FEJ 74 10 574 2001

富士時報
Vol.74 No.10 2001
第二世代 PDP アドレスドライバ IC
野口 晴司(のぐち せいじ)
澄田 仁志(すみだ ひとし)
川村 一裕(かわむら かずひろ)
まえがき
図1 プロセスフローの概略
薄型,軽量,高視野角などの商品価値を備えたカラー
埋込みエピタキシャル層形成工程
PDP(Plasma Display Panel)は,その低価格化が一般家
素子分離工程
庭用テレビとしての普及にとって大きな課題となっている。
また,BS(Broadcasting Satellite)ディジタル放送の開
ウェル形成工程
始により,ディジタルハイビジョン放送に対応した精細度
フィールド酸化工程
が PDP に求められている。
高性能・低価格 PDP の実現には,パネル技術のみなら
ゲート形成工程
ず,パネルを駆動するドライバ IC(Integrated Circuit)
の性能が寄与するところも大きい。そのため,ドライバ
ソース/ドレイン形成工程
IC に対しては高速スイッチング,低消費電力,高ノイズ
配線工程
耐量などといった高性能化とともに,低コスト化がこれま
で以上に強く要求されている。
富士電機では,第一世代 PDP ドライバ IC として誘電
(1)
体分離プロセスを用いたスキャンドライバ IC と,pn 接合
(2 )
分離プロセスを用いたアドレスドライバ IC をすでに製品
化している。そして,この第一世代 PDP ドライバ IC の
るが,今回改めて最適化を行った。また,フィールド酸化
性能とコストをしのぎ,高性能・低価格 PDP の実現に大
工程,ゲート形成工程についても既存プロセスをベースに
きく貢献する次世代 PDP ドライバ IC の開発に取り組ん
改良を加え,さらに二層配線プロセスを採用し(既存機種
でいる。今回,第二世代 PDP アドレスドライバ IC とし
は一層配線)
,チップサイズの縮小を図った。これらの結
て,pn 接合分離プロセスを用いた動作電圧 70 V のアドレ
果,目的のデバイス特性とチップサイズ縮小とを両立する
スドライバ IC を開発した。
ことができた。
本稿では,この第二世代アドレスドライバ IC について,
デバイス技術
デバイス・プロセス技術の概要と IC の特性について紹介
する。
高耐圧デバイスとして,70 V のスイッチング動作を保
プロセス技術
証する横型の n チャネル MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)
(NMOS)と p チャネ
今回紹介する第二世代 PDP アドレスドライバの開発に
ル MOSFET(PMOS)を開発した。両デバイスともに IC
あたり,既存機種よりさらなる低価格化を実現するために
のチップ面積縮小を目的として,単位素子面積あたりの電
低オン抵抗化と素子分離領域の縮小を図った。図1にプロ
流駆動能力向上を達成している。また,制御回路用デバイ
セスフローの概略を示す。1 μm ルールのロジックプロセ
スとして,IC の 40 MHz 動作を可能とする CMOS(Com-
スをベースとしており,図の網かけ部が既存機種から今回
plementary MOS)用デバイスも開発した。このデバイス
改良した工程である。埋込み拡散型エピタキシャルウェーハ
は 12 V 以上のドレイン - ソース耐圧を有している。ここ
を使った pn 接合分離プロセスは既存機種から採用してい
では,高耐圧デバイスについて概説する。
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野口 晴司
澄田 仁志
川村 一裕
CMOS,高耐圧 MOS のプロセス
高耐圧デバイスの開発に従事。現
CMOSIC の開発に従事。現在,松
開発に従事。現在,松本工場 IC
在,松本工場 IC 開発部。工学博
本工場 IC 開発部。
開発部。
士。電気学会会員。
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第二世代 PDP アドレスドライバ IC
Vol.74 No.10 2001
高温高電圧長期印加試験(HTRB 試験)を実施した。印
加電圧は 70 V,試験温度は 150 ℃である。図3に,NMOS
3.1 高耐圧デバイス
と PMOS の定格電流値における印加時間変化を示す。両
3.1.1 電流・電圧特性
PDP ドライバ IC では,高耐圧デバイスによって構成さ
デバイスとも 2,000 時間の印加に対して初期電流値は変化
れた出力回路がチップ面積の 50 %以上を占めるため,チッ
していない。また,図示してはいないが,耐圧値も変化し
プ面積縮小には高耐圧デバイスの占有面積縮小が必須(ひっ
なかった。このように,HTRB 試験によるデバイス特性
す)となる。
の変化は現れず,デバイスの品質に問題がないことを確認
図2に,今回開発した NMOS と PMOS の電流・電圧波
した。
形を示す。素子の低オン抵抗化による活性領域の面積縮小
カラー PDP ドライバ IC への適用
と,分離領域の形成方法改良による分離領域のスリム化に
より,単位素子面積あたりの電流駆動能力を向上させてい
る。低オン抵抗化に対しては下記のアイテムから取り組み,
今回新規に開発した特徴あるプロセス・デバイスを適用
し,カラー PDP アドレスドライバ IC を開発したので以
素子に複雑な構造を導入することなく実現した。
(1) ドレイン層形成方法の改良による耐圧と電流駆動能力
下に紹介する。
のトレードオフ特性改善
(2 ) チャネル領域形成方法の改良によるチャネル抵抗の低
4.1 概 要
この IC の概要は下記のとおりである。
減
(3) 素子平面構造の改良とデバイスパラメータの最適化に
(1) 128 ビット高耐圧プッシュプル出力
,+
(2 ) 高耐圧出力:85 V(最大)
−30 mA(標準)
よるセルサイズの縮小
( 3)
なお,NMOS ではリサーフ効果によるドレイン層の高
(3) 高耐圧出力高速スイッチングスピード
(4 ) 高速データ転送:40 MHz(データ取込み時最大)
不純物濃度化も図っている。
3.1.2 信頼性特性
26 MHz(カスケード接続時最大)
デバイスの品質を確認するため,デバイス単体に対して
図3 高耐圧デバイスの電流特性に対する HTRB 試験の結果
図2 高耐圧デバイスの電流・電圧波形
1.2
電流変化量(初期電流値との比)
ドレイン - ソース電流(mA)
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
20
40
60
ドレイン - ソース電圧(V)
500
80
1,000
1,500
印加時間(h)
2,000
(a)PMOS
(a)PMOS
1.2
電流変化量(初期電流値との比)
ドレイン - ソース電流(mA)
60
50
40
30
20
10
0
0
40
60
20
ドレイン - ソース電圧(V)
(b)NMOS
80
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
500
1,000
1,500
印加時間(h)
2,000
(b)NMOS
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第二世代 PDP アドレスドライバ IC
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(5) 3.3 V CMOS 入力インタフェース
電圧においては約 1/2 の低オン抵抗を実現した。この特性
(6 ) 4 ビットデータ入出力ポート
は IC の発熱に関係する特性であるが,チップサイズにも
(7) 32ビット双方向シフトレジスタ 4 回路
大きく影響する特性で,従来製品に対し小型化したうえで,
この特性を実現することができた。
(2 ) 静止時消費電流
4.2 回路構成
図4にこの IC のブロック図を示す。
静止時消費電流においては,レベルシフト回路の改良に
回路構成としては,3.3 V CMOS 入力インタフェースを
可能にする入力バッファ回路,32ビット× 4 回路の双方向
より,従来製品 6.6 mA に対し 5 μA以下を実現した。
(3) スイッチングスピード
シフトレジスタ回路,128 ビットラッチ回路,全高耐圧出
PDP の高精細化には必須条件となる高速スイッチング
力 H/L/Z(High/Low/High Impedance)制御用のゲート
スピードとしては,微細加工技術によるロジック回路の高
回路,低消費電流レベルシフト回路,128 ビット高耐圧プッ
速化,レベルシフト回路の改良による高耐圧出力の高速化
シュプル出力回路から構成されている。
を実現することができた。
さらに特徴となる特性としては,高速なスイッチングス
4.3 特徴と従来機種比較
ピードを持つ回路においても,図6のように伝達遅延時間
4.3.1 チップサイズ
をコントロールすることにより,L から H に変化する出力
図5にこの IC のチップ写真を示す。
と H から L に変化する出力の H 期間が重ならないように
この IC は,新規に開発された低オン抵抗デバイスの採
用,微細加工プロセスの採用,高耐圧出力の多出力化(従
来製品64出力に対し,128 出力化を実現)などにより,1
出力あたりのチップ面積で,従来比の約 61 %に小型化す
ることができた。
4.3.2 代表特性
従来製品とこの IC の代表特性比較を表1に示す。
表1 代表特性比較
条件・適用
従来機種
開発機種
単位
高耐圧
V OH DO
H 出力電圧
I OH=−30 mA
64.0
64.8
V
高耐圧
L 出力電圧
V OL DO
I OH=30 mA
5.0
2.2
V
I CC
ロジック電源電流
6.6(mA)
I DD
高圧電源電流
6.6(mA)
項 目
(1) 高耐圧 H/L 出力電圧
H 出力電圧においては従来製品と同等の特性で,L 出力
静止時
消費電流
最大
クロック
周波数
図4 ブロック図
VDL
伝達
遅延時間
VDH
入
力
端
子
シ
フ
ト
レ
ジ
ス
タ
回
路
ラ
ッ
チ
回
路
ゲ
ー
ト
回
路
レ
ベ
ル
シ
フ
ト
回
路
GNDH
高
耐
圧
出
力
端
子
A
1.0
1.0
A
単体
40.0
50.0以上
MHz
カスケード接続
40.0
50.0以上
MHz
t pdHL
ロジック出力
19.0
14.2
ns
t pdLH
ロジック出力
22.4
15.3
ns
t pHL
高耐圧出力
91.8
55.8
ns
f CLK
t pLH
高耐圧出力
156.0
130.0
ns
出力
立上り時間
tr
高耐圧出力
146.0
52.3
ns
出力
立下り時間
tf
高耐圧出力
113.0
75.6
ns
DO1
入
力
バ
ッ
フ
ァ
回
路
記号
〈注〉特に指定のない限り, T j =25℃, V DL =5 V, V DH =70 V
DO128
図6 高耐圧出力波形
ロジック
出力端子
出力切換信号
t pHL
tf
L出力への立下りが
遅いと,誤発光する
可能性がある。
H 出力
図5 チップ写真
立下り出力
L 出力
t pLH≒t pHL+t f(H 期間が重ならない)
立上り出力
t pLH
576(32)
tr
H 出力
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し(tpLH ≒ tpHL + tf)
,誤発光を防止するものである。PDP
ものを開発しなければならない。富士電機では今後も,よ
は,ある期間においてデータドライバがH出力しているビッ
り高性能のドライバ IC をより低コストで実現するための
トのみが発光書き込みされる。したがって,発光させたく
デバイス・プロセス技術を確立し,特徴ある PDP ドライ
ないビットは,すばやくL出力に立ち下がっていることが
バ IC をタイムリーに開発していく所存である。
望ましい。
参考文献
あとがき
(1) Sumida, H. et al.Circuit Design and a High Voltage
Device for an Advanced PDP Scan Driver IC.The 6th
本稿では,pn 接合分離技術を用いて開発した第二世代
PDP アドレスドライバ IC の概要について,プロセス・デ
バイス技術とあわせて紹介した。
PDP では,民生用テレビとしての普及を確実なものと
することから,一層の高性能化と低価格化が取り組まれて
International Display Workshop.1999,p.739- 742.
(2 ) 重田善弘,多田元.カラープラズマディスプレイドライバ
IC.富士時報.vol.69,no.8,1996,p.426- 429.
(3) Appels, A. et al. High Voltage thin Layer Devices
(Resurf Devices)
.IEEE IEDM.1979,p.238- 241.
いる。このため,PDP ドライバ IC もこの流れに合致した
解 説
高調波規制
電力系統に各種電子機器が接続される場合,多くの
際規格である IEC555-2 が1982年に発行された。現在
機器で高調波電流が発生する。それぞれの機器で発生
は数回の修正などを経て,IEC61000-3-2 が適用され
する高調波電流はそれほど大きいものではない。しか
ている。
し,各種機器が普及しその数が増加すると,全体では
日本国内の場合,この国際規格に基づき,1994年に
非常に大きなものとなる。この高調波電流により,電
通商産業省(現在の経済産業省)資源エネルギー庁か
源電圧にひずみが発生し,電力系統の設備やこれに接
ら「家電・汎用品高調波抑制対策ガイドライン」が発
続される各機器の動作に影響する場合がある。
行された(その後,数回の改訂が行われている)
。こ
この増加する高調波電流を抑制するため,家庭用な
のガイドラインに基づき,おおむね1996∼97年ごろか
どの一般の機器に関しては,それぞれの機器から発生
ら,業界ごとの自主規制により高調波電流に対する規
する高調波電流の限度値や測定方法などを定めた,国
制が運用されている。
577(33)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。