FEJ 75 10 585 2002

富士時報
Vol.75 No.10 2002
電源用マルチチップパワーデバイス
「M-Power 2 シリーズ」
太田 裕之(おおた ひろゆき)
寺沢 徳保(てらさわ のりほ)
まえがき
図1 基本回路構成
自励発振動作
近年,スイッチング電源への要求は,小型,軽量だけで
I Q2
Q2
なく省エネルギー,高力率が求められており,各種の変換
(1)∼(3)
方式が提案されてきた。その中で,複合共振方式が従来の
変換方式と比較して効率,ノイズ面ともに優れているとい
う点で注目され実用化されている。しかしながら,軽負荷
で効率が悪化し,無負荷状態でも損失が数ワット発生する。
したがって,待機運転時には省エネルギー対策として補助
整
流
回
路
ま
た
は Ed
P
F
C
R2
V Q2
VG2
M-Power2
R1
I D1
Cr
Tr
D1
S1
VP1
P1
制御 IC
P2
Q1
V0
S2
D2
+
他励発振動作 I Q1
+
I D2
V Q1
+
P3
VG1
電源が必要となり,小型化の妨げとなっている。
そこで,複合共振のメリットを生かし,軽負荷でも高効
出力電圧
調整回路
率な制御ができる,複合発振型電流共振コンバータ〔PW
通常-待機
切換信号
M(Pulse Width Modulation)制御と自励制御を組み合わ
せた制御方式〕を新たに開発した。また専用パワーデバイ
スとして,複合発振型電流共振スイッチング電源を容易に
設計できる「M-Power 2 シリーズ」を製品化したので,
複合発振型電流共振コンバータの動作原理と
M-Power
図2 タイミングチャート
2
②
シリーズの紹介をする。
VP2,
VG2
0
複合発振型電流共振コンバータの動作原理
図1 に M-Power 2 を適用した DC-DC コンバータの基
本回路構成を示す。また,図2に動作のタイミングチャー
VG1
0
電圧指令値,
参照信号値
0
トを示す。
MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect
Transistor)Q1 は制御 IC で駆動される他励発振動作,
VQ1,
VQ2
③
ゲート
しきい値
電圧
VG2
短絡防止
時間T d
電圧指令値
参照信号値
VQ1
VQ2
0
MOSFET Q2 は絶縁トランス Tr の補助巻線で駆動される
I Q1,
I Q2
自励発振動作となる。
④
①
VP2
I Q1
I Q2
0
絶縁トランスは一次巻線 P1 と二次巻線 S1,S2 とを疎
VP1
結合として比較的大きめの漏れインダクタンスを持たせた
VP1,
VP3
設計とする。本 DC-DC コンバータはこの漏れインダクタ
0
VP3
ンスとコンデンサ Cr の直列共振回路により電流共振動作
をする。Q2 の駆動巻線 P2 と,IC の制御電源を供給する
I D1
制御電源巻線 P3 は P1 と密結合とした設計とし,おのお
I D1,
I D2
の P1 の電圧に比例した電圧を発生させる。駆動巻線 P2
0
I D2
と MOSFET Q2 のゲート端子との間に接続している抵抗
太田 裕之
寺沢 徳保
スマートパワーデバイスの開発・
スマートパワーデバイスの開発・
設計に従事。現在,富士日立パ
設計に従事。現在,富士日立パ
ワーセミコンダクタ(株)松本事業
ワーセミコンダクタ(株)松本事業
所開発設計部。
所開発設計部。
585(37)
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電源用マルチチップパワーデバイス「M-Power 2 シリーズ」
Vol.75 No.10 2002
とダイオードは,ゲート電圧をターンオン時には緩やかに,
納した。外形は高さ 10 mm,幅 30 mm,厚さ 3.5 mm とコ
ターンオフ時には高速に変化させることにより,Q1 と Q2
ンパクトな SIP(Single Inline Package)とし,薄型電源
が同時にオンして短絡電流が流れるのを防ぐように設定す
に対応している。このようなコンパクトなパッケージなが
る。
ら,放熱フィンなしで F9221L では 100 W 出力,F9222L
制御電源巻線 P3 に並列に接続した抵抗とダイオードの
では 150 W 出力のスイッチング電源に適用可能である。
回路は,絶縁トランス一次巻線電圧(VP1)を間接的に P3
複合発振型制御専用に開発した IC は,Q1 を PWM 制
の電圧で検出し,制御 IC の信号レベルに変換する回路で
御する演算機能と,待機機能,保護機能を有している。特
ある。制御 IC は,VP1 が負から正へ零クロスするタイミ
に待機機能として待機モード切換機能,待機モード時に
ングを検出し,短絡防止期間(Td)を経たのちに Q1 を
バースト動作するための演算機能,トランスからの発生音
ターンオンさせる。
対策としてのソフトスタート,ソフトエンド制御機能が内
出力電圧制御は,出力電圧調整回路の信号を電圧指令値
蔵されているのが特徴である。ソフトスタート,ソフトエ
として制御 IC にフィードバックして行う。制御 IC は,
ンド制御機能については後述の試作電源の説明に詳細を記
その電圧指令値と VP1 が負から正へ零クロスするタイミン
述する。
グから時間に比例して増加する参照信号とを比較し,出力
電圧が一定になるように Q1 をパルス幅制御する。
保護機能としてはラッチ停止機能付きの過電流保護,負
荷短絡保護,過熱保護,過電圧保護と低動作電圧保護を有
また,Q1 オン時に VP1 が正から負へ零クロスするタイ
している。さらに MOSFET と端子の配線に直径 300 μm
ミングを検出した場合,強制的に Q1 をターンオフさせる
のアルミ線を用いて防爆性を確保したことにより,安全性
機能を有しており,Q2 オフと Q1 オンの切換信号,およ
の高い電源を設計しやすくしている。また過電流保護には
び Q1 オフと Q2 オンの切換信号を絶縁トランスからの指
0.1 秒の不感時間を設けて,出力の急変に対し安定な電源
令として受ける。そのためオン信号からのデッドタイムを
を設計できるよう配慮されている。
設けておけば共振はずれによる貫通電流が発生しない。
IC には待機電力低減を狙い CMOS(Complementary
MOS)プロセスを採用している。
M-Power 2 シリーズの概要
試作電源の動作波形と電源特性
前記の電源システムを容易に構成するためのパワーデバ
イス M-Power 2 シリーズを開発したので紹介する。
表1 に
M-Power
2 シリーズの系列表を示す。また, 図
3 に M-Power 2 の外観を, 図4 にはその等価回路図を示
す。
図 5 に M-Power 2 シリーズの F9221L を使用した電源
回路構成を示す。出力は 16 V/4.7 A,5 V/1 A の 2 出力と
し,5 V 出力をフィードバック制御し定電圧化する。また,
出 力 電 力 が 80 W と な る た め , 入 力 高 調 波 対 策 と し て
構造はオールシリコンのマルチチップ構成を採用し,
DC-DC コンバータ前段に PFC(Power Factor Correc-
IC と MOSFET 2 個(Q1,Q2)を一つのパッケージに収
tion)回路を接続している。PFC 用 MOSFET には 2SK
,PFC 用昇圧
3469(富士電機製 SuperFAP-G シリーズ)
表1 系列表
分類
ダイオードには YG963S6(富士電機製 SuperLLD シリー
MOSFET(Q1) MOSFET(Q2)
ズ)
,PFC 用 IC には FA5501(富士電機製)を使用し,
制御 IC
P O(W)
型式
V DS
R DS(ON)
V DS
R DS(ON)
V CC(ON)
T(
j OH)
PFC 回路の効率向上を図っている。また,待機信号によ
り DC-DC コンバータを待機モードに切り換えると同時に
F9221L
500 V
0.9 Ω
0.9 Ω
500 V
16.5 V
(最大)
(最大)
125∼
150 ℃
100 W
F9222L
500 V
0.6 Ω
0.6 Ω
500 V
16.5 V
(最大)
(最大)
125∼
150 ℃
120 W
図4 等価回路図
Q2
D
図3 M-Power 2 の外観
23 D2
G
S
20 G2
VCC 7
VREF
COMP
CS
CB
CON
STB
VW
586(38)
10
11
12
13
14
15
16
VCCP
VCC
VREF
COMP
OUT
CS
CB
CON ISNS
STB
VW GNDP
GND
IC
Q1
D
19 D1,S2
G
S
4 S1
8 GND
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図5 試作評価器の電源回路構成
PFC
DC-DCコンバータ
23
M-Power2
AC80∼ ノ
288 V イ
ズ
フ
ィ
ル
タ
︵
F
A制
5御
5 I
0C
1
︶
15
11
10
12
13
14
+
Q2
D1
Cr
R2
+
P1
20
V0=16 V
P0=75 W
S1
19 R1
制御 IC
7
P2
Q1
16 8
S2
D2
D3
4
+
S3
起動
回路
+
P3
V0=5 V
P0=5 W
S4
D4
出力電圧
調整回路
通常-待機
切換信号
図6 通常モード時の動作波形
VQ1
VQ1
200 V/div
0
200 V/div
0
VQ2
VQ2
200 V/div
0
200 V/div
0
I Q1
0
I Q2
VP1
0
I Q1
0.5 A/div
200 V/div
0
I D1
0.5 A/div
VP1
200 V/div
I D1
I D2
I D2
4 A/div
0
4 A/div
0
I D3
I Q2
0
I D4
0
4 A/div
t:5 s/div
(a)定格負荷時(5 V出力5 W,16 V出力75 W)
PFC を停止させ,待機時の入力電力を低減している。
I D3
4 A/div
I D4
t:5 s/div
(b)軽負荷時(5 V出力5 W,16 V出力3 W)
0
図7 スイッチング周波数とオンデューティ特性
る。また,各 MOSFET のターンオン時にはドレイン電流
が負に流れている。この期間にゲート電圧を印加すること
により零電圧スイッチングとなり,ターンオン損失が発生
しない。図7にスイッチング周波数とオンデューティ特性
を示す。オンデューティは定格負荷付近で 0.5 となる。
軽負荷時には Q1 のオンデューティだけ小さくなるため,
スイッチング周波数は軽負荷になると上昇する。しかし,
定格負荷の 10 %負荷で周波数上昇率は 20 %程度と小さい。
90
0.8
fs
75
0.5
D
60
0
20
40
60
出力電力 P o(W)
80
オンデューティD
にオンオフし,負荷側に正弦波状の共振電流を供給してい
スイッチング周波数 f s(kHz)
図6に通常モード時の動作波形を示す。Q1,Q2 は交互
0.2
100
図8に通常モード時の効率・力率特性を示す。定格出力で
効率 87 %以上,力率 0.98 以上を達成している。
図 9 に待機モード時の動作波形を示す。図中の VCS は
ら耳障りな音が発生するが,その原因はトランスに流れる
F9221L に接続するソフトスタートコンデンサの電圧波形
電流変化が急峻(きゅうしゅん)なためである。F9221L
である。単純にバースト発振動作させると絶縁トランスか
ではトランスに流れる電流(IP1)を緩やかに増加・減少
587(39)
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図8 通常モード時の効率・力率特性
100
図10 待機電力特性
1.0
AC100 V
4
AC240 V
力率
0.9
AC200 V
AC240 V
AC100 V
0.8
80
70
0
20
40
60
出力電力 P o(W)
入力電力 P i(W)
AC240 V
力率Φ
効率 η(%)
AC100 V
効率
90
3
2
1
0.7
100
80
0
0
0.5
1.0
1.5
出力電力 P o(W)
2.0
2.5
図9 待機モード時の動作波形
製品化し,カラーテレビ,CRT モニタに採用されている。
V cs
2 V/div
今回新しいスイッチング電源回路の開発と専用のパワーデ
バイスを製品化し,小型,軽量,高効率,高力率,省エネ
0
ルギーの要求が強い LCD モニタ,LCD テレビなどの電源
を容易に設計できる提案を行った。今後さらに大出力のラ
I P1
0
0.8 A/div
インアップ化をして適用電源範囲の拡大を予定している。
また,電源へのさらに高度な要求に対応すべく電源システ
ムの開発,専用パワーデバイスの製品化に努力する所存で
ある。
t:2 ms/div
入力電圧 AC100 V 時
(5 V 出力 0.5 W,16 V 出力 0 W)
参考文献
(1) 渡辺晴夫.複合共振コンバータ用マルチチップモジュール.
’
98 スイッチング電源シンポジウム.1998.C1- 1- 1 ∼ C1-
させる機能を有しており,耳障りな音のまったくないバー
スト発振動作が可能である。その電流変化はソフトスター
トコンデンサの充放電による電圧変化に比例する。
図10に待機モード時の入力電力特性を示す。無負荷時入
力電力は 0.4 W 以下であり,従来回路で必要であった待機
専用補助電源を省略できる。
1- 10.
(2 ) 岡田洋一,永原清和.交流入力電圧広範囲対応共振型電源.
’
98 スイッチング電源シンポジウム.1998.C1- 2- 1 ∼ C12- 10.
98 スイッチ
(3) 細谷裕.ノートパソコン用共振型アダプタ.’
ング電源システムシンポジウム.1998.C1- 3- 1 ∼ C1- 3- 15.
(4 ) 鷁頭政和.高効率自励発振型電流共振 DC- DC コンバータ.
あとがき
電子技術.vol.43,no.5,2001,p.22- 25.
(5) 西川幸廣ほか.ZVS 方式スイッチング電源.パワーエレ
富士電機では,他励フライバック方式のソフトスイッチ
ング機能と省エネルギー運転のための待機機能を内蔵した
クトロニクス研究会論文誌.vol.25,no.2,2000,p.153- 159.
(6 ) 五十嵐征輝ほか.ソフトスイッチング方式マルチチップパ
(4 )
パワーデバイス(M-Power
588(40)
1 シリーズ F9209L)をすでに
ワーデバイス.電気学会産業応用部門大会.no.288,1999.
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。