富士時報 Vol.76 No.10 2003 自動車用圧力センサの要素技術 上柳 勝道(うえやなぎ かつみち) 植松 克之(うえまつ かつゆき) まえがき 特 集 1 西川 睦雄(にしかわ むつお) 図1 圧力センサチップ 地球環境への自動車メーカーの取組みが精力的になって ™ダイアフラム ™ゲージ いくに伴い,自動車用圧力センサに要求される精度,信頼 性,価格は年々厳しいものとなっている。富士電機は 1984 年からバイポーラ素子と圧力センサプロセス技術, すなわち MEMS(Micro Electrical and Mechanical Sys- ™増幅回路 tem)技術(611 ページの「解説」参照)により圧力セン ™EPROM調整回路 サを開発し,量産を開始してきた。2002 年には CMOS (Complementary MOS)プロセスと高度な MEMS 技術を 融合したディジタルトリミング型自動車用圧力センサを開 (1) 発し,量産を開始した。 自動車用圧力センサは,エンジンマネジメントシステム 図2 圧力センサフロー に用いられるため,要求される品質レベルは非常に高い。 したがって,今回開発した圧力センサの各要素技術はいず れも富士電機独自の技術であり,具体的には,①圧力セン パッシベーション PMOS ゲージ NMOS サプロセス技術,② EPROM(Erasable Programmable ROM)トリミング技術,③故障診断技術により構築して シリコンウェーハ いる。これらは工程内品質,実使用品質,長期信頼性品質 (a)回路形成プロセス を主眼においている点が特徴的である。 本稿では,今回開発した圧力センサの基盤となる要素技 術について紹介する。 ポリッシング グラインディング 圧力センサプロセス技術 (b)裏面研磨プロセス 富士電機の圧力センサの製品コンセプトは, “All in one chip solution”で,究極の製品故障率を低コストで実現す ることである。図1に富士電機の圧力センサチップを示す。 (c)ダイアフラム加工プロセス このコンセプトを実現する圧力センサプロセスは,富士電 機独自の MEMS 技術を駆使して機械的機能を持つダイア フラムと電気的機能を持つ回路(増幅,調整)をシリコン シリコン ウェーハ 真空基準室 チップ上で一体構成するプロセスである。図2に富士電機 の圧力センサプロセスフローを示す。 ガラスウェーハ 2.1 回路形成プロセス技術 (d)真空基準室形成プロセス(静電接合) 圧力センサで用いている回路形成プロセスの特徴は,富 上柳 勝道 植松 克之 西川 睦雄 半導体圧力センサの開発・設計に 半導体圧力センサの開発・設計に 半導体圧力センサの開発・設計に 従事。現在,富士電機デバイステ 従事。現在,富士電機デバイステ 従事。現在,富士電機デバイステ クノロジー (株) 半導体事業本部開 クノロジー (株) 半導体事業本部開 クノロジー (株) 半導体事業本部開 発統括部自動車電装品開発部マ 発統括部自動車電装品開発部。電 発統括部自動車電装品開発部。 ネージャー。 気学会会員。 619(33) 富士時報 自動車用圧力センサの要素技術 Vol.76 No.10 2003 士電機のパワー IC で実績のあるアナログ・高耐圧混載プ (2 ) ロセスを採用し,圧力センサの信号増幅部に要求される高 精度なアナログアンプ回路とバイポーラ相当のサージ耐性 一般的に圧力センサに用いられるダイアフラム加工プロ を同時に実現している点である。 セスはウェットエッチングによる異方性エッチングが用い 2.2 裏面研磨プロセス 図5に示すように丸み形状のダイアフラムが形成できる独 られるが,富士電機は CMOS プロセスとの整合性がよく, 回路形成プロセスを完了したウェーハの裏面を研磨する 自のプラズマエッチング技術を特徴としている。この技術 工程で,バックグラインド工程とポリッシュ工程によって により応力集中を分散することが可能で,高い圧力に耐え ウェーハ裏面を鏡面に加工する。本工程に要求される品質 ることができる。したがって,富士電機の圧力センサは, 事項は二つあり,次に検討した結果を述べる。 過大圧力発生の可能性が高いアプリケーションや高圧レン ジなどに適した構造となっている。 (1) 真空基準室の気密性確保 真空基準室の品質が保証される技術として,バックグラ また,プラズマエッチング条件の最適化により,面内ば インドおよびポリッシュの最適化を図った。図3は,真空 らつきを回路における感度補正範囲に対して,十分な工程 室の品質が確保されていることを検証するために,ポリッ 能力を実現することができ,高品質を実現することができ シュ研磨深さとヘリウム加圧による加速試験を実施した結 た。 果である。これにより数 µm 以上のポリッシュ深さでの長 期的気密が保証されていることが検証された。 2.4 真空基準室形成プロセス(静電接合) 今回の真空基準室の形成プロセスにおいては,新たに (2 ) 平たん性確保 回路が形成されたウェーハの研磨は,ウェーハの反りの ウェーハによる静電接合技術を開発した。図6に静電接合 影響によるウェーハ面内ばらつきやパターン面へのきずが 原理と接合界面を示す。静電接合はシリコン(Si)とガラ 発生しないで,平たん性を確保することが必要である。富 スに電圧を印加することで,ガラスに含まれるナトリウム 士電機はパターン表面を確実に保護しながら平たん性を確 (Na)イオンの移動により,電荷が移動し,ナトリウム欠 保する技術を開発し,図4に示すように従来技術に比べて 面内ばらつきを 1/2 に低減することができた。 図5 ダイアフラム形状と発生応力 図3 ポリッシュ研磨の最適化 ダイアフラム表面の応力 圧力 真空漏れ不良(%/wf) 1.2 1.0 0.8 真空基準室 エア 真空漏れ不良 0.6 0.4 異方性エッチング 等方性エッチング 他社製センサ 富士電機製センサ 0.2 0 ポリッシュ研磨量( m) 図4 ウェーハ面内ばらつき 富士電機製センサ(SEM) 8 ウェーハの平たん度( m) 特 集 1 2.3 ダイアフラム加工プロセス 7 図6 静電接合原理と界面 6 シリコンウェーハ 5 4 Si Si シリコン Si + 3 O O O O O O 2 − 1 ガラス Na+ Na+ Na+ Na+ Na+ Na+ Na+ 0 従来方法 620(34) 新方法 ガラスウェーハ 富士時報 自動車用圧力センサの要素技術 Vol.76 No.10 2003 図7 EPROM しきい値と判定電圧 図8 出力範囲と診断領域 上限診断領域 出 力 Id 初期 しきい値 V th 特 集 1 上限出力飽和領域 判定電圧 圧 力 出 力 範 囲 書込み後 しきい値 V th 下限出力飽和領域 下限診断領域 V cg 乏層が生成されたシリコン界面近傍のガラスとシリコンと 上限測定圧力 下限測定圧力 表1 診断回路の条件と判定値 が結び付いて接合する方法である。富士電機ではウェーハ 面内のナトリウム欠乏層を均一に確保する製造工程を確立 し,十分な工程能力を実現することができた。 なお,静電接合は高温下で行われるため,ガラスとシリ 断線端子と判定値 上位側インタフェース条件 VC VO G プルアップ(300 kΩ以上) <0.2 V >4.8 V >4.8 V プルダウン(100 kΩ以上) <0.2 V <0.2 V >4.8 V コンの熱膨張係数差によるセンサ温度特性への影響が懸念 されるが,富士電機では,シリコンチップ側のゲージ位 置・配置を工夫することで回避している。 は上位アプリケーションとのハーネスの断線であり,自動 車をコントロールするシステムとしては,この故障に対し EPROM トリミング技術 ての診断を考慮したアルゴリズムが必要となる。 図8は圧力センサの特性概要図である。センサの出力は, 富士電機は従来チップ上に形成された薄膜抵抗をレーザ ①正常な圧力が印加された状態での圧力出力範囲,②セン トリミングする技術により,センサの特性を所定の特性に サ出力の電気的な飽和状態になるクリティカルな上下限出 調整していたが,今回の EPROM トリミング技術開発に 力飽和領域,③配線(電源配線:VC,出力配線:VO,接 より,①トリミング精度の向上,②チップ表面を覆うアプ 地配線:G)の断線が発生した場合の上下限診断領域に区 リケーションにおいても,最終完成品でのトリミングが可 分けされる。 能,などのメリットが得られるようになった。 今回開発したチップ内部には,ECU(Engine Control 本センサにおける EPROM による調整項目は,感度, Unit)などの上位アプリケーションのインタフェース抵抗 オフセット,内蔵温度センサ,およびセンサ温度特性であ に対応するための診断回路が内蔵されている。この診断回 る。したがって,EPROM 保持特性の確保は,長期信頼性 路は,標準タイプで表1に示す条件表になるように構成さ を含めた実使用上,最も重要な技術である。図7に示すよ れており,現時点のセンサ状態の異常を検出することが可 うに富士電機の EPROM は書込み後のしきい値は判定電 能となっている。 圧の約 2 倍の電圧を確保しているという特徴を持つ。した がって,保持特性は長期にわたって保証され,高温下での あとがき 加速試験評価では,135 ℃ 20 年相当での EPROM の不良 発生は“0”を検証済みである。 本稿では富士電機の新しい自動車用圧力センサの要素技 また,保持特性を阻害する要因となる端子からの静電気 術について説明した。自動車をコントロールするシステム に対しては,独自の保護素子により回避ルートを確保する の高度化,高性能化が進むにつれ,今後も圧力センサの要 技術を確立した。さらに,EPROM の冗長性を考慮した回 求レベルは高くなることが予想される。今後もさらなる高 路構成により,高品質の保持特性を確保した。 精度で高品質な製品の要素技術を確立し,世界トップレベ ルの技術へ挑戦していく所存である。 故障診断技術 参考文献 富士電機の圧力センサではワンチップにすべての機能を 集約したことにより,故障確率はミニマムの構成を実現し ている。製品構成上のリスクとして残されたものは,富士 電機製品内においてのワイヤボンディングの断線,あるい (1) 上柳勝道ほか.ディジタルトリミング型自動車用圧力セン サ.富士時報.vol.74, no.10, 2001, p.581- 583. (2 ) 北村明夫.0.6 µm アナログ C/DMOS デバイス・プロセス 技術.富士時報.vol.76, no.3, 2003, p.178- 181. 621(35) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。