FEJ 76 10 601 2003

富士時報
Vol.76 No.10 2003
自動車用パワー MOSFET
特
集
1
堀内 康司(ほりうち こうじ)
有田 康彦(ありた やすひこ)
特
集
1
西村 武義(にしむら たけよし)
まえがき
自動車用パワー MOSFET の特徴
近年,自動車分野では車体の軽量化,走行燃費の向上な
どを狙いとした機構部品の電子化に伴う電子制御ユニット
3.1 電動パワステ用 MOSFET の特徴
電動パワステ用 ECU には主に 60 V 耐圧品を中心とし
た MOSFET が使用されているが,今後 42 V 電源化に伴
(ECU)の適用が進んでいる。
特に,従来油圧制御であったパワーステアリング装置は
い 75 V 耐圧品の要求が出てきた。
DC モ ー タ を 使 っ た 電 子 制 御 ( 以 下 , 電 動 パ ワ ス テ 用
これら 60 V,75 V 耐圧品の MOSFET にはトレンチ構
ECU という)へと急速に変化しており,ヘッドランプに
造の技術を採用し,低オン抵抗化とパッケージの小型化を
ついても従来のハロゲンバルブから電子制御方式のバラス
実現している。以下に電動パワステ用 MOSFET の特徴を
ト装置を用いたディスチャージバルブへと移りつつある。
さらに地球温暖化などの環境問題を背景にハイブリッド
車,電気自動車,燃料電池車が次々と商品化されてきた。
これらの自動車分野の動向に対し,ECU に搭載されるス
イッチングデバイスであるパワー MOSFET の性能向上が
紹介する。
(1) 低オン抵抗化のチップ構造と高いゲート信頼性
図2に従来のプレーナチップ構造とトレンチチップ構造
の断面比較を示す。
トレンチチップ構造は,そのゲート部分に精度よくエッ
チング制御された凹部構造を形成することで,従来のプ
強く要求されている。
富士電機では,これら自動車分野における電子化の動向
レーナチップ構造では困難であったチャネル抵抗成分の低
に対応するため,各種のパワー MOSFET の開発,製品化
減と JFET 効果の抵抗成分を大幅に低減可能な特徴を有
を行ってきた。
している。 図3 に 60 V 耐圧品の従来のプレーナ型チップ
ここでは,富士電機の自動車用パワー MOSFET につい
て,その系列および特徴,今後の開発動向について紹介す
る。
とトレンチ型チップでのオン抵抗成分比較を示す。
富士電機では高品質なトレンチ形状と,均一なゲート酸
化膜,およびゲート電極となるポリシリコン層を最適化す
ることで,高いゲート耐圧(VGS = 30 V)保証によるゲー
自動車用パワー MOSFET の系列
ト信頼性と同時に低オン抵抗化を図っている。
(2 ) ゲートしきい値電圧の最適化
表1に富士電機の自動車用パワー MOSFET の系列一覧
電動パワステ ECU に使用される MOSFET には,低い
表を示す。また,そのパッケージの外観を図1に示す。電
オン抵抗特性に重きをおいたデバイスの選択が行われてお
動パワステ用 ECU の MOSFET として 12 V バッテリー用
り,そのためチップ設計上オン抵抗特性とはトレードオフ
の 60 V 耐圧系列,今後の 42 V 電源化(36 V バッテリー)
となるゲートしきい値電圧に関し,1 ∼ 2 V 程度の低い
に対応するための 75 V 耐圧品を一部系列化している。ま
ゲートしきい値電圧を有した MOSFET が多く使用されて
コンバータ部に 100 ∼
いた。しかしながら,ゲートしきい値電圧が低いとノイズ
た,ハイブリッド車などの
DC-DC
200 V,ディスチャージバルブ電子バラスト用に 500 ∼
600 V 耐圧の MOSFET を系列化している。
などによる誤動作が問題となっていた。
富士電機の電動パワステ用 MOSFET は,ゲートしきい
値電圧を「3 V(代表値)
」と最適化することで,対象回路
でのゲート周辺回路の配線などで発生するノイズでの誤動
作に対して,回路上での対策がしやすい製品となった。
(3) 大電流かつ高信頼性パッケージ
堀内 康司
有田 康彦
パワー MOSFET の開発・設計に
パワー MOSFET の開発・設計に
パワー半導体素子の開発・設計に
従事。現在,富士電機デバイステ
従事。現在,富士電機デバイステ
従事。現在,富士日立パワーセミ
クノロジー
(株)
半導体事業本部開
クノロジー
(株)
半導体事業本部開
コンダクタ
(株)
松本事業所開発設
発統括部自動車電装品開発部。
発統括部自動車電装品開発部。
計部。
西村 武義
601(15)
富士時報
自動車用パワー MOSFET
Vol.76 No.10 2003
表1 自動車用パワーMOSFETの系列
製品仕様概要
ECUなどの対象
アプリケーション
特
集
1
製品型式
電動パワステ用ECU
V DSS
(V)
備 考
R DS(on)
(Ω)
パッケージ
特
集
1
2SK3270-01
60
80
6.5 m
TO-22OAB
2SK3271-01
60
100
6.5 m
TO-3P
2SK3272-01L,S
60
80
6.5 m
D2-Pack
2SK3273-01MR
60
70
6.5 m
TO-220フルモールド
F1519
60
80
6.0 m
D2-Pack
2SK3730-01MR
75
70
8.5 m
TO-220フルモールド
2SK3804-01S
75
70
8.5 m
D2-Pack
開発中
開発中
開発中
75
80
8.5 m
TO-247
2SK3644-01
100
30
44 m
TO-22OAB
2SK3645-01MR
100
30
44 m
TO-220フルモールド
2SK3646-01L,S
100
30
44 m
D2-Pack
2SK3590-01
150
40
41 m
TO-22OAB
2SK3591-01MR
150
40
41 m
TO-220フルモールド
2SK3592-01L,S
150
40
41 m
D2-Pack
2SK3594-01
200
30
66 m
TO-22OAB
2SK3595-01MR
200
30
66 m
TO-220フルモールド
2SK3596-01L,S
200
30
66 m
D2-Pack
2SK3504-01
500
14
0.46
TO-22OAB
2SK3505-01MR
500
14
0.46
TO-220フルモールド
2SK3450-01
600
12
0.65
TO-22OAB
2SK3451-01MR
600
12
0.65
TO-220フルモールド
F1515
ハイブリッド車,
電気自動車用
DC-DCコンバータ
およびディスチャージ
バルブ用電子バラスト
(DC-DCコンバータ/
インバータ部)
ID
(A)
図1 パッケージの外観
図3 プレーナチップとトレンチチップのオン抵抗成分比較
(60 V 耐圧)
[単位面積あたり: Ron・A]
R on・ 成分比較
A
R on・ 比率(%)
A
120
2
D -Pack
TO-220
フルモールド
TO-220AB
TO-3P
100
その他
80
チャネル
60
JFET
40
エピタ
キシャル
20
0
サブ
ストレート
プレーナチップ構造
トレンチチップ構造
図2 プレーナチップ構造とトレンチチップ構造
ゲート酸化物 ゲート
ソース
n+
p+
n+
( )
R CH
p
( )
R CH
( )
R JFET
p+
p
ソース
n+
p
n+
p+
p
ゲート
n+
電動パワステ用 ECU のシステムにおいて,図4に示す
n+
( )
R CH
ECU を接続するワイヤハーネスの地絡,③ H ブリッジま
p
たは三相ブリッジ構成になる上下間デバイスのアーム短絡
ゲート酸化物
トレンチ
n−
n−
n+
n+
ドレイン
ドレイン
(a)プレーナチップ構造
ような,① DC モータの負荷短絡モード,② DC モータと
(b)トレンチチップ構造
など,瞬時的な大電流責務にも耐えうる高信頼性パッケー
ジが必要となる。
図 5 に富士電機製品の内部構造を示す。電動パワステ
ECU の最大トルク時(モータ電流= 30 ∼ 65 A 程度)に
おいて,大電流を流したときの損失発生源となるチップで
の発熱もさることながら,外部端子に接続するリードワイ
602(16)
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自動車用パワー MOSFET
Vol.76 No.10 2003
ヤ部にチップ発熱を上回る大きな発熱がある。
現状のバッテリー電圧 12 V に対し,今後の 42 V 電源化
そこで富士電機では以上の課題を考慮した,①内部接続
特
集
1
(36 V バッテリー)に対応するため,75 V 耐圧の系列化を
ワイヤの大口径化,②内部接続ワイヤの複数本化の 2 点に
行った。表2に 75 V 耐圧品の最大定格,表3に 75 V 耐圧
ついて最適化した。
品の電気的特性を示す。特徴としては,75 V の高耐圧化
以上の特徴を有する富士電機の電動パワステ用 MOS
で低オン抵抗(最大 8.5 mΩ)を有している。
FET は,それ以外のアプリケーションも含めた幅広い用
途へも採用が進んでいる。
表3 75 V耐圧品の電気的特性(指定のない限り T c =25 ℃)
(4 ) 75 V 耐圧 MOSFET の系列化
(a)静的特性
規格値
項 目
記号
測定条件
単位
最小
代表
最大
75
ー
ー
V
40
ー
ー
V
2.5
3.0
3.5
V
T ch=25 ℃
ー
1.0
100
A
T ch=125 ℃
ー
10
500
A
ー
10
100
nA
ー
6.4
8.5
mΩ
図4 電動パワステ用 ECU システムの等価回路
(三相モータ制御)
ドレイン ソース降伏
電圧
入力バッテリー電圧
+V CC
③アーム
短絡モード
①負荷短絡
モード
ドライブ
回路へ
ドライブ
回路
各ゲート
(6チャネル)
へ
三相
モータ
②地絡
モード
マイコン
I D=1 mA
BV DSS
V GS=0 V
I D=1 mA
BV DSX
V GS=−20 V
ゲートしきい
値電圧
V GS(th)
ドレイン
遮断電流
I DSS
I D=10 mA
V DS= V GS
V DS=75 V
V GS=0 V
ゲート
漏れ電流
I GSS
オ ン 抵 抗
R DS(on)
V GS=+30/−20
V DS=0 V
I D=35 A
V GS=10 V
(b)動的特性
−
+
規格値
項 目
図5 トレンチパワー MOSFET の内部構造(面実装タイプ)
ベース
フレーム
測定条件
記号
順伝達
コンダクタンス
g fs
入 力 容 量
C iss
単位
I D=35 A
V DS=10 V
出 力 容 量
C oss
帰 還 容 量
C rss
V GS=0 V
25
50
ー
ー
7,500
ー
ー
1,050
ー
ー
500
ー
ー
50
ー
ー
90
ー
ー
150
ー
ー
90
ー
ー
150
ー
ー
30
ー
ー
45
ー
S
pF
V cc=38 V
tr
エポキシ樹脂
V GS=10 V
I D=70 A
t d(off)
tf
トータルゲート
電荷量
ns
R G=10 Ω
ターンオフ特性
発熱部
最大
f =1 MHz
t d(on)
リードワイヤ
代表
V DS=25 V
ターンオン特性
半導体チップ
最小
Qg
V cc=38 V
ゲート - ソース間
電荷量
Q gs
ゲート - ドレイン間
電荷量
Q gd
I D=70 A
nC
V GS=10 V
(c)寄生ダイオード特性
規格値
項 目
記号
測定条件
単位
表2 75 V耐圧品の最大定格( Tc =25 ℃)
項 目
記号
定格値
単位
ドレイン - ソース間
電圧
V DS
75
V
V DSX
40
V
ド レ イ ン 電 流
ID
±70
A
パルスドレイン電流
I DP
±280
A
ゲート - ソース間電圧
V GS
+30/−20
V
最大アバランシェ
エネルギー
E AV
443.8
mJ
最 大 損 失 電 力
PD
162
W
チ ャ ネ ル 部 温 度
Tch
175
℃
保 存 温 度
Tstg
備考
V GS=−20 V
アバランシェ
耐量
I AV
ダイオード
順電圧
V SD
逆回復時間
t rr
L =84.5 H T ch=25 ℃
I F=75 A
V GS=0 V
T ch=25 ℃
I F=35 A
最小
代表
最大
70
ー
ー
A
ー
1.3
1.65
V
ー
95
ー
ns
ー
0.30
ー
C
V GS=0 V
− /
di dt
=100 A/ s
逆回復電荷
L =84.5 H,
V CC=48 V
Q rr
T ch=25 ℃
(d)熱的特性
規格値
項 目
記 号
測定条件
単位
最小
代表
最大
R th(ch-c)
ー
ー
0.926
℃/W
R th(ch-a)
ー
ー
75.0
℃/W
定常熱抵抗
−55∼+175
℃
603(17)
特
集
1
富士時報
自動車用パワー MOSFET
Vol.76 No.10 2003
うる高耐圧かつ高速な MOSFET が必要になっている。こ
3.2 DC-DC コンバータ用と電子バラスト用 MOSFET の
る「SuperFAP-G」系列を提案している。この SuperFA
特徴
特
集
1
れらの要求に対し,富士電機は高速かつ低オン抵抗を有す
ディスチャージバルブを制御するバラスト装置のシステ
P-G 系列の特徴として, 図 7 に示す擬平面接合(QPJ:
ムを図6に示す。DC-DC コンバータ部にはバッテリー電
Quasi-Plane-Junction)の新技術を適用し,シリコン(Si)
圧 を 昇 圧 さ せ る た め に 使 用 さ れ る 100 ∼ 200 V 耐 圧 の
の理論限界 10 %にまで迫る高性能化を実現した。
MOSFET,インバータ部にはバルブに高電圧を発生させ
以下にその特徴を示す(600 V 従来系列との比較)
。
るための 500 ∼ 600 V 耐圧の MOSFET が使用される。
(1) ターンオフ損失 75 %低減
DC-DC コンバータ部は昇圧トランスの小型化・軽量化を
(2 ) ゲートチャージ量 60 %低減
実現するために高周波でのスイッチング動作をする必要が
(3) 高アバランシェ耐量
あり,インバータ部ではバルブ無負荷出力状態での高い電
(4 ) 各種面実装品を含めたパッケージ系列
圧(約 380 V)と,バルブ放電開始時の高い dv/dt に耐え
以上の SuperFAP-G 系列を提案することで,DC-DC
コンバータ用,電子バラスト用の MOSFET として最適な
製品を提供することが可能となった。
図6 バラスト装置のシステム部
今後の開発動向
入力
バッテリー
電圧
+V CC
DC-DCコンバータ部位
インバータ部位
(ブリッジ)
富士電機は電動パワステ用での採用実績が得られている
現行の 60 V,75 V 耐圧新製品系列に加え,次世代技術を
スタータ/
バルブ部位
採用した高性能品の開発に注力している。
現在,開発・製品化を進めている高性能品の設計的な狙
いは次のとおりである。
(1) 製品耐圧 VDS :60 V,75 V
(2 ) 定格電流 I D:70 ∼ 80 A
(3) ゲートしきい値電圧:2.5 ∼ 3.5 V
(4 ) オン抵抗・面積 Ron ・ A:従来品の 20 %低減
(5) 入力容量特性 Ciss :従来品の 30 %低減
図7 SuperFAP-G 系列のチップ構造
(6 ) パッケージ系列:TO-220 を代表とする自立パッケー
ジと面実装パッケージ
ゲート
図8,図9に本開発中(60 V 耐圧品)の試作サンプルを
ソース
用いたスイッチング特性の比較波形(ゲートチャージ量)
および電動パワステ用を想定(キャリヤ周波数 20 kHz)
C GD
n+
n+
p+ p−
p−
n+
n+
p−
p+
p−
n+
p+
したときの発生損失シミュレーション比較結果を示す。
p−
この比較結果によるとゲート駆動時の損失低減に効果を
n−
図8 60 V 耐圧品における現行品と高性能品のスイッチング
特性比較(ゲートチャージ量)
n+
条件( V DS=30 V, =80
ID
A, V GS =10 V
ドレイン
(a)従来のパワーMOSFET系列
現行品
ゲート
V DS
ソース
高性能品
V GS
C GD
n+
p+
p−
n+
n+
p+
p−
n+
n+
p+
p−
n+
n+
p+
p−
n+
n+
p+
p−
n+
n+
p+
p−
ID
n+
0
0
n−
n+
ドレイン
(b)SuperFAP-G系列
604(18)
サンプル
Q g(nC) Q gs(nC) Q gd(nC)
現 行 品
126
38
37
高性能品
88
32
22
V DS :5 V/div
I D :20 A/div
V GS :2 V/div
T :2 s/div
特
集
1
富士時報
自動車用パワー MOSFET
Vol.76 No.10 2003
図9 60 V 耐圧品における現行品と高性能品の発生損失比較
[シミュレーション結果]
上に取り組むことで,電動パワステ用 MOSFET として高
性能化はもちろんのこと,他系列への展開,対象アプリ
ケーション以外の用途に対しても高性能化提案ができると
特
集
1
条件( I D=80 A, V DS =30 V, V GS =10 V, R g =100Ω,
f C=20 kHz,デューティ=50 %)
あとがき
40
31.4 W
富士電機はこれまで,今回紹介したような各種自動車用
30
総損失(W)
26.0 W
20
的な製品開発と提案を行い,自動車電装分野のますますの
22.1 W
10
4.0 W
5.3 W
現行品
発展に貢献していく所存である。
参考文献
オン損失
4.0 W
ターンオン
損失
パワー MOSFET を開発し,製品化してきた。今後も自動
車電装分野における電子化ニーズの一助となるよう,特徴
ターンオフ
損失
18.2 W
0
特
集
1
考える。
3.8 W
高性能品
(1) Yamazaki, T. et al. Low Qgd 60 V Trench Power MOS
FETs with Robust Gate for Automotive Applications.
PCIM2003.
(2 ) 山田忠則ほか.低損失・超高速パワー MOSFET「Super
FAP- G シリーズ」
.富士時報.vol.74, no.2, 2001, p.114- 117.
もたらすゲートチャージ電荷量(Qg)は約 40 %の改善,
20 kHz 動作での発生損失も約 18 %の改善が図られている。
以上の結果から,各主要特性のさらなる改善と性能の向
(3) 徳西弘之ほか.パワー MOSFET「SuperFAP- G シリー
ズ」とその適用効果.富士時報.vol.75, no.10, 2002, p.593597.
605(19)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。