富士時報 Vol.72 No.3 1999 電子レンジ用高圧ダイオード 久保山 貴博(くぼやま たかひろ) 渡島 豪人(わたしま たけと) まえがき 降旗 博明(ふりはた ひろあき) 作に対しては,常に安定した電流を流し続ける必要がある。 そのための高圧電源回路は,高圧コンデンサと高圧ダイオー 電 子 レ ン ジ の 生 産 台 数 は , 全 世 界 で 年 間 3,700 万 台 ドを組み合わせた半波倍電圧構成となっている。 (1997年実績)と10年前の約 2 倍となっており,今後も堅 高圧ダイオードへの要求特性 調な伸びが見込まれている。電子レンジはマグネトロンに より電磁波を発振し,これにより調理をするものである。 このマグネトロンの発振のために,直流高電圧電源が必要 現在普及している家庭向け電子レンジのマグネトロンの であり,この高圧電源回路に整流用高圧ダイオードが用い 出力は 500 ∼ 700 W であり,その動作電圧は 4 kV 弱で, られている。 電流は平均で 250 ∼ 350 mA 程度である。 富士電機では,これまでテレビ用高圧ダイオードの開発 によって培われた技術を基盤とし,電子レンジ用高圧ダイ 図2に電源投入時からマグネトロンの定常動作時までの ダイオードへの印加電圧・電流波形の一例を示す。 オードを製品化し量産している。最近の電子レンジ全般へ 電源投入時は,マグネトロンの正常な発振が起こるまで の市場ニーズとして,特に,調理室(庫内)の有効容積率 に数秒を要し,この間は電流が流れずトランスの二次側は (セット本体の小形化かつ調理室の大形化)の向上が挙げ 無負荷状態となるため,ダイオードに印加される電圧は6 られる。また,オーブン機能,登録メニューの拡充などの kV 強と定常動作時に比べ高い電圧となる。また電流は, 高機能化・多機能化の一方,加熱のみの単機能タイプの大 ピーク値で 1.5 A 程度である。 幅な低価格化も著しい。さらに,レストランやコンビニエ 高圧ダイオードの順方向には,マグネトロンの定常動作 ンスストアで使用される業務用モデルでは,調理時間短縮 時に平均で 300 mA ほどの電流が流れており,この電流は のための高出力化や使用頻度に対する高信頼性も重要な項 電子レンジの高出力化に合わせ大きくなっている。また, 目である。 電子レンジの有効容積率の改善に伴い電源のスペースは小 これら電子レンジへの市場ニーズに伴い,電子レンジ用 さくなってきており,高圧ダイオードの周囲温度は高くな 高圧ダイオードには高耐圧,大電流容量,低損失,低温度 る傾向にある。このため,高圧ダイオードの損失を低減さ 上昇,低コストが必要となる。 せ発熱を抑えることが重要である。 本稿では,このような要求特性にこたえるために,今回 高圧ダイオードの構造は図3に示すとおり高耐圧化を図 開発 した「 ESJC13-09B, ESJC13-12B」の 概要 および 特 るため,ダイオードチップの積層構造をとっている。この 長を紹介する。 ため, 素子全体 としての 順電圧 ( VF)が 大 きく, 順損失 による発熱が大きくなりやすい。したがって,VF を低く 電子レンジに使用される高圧電源回路 抑える必要がある。 図1に電子レンジ高圧電源部基本回路を示す。 図1 電子レンジ高圧電源部基本回路 マグネトロンは磁界によって電子流を制御する二極管で あり,加えられた磁界と陽極の正電圧による電界とによっ て電子に回転運動を与え,マイクロ波を高効率に発生させ ようとするものである。また,マグネトロンは陽極電圧が 高圧ダイオード マグネトロン ある一定の電圧に達すると陽極電流が急激に立ち上がる特 性を持っている。このような性質を持つマグネトロンの動 久保山 貴博 渡島 豪人 降旗 博明 高圧ダイオードの開発・設計に従 高圧ダイオードの開発・設計に従 高圧ダイオードの製造・開発・設 事。現在,松本工場半導体開発セ 事。現在,松本工場半導体開発セ 計に従事。現在,松本工場半導体 ンターパワー半導体開発部。 ンターパワー半導体開発部主任。 開発センターパワー半導体開発部 主任。 187(29) 富士時報 電子レンジ用高圧ダイオード Vol.72 No.3 1999 図4 積層数 N j と重要特性 図2 高圧ダイオード印加電圧・電流波形 0V 順電圧 VF(V) 高 アバランシ電圧 Vav(kV) 高 アバランシエネルギー耐量 WS(J) 大 VD : 2 kV/div t : 500 ms/div I D : 0.5 A/div 0A (a)電源投入時から定常動作時まで 0V 低 低 小 VD : 2 kV/div t : 10 ms/div I D : 0.5 A/div アバランシ電圧 Vav アバランシエネルギー耐量 WS 順電圧 VF 少 積層数 N(枚) 多 j 0A アバランシ領域での電流耐量,すなわち十分なアバランシ (b)定常動作時 エネルギー耐量(WS :アバランシ電流×印加電圧×時間) が必要となる。 以上のことをまとめると,電子レンジ用高圧ダイオード 図3 高圧ダイオードの構造図 への重要要求特性は, (1) 低順電圧(VF)化 (2 ) 高アバランシエネルギー耐量(WS)化 となる。 設計施策 リード線 接合ろう材(はんだ) モールド樹脂 リード線 ダイオードチップ 高圧ダイオードの基本的な設計諸元として,積層数(Nj) , チップ面積(S),Si 基板抵抗(ρ),p+/n+不純物拡散深 さ(xj),高抵抗層幅(WB)などが挙げられる。 仮に S を拡大すると,Vav をほとんど減少することなく, 高圧ダイオードへの印加電圧は,マグネトロンの動作電 VF の低減および WS の増大につながる。しかし,この手法 圧がそのまま加わるため,電源投入時には 6 kV 前後,定 は同じウェーハからの素子の取れ数が減り,コストパフォー 常動作時には 4 kV 前後である。 マンスが非常に悪い。このように,前述した高圧ダイオー 高圧ダイオードのアバランシ電圧(Vav)がその印加電 圧よりも低い場合,ダイオードの逆損失は膨大なものとな る。したがって,電源投入時の印加電圧以上の Vav が必要 となる。 ドへの重要要求特性の満足だけでなく,同時に低コスト化 も実現できるよう,以下の検討を基に製品化を行った。 今回の検討で得られた主な設計諸元と重要特性との関係 を図4∼7に示す。 さらに,電源投入時や定常状態への移行時にマグネトロ 低 VF 化を図る方法としては,Nj を減らすことが最も効 ンの異常動作・放電が起こることが指摘されており,この 果的であり,この Nj の低減は低コスト化にもつながる。 とき,回路にサージ的な過電圧が発生し,サージ電圧は 20 しかし,このことは当然,素子全体の Vav や WS の減少に kV 以上の非常に高い電圧といわれている。このサージ現 。したがって,積層数の適正化に伴い,チッ もなる(図4) 象に対応するためには 20 kV 以上の Vav を確保することが プの新規設計を行いチップ耐圧およびチップのエネルギー まず考えられるが,積層枚数の増加,シリコン(Si)基板 耐量を向上させ,素子全体として従来品以上の高 Vav およ の高抵抗化が必要となり,これは VF の増大につながる。 び高 WS を達成する必要があった。 一方,このサージ電圧は数百μs と瞬時の現象であるため, Si 基板抵抗ρを高くすると,Vav は比例して高くなるが, 20 kV 以上の Vav とすることなく,高圧ダイオードのアバ WS は 徐々 に 低下 し,あるポイントから 急激 に 低下 する ランシ領域でサージの吸収が可能となる。そのためには, (図5)。したがって,ρをあまり高くすることなく高 Vav 188(30) 富士時報 電子レンジ用高圧ダイオード Vol.72 No.3 1999 図7 高抵抗層幅 WB と重要特性 図5 Si 基板抵抗ρと重要特性 x j ,WB=一定 ρ,x j =一定 順電圧 VF(V) 高 アバランシ電圧 Vav(kV) 高 アバランシエネルギー耐量 WS(J) 大 順電圧 VF(V) 高 アバランシ電圧 Vav(kV) 高 アバランシエネルギー耐量 WS(J) 大 アバランシエネルギー耐量 WS アバランシ電圧 Vav 低 アバランシエネルギー耐量 WS 低 低 小 低 低 小 順電圧 VF 順電圧 VF アバランシ電圧 Vav Si 基板抵抗 ρ(Ω・cm) 高 図6 不純物拡散深さ x j と重要特性 狭 高抵抗層幅 W B( m) 広 図8 電子レンジ用高圧ダイオードの外観 順電圧 VF アバランシエネルギー耐量 WS アバランシ電圧 Vav 表1 絶対最大定格 定 格 項 目 低 低 小 順電圧 VF(V) 高 アバランシ電圧 Vav(kV) 高 アバランシエネルギー耐量 WS(J) 大 ρ,WB=一定 定格せん頭逆耐電圧 V RRM 浅 不純物拡散深さ x ( m) 深 j 化 を 図 る 必要 があった。そのため, 不純物拡散深 さ x j に ついて検討を行い(図6),適正化を図った。 WS は,xj を変更することである程度向上するが,さら 単位 記号 -12B 9 12 kV 450 350 mA 50 Hz 半波平均値, T a≦60℃* W p=1 ms 方形波波高値, 1発,T a=25℃ 順方向出力電流 IO 過渡せん頭逆電流 I RSM 100 mA 過渡せん頭順電流 I FSM 30 A 度 Tj 130 ℃ 度 Tg −40∼+130 ℃ 接 保 合 存 部 温 温 条 件 -09B 50 Hz 半波波高値, 1発,T a=25℃ * 放熱は,厚さ0.6 mm,面積50×50(mm)以上のフィンにカソード 端子をねじ止めし,風速0.5 m/s 以上の風冷を条件とする。 にレベルを向上させるために高抵抗層幅 WB の見直し最適 。これら施策により,瞬時にアバラン 化を行った(図7) シ領域に達したときの空乏層を広がりやすくし,電流耐量 製品「ESJC13-09B,-12B」 すなわち WS の大幅な改善を図った。 チップ設計検討にあたっては,試作と並行しデバイスシ ミュレーションを取り入れ設計検証を行ってきた。 以上の施策により,低損失,高サージ耐量という相反す る要求特性を満足した「ESJC13-09B,-12B」を開発した。 次に, 「 ESJC13-09B , -12B 」の製品概要を述べる。 5.1 定格特性 図8に開発品の外観を示す。また,表1に絶対最大定格 を,表2に電気的特性を示す。 次に「ESJC13-09B,-12B」の特長を従来品「ESJC1309,-12」との主要特性比較にて紹介する。 189(31) 富士時報 電子レンジ用高圧ダイオード Vol.72 No.3 1999 表2 電気的特性(Ta=25℃ のとき) 図10 順方向通電時接合温度上昇特性 定 格 記号 単位 -09B VF 順電圧 ≦8 ≧9.5 I F=350 mA V ≦5 V av アバランシ電圧 代表値 100 ≦10 IR 逆漏れ電流 条 件 -12B A VR=VRRM kV ≧12.5 I Z=100 A 図9 順方向特性 接合上昇温度 ΔT(℃) j 項 目 代表値 50×50×0.6(mm)のフィンを カソ−ド端子にねじ止め 風冷条件:0.5m/s以上 80 従来品 ESJC13-12 60 新製品 ESJC13-12B 従来品 ESJC13-09 40 20 新製品 ESJC13-09B 0 0 T j =25℃ 100 200 300 400 500 順方向通電電流 I O(mA) 400 新製品 ESJC13-09B 順電流 I F(mA) 従来品 ESJC13-09 図11 アバランシエネルギー耐量分布 300 16 新製品 ESJC13-12B 新製品ESJC13-09B 12 8 従来品 ESJC13-12 4 200 0 16 従来品ESJC13-09 100 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順電圧 V F(V) 発生頻度 N(pcs.) 12 8 4 0 16 新製品ESJC13-12B 12 8 4 0 16 5.2 順方向特性 8 図9に従来品との順方向特性の比較を示す。新製品は従 4 来品に比べ,一般的な電子レンジの平均順電流の 300 mA 0 前後 では, 10 ∼ 15 % ほど VF が 低 くなっている。この 低 従来品ESJC13-12 12 2.0 2.4 2.8 3.2 3.6 4.0 4.4 4.8 アバランシエネルギー耐量 WS(J) VF 化により,次に述べる温度上昇特性の向上が得られる。 5.3 順方向通電時温度上昇特性 図10に,従来品との順方向通電時接合温度上昇特性の比 圧が発生する可能性のある電子レンジの高圧電源回路にお いて高信頼性を有している。 較を示す。300 mA 時で,新製品の接合温度の上昇は,従 来品と比較して 10 %ほど小さくなっている。 5.5 総 括 低 VF 化により発熱が抑えられ,接合温度の上昇が小さ 今回開発した「ESJC13-09B,-12B」は,従来品に比べ くなったことで,より高出力(大電流)化対応が可能とな 十分な低損失性,高信頼性を実現しており,電子レンジ市 り,また,電子レンジセットの有効容積率の向上にも寄与 場の要求に十分対応可能である。 することとなった。 あとがき 5.4 アバランシ耐量特性 図11に,アバランシエネルギー耐量特性の分布を従来品 との比較で示す。従来品に比べ耐量値は 30 %以上増加し ている。 WS はアバランシ領域での電流耐量値に依存しており, 開発品はアバランシ領域での電流耐量が大きく,サージ電 190(32) 以上,富士電機の電子レンジ用高圧ダイオードについて 紹介した。 今回の開発で得られた技術を基盤とし,製品系列の拡充 およびさらに高品質な製品の開発に向け,技術のレベルアッ プを図っていく所存である。 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。