FEJ 78 04 273 2005

富士時報
Vol.78 No.4 2005
自動車用ワンチップイグナイタ
特
逸見 徳幸(へんみ のりゆき)
高橋 作栄(たかはし さくえい)
集
山本 毅(やまもと つよし)
まえがき
対して,1998 年から IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を適用した自己分離構造のワンチップイグナイタ
自動車生産台数は年々増え続けているが,それに伴い排
F5025 を量産化している。この世界初となる製品をベース
ガス中の有害物質の地球環境への影響が懸念され,法規制
に機能追加や面実装対応品などの系列化を進めてきた。本
によるこの有害物質の抑制が次第に厳しくなってきている。
稿では,これらのワンチップイグナタ系列を紹介する。
また,地球温暖化の関係から排出される二酸化炭素(CO2)
系列の概要
濃度も問題視されるようになってきている。排ガス中の
CO2 濃度は,ガソリン燃焼量に比例することから低燃費化
富士電機のワンチップイグナイタの内部回路図例を図2,
も求められている。
このような状況の中,自動車用ガソリンエンジン制御に
おいても効率的な燃焼のために,各種センサなどで得られ
るエンジンの状況に応じた点火の制御が気筒ごとに必要に
機能および特性を表1に示す。各製品の概要を以下に述べ
る。
(1) F5025
なる。このため,従来の機械的な機構で各気筒の点火プラ
過電流制限機能およびコレクタ−ゲート間,ゲート−エ
グを配電するディストリビュータ方式から,点火プラグご
ミッタ間に過電圧保護用のツェナーダイオードを内蔵する
とにコイルとスイッチを配し,気筒ごとに点火タイミング
標準タイプ(図3)
に応じて点火時期を調整する個別点火方式が,ここ数年主
流となってきている。気筒ごとの個別点火方式を図1に示
す。
(2 ) F6007L
F5025 に対しコレクタ−ゲート間のツェナーダイオード
電圧を変更し,コレクタ−エミッタ間保護電圧を高くした
また,個別点火方式のイグナイタの配置については,イ
製品
グニッションコイル内に内蔵される方式と,ECU(Electronic Control Unit)内に内蔵される方式がある。国内は
図2 ワンチップイグナイタの内部回路図例
主に前者が主流であり,海外は主に後者が主流となってい
コレクタ
る。
デプレッションIGBT
富士電機では,イグナイタの高性能化,小型化の要求に
図1 個別点火方式の構成例
R6
ECU
R1
ゲ
ー
ト
バッテリー
R2
CGZD
R3
R4 R5
ZD1
プ
ル
ダ
ウ
ン
抵
抗
センス
IGBT
ZD2
過熱
検出
NMOS2
OP-AMP
NMOS1
センス
抵抗
基準
電源
イグナイタ
点火プラグ
エミッタ
逸見 徳幸
高橋 作栄
山本 毅
スマートパワーデバイスの開発・
スマートパワーデバイスの開発・
スマートパワーデバイスの開発・
設計に従事。現在,富士電機デバ
設計に従事。現在,富士電機デバ
設計に従事。現在,富士電機デバ
イステクノロジー株式会社半導体
イステクノロジー株式会社半導体
イステクノロジー株式会社半導体
事業本部半導体工場自動車電装開
事業本部半導体工場自動車電装開
事業本部半導体工場自動車電装開
発部。
発部。
発部。
273(25)
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自動車用ワンチップイグナイタ
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表1 ワンチップイグナイタの機能および特性
系 列
項 目
記 号
条 件
特
F5025
F6007L
F6008L
F6010L-S
TO-220
TO-220
TO-220
T-Pack-S
(D2-Pack)
集
パッケージ
コレクタ−エミッタ間電圧
V CE
I C=10 mA
370∼460 V
403∼480 V
370∼460 V
403∼480 V
ゲート−エミッタ間電圧
V GE
I GE=10 mA
6∼10 V
6∼10 V
6∼10 V
6∼10 V
電流制限値
I CL
V GE=3.5 V
V CE=2.5 V
8.5 A∼
8.5 A∼
8.5 A∼
8.5 A∼
コレクタ−エミッタ間
飽和電圧
V CE(sat)
V GE=3.5 V
I C=6 A
∼1.7 V
∼1.7 V
∼1.7 V
∼1.7 V
ゲート−エミッタ間
しきい値電圧
V GE(th)
V CE=16 V
I C=3 mA
0.7 V∼
0.7 V∼
0.7 V∼
0.7 V∼
コレクタ−エミッタ間
漏れ電流
I CES
V CE=300 V
∼500 A
∼500 A
∼500 A
∼500 A
ゲート入力電流
I GES
V GE=3.5 V
2∼3.5 mA
2∼3.5 mA
2∼4 mA
2∼3.5 mA
Td
V GE=3.5 V
I C=6 A
∼35 s
∼35 s
∼35 s
∼35 s
Tf
∼15 s
∼15 s
∼15 s
∼15 s
過熱検出温度
Ttrip
V GE=3.5∼5.0 V
過熱保護なし
過熱保護なし
175∼205 ℃
過熱保護なし
L負荷クランプ耐量
(150 ℃)
E sb
230 mJ∼
230 mJ∼
230 mJ∼
230 mJ∼
ターンオフ時間
図3 ワンチップイグナイタのチップ写真例(F5025)
(3) F6008L
図4 ワンチップイグナイタのチップ写真例(F6008L)
表1に示す。
F5025 に対し過熱保護機能を追加し,動作環境などによ
特性の中で,コレクタ−エミッタ間電圧はコレクタ−ゲー
りチップ温度が高温になった場合,IGBT を強制的にオフ
ト間ツェナーダイオード(CGZD)により決定しており,
するラッチ機能付き製品(図4)
ゲート−エミッタ間電圧はサージ保護ツェナーダイオード
(4 ) F6010L-S
F6007L を面実装用パッケージである T-Pack-S に搭載
したもので,基板実装用に対応した製品
各機能
(ZD1)により決定している。コレクタ−エミッタ間飽和
電圧は,エミッタラインに電流検出抵抗を用いていないた
め,通常の IGBT の飽和電圧相当の低い値となっている。
3.2 L負荷クランプ耐量
イグナイタデバイスは点火ミスで放電されなかった場合,
3.1 電気的特性
F5025,F6007L,F6008L,F6010L の主な電気的特性を
274(26)
イグニションコイルに蓄積されたエネルギーをイグナイタ
で処理する必要がある。このときのエネルギー量は通常,
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数十 mJ から 100 mJ 程度であるが,より高い L 負荷クラ
VCE(sat)を小さくすることが可能となる。
ンプを実現するため CBR(Collector Ballasting Resistor)
また,電流制限開始時に発生するコレクタ−エミッタ間
技術を用いている。図5に示すように薄いn+バッファ層
電圧の跳ね上がり(コイル二次側に不要な電圧を発生させ,
がバラスト抵抗の役割をし,L負荷クランプ時にコレクタ
誤着火を引き起こす可能性)についても富士電機独自の電
特
(1)
電流の局部集中を緩和している。また,F6008L は最大過
流制限時発振防止技術を採用することにより,IGBT 方式
熱検出温度の 205 ℃で 100 mJ のL負荷クランプ耐量を保
では難しかったこの問題を解消している。
F6008L の電流制限が動作した場合を説明する。通常の
証している。
図6に F6008L の代表的なL負荷クランプ耐量の温度依
オン信号入力時(2 ms 程度)と,通常より長いオン信号
存性を示す。過熱検出最大温度の 205 ℃にても十分なエネ
入力時(3 ms 程度)を想定した波形を 図 7 , 図 8 にそれ
ルギー耐量を確保している。
ぞれ示す。通常のオン時間の場合は電流制限にかかること
3.3 電流制限機能
ン時間が長い場合には,約 12.5 A でコレクタ電流が制限
なく動作しており,VCE(sat) が約 1.2 V となっている。オ
ECU からの信号が長くなった場合,イグナイタはコイ
されている。
ルを負荷としていることから,バッテリー電圧と回路のイ
ンピーダンスで決まる電流までコレクタ電流が流れること
3.4 過熱検出保護機能
になる。システム,イグナイタ,コイルを保護するために
イグナイタは,負荷がコイルであり直流抵抗成分が低い
は,電流制限機能が不可欠となるので,すべてのイグナイ
ため,一定時間以上のゲート信号が ECU から入力された
タはこの機能を有している。
場合に,過剰な負荷電流が流れることになる。富士電機の
富士電機のワンチップイグナイタは,メイン IGBT に並
イグナイタは,電流制限機能を有しているので,一定以上
列に接続されたセンス IGBT 方式による電流検出・制限方
の電流を流すことはないが,電流制限モードではコレク
式を採用している。この方式はメイン IGBT に直列に接続
タ−エミッタ間電圧を増加させることで電流を制限するた
する電流検出用シャント抵抗による電流検出方式に比べ,
めにイグナタイタで消費される電力が増大する。そのため
電圧降下分が少ないため,コレクタ−エミッタ間飽和電圧
にチップ温度が上昇し,熱破壊に至る場合も想定される。
図5 イグナイタの構造
図7 通常動作時の波形
NMOS
IGBT
E
0
p−
p+
p+
p+
V GE(5 V/div)
I C(2 A/div)
p+
V CE(5 V/div)
n
n+ バッファ層
CBR
CBR
p+
0
1 ms/div
C
図6 ワンチップイグナイタの L 負荷クランプ耐量の温度依存性
図8 過電流制限時の波形
L負荷クランプ耐量(mJ)
600
0
500
V GE(5 V/div)
400
I C(2 A/div)
300
V CE(5 V/div)
200
100
0
0
0
50
100
150
200
250
500 s/div
温度 (℃)
Tc
275(27)
集
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自動車用ワンチップイグナイタ
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図9 過熱検出保護機能動作時の波形
3.5 電磁波ノイズ耐量
各イグナイタの電磁波ノイズ耐量を評価している。電界
特
0
V GE(5 V/div)
集
強度 200 V/m,周波数帯域 10 MHz から 1 GHz において,
電流制限機能,オンオフ機能,さらに F6008L については
I C(2 A/div)
V CE(5 V/div)
過熱検出保護機能は正常に動作する。
また,ゲート端子へのイグニッションコイルなどからの
ノイズ入力を想定して,ゲート−エミッタ端子間に ESD
(Electro-Static Discharge)サージをノイズとして印加し
たときも各機能は正常に動作する。
0
1 ms/div
あとがき
富士電機では,今回紹介したワンチップイグナイタ製品
過熱検出保護機能を有する F6008L は,チップ温度を常に
系列の技術を基盤として,今後より一層の小型,高機能,
モニタしており,最大定格を超える温度に達した場合に
高性能,高信頼性のワンチップ小型イグナイタ製品の開発
IGBT コレクタ電流を強制的に遮断し,チップを熱破壊か
を推進する所存である。
ら保護する機能を有している。F6008L の過熱検出保護機
能が動作した場合の実験波形を図9に示す。
図2の内部回路図に過熱検出保護回路の構成を示してい
る。ワンチップ内に IGBT パワー部と制御回路部を有し,
IGBT パワー部に埋め込まれた過熱検出部と,制御回路部
に設けた判定部にてチップの温度を検出・判定し,所定の
温度に到達すると IGBT のゲートをプルダウンしてコレク
タ電流を遮断する方式としている。
参考文献
(1) Yoshida, K. et al. A Self-Isolated Intelligent IGBT for
Driving Ignition Coils. Proceedings of the 10th ISPSD.
1998,p.105- 108.
(2 ) 竹 内 茂 行 ほ か . 自 動 車 イ グ ナ イ タ 用 IPS. 富 士 時 報 .
vol.72, no.3, 1999, p.164- 167.
.
(3) 山本光俊ほか.自動車用ワンチップイグナイタ(F6008L)
富士時報.vol.76, no.10, 2003, p.612- 615.
276(28)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。