FEJ 82 06 366 2009

富士時報 Vol.82 No.6 2009
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」
特 集
Fi009 Driving IC for Hybrid Vehicle IGBTs
鳶坂 浩志 Hiroshi Tobisaka
中川 翔 Shou Nakagawa
今井 誠 Makoto Imai
ハイブリッド車の電力変換システムに用いる IGBT 駆動 IC「Fi009」を開発した。本製品は IGBT 駆動用の 15 V 系ドラ
イブや保護機能(過熱,過電流,電源電圧低下,ソフト遮断)を持ち,従来品より汎用性を高め,微細なプロセスルール
を用いてワンチップ化した。本製品により IGBT の安定動作,異常時の焼損回避,およびシステムの小型化に貢献できる。
パッケージは SSOP-20 で鉛フリーに対応できる。また,175 ℃での放置に耐える高い信頼性耐量を確保している。
The Fi009 has been developed as a dedicated IC for driving IGBTs used in the power conversion systems of gasoline hybrid vehicles.
This IC integrates a 15 V drive for IGBTs and protective functions (for overheat, overcurrent, supply voltage drop and soft shutdown) into a
single chip using fine process rules to achieve greater versatility than conventional chips. This IC contributes to the stable operation and prevention of burnout of IGBTs at the time of abnormality, and to systems miniaturization. The package is a lead-free compliant SSOP-20, It ensures high reliability which is withstanding temperatures of up to 175 ˚C.
1 まえがき
は,小型化・高効率化が求められるため,主スイッチング
デバイスとして,IGBT(Insulated Gate Bipolar Transis-
自動車業界では,地球温暖化を防止するための規制の対
tor)が一般的に用いられている。IGBT は ECU(Electron-
策をさまざまな形で実現しようとしている。その方策の一
ic Control Unit)からの信号を受けてスイッチング動作を
つとして,ハイブリッド車による燃費改善〔二酸化炭素
するが,15 V 系で動作するゲートドライバや保護機能は
(CO2)排出量の削減〕を進めている。ハイブリッド車で
ECU 内部に配置すると,ECU の肥大化につながるため好
現在主流となっている制御方法は,ガソリンエンジンと電
ましくない。また,ゲートドライバ保護回路などを個別部
気モータの 2 種類の動力源を組み合わせ,走行状態に応じ
品で構成すると,ノイズによる誤動作やコストアップなど
て負荷分担を最適化することにより高効率化するものであ
の問題がある。そのため,IGBT の近くに専用 IC を搭載
る。このシステムの燃費改善効果は,地球温暖化防止に対
することが望ましい。
する全世界的な関心の高まりとともに注目度が増している。
富士電機では前述の要求に対応するハイブリッド車用
⑴
さらに通常のガソリン車との価格差の減少,今後のガソリ
IGBT 駆動 IC「Fi007」を開発してきた。本稿では,Fi007
ン価格高騰の可能性などからハイブリッド車に対する世界
よりさらに汎用性を高めたハイブリッド車用 IGBT 駆動
的な需要が急増している。
ハイブリッド車では,エンジンからの動力を電気エネル
図₂ 「Fi009」の回路ブロック図
ギーに変換し,バッテリへの充放電とバッテリからモータ
を駆動をするために電力変換システムとして,インバータ,
VCC
コンバータを用いている。これらの電力変換システムに
図₁ 「Fi009」の外観
IN
ロジック回路
出力段回路
ソフト遮断回路
OUT
PGND
ゲート電圧監視回路
AE
GV
OC1
過電流検出回路
(2 チャネル)
アラーム信号
入出力回路
フェイルラッチ
回路
OC2
VCC
電源低下検出回路
過熱検出回路
(2 チャネル)
内部基準電圧回路
OH1
OH2
VOH
REF
GND
366( 10 )
富士時報 Vol.82 No.6 2009
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」
IC「Fi009」を開発したので紹介する。
₂.₂ 主要特性
表₁, 表₂ に,Fi009 の絶対最大定格,端子記号の説明
を示す。表₃に Fi007 と Fi009 の電気的特性比較を示す。
₂.₁ 基本性能
電源電圧定格は IGBT 駆動に必要な 20 V としている。動
図₁ に Fi009 の外観を示す。Fi009 の回路ブロック図を
作周囲温度 Ta は ECU に対する過酷な条件である-40 〜
図₂に示す。主な機能は次の五つである。
+125 ℃を保証し,接合部温度 Tj は-40 〜+150 ℃を保証
⑴ IGBT プリドライブ(図₂の出力段回路部)
している。
出力電圧およびアラーム出力は,自動車の始動や停止時
⑵ 過熱保護
⑶ 過電流保護
のバッテリ電圧変動に対しても,安定した出力信号が供給
⑷ 電源電圧低下保護
できる。特に精度が要求される内部基準電圧 VREF と温度
⑸ ソフト遮断
検出用電流 IOH(OH1,OH2 端子から出力される電流)は,
⑴は IGBT のゲート容量を充放電するためのドライブ機
補正回路により特性ばらつきを低減している。
能である。ノイズによる誤動作を防ぐために,しきい値に
₂.₃ ウェーハプロセス
ヒステリシスを付けかつ不感帯を設けている。
⑵〜⑷の各保護機能は,IGBT のスイッチング時に発生
Fi009 のチップを図₃に示す。Fi009 は微細プロセスルー
する誤動作を防ぐために,それぞれ不感帯を設けている。
ルを適用することで,VREF と IOH の補正回路を高精度化し
また,過熱・過電流保護機能は二つの IGBT を同時に監視
つつ,チップサイズを既存品 Fi007 より約 30 % 縮小した。
⑵
できる仕様であり,どちらか一方が異常状態になるとドラ
₂.₄ パッケージ
イバ出力をオフし,IGBT の動作を停止させる。
異常時に保護機能が動作した場合は,アラーム信号を
パッケージは既存品 Fi007 と同様に図₁に示す SSOP-20
ローレベルとして異常状態を ECU に出力し,IC から見
パッケージを採用した。アウターリードのはんだめっきに
た負荷としての IGBT の状態を ECU に伝達することがで
は,鉛フリー対応のすず - 銀(Sn-Ag)めっきを用いてい
きる。逆に,ECU からシステムの異常を示す信号として,
る。
アラーム端子にローレベルの信号を入力することによって
もドライバ出力をオフし,IGBT の動作を停止させること
3 機 能
もできる。
₃.₁ 過熱保護
IGBT が異常な温度環境にさらされたり,異常動作に
よって温度が上がったりした場合,システムの焼損を防
表₁ 「Fi009」の絶対最大定格(T a = 25 ℃)
項 目
記号
電源電圧
V CC
(駆動系 / 制御系)
入力周波数
条件
DC
f
ぐために IGBT の動作を停止させる必要がある。Fi009 は,
定 格
単位
最 小
最 大
− 0.3
20
V
−
20
kHz
IGBT チップ上に設置された温度検出用のダイオードに
IOH を供給する。そのときに発生するダイオードの順電圧
値を監視して,過熱発生時にドライバ出力をオフにするこ
とで,IGBT の動作を停止させることができる。このとき,
AE 端子から ECU へアラーム信号を出力する。過熱保護
AE 端子電流
I AE
DC
−
20
mA
IN 端子電圧
V IN
DC
GND − 0.3
V CC + 0.3
V
OUT 端子電圧
V OUT
DC
PGND − 0.3
V CC + 0.3
V
AE 端子電圧
V AE
DC
GND − 0.3
V CC + 0.3
V
GV 端子電圧
V GV
DC
PGND − 0.3
V CC + 0.3
V
VCC
制御電源
GND
制御回路用グラウンド
表₂ 「Fi009」の端子記号の説明
端子記号
内 容
OC1,OC2 端子
電圧
V OC
DC
GND − 0.3
V CC + 0.3
V
OH1,OH2 端子
電圧
V OH
DC
GND − 0.3
V CC + 0.3
V
REF 端子電圧
V REF
DC
GND − 0.3
V REF + 0.3
V
REF 端子電流
I REF
DC
0
150
µA
GV
シンク切替電圧検知入力
VOH 端子電圧
V VOH
DC
GND − 0.3
V CC + 0.3
V
AE
アラーム出力/外部アラーム入力
許容損失
PD
DC
−
1.563
W
OH1,OH2
動作周囲温度
Ta
− 40
125
℃
REF
過熱検出用基準電圧出力
Tj
− 40
150
℃
VOH
過熱検出しきい値電圧入力
T STG
− 55
150
℃
OC1,OC2
接合部温度
保存温度
IN
制御信号入力
OUT
ドライバ出力
PGND
ドライバ回路用グラウンド
過熱検出信号入力
過電流検出信号入力
367( 11 )
特 集
2 特 徴
富士時報 Vol.82 No.6 2009
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」
表₃ 「Fi007」と「Fi009」の電気的特性比較(V cc = 16.5±2 V,T a = 25 ℃)
項 目
特 集
記 号
内 容
Fi007
(代表値)
Fi009
(代表値)
単 位
電源特性
I CCL
ターンオン時電源電流
2
2
mA
I CCH
ターンオフ時電源電流
2
2
mA
消費電力
Pt
20 kHz スイッチング時消費電力
50
50
mW
基準電圧
V REF
内部基準電圧
3.0
5.0
V
V INHL
ターンオン入力しきい値電圧
1.5
1.5
V
入力ハイレベルしきい値電圧
V INLH
ターンオフ入力しきい値電圧
2.1
2.1
V
入力電圧ヒステリシス
dV INLH
V INHL − V INLH
0.6
0.6
V
ターンオン遅延時間
t dLH
ターンオン入力からドライバ出力オンまでの遅れ時間
1
1
µs
ターンオフ遅延時間
t dHL
ターンオフ入力からドライバ出力オフまでの遅れ時間
0.6
0.6
µs
遅延時間差
dt d
t dLH − t dHL
0.4
0.4
µs
V AEIN
外部アラーム入力しきい値電圧
2
2
V
電源電流
制御信号入力
入力ローレベルしきい値電圧
外部アラーム
外部アラーム入力電圧
ヒステリシス
アラーム入力遅れ時間
dV AE
外部アラーム入力しきい値ヒステリシス電圧
0.8
0.8
V
t dOUTAE
外部アラーム入力からソフト遮断までの遅れ時間
9.5
9.5
µs
V UV
電源電圧低下検出しきい値電圧
11.7
11.7
V
(保護特性)電源電圧低下保護
電源電圧低下保護
リセットヒステリシス
dV UV
電源電圧低下検出しきい値ヒステリシス電圧
0.5
0.5
V
電源電圧低下検出・遮断遅れ時間
t dAUV
電源電圧低下検出からアラーム出力までの遅れ時間
20
20
µs
(保護特性)過電流保護
過電流検出電圧
V OC
過電流検出しきい値電圧
1.0
0.5
V
過電流検出遅れ時間
t dAOC
過電流検出からアラーム出力までの遅れ時間
4.3
1.6
µs
過熱保護検出電圧
V OH
過熱検出しきい値電圧
1.5
V VOH *
V
IGBT 過熱検出・遮断遅れ時間
t dAOH
過熱検出からアラーム出力までの遅れ時間
0.6
1.2
ms
t ALM
アラーム出力ラッチ時間
8
8
ms
(保護特性)過熱保護
アラーム出力
アラーム保持時間
*:V OH は VOH 端子電圧 V VOH による。
図₃ 「Fi009」のチップ
図₄ 過熱保護動作のタイミングチャート
V IN
t dLH
t dLH
ソフト遮断
V OUT
V OH1,V OH2
V VOH
V AE
V OH
t dAOH
V OH(復帰)
t ALM
ソフト遮断
V OH
t dAOH
V OH(復帰)
t ALM
うに変更した。なおかつ VOH 端子への入力の際に基準電
動作のタイミングチャートを図₄に示す。過熱保護状態は
圧として用いる VREF を 3.0 V から 5.0 V に上昇させること
アラーム保持時間 tALM だけ継続し,過熱保護状態から復
により,システムの自由度を大きくした。
帰しかつ IC の PWM(Pulse Width Modulation)入力電
圧 VIN がオフに反転した時点で解除する。
₃.₂ 過電流保護
Fi007 では,従来,内部電圧を基準として過熱検出しき
IGBT に過電流が流れた場合,IGBT の焼損を防ぐため
い値電圧が 1.5 V と決まっていたが,Fi009 では VOH 端
に通電電流を遮断する必要がある。過電流を検出するため
子へ電圧を入力して過熱検出しきい値電圧を設定できるよ
には,メインの IGBT に電流をセンシングするための小さ
368( 12 )
富士時報 Vol.82 No.6 2009
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」
図₅ 過電流保護動作のタイミングチャート
図₇ ソフト遮断時の出力特性
特 集
70
V IN
t dLH
t dHL
60
ソフト遮断
V OC
V OC1, V OC2
V AE
t ALM
t dAOC
50
I OUT(mA)
V OUT
Fi007
40
30
Fi009
20
10
図₆ 電源電圧低下保護動作のタイミングチャート
V CC
V CC =16.5V
0
1
2
3
4
5
6
7
dV UV
V AE
9 10 11 12 13 14 15 16 17
V UV
図₈ ソフト遮断時の動作波形
t dHL
V OUT
8
V OUT(V)
dV UV
V UV
V IN
t dLH
0
ソフト遮断
t dOUTUV
t ALM
t dAUV
ソフト遮断
t dOUTUV
t ALM
V IN :10 V/div
な IGBT を埋め込んでいる。Fi009 は検出用の IGBT に流
V AE :10 V/div
れた電流値を検出抵抗によって変換した電圧値を監視し,
過電流発生時にドライバ出力をオフにすることで IGBT の
アラーム入力
動作が停止できる。このとき,AE 端子から ECU へアラー
ソフト遮断
ム信号を出力する。過電流保護動作のタイミングチャート
を図₅に示す。過電流保護状態は,tALM だけ継続し,過電
流検出電圧 VOC が復帰しかつ IC の PWM 入力電圧 VIN が
40
s /div
V OUT :10 V/div
オフに反転した時点で解除する。
Fi009 では Fi007 よりも過電流時の検出電圧を低下し,
なおかつアラーム出力までの遅延時間を短くして過電流時
しくは外部からアラーム信号が入力された場合に IGBT を
の高速応答を可能とした。
ソフト遮断するため高ゲートインピーダンスで出力を遮断
する特性となっている。
₃.₃ 電源電圧低下保護
Fi009 のソフト遮断時の出力特性を 図₇ に示す。Fi009
ドライバ IC の電源電圧が低下すると IGBT はゲート電
で は, ソ フ ト 遮 断 用 の MOSFET(Metal-Oxide-Semi-
圧が不足し,動作損失が急増するため,運転を継続すると
conductor Field-Effect Transistor)の負荷回路を既存品
チップの温度上昇により素子破壊に至る可能性がある。し
Fi007 で採用していた MOSFET のソースフォロワ方式
たがって,Fi009 では電源電圧が 11.7 V(代表値)を下回
から抵抗方式に変更し,遮断電流-電圧特性を比例関係
ると,IGBT の動作を止める機能を持っている。電源電圧
にすることにより低出力電圧時の遮断能力を向上させた。
低下保護動作のタイミングチャートを図₆に示す。電源電
Fi009 のソフト遮断時の動作波形を図₈に示す。
圧低下保護状態は tALM だけ継続し,電源電圧が復帰しか
つ IC の PWM 入力電圧 VIN がオフに反転した時点で解除
4 パッケージング技術
する。
₄.₁ 「Fi009」のパッケージング技術
₃.₄ ソフト遮断
Fi009 は既存品 Fi007 と同一のパッケージング技術を用
異常発生時に前述の保護機能が働き,出力電流を通常ス
いて開発した。すなわち,リードフレームとチップ裏面
イッチング時のゲートインピーダンスで遮断すると,配線
を接続するダイアタッチ材には銀(Ag)ペーストを採用
インダクタンスによるサージ電圧が過大に発生する。そこ
し,Ag ペーストの厚さと硬化時の最適化を実施した。ま
で IGBT が過電圧破壊しないようにするため,緩やかに遮
た,チップとリードフレームを結線する材料として,パ
断する必要がある。これには Fi009 は,過熱保護・過電流
ラジウム(Pd)を含有した金(Au)線を引き続き採用し,
保護・電源電圧低下保護のいずれかの機能が働く場合,も
Fi007 と同一の信頼性(温度サイクル耐量および高温放置
369( 13 )
富士時報 Vol.82 No.6 2009
ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」
耐量)を確保している。
鳶坂 浩志
特 集
5 あとがき
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機シ
ステムズ株式会社半導体事業本部半導体統括部
本稿では,ハイブリッド車用 IGBT 駆動 IC「Fi009」に
ディスクリート・IC 開発部。
ついて紹介した。富士電機では,Fi009 以外にも多くの自
動車用半導体製品を扱っている。今後も,市場のニーズを
的確に把握しながらシステムに適合する高信頼性製品を提
中川 翔
供し,自動車産業の発展に貢献していく所存である。
半導体デバイスの開発に従事。現在,富士電機シ
ステムズ株式会社半導体事業本部半導体統括部
参考文献
ディスクリート・IC 開発部。
⑴ 西尾実ほか. ハイブリッド車用IGBT駆動IC「Fi007」
. 富士
時報. 2007, vol.80, no.6, p.406-409.
⑵ 森貴浩ほか. IPM用小型ドライバIC. 富士時報. 2008, vol.81,
no.6, p.395-398.
今井 誠
半導体デバイス,特にディスクリートの組立技術
開発に従事。現在,富士電機システムズ株式会社
半導体事業本部半導体統括部パッケージ実装技術
部。
370( 14 )
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。