低炭素社会の実現に向けた車車間通信システムの取り組み

低炭素社会の実現に向けた
車車間通信システムの取り組み
野本 和則 浜口 雅春
「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」
キタス特区事業において、車車間通信システムと車載機
(以下、京都議定書と称す)では、2010年度までに日本
のデータ蓄積機能を利用し、観光スポット等に情報を配
における地球温暖化の原因となる温室効果ガスの一種で
信するシステムの研究開発を進めている。本システムは、
ある二酸化炭素(CO2)の排出量を1990年度対比で6%
観光ドライバが不案内な旅行先でも安全で快適なドライブ
削減することを目標として掲げている。
を楽しむことができることを狙いとしたものである。
日本におけるCO2総排出量のうち、運輸部門からの排
本論文のテーマである低炭素社会の実現に向けた車車
出量が20%を越えており、上記目標達成に向け運輸部門
間通信システムの研究開発は、前述の安心・安全や便利・
における排出量削減は重要テーマの一つとなっている。
快適に続く新しいテーマ「環境」をターゲットとしてお
経済産業省は本テーマの方策のひとつとして、2008年
度より研究開発プロジェクト「エネルギーITS推進事業」
り、省エネルギー社会の実現に貢献する技術として積極
的に研究開発を推進している。
を推進している。エネルギーITSとは、ITS(高度道路交
通システム)を利用して、道路交通社会の中で消費され
ITSを活用した省エネルギー対策
ているエネルギー消費を削減しようという取り組みである。
OKIは本プロジェクトにおいて、独立行政法人新エネル
京都議定書に掲げられている目標削減率6%は、表1に
ギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受けて
示すように5つのエネルギー起源部門からの総排出量に対
通信の利用に関する研究を進めている。即ち、ITSにおけ
するものである。
る無線通信システムの一つである車車間通信システム(車
運輸部門には、網掛けで示すように各種の対策や施策
と車が直接通信するシステム)を用いて新しい交通流を
を行うことにより2010年度までに2005年度対比で
実現することにより、運輸部門のエネルギー削減を目指
1400万t∼1700万tのCO2削減が求められている。
す研究開発を進めている。本論文では、その概要につい
て説明する。
しかし、本削減を達成できたとしても基準年(1990年
度)対比6%減の目標は達成しえない。
表1 二酸化炭素の各部門排出量削減の目標
背 景
単位:百万t-CO2
エネルギー起源
OKIはこれまで、ITSにおける無線通信システムの一つ
である車車間通信システムを使ったさまざまなアプリケー
ションの開発に取り組んできた。
具体例としては、国土交通省自動車交通局が事務局と
なり国内自動車メーカ14社が参加するASV(Advance
基準年1990年度 2005年度実績
2010年度排出量目安
削減目標
産業部門
482
452
424∼428
25∼29
運輸部門
217
257
240∼243
14∼17
業務その他部門
164
239
208∼210
29∼31
家庭部門
127
174
138∼141
32∼35
エネルギー変換部門
68
79
66
13
1,059
1,201
1,076∼1,089
−
合計
出典:京都議定書目標達成計画 環境省HP資料
Safety Vehicle:先進安全自動車)プロジェクトにおい
て、車車間通信システムを利用した安全運転支援アプリ
引き続き、さまざまな方策でCO2削減を進めていくこ
ケーションの研究を進めている。本研究は、見通しのき
とが求められているなか、経済産業省では方策の一つと
かない交差点における出会い頭事故等の削減につながる
して「世界一やさしいクルマ社会構想」を打ち出し、ITS
ものと期待されおり、OKIは本プロジェクトの実験に使用
をキーとした低炭素社会の実現を提唱している。
される車車間通信システムを提供している。
そのほかの例としては、総務省が沖縄県で進めるユビ
4
OKIテクニカルレビュー
2009年4月/第214号Vol.76 No.1
図1に、ITSを活用した省エネルギー体系を示す。
このなかで、車車間通信システムを活用した省エネル
環境特集 ∼低炭素社会に向けて∼ ●
①エコドライブ・アイドリング支援
走行方法の改善
②隊列走行・自動運転
ボトルネックの改善
ためには、前方や後続車両に自車両の加速・減速情報や
故障等の情報をモレ無く、遅延無く伝えることが必須で
④サグ渋滞等対策システム
あり、高い通信品質を持つ高信頼性車車間通信システム
⑤合流支援システム
が必要とされる。
⑦プローブを活用した
最適出発時間予測
効果評価
走行することが想定されており、車両が安全に走行する
③信号制御の高度化
⑥経路情報の充実
道路の有効活用
隊列走行や自動運転において、車間距離が10m以下で
高信頼性車車間通信システムを実現するためには、4つ
の主な研究開発項目がある。
●
走行環境の影響を受けない通信方式
⑧駐車場対策システム
●
通信遅延の少ない通信プロトコル
⑨異常事象の検知と対応
●
通信データの誤り検出や誤り訂正
⑩国際的な信頼される
効果評価方法の確立
●
車車間通信システムの多重化
出典:エネルギーITS研究会 報告書 2008年4月
車車間通信データ
(現在位置、速度、加速度、
ブレーキ信号、非常信号等)
図1 ITSを活用した省エネルギー体系
ギー対策としては、図中の網掛けに示した隊列走行・自
動運転が挙げられる。
これまで車は、一台一台単独で走行していた。しかし、
通信装置
通信装置
車両センサ
制御装置
車両センサ
制御装置
図2 車車間通信システムを用いた隊列走行の例
同一方面に向かう複数の車が接近して走行する隊列走行、
あるいは各車両が協調しながら走行する自動運転を実現
冒頭で紹介した「エネルギーITS推進事業」プロジェ
することにより、後続する車にかかる空気抵抗が低減さ
クトにおいては、上記項目に関する研究開発を推進し、隊
れ、これにより燃料消費が減少しCO2の削減につながる
列走行・自動運転に利用可能な高信頼車車間通信システム
ことが期待されている。また、隊列走行や自動運転によ
を実現することを目標としている。
り交通流の密度を上げ、既存道路の交通容量の増大や渋
滞解消の効果も期待されている。
研究開発推進に際しては下記の手順を踏み、共同研究
者と連携して研究開発を進める。
ITSを活用した省エネルギー体系のうち、これまでの検
討により①のエコドライブ・アイドリング支援、③の信
① 隊列走行・自動運転のコンセプトの策定
号制御の高度化、⑥の経路誘導の充実の三つの項目にお
② 通信仕様の検討:アプリケーション要求条件の整理、
いて、それぞれ190万t、100万t、260万tのCO2削減目標
が設定されている。しかし、この三つを合計しても目標
(1400万tから1700万tのCO2削減)には程遠く、他の項
目によるCO2削減が不可欠となっている。
環境条件の検討、想定仕様検討
③ 通信仕様の整理
④ アプリケーション要件での通信性能シミュレーション:
隊列走行のシミュレーションモデル構築、想定される
使用周波数における電波伝搬シミュレーション
⑤ 電波伝搬基礎実験:大型車両を用いた車両距離、周囲
隊列走行・自動運転のための
高信頼車車間通信システムの開発
車車間通信システムを用いた隊列走行の例を図2に示す。
隊列走行・自動運転を行う車両には、大きく分類して
環境、アンテナ種類、アンテナ位置をパラメータとし
た基本データ収集
通信仕様の検討は、2000年度に経済産業省が行った
Demo2000(車車間通信システムを使った複数車両の協
3つの装置が装備される。ひとつは、前方の車両や障害物、
調走行デモ)の際に使われた通信仕様である「DOLPHIN
車線幅を検知する車両センサ、もうひとつは、車両の現
(Dedicated Omni-purpose inter-vehicle communication
在位置、速度、加速度、ブレーキ信号や非常信号等の隊
Linkage Protocol for HIghway automatioN)」をベース
列走行・自動運転に必要な情報を伝達する車車間通信シ
に、隊列走行・自動運転において想定されるニーズを
ステム、いまひとつは、車両の挙動を制御する制御装置
加味して進めているが、今後、隊列走行・自動運転のコ
である。
ンセプトが整理された段階で見直しを行う。参考までに、
OKIテクニカルレビュー
2009年4月/第214号Vol.76 No.1
5
表2 アプリケーション要求条件の整理(案)
DOLPHIN※
(Demo2000協調走行)
項目
隊列走行・自動運転
システム要件
・車間距離:30m
・隊列:1列、5台(乗用)
・走行速度:40km/h程度
・車間距離:10m
・隊列:1列、3台(大型)
・走行速度:80km/h(中間60km/h)
通信エリア
・隊列走行時
− 車間距離30m
− 乗用車5台、車長5m
・隊列形成時(分合流)
− 数百m程度、全方位
・隊列走行時
− 車間距離10m
− 大型車3台、車長12m
・隊列形成時(分合流)
− 数百m程度、全方位
通信データ量
・緊急データ:13byte
・通常データ:40byte
要検討(DOLPHIN※検討を参考)
※30∼70byte程度
情報更新周期
・緊急データ:5ms以内
・通常データ:20ms or 200ms
200ms程度
PER=1E-03
要検討(車両制御との関係考慮)
※80km/h=22.2m/s
要検討(100ms程度)
要検討(目標同左)
・隊列走行時:特定車両
・隊列形成時:不特定車両
同左
許容遅延
通信品質
通信の相手方
※ DOLPHIN(Dedicated Omni-purpose inter-vehicle communication Linkage Protocol for HIghway automatioN)
通信仕様の検討のうちアプリケーション要求条件に関す
が始まり、2050年に普及率が100%となると推定されて
る整理を表2に示す。
いる。CO2削減原単位とは、1台の自動車が1km 走る際
に排出するCO2を削減する割合を示す。
また、走行台キロ比の欄は、道路上を走行している車
隊列走行・自動運転による低炭素社会の実現
両の何%がこの項目に該当するかを示した数値であり、隊
省エネルギー体系別のCO2削減効果の推定がなされてお
列走行では1.4%(高速道路を150km以上走行する大型車
り表3に示す。隊列走行や自動運転は、2017年から普及
が該当)
、自動運転では100%(全ての車両が該当)と推
表3 CO2削減原単位、普及率および走行台キロ比
2017年
2030年
2050年
京都議定書達成計画 上段/CO2削減原単位 上段/CO2削減原単位 上段/CO2削減原単位
下段/普及率
下段/普及率
下段/普及率
①エコドライブ・アイドリング支援
0.84%(190万t)
②自動運転
−
隊列走行
−
③信号制御の高度化
プローブ利用信号制御
0.44%(100万t)
信号連携車両制御
走行台
キロ比
(注4)
15%
20.8%
18%
0.9%
−
0%
15%
40%
18%
30.0%
15%
8.7%
23%
100%
15%
100%
0.4%
20.8%
2%
0.9%
0.4%
100%
2%
30%
0.4%
100%
2%
100%
74%
一般道
−
−
−
−
−
100%
100%
1.4%
(注2)
−
(注3)
④サグ渋滞等対策システム
−
⑤合流支援システム
−
−
−
−
−
1.16%(260万t)
1.6∼14%(注1)
20.8%
1.6∼14%
100%
1.6∼14%
100%
43%
(注2)
⑦プローブを活用した最適
出発時間予測
−
0.1∼15.2%(注1)
20.8%
0.1∼15.2%
100%
0.1∼15.2%
100%
(注2)
⑧駐車場対策システム
−
−
−
−
⑨異常事象の検知と対応
−
−
−
−
⑥経路情報の充実
0.7%
(注1)沿道状況、車種別に異なる
(注2)
ここでは合計しているが、算定時には沿道状況別、車種別の数値を用いている
(注3)走行台キロ比は算定に用いていない
(注4)走行台キロは自動車走行距離(交通量×延長)の総和で道路交通需要を示す。10台の車が10km走ると100台キロとなる。
出典:エネルギーITS研究会 報告書2008年4月
6
OKIテクニカルレビュー
2009年4月/第214号Vol.76 No.1
環境特集 ∼低炭素社会に向けて∼ ●
途とした各種アプリケーションの開発に取り組み、社会
定されている。
本分析によると、普及が100%に達する2050年には、
が必要とする商品を創出し続ける所存である。
◆◆
車車間通信システムを利用した自動運転により23%のCO2
削減が可能と推定されている。
解決すべきテーマが多々あるものの、自動運転による
CO2削減効果が非常に大きく、積極的に推進すべきテーマ
であることがうかがえる。
車車間通信システムの今後の課題
隊列走行・自動運転においては、安全性に対する要求
レベルが高くなることが予想されるため、車両センサの
■参考文献
1)徳田清仁:デモ2000協調走行の車々間通信技術,電子情報
通信学会,信学技報ITS2000-46,pp.25-30,2000年1月
2)徳田清仁,白木裕一他,大山卓,中林昭一:“車車間通信の
開発”,沖テクニカルレビュー187号,Vol.68 No.3,pp.2425,2001年7月
3)エネルギーITSの推進に向けて,エネルギーITS研究会(事務
局(財)日本自動車研究所)
,2008年4月
設置数量や扱う情報量が増加するものと想定される。そ
のため、現在想定している無線周波数(5.8GHz、
720MHz)帯では必要とされる伝送容量が確保できない
懸念があり、広帯域通信が可能な車車間通信システムの
技術開発が必要になると考える。
図3にミリ波帯(60GHz / 76GHz)を使った車車間通
●筆者紹介
野本和則:Kazunori Nomoto. 官公事業本部 ITS事業推進部
浜口雅春:Masaharu Hamaguchi. 官公システム事業部 無線技
術研究開発部
信システムのイメージを示す。ミリ波の特長(広帯域、高
減衰率、高直進性)を生かすことにより、広帯域かつ通
信相手を絞った車車間通信システムの構築が可能となる。
今後はこれらの技術も視野に入れ、アプリケーション要
求にマッチした車車間通信システムを構築するための技
術開発を続けていく。
通信車群1
ITS(Intelligent Transport Systems)
情報技術を利用して、輸送効率の向上、道路交通を快
適にするための交通システムで、日本においては9つの
開発分野がある。①ナビゲーションの高度化、②自動料
金収受システム、③安全運転支援、④交通管理の高度化、
⑤道路管理の効率化、⑥公共交通の支援、⑦商用車の交
通化、⑧歩行者等の支援、⑨緊急車両の運行支援
通信車群2
ミリ波帯の採用のメリット
急峻な伝搬損失特性(60GHz /70GHz帯)⇒ 低干渉下の狭域通信
広帯域データ伝送に必要な帯域が十分ある。
ミリ波レーダーとの連携の可能性
図3 ミリ波車車間通信システムのイメージ
ま と め
本論文では、2008年度からスタートした「エネルギー
ITS推進事業」プロジェクトにおける車車間通信システム
に関する研究開発の一端を紹介した。
OKIは、今後共、さまざまな周波数帯の無線通信技術の
開発、ならびに安心・安全、利便・快適および環境を用
OKIテクニカルレビュー
2009年4月/第214号Vol.76 No.1
7