FEJ 76 10 612 2003

富士時報
Vol.76 No.10 2003
自動車用ワンチップイグナイタ(F6008L)
特
集
1
山本 光俊(やまもと みつとし)
石井 憲一(いしい けんいち)
豊田 善昭(とよだ よしあき)
まえがき
概 要
近年,自動車業界では,排出ガスによる大気汚染防止や
イグナイタデバイスは,エンジン駆動システムの中心部
地球温暖化防止の観点から,燃料消費の大幅な低減および
に使用されており,デバイスが故障するとエンジンの停止
排出ガスに含まれる有害物質の低減を達成できる自動車の
なども想定されるため,非常に高い信頼性が要求されてい
開発を積極的に推進しており,自動車部品においてもこれ
を達成できる機能が要求されている。
図2 F6008L の内部回路図
ガソリンエンジン制御システムの点火制御装置系におい
コレクタ
ても,点火コイル電圧の安定化,きめ細かな制御による燃
デプレッションIGBT
費および排出ガスの抑制などが大きな要求項目となってい
る。このため,従来の機械的な機構で各気筒の点火プラグ
に高電圧を配電するディストリビュータ方式から,点火プ
ラグごとに対応するコイルとスイッチを割り当てて,個々
の気筒ごとの動作タイミングに応じて点火時期を調整する
CGZD
R6
R1
R2
R3
ゲート
R4 R5
個別点火方式が,ここ数年急速に普及している。気筒ごと
の個別点火方式の構成例を図1に示す。
ZD1
富士電機においても高性能化の要求に応えるために,
1998 年から IGBT を適用した自己分離構造のワンチップ
プ
ル
ダ
ウ ZD2
ン
抵
抗
IGBT
センス
IGBT
過熱
検出
NMOS2
OP-AMP
NMOS1
センス
抵抗
基準
電源
イグナイタ F5025 を世界に先駆けて製品化し,量産供給
を行っている。
本稿では,ワンチップイグナイタとして製品化し好評を
エミッタ
(2 )
(1)
,
いただいている F5025 の系列機種として,過熱検出機能を
付加して新規に開発を完了した F6008L について紹介する。
図3 F6008L のチップ写真
図1 気筒ごとの個別点火システムの構成例
キースイッチ
コイル
バッテリー
点火プラグ
イグナイタ
ECU
山本 光俊
豊田 善昭
スマートパワーデバイスの開発・
パワー半導体チップの設計,開発
パワー半導体チップの設計,開発
設計に従事。現在,富士電機デバ
に従事。現在,富士電機デバイス
に従事。現在,富士電機デバイス
イステクノロジー
(株)
半導体事業
テクノロジー
(株)
半導体事業本部
テクノロジー
(株)
半導体事業本部
本部開発統括部自動車電装品開発
開発統括部自動車電装品開発部。
開発統括部自動車電装品開発部。
部。電気学会会員。
612(26)
石井 憲一
富士時報
自動車用ワンチップイグナイタ(F6008L)
Vol.76 No.10 2003
る。このような要求を満足するために F6008L は以下の特
することとなる。この場合でも,イグナイタデバイスは電
徴を持っている。
流制限機能を動作させ,一定期間内であれば自己保護でき
る構成としている。通常の動作においては,ゲート信号が
(1) 電流制限機能・過熱検出機能を搭載することにより高
信頼性システムを実現した。
想定を超えるような長時間にわたって継続することはない
(2 ) F5025 で確立している高サージ耐量,高L負荷クラン
が,何らかの原因により,この期間を超えてオン信号が継
プ耐量,高い電磁波ノイズ耐量と高い耐環境性能につい
続した場合や,周囲温度が異常に上昇した場合などには,
て,過熱検出機能を付加した F6008L にても同等の耐量
チップが設計温度を超えて異常発熱し,この発熱により破
特性を実現した。
壊に至る可能性がある。
(3) F5025 と同様の TO-220 パッケージに搭載し,過熱検
この条件のように,通常は発生しない異常な過熱状態に
出機能付きイグナイタデバイスとして小型化を実現した。
なった場合でも,F6008L は,過熱検出保護機能を搭載す
F6008L の内部回路図を 図2 に,チップ写真を 図3 に示
ることにより,所定のチップ温度において IGBT コレクタ
す。
電流を強制的に遮断し,チップを熱破壊から保護している。
図2の内部回路図に過熱検出回路の構成を示す。F6008
特性と機能
L はワンチップ内に IGBT パワー部と制御回路部を有し,
IGBT パワー部に埋め込まれた過熱検出部と,制御回路部
F6008L について主な電気的特性と具体的な特徴を以下
に設けた判定部にてチップの温度を検出・判定し,所定の
に説明する。
温度に到達すると IGBT のゲートをプルダウンしてコレク
タ電流を遮断する方式としている。
以下に F6008L の過熱検出保護機能の特徴を述べる。
3.1 電気的特性
F5025 および F6008L の電気的特性の主な項目を表1に
(1) トリミングを用いた高精度温度検出
示す。今回開発の F6008L の電気的特性は F5025 の特性を
F6008L は過熱検出温度のばらつきを,ツェナーザップ
基本的に踏襲し,そのままで置換えが可能な特性となって
トリミング技術を用いて抑制している。F6008L では過熱
いる。
温度センサ部と検出部がワンチップ内に埋め込まれている
特性の中で,コレクタ - エミッタ間電圧はコレクタ -
ため,この両方の特性ばらつきを直接比較した温度トリミ
ゲート間ツェナーダイオードにより決定しており,ゲー
ングが可能である。ウェーハチェック工程において,両特
ト - エミッタ間電圧はサージ保護ツェナーダイオード
性を比較し,セレクタにより最適な検出値を選択して検出
(ZD1)により決定している。コレクタ - エミッタ間飽和
温度を補正している。これにより高精度な温度トリミング
を NMOS 回路構成で実現している。
電圧は,エミッタラインに電流検出抵抗を用いていないた
め,通常の IGBT の飽和電圧相当の低い値となっている。
(2 ) 3 端子構成による過熱検出保護機能の実現
F6008L ではゲート入力端子から制御回路部の電源をと
る構成としている。これにより,新たに電源端子を設ける
3.2 過熱検出保護機能
イグナイタとして通常期間以上のゲート信号が入力され
ことなく,単体 IGBT や F5025 と同様の 3 端子構成で過
た場合には,イグナイタの負荷がコイルであるため,負荷
熱検出保護を実現し,F5025 とのパッケージの互換性を実
電流が過電流状態となり,これに伴いデバイス温度も上昇
現している。この場合,問題となるのがゲート電圧の変動
表1 F5025とF6008Lの電気的特性
F6008L
F5025
項 目
記 号
条 件
最 小
最 大
最 小
最 大
コレクタ - エミッタ間電圧
V CE
I C=10 mA*
370 V
460 V
同 左
ゲート - エミッタ間電圧
V GE
I GE=10 mA
6V
10 V
同 左
I CL
V GE=3.5 V*
V CE=5 V
コレクタ - エミッタ間飽和電圧
V CE(sat)
V GE=3.5 V*
I C=6 A
ゲート - エミッタ間しきい値電圧
V GE(th)
V CE=16 V*
I C=3 mA
コレクタ - エミッタ間漏れ電流
I CES
V CE=300 V
ゲート入力電流
I GES
V GE=3.5 V*
ターンオフ時間
Td
Tf
V GE=3.5 V*
I C=6 A
電流制限値
過熱検出温度
Ttrip
8.5 A
同 左
1.7 V
同 左
0.7 V
同 左
500 A
2 mA
3.5 mA
同 左
2 mA
35 s
15 s
4 mA
同 左
175 ℃
205 ℃
T j =−40∼+150 ℃(その他は T j =25 ℃)
*: 613(27)
特
集
1
富士時報
(制御回路の電源電圧変動)による過熱検出回路の特性変
常のオン時間(2 ms 程度)と通常のオン時間より長いオ
動(検出温度変動)である。一般に電子制御ユニット(E
ン信号(6 ms 程度,過熱検出動作を発生しやすくするた
CU)からのゲート信号の電圧は 4.0 ∼ 5.0 V であるが,イ
めに,周囲温度を 170 ℃として動作)が入力した場合の二
グナイタとしては,3.0 V 以下までのゲート電圧の低下を
つの動作を想定した波形をそれぞれ示す。通常のオン時間
想定してデバイス設計を行う必要がある。NMOS 回路構
の場合は電流制限にかかることなく動作しているのが分か
成の過熱検出回路では,この電源電圧範囲における構成回
り,オン時間が長い場合には,イグナイタデバイスによる
路の検出温度特性の変動が大きく,結果として検出温度の
電流制限動作の後,オフ信号入力前に過熱検出保護により
ゲート電圧依存性が大きくなる。この問題に対し,F6008
自動的にオフしているのが分かる。
L ではゲート電圧による特性変動を補正する回路を付加し,
検出温度のゲート電圧依存性の低減化を実現した。また,
3.4 L負荷クランプ耐量
同時に,ゲート電圧低下時に過熱検出温度が上昇し,最大
イグナイタデバイスは点火ミスが発生した場合,イグニ
過熱検出温度(205 ℃)を超えないように,ゲート電圧の
ションコイルに蓄積された誘導性負荷特有のエネルギーを
低下とともに過熱検出温度も低下する特性となるように設
デバイスで処理する必要がある。このときのエネルギー量
計している。
は通常で,数十 mJ から 100 mJ 程度ある。F6008L は過熱
これによりゲート電圧変動による検出温度の変動を大幅
検出温度幅が 175 ℃から 205 ℃までの仕様となっているた
に抑制し,なおかつゲート電圧低下時にもイグナイタを安
め,過熱検出温度で 100 mJ の L 負荷クランプ耐量を保証
全に停止する特性を実現できた。 図 4 に過熱検出温度の
している。
図6に F6008L の代表的な L 負荷クランプ耐量の温度依
ゲート電圧(回路電圧)依存性を示す。
存性を示す。過熱検出最大温度の 205 ℃においても十分耐
3.3 電流制限機能
量があることが分かる。
イグナイタはコイルを負荷としていることから,ECU
からのオン信号が長くなると,バッテリー電圧と回路の L,
R で決まる電流までコレクタ電流が流れることとなり,最
3.5 電磁波ノイズ耐量
F6008L の電磁波ノイズ耐量をテムセル法にて確認した。
悪の場合は過電流による破壊が懸念される。これを予防す
るために,電流制限機能の付加が不可欠となる。
図5 F6008L の動作波形例
富士電機のワンチップイグナイタはセンス IGBT 方式に
オフ指令
よる電流検出・制限方式を採用している。この方式はメイ
ン IGBT に直列に接続する電流検出用シャント抵抗がなく
なることから,メイン電流によるシャント抵抗ドロップ分
V GE(5 V/div)
0
の電圧降下がなく,VCE(sat)を小さくすることが可能とな
る。
I C(2 A/div)
また,電流制限開始時に発生するコレクタ - エミッタ間
電圧の跳ね上がり(コイル二次側に不要な電圧を発生させ,
誤着火を引き起こす可能性)についても富士電機独自の電
V CE(5 V/div)
(1)
流制限時発振防止技術を採用することにより,IGBT 方式
では難しかったこの問題を解消している。
0
1 ms
F6008L の通常動作時の波形と電流制限と過熱検出が動
(a)通常動作波形(入力信号:1.5 ms)
(b)
(a)
および
に示す。通
作した場合の波形をそれぞれ,図5
過熱オフ
オフ指令
図4 過熱検出特性のゲート電圧依存性
0
V GE(5 V/div)
200
過熱検出温度(℃)
特
集
1
自動車用ワンチップイグナイタ(F6008L)
Vol.76 No.10 2003
I C(2 A/div)
150
100
V CE(5 V/div)
50
0
0
2.0
614(28)
1 ms
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
5.0
5.5
ゲート電圧(=回路電源電圧)
(V)
6.0
(b)過熱動作波形(入力信号:6 ms)
富士時報
自動車用ワンチップイグナイタ(F6008L)
Vol.76 No.10 2003
図7 熱衝撃試験による熱抵抗特性
600
初期値を100 %として表示
500
140
400
120
300
100
200
100
0
0
50
100
150
200
250
温度 T C(℃)
熱抵抗(%)
L負荷クランプ耐量(mJ)
図6 L 負荷クランプ耐量の温度依存性
特
集
1
80
60
40
20
0
0
1,000
2,000
3,000
4,000
試験回数(サイクル)
電界 200 V/m にて周波数帯域 10 MHz から 1 GHz までの
範囲において,電流制限動作時,過熱検出動作時およびオ
ンオフ動作時のそれぞれの状態にて動作に異常のないこと
を確認した。
また,ゲート端子へのイグニションコイルなどからのノ
イズ入力を想定して,ゲート - エミッタ端子間に ESD
る熱抵抗の変化で,5 %以下に抑制でき,高い耐環境耐量
があることを確認した。熱衝撃試験サイクルと熱抵抗値の
変化の例を図7に示す。
(Electro Static Discharge)サージ(150 pF,150Ω,5 ∼
25 kV)をノイズとして印加する試験も行っている。この
あとがき
条件で過熱検出回路の動作に異常のないことも確認してい
る。
自動車用点火システムは,自動車システムに求められて
いるのと同様に,今後より一層の小型,高機能,高性能,
3.6 耐環境性能
高信頼性の要求が強まっていくと考えられる。この要求に
イグナイタシステムの小型化およびコイルとイグナイタ
応えるために,富士電機では,F5025,F6008L に続く新
デバイス間のハイテンションコードの省略などを目的とし
しいイグナイタとして,より多くの機能をワンチップ内に
て,コイル一体型の実装の要求があり,富士電機のワン
搭載した小型のイグナイタ製品の開発を推進していく考え
チップイグナイタもこの一体型の実装を考慮して開発して
である。
いる。コイル一体型の場合,エンジンに直接装着されるこ
とから,エンジンルーム内の過酷な温度変化などに耐える
参考文献
ように,高い耐環境性能の要求をクリアすることが必要と
(1) Yoshida, K. et al. A Self-Isolated Intelligent IGBT for
なる。富士電機のワンチップイグナイタは,低応力・高密
Driving Ignition Coils. Proceedings of the 10th ISPSD
着樹脂および応力耐量の高いはんだを採用し,この要求に
1998, p.105- 108.
対処している。この結果,熱衝撃試験(−55 ∼+150 ℃,
Δ TC = 205 K),3,000 サイクル後にて,劣化の指針であ
(2 ) 竹 内 茂 行 ほ か . 自 動 車 イ グ ナ イ タ 用 IPS. 富 士 時 報 .
vol.72, no.3, 1999, p.164- 167.
615(29)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。