FEJ 74 10 581 2001

富士時報
Vol.74 No.10 2001
ディジタルトリミング型自動車用圧力センサ
上柳 勝道(うえやなぎ かつみち)
西川 睦雄(にしかわ むつお)
まえがき
植松 克之(うえまつ かつゆき)
ている。
21世紀の自動車用圧力センサにおいては,社会を取り巻
表1 自動車用圧力センサの開発経過
く環境の変化などから,高度なエンジン制御に必要な高精
項 目
度のセンサ,情報化社会の発展による電磁波からの耐性な
ど要求レベルがさらに高まっている。また,自動車のシス
プロセス
テムが高度化してセンサの需要は伸びているのと同時に,
CMOS
2
1
1
1
調整方式
厚膜
トリミング
厚膜
トリミング
薄膜
トリミング
ディジタル
トリミング
機 能
センサ,
増幅器
センサ+
増幅器
センサ+
増幅器+
フィルタ
センサ+
増幅器+
フィルタ
するため,今回,CMOS(Complementary Metal Oxide
Semiconductor)プロセスを用いたディジタルトリミング
バイポーラ
2000年
第四世代
チップ数
低コスト化は加速している。
富士電機はこのような自動車用圧力センサの要求に対応
1992∼
1997年
第三世代
1988年
第二世代
1984年
第一世代
型の圧力センサを開発したので,その概要を紹介する。
表2 自動車用圧力センサ製品の変遷
富士電機における自動車用圧力センサの
項 目
開発経過
∼1985
∼1990
∼1995
∼2000
2001∼
第四世代
+EMI フィルタ
富士電機の自動車用圧力センサの開発経過および製品の
変遷を表1,表2に示す。1984年から自動車のエンジン制
チップ
第三世代
第二世代
御を主体とした第一世代の圧力センサを,バイポーラによ
第一世代
る増幅回路技術およびサージ耐性を生かして製品化を開始
し,その後,ワンチップ化,薄膜トリミング化により現在
パッ
ケージ
に至っている。
樹脂
キャン
今回開発したディジタルトリミング型圧力センサチップ
は,CMOS プロセスを用いて,EPROM(Erasable Pro-
図1 ディジタルトリミング型圧力センサチップ
grammable Read Only Memory)によるディジタルトリ
ミングを行うことにより,以下のメリットが得られる。
(1) 回路の微細化,ウェーハの大口径化により低コスト化
が図られる。
(2 ) 調整精度を高くできる。
(3) 高価なトリミング装置が不要になる。
ディジタルトリミング型圧力センサチップの
特長
図1に今回開発した圧力センサチップを示す。チップ内
部は以下の回路ブロックがすべてワンチップ内に格納され
上柳 勝道
西川 睦雄
植松 克之
半導体加速度センサ・圧力センサ
半導体加速度センサ・圧力センサ
半導体圧力センサの開発・設計に
の開発・設計に従事。現在,松本
の開発・設計に従事。現在,松本
従事。現在,松本工場 IC 部。電
工場 IC 部担当課長。
工場 IC 部。
気学会会員。
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ディジタルトリミング型自動車用圧力センサ
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(1) ダイアフラム(ひずみを検出するゲージを含む)
ここで,ダイアフラムに圧力が加わると,ホイートストー
(2 ) 温度センサ
ンブリッジを構成するゲージのうち,半径方向に配置され
(3) センサ信号増幅回路
たゲージ抵抗は抵抗値が上がり,接線方向に配置された
(4 ) ディジタルトリミング回路〔DAC(Digital to Analog
ゲージ抵抗は抵抗値が下がる。その結果,ブリッジの出力
には圧力に比例した電圧信号が出力される。
Converter)回路,EPROM 含む〕
(5) EMI(Electromagnetic Interference)フィルタ回路
(6 ) サージ保護素子
4.3 回路設計
図3に回路ブロック図を示す。それぞれの回路における
(7) 過電圧保護回路
これらの構成により自動車用としての圧力センサ性能を
オールインワンチップで確保していることが最大の特長で
機能は次のとおりである。
(1) シフトレジスタ部:外部から EPROM へのディジタ
ル信号を入力する機能
ある。
(2 ) EPROM 部:DA の調整データを保持する機能
設 計
(3) DAC 部(感度,零点):感度,零点を調整する機能
(4 ) DAC 部(温 度 検 出 , 感 度 温 度 特 性 , 零 点 温 度 特
4.1 センサ設計
性):温度センサ,感度温度特性,零点温度特性を調整
表3に従来品との比較で,結晶面,ゲージ配置,ピエゾ
する機能
抵抗係数分布,センサブリッジ出力の計算式を示す。本セ
(5) センサ部:圧力を電圧に変換する機能
ンサでは,CMOS に使用される結晶面(100)のウェーハ
(6 ) 増幅回路部:センサ部から検出された圧力信号を増幅
において,最も高感度の得られる結晶軸〈110〉にゲージ
する機能
を配置した。ここでπ44 は結晶軸および表面不純物濃度
高精度に設計された本回路によって,−40 ∼+ 125 ℃
によって決まるピエゾ抵抗係数,σL は半径方向の応力,
までの全温度範囲において,センサ出力を+
− 0.4%に調整
できる。
σT は接線方向の応力,Vcc はブリッジに印加される電圧
である。
4.4. 耐ノイズ・耐サージ設計
自動車が電磁波の強い場所を走行しても,センサが誤動
4.2 センサ部動作原理
図2に示すように,チップ中心に円形に見える部分の裏
作しないために,電磁波に強いセンサが要求されている。
側は薄く加工されてダイアフラムが形成されており,表面
また,前述の基本回路はすべて過電圧保護回路,フィルタ,
には拡散抵抗によってゲージが形成されている。富士電機
保護素子の内部に位置し,外部からのサージやノイズを分
では従来から結晶面に依存しないダイアフラム加工技術を
離する構成になっている。
用いているため,ダイアフラムの形状は従来と同じである。
この結果,耐ノイズ性能として,G-TEMcel 方式の EMI
図2 センサ部動作原理図
表3 従来品と開発品のゲージ比較
項 目
従来品
開発品
結晶面
P(110)
〔エピタキシャルウェーハ〕
P(100)
R1
R1
R4
R2
R4
R3
σL
σT
ゲージ
配置
R2
〈011〉
R3
〈011〉
〈100〉
〈110〉
図3 回路ブロック図
〈110〉
〈100〉
シフト
レジスタ
ピエゾ
抵抗係数
分布
〈011〉
EPROM部
〈110〉
温度検出部
ブリッジ
出力
π44(σL−σT)/4・V cc
582(38)
π44(σL−σT)/2・V cc
DAC部
感度・零点
DAC部
温度検出
感度温度特性
零点温度特性
VCC
感度調整回路
センサ部
増幅回路
零点調整回路
GND
VOUT
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図4 G-TEMcel 方式による EMI 特性(200 V/m)
図6 樹脂パッケージの一例
100
+1.5%
センサ
チップ
13
ΔV out(mV)
50
ゲル
ガラス
台座
0
ケース
4.25
−50
−1.5%
GND VCC VOUT
−100
0
200
400
600
周波数(MHz)
800
1,000
13
項 目
高温放置試験(150℃)
絶対最大電圧
3.0
2.5
6.8
表4 標準仕様
図5 信頼性変動改善の一例
誤差(%F.S.)
リード
フレーム
対策前
単位
定 格
V max
V
16.5
TstrL
℃
−40
記号
保存温度
2.0
TstrU
℃
150
使用最大圧力(一例)
Pop
kPa
100,200,300
0.5
使用電圧
Vcc
V
5±0.25
0
消費電流
I cc
mA
<10 mA
使用温度
Top
℃
−40∼+125
出力範囲
Vout
V
0.5∼4.5
1.5
対策後
1.0
0
200
400
600
時間(h)
800
1,000
シンク電流
I sink
mA
1
試験において, 図 4 に示すようにケーブル長 30 cm では
ソース電流
I source
mA
0.1
200 V/m での出力変動を 1.5%以下が実現した。また,ケー
圧力誤差(20∼80%)
Vper1
%F.S.
<1.5
圧力誤差(0∼100%)
Vper2
%F.S.
<2.0
温度誤差(0∼85℃)
Vter1
%F.S.
<1.5
T op)
温度誤差( Vter2
%F.S.
<2.0
電源レシオ性(5 V±5%)
Vver
%F.S.
<1.0
ブル長 1.5 m の試験では 100 V/m で+
− 1.5%以下を実現し
た。また,耐サージ性能では,0
Ω -200
pF において,
+
−600 V のサージ耐性を得ることができた。
4.5 信頼性設計
4.5.1 環境信頼性
(1) レイアウト設計
条件と故障率との最適化を図ることで,250 ℃/1,000 h で
本チップでは,ディジタル部におけるデザインルールは
の故障率が 1 ppm 以下であることが確認できた。これは
当社標準のルールを適用しているが,アナログ回路部に関
実仕様温度を 125 ℃と仮定した場合,その温度での連続放
しては,変動要因を抑制する独自のデザインルールを適用
置時間で10年以上に相当する。
した。この結果,変動量を大幅に改善することができた。
図5は改善の一例で高温放置変動による特性が,従来ルー
センサの特性・仕様
ルでは 2.5%に対して,1%以下に改善できた。
(2 ) パッケージ設計
図6にパッケージの一例を示す。ここでは二つの点に考
以上の設計検討結果により得られた製品の標準仕様を表
4に示す。
慮したパッケージ設計を行っている。一つは,センサチッ
プがエンジンオイルミストや噴霧ガソリンなどの圧力媒体
あとがき
に直接接触しないように,チップ表面をゲルで保護してい
る。二つめは,ケースの形状を工夫し,社内や顧客の組立
本稿では自動車用に開発したディジタルトリミング型圧
工程などによってチップにひずみが伝わりにくい構造とし
力センサについて,その設計技術および諸特性について紹
た。
介した。
4.5.2 EPROM 信頼性
EPROM は,品質の高いゲート酸化膜による EPROM
デバイスを用いて素子そのものの信頼性を確保し,書込み
今後は,さらに高精度・高信頼性の圧力センサチップの
技術開発を進めると同時に,自動車用としての高い品質レ
ベルの製品開発に取り組んでいきたいと考えている。
583(39)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。