富士時報 Vol.74 No.10 2001 チャージポンプ型昇圧コンバータ IC 吉田 豊(よしだ ゆたか) 荒井 裕久(あらい ひろひさ) まえがき 図1 FA3705NM のチップ写真 近年,普及が急速に進んでいる PDA(Personal Digital Assistant)や携帯電話などの携帯電子機器は,持ち運び やバッテリー動作の面から小型化・軽量化・低消費電力化 が要求されている。 携帯電子機器に使用される電子部品において,ディジタ ル IC(Integrated Circuit)では加工微細化に伴う電源電 圧の低下が進んでいる。これに対しアナログ IC や無線通 信用部品は電気的特性が電源電圧に影響されやすいため, 3 ∼ 5 V 程度にとどまっている場合が多い。携帯電子機器 のバッテリーとして使われているリチウムイオン二次電池 の定格出力は 3.6 V であるため,昇圧電源が必要となる。 また,アナログ IC や無線通信用部品は,電源ノイズが 大きいと正しい動作が行われなくなるおそれがあるため, 安定した電源電圧が要求される。 本稿では,このような携帯電子機器の市場要求に応じて, 図2 FA3705NM の外形写真 出力リプルが小さく,低消費電力化した小型の昇圧電源と して開発したチャージポンプ型昇圧コンバータ IC「FA 3705NM」を紹介する。 特 長 FA3705NM は安定した電源電圧 5 V を必要とする携帯 電子機器部品の電源 IC として開発され,低出力リプル電 圧,低消費電力,回路の小型化などを特長とする。通常, 昇圧電源としてインダクタを使った DC-DC スイッチング 昇圧コンバータやキャパシタを使ったチャージポンプ昇圧 回路があるが,これらの回路方式はスイッチングに伴う出 力電圧のリプルが大きくアナログ IC や無線通信用部品に は適さない。 の使用とシャットダウンモードの設定で低消費電力化を図っ これに対し,FA3705NM はキャパシタを使ったチャー ている。さらに,超小型パッケージ MSOP(Micro Small ジポンプ昇圧回路と,スイッチングで生じるリプルを抑え Out-line Package)- 8 の採用と外付け部品をコンデンサ 5 るシリーズレギュレータをワンチップに集積して,出力リ 個だけで済ますことで電源回路の小型化を図っている。 プ ル の 小 さ い 昇 圧 回 路 を 実 現 し て い る 。 ま た , CMOS 特長を以下に簡単にまとめる。 (Complementary Metal Oxide Semiconductor)プロセス (1) 低出力リプル電圧:標準 1 mVp-p 吉田 豊 荒井 裕久 電源 IC の開発,設計に従事。現 電源 IC の開発,設計に従事。現 在,松本工場 IC 開発部プリンシ 在,松本工場 IC 開発部。 パルエンジニア。電気学会会員。 564(20) 富士時報 チャージポンプ型昇圧コンバータ IC Vol.74 No.10 2001 (2 ) リチウムイオン電池に対応した入力電圧範囲:2.7 ∼ 4.4 V ポンプは入力電圧の 2 倍の電圧値を出力するが,内部基準 電圧発生回路と内部コンパレータを用いて CPO 端子の出 (3) シャットダウンモード可能 力電圧を監視し,この電圧が 5.8 V を超えている期間は (4 ) 過熱,過負荷,低電圧入力に対する保護回路内蔵 チャージポンプを停止させることで一定の出力電圧を得る。 チャージポンプの出力はスイッチング動作によるリプル (5) 基準電圧発生回路内蔵 (6 ) 超小型 MSOP- 8 ピンパッケージ:3.0 mm×4.9 mm (リード先端まで含む) が乗っているため,内部レギュレータによりリプルを減衰 させ安定した 5.0 V を VOUT 端子に供給する。シリーズ FA3705NM のチップ写真を 図1 に,外形写真を 図2 に レギュレータの誤動作を防ぐため,CPO 端子の電圧が 5.1 V に達するまではシリーズレギュレータを停止させる。 示す。 チャージポンプの発振周波数は 630 kHz を使用している。 IC の概要 これは携帯電子機器で使用される無線用の高周波とデータ 転送周波数の周波数変換を行うときに用いる中間周波数 表1の電気的特性および図3の内部ブロック図を使い, FA3705NM の動作説明を行う。 (450 kHz および 455 kHz)との干渉を避けるための選択 である。 電源立上り時の動作は以下のように説明される。 (1) まず内部基準電圧発生回路が起動する。FILT 端子の 3.1 基本動作 内部チャージポンプは,VIN 端子の入力電圧から約 5.8 V の電圧を生成し,CPO 端子に出力する。通常チャージ 電位が初期値 0 V から約 1.22 V になるまで上がる。 (2 ) 内部チャージポンプが遅れて起動し,フライングキャ パシタ Cx を介して CPO 端子に接続されている外部容 量 Cdd が初期値 0 V から約 5.8 V になるまで充電される。 表1 電気的特性 (3) 内部シリーズレギュレータは CPO 端子の電位が 5.1 V 項 目 特性値 入 力 電 圧 範 囲 2.7∼4.4 V になるまでは動作せず,VOUT 端子の電位は 0 V であ スタートアップ入力電圧 2.5 V(標準) る。CPO 端子の電位が 5.1 V を超えるとレギュレータが 出 力 電 圧 5.00 V±0.10 V (入力電圧 3.2 V,出力電流 1 mA) 出 力 電 流 50 mA(最大) 発 振 周 波 数 630 kHz(標準) 消 費 電 流 250 A(標準) (入力電圧 4.4 V,出力電流 0 mA) 4.1 mA(標準) (入力電圧 3.2 V,出力電流 1 mA) シャットダウン電流 0.1 A(標準) 起動し,VOUT 端子は 5.0 V になるまで徐々に電位を上 げる。 図4に電源立上り時の動作波形を示す。動作開始から約 1.2ms 後に所定の電源出力が得られる。 立上り時間は Cref の値に依存し, 図4 に示した例では 10 nF の場合である。 図 5 に Cref の値と立上り時間の関 係を示す。Cref の値を大きくすることで立上り時間は長 くなるが,出力リプルは小さくなる傾向がある。 図3 内部ブロック図 3.2 シャットダウン SHDN_ 端子をローレベルにすることで内部回路をすべ Cx VIN 6 SD Cin 5 シャットダウン時は,この電源 IC につながっている電子 CPO 8 チャージ ポンプ UVLO CLK Cdd ENB1 サーマル シャット ダウン SHDN_ ENB3 630 kHz 発振器 2 部品が誤動作しないよう VOUT 端子を内部スイッチで FILT ENB2 SD VOUT 1 Cout FILT 3 Cref SD 基準電圧 SD レギュレータ 4 GND 図4 電源立上り波形 SHDN_ 入力端子電圧 (V) パワー オン リセット て停止させ,消費電流を 1μA 以下にすることができる。 C− 7 4 2 0 6 VOUT 出力端子電圧 (V) C+ 4 2 0 T a = 25 ℃ V in = 3.0 V I out =10 mA C ref =10 nF C in = C dd = C out = 4.7 F 時間 (400 s/div) 565(21) 富士時報 チャージポンプ型昇圧コンバータ IC Vol.74 No.10 2001 図6 電源立下り波形 SHDN_ 入力端子電圧(V) 図5 Cref 容量と立上り時間の関係 7 5 T a = 25 ℃ V in = 3.2 V I out =10 mA C in = C dd = C out = 4.7 F 4 VOUT 出力端子電圧(V) 立上り時間(ms) 6 3 2 1 0 0 20 40 60 Cref 容量(nF) 80 4 2 0 6 T a = 25 ℃ V in = 3.0 V I out = 0 mA C ref =10 nF C in = C dd = C out =4.7 F 4 2 0 100 時間(400 s/div) 図7 FA3705NM を使用した応用回路例 入力電圧 (2.7∼4.4 V) Cdd 4.7 F リチウムイオン 二次電池 Cx 0.22 F Cin 4.7 F CPO VOUT C+ SHDN_ VIN FILT C− GND 5 V出力 Cout 4.7 F 電子部品 Cref 10 nF GND と短絡させ電源を切断する。 図6 にシャットダウン 時の出力電圧の立下り波形を示す。約 2.5 ms 後にほぼ電 応用回路 圧値が 0 V まで下がる。 FA3705NM を使用した応用回路例を 図7 に示す。入力 3.3 保護回路 外部回路により起こされる異常条件で IC が破損されな いよう以下の保護回路を内蔵している。 (1) 過熱保護 チップ温度が約 150 ℃になるとチャージポンプの動作を 止めて負荷への電源供給を停止する。約 140 ℃まで下がっ た時点で回路動作を再開する。 電源としてリチウムイオン二次電池を用い,VCO(Voltage Controlled Oscillator)などの無線通信部品に安定し た 5 V を供給する電源回路である。 外部部品として必要なのは安価なセラミックコンデンサ 5 個だけである。 SHDN_ 端子をマイコンのポートに接続することで,シャッ トダウンモードの設定が可能である。 (2 ) 過負荷保護 シリーズレギュレータの出力電圧が約 1.22 V 以下に下 あとがき がったとき,過負荷条件とみなしシリーズレギュレータを 停止する。 (3) UVLO(Under Voltage Lock-Out) 以上,携帯電子機器用の電源 IC として開発した FA3705 NM の 概 要 に つ い て 紹 介 し た 。 今 後 , こ の 分 野 の LSI 入力電圧が約 2.5 V 以下では,内部回路の誤動作防止の (Large Scale Integrated circuit)は統合化がますます進 ため,内部基準電圧発生回路以外の回路動作を停止する。 むと考えられ,これに対応した,より多機能なシステム構 築ができる技術開発を行っていく所存である。 566(22) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。