FEJ 72 03 183 1999

富士時報
Vol.72 No.3 1999
高速スイッチングディスクリート IGBT
澤田 研一(さわだ けんいち)
まえがき
UPS とパワーデバイスの技術動向
現在の高度情報化社会では,情報通信,情報管理,シス
テム制御などの産業分野でコンピュータ化が進み,今や家
電分野にも拡大している。それゆえ落雷などの自然現象や,
2.1 UPS の技術動向
図1 に 小容量 UPS
の一般的なシステム構成の一例を示
す。UPS は,一般的にコンバータ部(整流部),インバー
電力設備のトラブルによる電源供給の瞬断・停止の発生は,
タ部,蓄電池で構成される。コンバータ部は,交流入力電
大きな社会的混乱を招く恐れがあり,電源の安定的な確保
圧を安定した直流電圧に変換して,後段のインバータ部と
は必要不可欠である。
この対策として一時的な電源瞬断に対し,バックアップ
電源により負荷に電力を供給する無停電電源装置(UPS)
蓄電池に電力を供給する。蓄電池は直流電力を貯蔵し,入
力電源系統が停電したときに,負荷に電力を供給する。
小容量 UPS では,接続される二次側システムの種類や
が 一般的 に 用 いられている。 UPS の 適用 は,プラントの
電力容量に応じて,オンライン方式,オフライン方式など
管制機器の電源用や医療機関用,放送機器用,金融機関用
の回路方式がある。その回路方式の概要とそこに適用され
のオンラインコンピュータなどの中・大容量分野が主流であっ
るデバイスの一例を図2に示す。適用されるパワーデバイ
たが,最近では,FA(Factory Automation)化に伴う小
スは,その回路方式での駆動周波数や負荷条件によって使
形工作機械制御用のマイクロコンピュータ導入や,インター
い分けられている。
ネットの普及による企業での OA(Office Automation)化,
一般家庭におけるパーソナルコンピュータの普及といった
これらの UPS に要求される性能としては,主に以下の
項目が挙げられる。
各種端末機器を市場とする小容量 UPS が年々増加する傾
(1) 小形・軽量化
向にある。この小容量 UPS に要求される性能は,小形・
(2 ) 低騒音化
軽量化,高性能化,および低コスト化であり,これを達成
(3) 高効率化
するためには UPS の電源回路を構成する電力用半導体素
(4 ) ひずみの少ない出力波形
子(パワーデバイス)の性能向上が不可欠である。
(5) 低コスト化
UPS 分野 では,パワーデバイスとしてバイポーラトラ
これらの要求を満足させる手段の一つとしては,装置の
ンジスタ( BJT)から,パワー MOSFET( Metal-Oxide-
高周波化が挙げられる。高周波化の利点はスイッチング周
Semiconductor Field-Effect Transistor), そ し て IGBT
波数を人間の可聴領域周波数以上にすることでの低騒音化
(Insulated Gate Bipolar Transistor)へと,次々に新しい
デバイスが適用されてきている。特に,高速スイッチング
図1 一般的な UPS システムの構成
が可能で,BJT と同等の電圧・電流クラスが可能な IGBT
の開発・系列化が急速に進んでいる。
今回,富士電機では小容量 UPS 分野に向けた低損失・
高速スイッチング性能,および広範囲な安全スイッチング
交流入力
交流出力
直流
整流器 リアクトル
領域を備えた IGBT と,低損失・高速スイッチング特性を
備えた FWD(Free Wheeling Diode)を,ともに小形ディ
インバータ 変圧器
直流
フィルタ
コンバ−タ部
(整流部)
交流
フィルタ
インバータ部
スクリートパッケージ内に搭載した,高速スイッチングディ
スクリート IGBT を開発したのでその概要を以下に紹介す
蓄電池
る。
澤田 研一
モールド IGBT の開発・設計に従
事。現在,松本工場半導体開発セ
ンターパワー半導体開発部。
183(25)
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高速スイッチングディスクリート IGBT
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図2 小容量 UPS の回路方式例とその適用デバイス例
UPSの適用
オンライン方式
オフライン方式
中容量(15∼100kVA)
ライン相互作用方式
極小容量(<2kVA)
極小容量(0.6∼3kVA)
小容量(3∼15kVA)
極小容量(<3kVA)
①
交流
入力
切換
リレー
交流
出力
充
電
器
1線共通非絶縁,バッテリーチョッパ
DC
DC
充
電
器
②
DC
AC
オフライン,方形波出力
DC
交流
入力
DC
交流
出力
周波数
100kHz 200kHz 商用周波数 16kHz
容量(kVA)
コンバータ
インバータ
1線共通非絶縁,バッテリーDC/DC
周波数
①
②
容量(kVA)
16kHz 32kHz 16kHz 32kHz
20kHz 40kHz
コンバータ
チョッパ
インバータ
0.2
IGBT
5A/600V
0.3
IGBT
10A/600V
IGBT
15A/600V
1
IGBT ①
30A/600V
IGBT①
30A/600V
IGBT①②
30A/600V
0.5
1.5
IGBT①
50A/600V
IGBT①
50A/600V
IGBT①②
50A/600V
1
2
IGBT①
75A/600V
IGBT①
75A/600V
IGBT①②
75A/600V
2
IGBT
30A/600V 2並列
3
IGBT①
100A/600V
IGBT①
100A/600V
IGBT①②
100A/600V
3
IGBT
50A/600V 2並列
MOSFET
20∼35A/
60∼150V
IGBT
30A/600V
周波駆動に追従する高速スイッチング性能と低損失化に加
図3 IGBT と MOSFET のトレードオフライン比較
t (ns)
〔 I c =27A,Tc =110℃のとき〕
f
え,特に小容量 UPS の分野に適用されるパワーデバイス
には低コスト化も重要な項目となる。
400
富士電機は,大容量 UPS の分野に,既存のパワーデバ
Gシリーズ IGBT30A/600V
1MBH30D-060
300
イスである BJT に代わるデバイスとしてモジュール形 IG
BT をすでに 系列化 している。 一方 , 小容量 UPS 分野 で
は,現在では 30 kHz 程度まで高周波化が進んでいる装置
200
新製品1MB30D-060S
30A/600V
もあることから, 比較的電力容量 の 大 きい 1 ∼ 5 kVA の
MOSFET
30A/500V
装置では,オン抵抗による損失が大きい MOSFET に代わ
100
り,低飽和電圧特性と高速スイッチング性能を合わせ持つ
0
1
2
3
4
5
6
7
V CE(sat(V)
〔 I c =27A,Tc =110℃のとき〕
)
8
IGBT が適用され始めている(図3参照)
。
高周波化 の 将来的 な 技術動向 は, UPS の 性能向上 のた
めに 40 kHz,またはそれ 以上 にまで 及 ぶと 予想 される。
この動向に追従するためには,IGBT の構造上発生するター
に加えて,フィルタなどの小形化が実現することによる装
ンオフ時テール電流低減を内容とするスイッチング性能の
置全体の小形化・軽量化・低コスト化の実現,およびきめ
改善と,製品の総合的な発生損失の低減が IGBT の技術課
細かな制御の実現による出力波形の改善が実現できること
題となる。
にある。この技術動向に対して,パワーデバイスには一般
今回は,主に小容量 UPS 分野への適用を目的とした高
的に MOSFET が適用されてきたが,現在では IGBT の性
速スイッチングディスクリート IGBT の概要について紹介
能向上により,1 ∼ 5 kVA 程度の電力容量域において,高
する。本製品の定格特性を 表 1に示す。
速スイッチング性能と低飽和電圧特性を備える IGBT の市
場が拡大している。
2.2 UPS 用パワーデバイスの技術動向
UPS 用に適用されるパワーデバイスへの要求性能は,高
184(26)
高速スイッチングディスクリート IGBT
3.1 高速スイッチングディスクリート IGBT の特長
IGBT にはターンオフ損失と相関のあるターンオフ時間
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表1 高速スイッチングディスクリート IGBTの定格特性
最大定格
形 式
(FWD内蔵)
I C(A)
PC(W)
電気特性
パッケージ
VCES(V)
PC(W)
VCE(sat(V)
)
t f( s)
T C=100℃
IGBT
FWD
最大
最大
最大
最大
最大
1MB30D-060S
TO247
600
30
150
80
2.8
0.25
8.5
2.5
0.15
1MB50D-060S
TO247
600
50
200
130
2.8
0.25
8.5
2.5
0.15
1MBH75D-060S
TO3PL
600
75
300
180
2.8
0.25
8.5
2.5
0.15
V F(V)
t rr( s)
図6 IGBT ターンオフ波形比較(Tj = 25 ℃)
図4 IGBT トレードオフライン
300
t (ns)
〔 T j =25℃のとき〕
f
VGE(th(V)
)
100ns/div
Gシリーズ IGBT
1MBH30D-060トレードオフ
新製品1MB30D-060S
200
V CE:100V/div
I C:5A/div
100
新製品1MB30D-060S
トレードオフ
0
1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 2.8 3.0
V CE(sat(V)
〔T j =25℃,VGE =15Vのとき〕
)
100ns/div
Gシリーズ IGBT
1MBH30D-060
V CE:100V/div
t rr(ns)
〔T j =25℃のとき〕
図5 FWD トレードオフライン
200
I C:5A/div
新製品1MB30D-060S
内蔵FWDトレードオフ
Gシリーズ IGBT
1MBH30D-060
内蔵FWDトレードオフ
100
(3) 広いターンオフ安全動作領域
0
1.0
(4 ) FWD トレードオフライン改善による低損失化
1.4
1.8
2.2
2.6
V F(V)
〔T j =25℃,VGE =0Vのとき〕
3.0
図4,図5に従来製品と比較した本製品のトレードオフ
ラインを示す。また,図6,図7に IGBT ターンオフ波形
を示す。
( t f)を 短 くしようとすると 飽和電圧 が 上昇 し, 逆 に 飽和
電圧 を 小 さくしようとすると t f が 長 くなる,といったト
レードオフの関係がある(この特性相関ラインをトレード
オフラインという)。
トレードオフラインは IGBT の発生損失を表している。
IGBT の発生損失を低減させるためには,このトレードオ
3.2 IGBT 発生損失の低減
3.2.1 IGBT 飽和電圧値の低減
IGBT の発生損失は,オン損失とスイッチング損失に大
きく分類される。このうちオン損失は IGBT の飽和電圧値
に依存しており,損失低減のためにはこの飽和電圧を低減
させる必要がある。
フラインをより内側にするような改善が必要である。本製
チップサイズを拡大することなく IGBT の飽和電圧特性
品は,限られたスペースでの放熱条件下で高周波駆動が要
を改善するためには,伝達コンダクタンスを増加させるこ
求される UPS への適用を目的とするため,ターンオフ損失
とが重要である。この伝達コンダクタンスを増加させるた
の改善と,総合的な低損失化が必要である。
今回,この要求を満足すべく開発した高速スイッチング
ディスクリート IGBT の特長を以下に記す。
(1) IGBT トレードオフライン改善による低損失化
(2 ) ターンオフスピードの高速化
めに,以下の技術を適用した。
(1) MOS 部のチャネル長の短縮
(2 ) 活性領域部パターンの超微細化による有効トランジス
タ領域の増加
(3) ウェーハ仕様 n+層設計の高注入化
185(27)
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図7 IGBT ターンオフ波形比較(Tj = 125 ℃)
図9 IGBT 断面構造と等価回路図
エミッタ
100ns/div
ゲート
絶縁膜
Al-Si
新製品1MB30D-060S
ポリシリコン
n+
V CE:100V/div
0
p
npn寄生BJT
I C:5A/div
n−
n+
p+
100ns/div
電極材
コレクタ
Gシリーズ IGBT
1MBH30D-060
V CE:100V/div
低スイッチング損失特性駆動周波数を実現している。
0
I C:5A/div
3.3 IGBT ターンオフ安全動作領域の確保
活性領域部パターンの微細化や,ウェーハ仕様の高注入
化により,飽和電圧特性を改善した。しかしその反面,IG
BT は電流が流れやすく設計されているため,IGBT のター
ンオフスイッチング破壊耐量が低下する傾向にある。
この破壊は図9に示すように,構造上 IGBT に作り込ま
E off(mJ)
〔T j =125℃,Vcc =300V,
VGE =15V,R G =10Ωのとき〕
図8 IGBT スイッチング損失比較(標準値)
れる npn 寄生 BJT の動作することが原因である。よって
2.0
Gシリーズ IGBT
30A/600V
1MBH30D-060
本製品 は 破壊耐圧量 を 確保 するため,この npn 寄生 BJT
のベース抵抗となる p+層の抵抗値を低減させることで,
広範囲なターンオフ安全動作領域を確保している。
1.5
1.0
新製品1MB30D-060S
30A/600V
0.5
3.4 ダイオード(FWD)発生損失の低減
インバータ部のブリッジ回路において,スイッチングデ
バイスのターンオン損失は,内蔵されるダイオードの逆回
0
0
5
10
15
20
25
30
I C(A)〔T j =125℃,VGE =15Vのとき〕
35
復特性に支配される。よって,製品の損失低減にはダイオー
ドの低損失化が不可欠である。
本製品ではウェーハベース層の設計に関し,製品耐圧が
確保できる限界まで薄くするとともに,p 拡散層設計の最
3.2.2 IGBT スイッチング損失の低減
IGBT の高周波駆動では,IGBT のスイッチング損失が
製品の温度上昇を低減するうえで重要な特性となる。しか
適化を合わせて実施することで,製品耐圧を損なうことな
く FWD のトレードオフラインを改善し,FWD の総合発
生損失を低減している。
しながら,現状のトレードオフライン上でスイッチング損
失を低減させようとすると飽和電圧特性が大きくなり,IG
あとがき
BT のオン損失が増加する。そのため, IGBT の総合発生
損失は現状のトレードオフラインでは大幅な低減が望めな
以上,高速スイッチングディスクリート IGBT について
い。本製品は,オン損失を増加させることなくスイッチン
紹介した。 今回の IGBT は 小容量 UPS アプリケーション
グ損失を低減するために,ウェーハ n−層仕様の限界設計
をターゲットにして開発したものであるが,低損失化の基
を実施することで製品耐圧を損なうことなくトレードオフ
本設計は,民生分野の小容量インバータを含めた各種小容
ラインの改善を実現している。また,高速スイッチング特
量インバータアプリケーションに適用される IGBT にも展
性を確保するために,ライフタイムキラー条件の最適化も
開 が 十分可能 であると 考 えられる。 今後 はこのような 民
併せて実施している。
生・産業分野に対し,市場要求に適した製品の開発,製品
以上により,従来の
186(28)
IGBT に対して,図8に示すような
化に注力していく所存である。
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。