富士時報 Vol.74 No.10 2001 700 V ワンチップパワー IC デバイス技術 鶴田 芳雄(つるた よしお) 多田 元(ただ げん) 斉藤 俊(さいとう まさる) まえがき イスを示す。また, 図 1に要素デバイスの断面図を示す。 ワールドワイド(100 ∼ 240 V)の商用電源入力に耐える 近年,世界的な携帯電子機器の普及拡大に伴い,それら ため,パワー MOSFET の耐圧は 700 V 保証としている。 に用いられる AC アダプタやバッテリーチャージャなどの 制御回路部は低耐圧 CMOS(Complementary MOS) ,中 電源システムに対する,小型化・軽量化・低消費電力化の 耐圧 CMOS およびバイポーラトランジスタを用い,高精 要求はますます強まっている。これらの電源システムは, 度のアナログ回路を構成している。 これまで個別のパワー MOSFET(Metal Oxide Semicon- 表2にプロセスフローを示す。各要素デバイスの拡散層 ductor Field Effect Transistor) と 電 源 制 御 IC( Inte- を共通化することで工程を簡略化し,低コスト化を達成し grated Circuit)を組み合わせて使用されている例が多く, ている。 上記の対応には十分ではなかった。 富士電機はこのような要求にこたえるため,スイッチン グ電源用の高耐圧パワー MOSFET と制御 IC を一体化し, さらに高信頼性を確保できる 700 V ワンチップパワー IC 2.2 新構造パワー MOSFET の特徴 700 V ワンチップパワー IC は,プラスチックパッケー ジに封止される。プラスチックパッケージ中にはイオン性 の不純物が含まれており,動作時にパワー MOSFET に高 技術を開発した。 本稿では,新規に開発したパワー MOSFET デバイス技 電圧が印加されると,高電圧電極(ドレイン)側には−イ 術,制御回路デバイス技術,およびこれらの技術を適用し オンが蓄積し,低電圧電極(ソース)側には+イオンが蓄 積する。したがって,パワー MOSFET にはこのようなイ た製品例について概要を紹介する。 オン蓄積後の状態においても,初期のデバイス特性を維持 デバイス構造と特徴 することが要求される。 さらに,使用環境下においてはプラスチックパッケージ 700 V ワンチップパワー IC を構成するデバイスの構造と 中に水分が浸入するが,高電圧が印加された状態であって 特徴について述べる。 も,その水分によってデバイス特性の劣化や電極の腐食が 2.1 要素デバイスとプロセスフロー 2.2.1 イオンシールドおよび低オン抵抗化技術 おこらないように,高信頼性構造が要求される。 表1 に 700 V ワンチップパワー IC を構成する要素デバ 富士電機では,プラスチックパッケージ中のイオン性不 純物の影響を受けにくい2層メタルフィールドプレート構 (1) 造のデバイスを開発した。 表1 要素デバイス 分 類 図2に従来構造(1層メタル)でのイオン蓄積後の電界 デバイス名称 耐圧(V) 分布を,図3に新構造(2層メタル)でのイオン蓄積後の LVNMOS 7 LVPMOS 7 MVNMOS 30 MVPMOS 30 の間隔を広くとる必要があった。この構造では,初期耐圧 npn トランジスタ 30 は 700 V 以上あるものの,イオン蓄積後はソース電極側に pnp トランジスタ 30 電界分布を示す。 低耐圧 CMOS 従来構造は1層メタル構造であり,初期状態(イオン蓄 積前)の耐圧を確保するためにソース電極とドレイン電極 中耐圧 CMOS バイポーラ トランジスタ 高耐圧デバイス 584(40) パワー MOS 蓄積した+イオンとドレイン電極側に蓄積した−イオンの 700 影響で電界分布が不均一になる。その結果,イオン蓄積後 鶴田 芳雄 多田 元 斉藤 俊 CMOSIC のプロセス・デバイス 高耐圧 IC のプロセス・デバイス 高耐圧 IC のプロセス・デバイス 開発に従事。現在,松本工場 IC 開発に従事。現在,松本工場 IC 開発に従事。現在,松本工場 IC 開発部マネージャー。 開発部。 開発部。 富士時報 700 V ワンチップパワー IC デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 図1 要素デバイス断面図 2層目メタル 1層目メタル D S G n + n+ n−(nウェル-1) p− n− (nウェル-2) パワーMOS (a)パワーMOSデバイス S S D G n+ S D D n+ p+ − S D G G p+ n+ − p p n LVNMOS LVPMOS G n+ − n p+ − − p n p+ p − MVNMOS MVPMOS (b)低耐圧CMOSおよび中耐圧CMOSデバイス C E n+ n+ p B C E B p+ p+ p+ n+ n− p− n− npnトランジスタ p− pnpトランジスタ (c)バイポーラデバイス 表2 プロセスフロー デバイス 低耐圧 CMOS 中耐圧 CMOS バイポーラトランジスタ パワー MOSFET プロセス p ウェル拡散 NMOS PMOS ○ NMOS PMOS npn トランジスタ ○ pnp トランジスタ ○ ○ n ウェル-1拡散 ○ ○ ○ ○ ○ ○ n ウェル-2拡散 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ベース拡散 フィールド酸化膜形成 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ゲート電極形成 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ソース・ドレイン形成 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ コンタクト形成 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 1層目メタル形成 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ビア形成 ○ 2層目メタル形成 ○ の耐圧は 640 V 程度に低下する。さらに,オン状態でのド した構造である。2層目メタルの下には厚い層間膜を形成 レイン電流もイオンの影響を受けて変動することが分かっ してあるので,ソース電極側とドレイン電極側の2層目メ ている。 タルの間隔を狭くしても初期耐圧を 700 V 以上に確保する これらの問題を解決するために,富士電機では独自の2 ことができる。2層目メタルの間隔を狭くできたことによ 層メタルフィールドプレート構造を開発した。2層メタル り,高電圧印加後のイオン蓄積状態であっても,デバイス フィールドプレート構造は,従来の1層目メタル(1st 表面がイオンの影響を受けにくくなり,初期状態の耐圧や Metal)に2層目メタル(2nd Metal)を接続し,2層目 ドレイン電流特性を維持できる。 メタルをソース電極側とドレイン電極側から内側に張り出 図4に耐圧とドレイン拡散層(n ウェル-1)濃度との関 585(41) 富士時報 700 V ワンチップパワー IC デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 図2 従来構造(1 層メタル)でのイオン蓄積後電界分布 モールド樹脂 図5 新構造パワー MOSFET の出力波形 VG = 5 V 不純物イオン + + + VG = 4 V − − − p + SiO G S D + n n pウェル + nウェル-2 ブレイクダウンポイント(640 V) nウェル-1 電流(100 mA/div) SiN VG = 3 V VG = 2 V 等電位線 p基板 電圧(1 V/div) 図3 新構造(2 層メタル)でのイオン蓄積後電界分布 図6 新構造パワー MOSFET の耐圧波形 モールド樹脂 p SiO D 2層目メタル + n n pウェル nウェル-1 + nウェル-2 電流(20 μA/div) G S + 不純物イオン + + + − − − SiN 等電位線 ブレイクダウンポイント(760 V) p基板 電圧(100 V/div) 図4 耐圧とドレイン拡散層濃度の関係 900 2.2.2 高信頼性化技術 新構造 700 V ワンチップパワー IC に内蔵されるパワー MOS BV ds(V) 800 FET には高電圧がかかるため,特に耐湿性が要求される。 従来構造 700 プラスチックパッケージを通して水分がデバイス内部に浸 入すると,電気的特性の変動(しきい値電圧の低下)やア 600 ルミ配線の腐食を引き起こすので,湿気に対して保護する 500 必要がある。その保護の手段として,富士電機では専用の 400 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 nウェル-1ドーズ量(1012cm−2) 平たん化プロセスを開発し,本デバイスに適用した。 2.4 コンタクト部やアルミ配線端部などの段差が発生する箇 所では,そのまま最終保護膜(パッシベーション膜)を形 成すると被覆が不完全な形状となり,そこが水分浸入経路 係を示す。2層メタルフィールドプレート構造とすること となる。そこで,最終保護膜形成前に段差を吸収する平た で従来構造よりも電界緩和された結果,ドレイン拡散層を ん化プロセス(図7)を適用し,最終保護膜の段差形状を 高濃度にしても耐圧を確保できるようになった。その結果, 従来構造よりもオン抵抗を低減することが可能となり,単 (592 ページの「解説」 位面積あたりオン抵抗(Ron × A) 改善した。その結果,耐湿性を評価する高温高湿印加試験 (85 ℃,85 %,700 V 印加)において 5,000 時間以上の高 。 信頼性を達成した(図8) 2 参照)で 26 Ω・mm を達成することができた。 図5に新構造パワー MOSFET の出力波形を,図6に耐 圧波形を示す。 以上の技術によって,低オン抵抗で耐圧マージンのある デバイスとすることができた。 586(42) 2.3 制御回路部デバイスの特徴 制御回路部は,低耐圧デバイスおよび中耐圧デバイスか ら構成されており,デザインルールに1μmルールを適用 することにより,チップサイズの縮小および高精度化を実 富士時報 700 V ワンチップパワー IC デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 図7 平たん化プロセス適用構造 図9 製品適用例(FA5701P) (2 ) パルスバイパルス電流制限 (3) 過負荷保護,過熱保護,低電圧保護など各種保護機能 の充実 図8 高温高湿印加試験結果 (4 ) 外部設定可能なソフトスタート回路の内蔵 900 (5) CMOS プロセスによる低消費電力化 800 (6 ) パッケージは標準外形の DIP(Dual In-line Package) BV(V) 700 を使用 600 500 あとがき 400 300 200 スイッチング電源用高耐圧パワー MOSFET と,制御 100 0 0 1,000 2,000 3,000 時間(h) 4,000 5,000 IC を一体化した 700 V ワンチップパワー IC 技術について 紹介した。 富士電機では,この技術を用いて,小電力 AC アダプタ 用電源 IC(本特集号の別稿にて紹介)や,バッテリー 現した。制御回路に用いられる抵抗は,低温度係数ポリシ チャージャ用電源 IC を開発している。今後とも,小型・ (2 ) リコン抵抗 を採用している。この抵抗は,−20 ∼+125 ℃ 軽量・低消費電力化の市場要求にこたえるべく,特長ある にわたって温度係数が 100 ppm/℃以下であり,温度に対 技術開発を行い,社会に貢献していく所存である。 しても高性能な回路を構成可能としている。さらに,制御 回路部の中で大きな面積を占めていた抵抗部分の面積も, 本抵抗を用いることで,従来(拡散抵抗使用)の 40 %に 縮小することができた。 参考文献 (1) Fujishima, N. et al.A 700V Lateral Power MOSFET with Narrow Gap Double Metal Field Plates Realizing Low On-resistance and Long-term Stability of Perform- 2.4 製品適用例 ance.Proceedings of ISPSD’01.2001,p.255- 258. 本デバイス技術を用いて,スイッチング電源用ワンチッ (2 ) 北村明夫,佐々木修.アナログ C/DMOS デバイス・プロ ( 3) プパワー IC「FA5701P」を開発した。 図9 にチップ写真 を示す。 本 IC の特徴は次のとおりである。 セス技術.富士時報.vol.73,no.8,2000,p.456- 459. (3) 佐藤満,多田元.700 V 耐圧電源用パワー IC.電子技術. vol.43,no.5,2001,p.114- 115. (1) 安定度,高速応答に優れている電流モード制御を採用 587(43) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。