまり,一体トランス方式の高調波対策回路は,入力電 オンは零電圧スイッチング(ZVS)となる。電流 i N4 は 圧が低いときには主に N3 巻線の効果で,入力電圧が高い VN4 を逆起電圧として減少し,やがて零電流となる。次に ときには主に L1 の回路の効果で高調波を改善する。この T3 で Q2 をオフすると,Q2 は ZVS となる。 図4 入力電圧に対する効率特性(Po = 100 W) (3) 期間 T4 ∼ T5 T4 で Q1 がオフする。このとき並列に接続した C2 の電 90.0 圧が零電圧であるため,Q1 は ZVS となる。 85.0 84.3 Choke Converter)方式との効率の比較を示す。入力電圧 200 V 時に,ZVT 方式が 86.4 %で RCC 方式が 84.3 %と η(%) め,コンデンサ C2 の電荷をトランス Tr の励磁インダク タンスの共振を利用して回生するタイプの RCC(Ringing ZVT方式 (60 kHz固定) 86.4 図4に入力電圧に対する効率特性を示す。また比較のた 80.0 RCC方式 (88 kHz) (102 kHz) (60 kHz) (106 kHz) (53 kHz) 75.0 2.1 %の効率向上が達成されている。 ( )内は動作周波数 70.0 50 100 150 200 V in(V) 図3 ZVT 方式ソフトスイッチング回路 250 300 Tr ir C1 N1 v N1 + 図5 高調波対策回路の動作 N2 v C1 N4 i DQ1 v DSQ1 v N4 Q1 v C2 v GSQ2 N3 D3 Tr D4 Q2 + v N3 i N4 v DSQ2 i in D1 C2 v GSQ2 N1 i3 N2 C3 i1 v in L1 D2 v GSQ2 Q1 + C1 v GSQ1 C2 V C1 i 2 v DSQ1 i incnv V RS v DSQ1 v in+v N3 i DQ1 i N2 i DQ1 i in= i 2+ i 3 v C1 v in i N2 i2 T1 T2 T3 T4 T5 123(23) 富士時報 電源用マルチチップパワーデバイス「M-POWER」 Vol.74 No.2 2001 結果,入力電圧が 80 ∼ 288 V の幅広い範囲で入力高調波 (1) カレントモード PWM(Pulse Width Modulation)タ イプの電源用制御 IC である。 電流を規格値以下に抑えることができる。 図6に入力電流高調波を示す。図6から,入力電流の高 (2 ) Q1,Q2 用に二つのドライブ段を持ち,ZVT 方式のソ 調波電流は IEC クラス D の規格を満足していることが分 フトスイッチング動作のため,Q2 を Q1 より 300 ns 程 かる。 度前にオンさせる機能を有する。 (3) CMOS(Complementary MOS)プロセスの採用によ M-POWER り低消費電力である。 (4 ) ヒステリシス特性を持つ制御電源端子(Vcc)の低電 4.1 内部ブロックと各端子機能 圧誤動作防止(UVLO:Under Voltage Lock-Out)回 図7に M-POWER の内部ブロックを示す。M-POWER 路を内蔵している。 は主 MOSFET Q1,補助 MOSFET Q2 と制御 IC のマル チチップ構成となっている。 表1 各端子機能 表1に各端子機能を示す。端子に複数の機能を持たせる ことで 7 端子と少ない端子数を達成している。 端子 番号 記 号 名 称 1 D1 主 MOSFET のドレイン 主 MOSFET のドレイン 2 D2 補助 MOSFET の ドレイン 補助 MOSFET のドレイン 4.2 制御 IC M-POWER に用いた制御 IC の特徴を以下に記す。 図6 入力電流高調波 3 S 1.6 I in(A) 4 主 MOSFET のソース 主 MOSFET のソース 補助 MOSFET のソース 補助 MOSFET のソース 電流センス Q1電流の電圧変換値入力 過電流・短絡保護検出入力 制御電源 制御電源入力 待機信号入力 制御電源電圧値で通常モード と待機モードが切り換わる。 GND 制御電源の GND 電流センス GND パワー素子電圧入力端子の GND キャリヤ周波数設定 外付け容量で周波数設定 同期信号入力 端子電圧を 0 V でターンオフ 同期 制御信号入力 フィードバック信号入力 Vcc 1.2 クラスD 0.8 5 GND 0.4 0 6 1 3 5 79 高調波次数 N Fc 7 COMP 機 能 図7 M-POWER の内部ブロック図 D1 D2 Control IC Block Vcc UVLO OV ONE TIME LATCH VREF (5V) 30V VLL (5V) Q1 OUT1 Vcc (SAVE) T1 OSC Fc 2R R ISCP OCCP S RS-FF QB R OUT2 T2 Q2 1sec Timer OHCP SCCP COMP LV(5V)Controlled Block GND 124(24) S 富士時報 電源用マルチチップパワーデバイス「M-POWER」 Vol.74 No.2 2001 ストな電源システムが構築できる。 4.3 MOSFET ドライブ 制御 IC の出力部は,CMOS インバータ構成の出力ドラ イバ回路を内蔵し,MOSFET のゲートを Vcc 電圧までフ 4.5 各種保護機能 表 2 に M-POWER の保護機能を示す。M-POWER は ルスイングすることができる。MOSFET と制御 IC は直 過電流保護(OC) ,短絡保護(SC) ,過電圧保護(OV) , 接接続されゲート抵抗は,制御 IC 出力段の CMOS オン抵 過熱保護(OH)と 4 種類の保護機能を内蔵し,各保護機 抗で決めている。そのため MOSFET と制御 IC 間のイン 能にラッチ停止機能を設けた。過電流保護(OC)に関し ピーダンスおよび配線インダクタンスは非常に小さくなっ てはパルスごとに電流制限を行い,電流制限が連続したと ており,MOSFET のドライブ遅れが小さく,また出力段 きはさらにラッチ停止する。 シンク時のインピーダンスも小さいため誤動作の発生もな 表2 M-POWER の保護機能 い。 保護機能 検 出 検知レベル 4.4 待機動作 M-POWER は,待機動作時にスイッチング周波数を約 20 kHz に下げて発生損失を低減する待機モードを備えて いる。図8に通常運転から待機運転への切換り動作を示す。 M-POWER の VCC を,通常動作時には 15 V に待機動作 時には 12 V に設定することで待機動作に切り換える。 図9に,出力電力 Po = 1 W 待機動作時の発生損失を示 す。比較のため RCC 方式の発生損失を合わせて示す。ス 過電流保護 (OC) ラッチ停止 過電流保護動作電圧 (Voc ):0.9 V(標準) 1秒タイマ 3-5番端子電圧 パルスバイパルス動作電圧 (Vpp ):0.95 V(標準) ー 短絡保護 (SC) 3-5番端子電圧 短絡電流保護動作電圧 (Vsc ):1.5 V(標準) 1回検出 過電圧保護 (OV) 4-5番端子電圧 過電圧保護動作電圧 (VCCH(OFF)):22 V(標準) 1回検出 過熱保護 (OH) 制御 IC 温度 過熱保護動作温度 (T(OH) ):150℃(最大) j 1秒タイマ イッチング周波数を 20 kHz に低減し,ZVT 方式のソフト スイッチング動作を行うことで発生損失を RCC 方式の 3.5 W から 1.5 W に低減でき,エナジー 2000 に適合している。 図10 M-POWER の内部構造図 近年,サブ電源を設けて待機動作時の発生損失を低減する 20.0 max 方式が一般的になりつつある。しかし,M-POWER を用 4.5 いることにより,サブ電源が不要となるため,小型,低コ 図8 待機運転への切換り動作 26.0 Q1 通常動作 15V 切換電圧 13V 待機動作 12V v cc 制御IC Q2 通常モード 15.0 min 不足電圧停止 9V 待機モード 設定周波数:30∼150 kHz 20 kHz Q1 Q2 図9 待機動作時の発生損失(Po = 1 W) S Vcc GND Fc COMP 2.54 5 発生損失(W) 4 表3 系列の代表特性 その他 (切換回路) 主 MOSFET 3 2 1 補助 MOSFET 制御 IC 型 式 駆動電力 ダイオード トランス 素子 V DS R DS(ON) F9202LA 700 V 1.2 Ω F9203LA 700 V 0.8 Ω F9206L 700 V 1.2 Ω F9207L 700 V 0.8 Ω F9208L 700 V 0.8 Ω V DS R DS(ON) V CC(ON) 800 V 2.0 Ω 10 V T( j OH) 125∼ 150℃ 0 RCC方式 (20 kHz) 提案回路 (20 kHz) 800 V 2.0 Ω 16.5 V 150℃∼ 125(25) 富士時報 電源用マルチチップパワーデバイス「M-POWER」 Vol.74 No.2 2001 ラッチ停止機能は異常時に制御 IC の出力をシンク状態 に保持し確実にスイッチングを停止させ保持するシステム 4.7 系 列 となっており,フェイルセイフな電源を構築可能である。 M - POWER は ワ ー ル ド ワ イ ド 入 力 に 対 応 し た MOS なお過熱保護および過電流保護によるラッチ停止には約1 FET の耐圧(VDS)およびオン抵抗(RDS(ON))と,制御 秒のタイマが設けられており,電源起動時負荷側に挿入さ IC の起動電圧(VCC( ON)),過熱保護動作温度(Tj( OH)) れた電解コンデンサへの充電電流などの過電流に対しては, の組合せで表3のようなラインアップとした。 保護が動作しないようになっている。 あとがき 4.6 パッケージ構造 図10に M-POWER の内部構造を示す。 構造面における特徴を下記する。 富士電機が開発した,一体トランス方式のコンバータと M-POWER を紹介した。このシステムは高効率・低待機 (1) パッケージサイズは TO-3PL と同等サイズとした。 電力・低高調波電流・小型・フェイルセイフなスイッチン (2 ) 最も発熱する Q1 部は放熱特性を重視し,フレームを グ電源構築が可能であり,機器の省エネルギー化,高信頼 裏面に出した構造とした。そして発熱の少ない Q2 と制 御 IC 部をフルモールド構造にすることで,各チップの 放熱および各チップ間の絶縁を確保した。 性化に貢献できるものと確信している。 今後はさらに広範囲な電源用途にマッチする系列を開発 し,より使いやすい製品としていく所存である。 (3) セラミック基板などの配線基板を使用せず,各チップ を別々のフレームに搭載し,その間をアルミワイヤで接 続したディスクリート構造をとり,シンプルで信頼性の 高い構造とした。 126(26) 参考文献 (1) 五十嵐征輝ほか. ソフトスイッチング方式マルチチップパ ワーデバイス. 電気学会産業応用部門大会. 1999, no.288. *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。