富士時報 Vol.74 No.2 2001 600 V スーパー LLD 北村 祥司(きたむら しょうじ) 松井 俊之(まつい としゆき) まえがき 生させ,高調波電流の発生源となり,機器誤動作や電力供 給の力率低下などの問題を引き起こしている。そして近年 富士電機は,電源用途向け整流ダイオードとして,低損 新たに高調波ノイズに対するガイドラインが設けられ,力 失高速ダイオード(LLD:Low Loss fast recovery Diode) 率を改善するコンバータへの要求が高まっている。しかし や シ ョ ッ ト キ ー バ リ ヤ ダ イ オ ー ド ( SBD: Schottky これらのコンバータでは,付加した力率改善回路のスイッ Barrier Diode)など各種ダイオードの製品化,系列化を チング損失によりさらなる損失増加が懸念されている。 図ってきた。現在,①低損失・高効率,②低ノイズ,③小 力率改善回路は,整流回路にチョッパ回路を接続して, 型・軽量を基本コンセプトに特色のあるチューンアップ製 入力電流を正弦波状に制御し波形改善を図るものである。 品の開発を行っている。本稿では,スイッチング電源用の その制御方式としては,リアクトル電流を不連続とする方 整流ダイオードとして,逆電圧が 600 V でかつ超高速,ソ 式と連続とする方式がある。電流不連続方式は,制御回路 フトリカバリーを特徴とする 600 V スーパー LLD を新た が簡単で小容量電源(< 200 W)に主に用いられる。この に開発したので紹介する。 場合は,ダイオードのスイッチング損失は問題とならず, 順損失低減のためのさらなる低順方向電圧(VF)化が要 背 景 求される。電流連続方式は,主に数百 kW 以上の電源に 用いられ,この場合は順方向通電時でのスイッチオフ 商用電源を使用している電子回路に採用されている AC-DC (MOSFET オン時)となるため,スイッチング損失,高 変換では,半導体デバイスを用い,小型・軽量化 調波ノイズの発生低減が最も重要となり,そのためには, を特徴とするスイッチング電源が多く使用されている。そ ダイオードの逆回復電流の低減およびソフトリカバリー化 の入力整流部には,コンデンサインプット型整流回路が多 が必要になる。さらに順損失低減のための低 VF 化は当然 く用いられているが,これがひずみの大きな電流波形を発 である。図1に代表的な昇圧チョッパ型力率改善回路と電 図1 力率改善回路と波形 AC ライン 整流器 インダクタ L チョッパ回路 ダイオード D Q スイッチング素子 MOSFET CH 1 100 V/div CH 2 2 A/div 50 ns/div I 平滑コンデンサ CH 1 100 V/div CH 2 2 A/div 負 荷 50 ns/div V I V 北村 祥司 松井 俊之 小容量ダイオードの開発設計に従 小容量ダイオードの設計開発に従 事。現在,富士日立パワーセミコ 事。現在,富士日立パワーセミコ ンダクタ (株) 松本事業所開発設計 ンダクタ (株) 松本事業所開発設計 部チームリーダー。 部主任。 141(41) 富士時報 600 V スーパー LLD Vol.74 No.2 2001 流連続方式での,MOSFET オン時(ダイオードオフ時)の リカバリー(S > 1)の特性が必要となる。 ダイオード D と MOSFET Q での電流・電圧波形を示す。 今回は,市場要求から電流連続方式用 600 V LLD の開 発を行った。その要求特性をまとめると以下のとおりであ 3.3 シミュレーション 開発効率化のため,逆回復特性のデバイスシミュレーショ ンを実施した。まず図2に示した構造での,ライフタイム る。 キラー条件を変えた 2 素子(1,2)について,二次元シミュ (1) 低逆回復電流 (2 ) ソフトリカバリー に示 レーション結果と,実測結果との整合の一例を図4 (a) (3) 低 VF す。シミュレーションには,各層の厚み,不純物分布,さ らに電子,ホールに対するライフタイム分布を考慮してい 素子設計 る。1,2 ともに計算値は実測値とよく一致し,逆回復特 (b) 性のシミュレーション手法の妥当性を示している。図4 は,上記計算でのホール濃度分布を示す。逆回復電流は 3.1 素子構造 図2 に 600 V スーパー LLD の素子断面構造を示す。基 n−層内のホール濃度に依存することが分かる。 本構造は,n+基板上に低濃度の n−層を形成後,p+層を不 図5 は,n−層厚さ(Wb)を変えた 2 素子(a,b)の逆 純物拡散で形成する pin 構造であり,さらにライフタイム の逆回復 回復特性のシミュレーション結果を示す。図5 (a) キラーを導入している。耐圧構造は,外周のガードリング 波形では,a はソフトリカバリー(S = 1.3) ,b はハード とパッシベーション膜で構成する。 (b) , にはこ リカバリー(S = 0.7)となっている。 図5 (c) 逆回復特性は,pin 構造の最適化で改善を図る。特に, の素子の逆回復時のホール分布の時間経過を示している。 逆回復電流と順方向電圧(VF)とのトレードオフ改善が 逆回復電流が,IRP に達した後に n−層と n+基板間にホー ポイントである。pin 構造の設計パラメータとしては,p+ ルが残っていれば空乏層が緩やかにのびてソフトリカバリー 層不純物濃度,p+層拡散深さ(xj) ,n−層厚さ(Wb)など 特性となることが分かる。このように LLD の過渡特性は を考慮し,後述するシミュレーション解析を基に新規設計 ホール分布に強く依存することがシミュレーションから確 を行った。また,逆耐圧 600 V の確保はガードリング配置 の最適化で達成した。 図3 ダイオードの逆回復特性 I 3.2 逆回復特性 図3にダイオードの逆回復特性の電流・電圧波形を示す。 dI F dt IF Q rr t 0 ダイオードが順バイアスされているとき,順方向電流(IF) I RP に比例した蓄積電荷(Qrr)を持つ。MOSFET オンでダ ソフト性 t2 S= t1 t1 t2 イオードが電流転換するとき,IF は回路のインダクタン t rr スと電圧で決まる速さ(dIF/dt)で減少する。しかしなが V ら,上記 Qrr のためダイオードとその周辺回路を循環する 逆電流(ピーク電流:IRP)が流れ,この電流が損失を発 VF 0 t V PK 生させる。Qrr がなくなり逆電流がなくなるまでの時間を VR 逆回復時間(trr)とし,さらに図のように t1,t2 を定義す る。ソフト性は,S = t2 /t1 で表現する。S が小さい素子で は,逆方向電流 I = IRP となった後,急激に電流が減少し, 図3に示したように電圧の跳ね上がりを生じ,これがノイ 図4 逆回復特性シミュレーション(1) 5 :実測値 :計算 4 図2 素子断面構造 3 Wb p + n − xj 電極 1 0 −1 2 −2 ガードリング n+ 142(42) パッシベーション膜 I(A) 2 電極 −3 1 −4 −5 0 50 100 時間(ns) 150 (a)実測結果との整合 ホール濃度(cm−3)at I = I F(5A) ズ発生の原因となる。したがって緩やかに減少するソフト 1020 1019 1018 1017 1 2 1016 1015 xj Wb 1014 1013 0 10 20 30 40 50 60 70 表面からの深さ( m) (b)ホ−ル濃度分布 富士時報 600 V スーパー LLD Vol.74 No.2 2001 認できる。以上のような手法で,各種設計パラメータによ 素子特性 る逆回復特性の変化を調査した。図6にその一例として, − + (a > b > c)で,p 層濃度およ 3種類の n 層厚さ(Wb) びライフタイム分布を変化させたときの 100 ℃での順方向 力率改善回路用途として,新規 LLD を設計,試作した。 電圧(VF)と逆回復電流ピーク値(IRP)の相関を示す。 本素子は,上記シミュレーション結果を参考にして,p 層 VF と IRP はトレードオフの関係にあることが分かる。こ 濃度,拡散深さ,キャリヤライフタイム,n−層厚さ(Wb) こで図中の境界はソフトリカバリーとハードリカバリーの の最適化を図ったものである。図7に一連の試作結果の逆 境界(S = 1)を示す。n−層が厚くなればソフト性が増す (従来品との比で表示)と順方向 回復電流ピーク値(IRP) が,VF − IRP トレードオフは悪化する。 電圧(VF)の測定値を示す。従来品に比べて,IRP は大幅 したがって,設計指針としては VF − IRP トレードオフ 改善とソフト性を両立させるよう,パラメータの最適化を 図6 逆回復特性シミュレーション(3) 図ることになる。 6.0 100 ℃ S =1 5.0 I RP(A) ソフトリカバリー 図5 逆回復特性シミュレーション(2) 5 4.0 3.0 W b:a 2.0 b c 4 ハードリカバリー 1.0 3 I(A) a 2 0 0 b 0.5 1.0 1.5 2.0 1 2.5 V F(V) 3.0 3.5 4.0 4.5 0 −1 図7 開発品試作結果 −2 −3 0 100 50 150 200 時間(ns) 250 300 1.1 1.0 1018 xj I RP/ I RP(従来品) (a)逆回復波形 Wb 1017 濃度(cm−3) 10 16 ① 1015 ② ③ ④ 1014 10 10 ⑤ 1011 従来品 0.8 0.7 0.6 開発品 0.5 0.4 0.3 0.2 13 12 0.9 V F(V) ① =0 t ② = I I RP ③ I RP から7 ns後 ④ I RP から13 ns後 ⑤ I RP から20 ns後 図8 逆回復特性電流波形 1010 表面からの深さ( m) (b)素子aのホール分布の時間経過 1018 xj Wb 1017 濃度(cm−3) 1016 ① 1015 1014 10 ② 0 13 ③ 1012 1011 ④ ⑤ 1010 表面からの深さ( m) (c)素子bのホール分布の時間経過 I F =5 A dI =−100 A/ s dt 143(43) 富士時報 600 V スーパー LLD Vol.74 No.2 2001 図9 順方向電流・電圧特性 表1 特性比較表(実測例) 項目 T j =100 ℃ T j =125 ℃ T j=25 ℃ T j =100 ℃ 10 T j =125 ℃ T j =25 ℃ 開発品 従来品 IR 25℃ V R =600 V 条 件 1.5 4.5 VF 25℃ I F =10 A 2.8 1.3 V 35 50 ns 60 70 ns 1.4 2.7 A 2.3 4.5 A 25℃ t rr 100℃ 5 25℃ 順方向電流 I F(A) I RP I F =5 A dl /dt =100 A/ s 100℃ 1 単位 A 図11 実装試験での波形 0.5 50 s 50 s I 0 :従来品 :開発品 0.1 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 順方向電圧 VF(V) 3.5 I V 0 4.0 (a)600 V LLD波形 V (b)MOSFET波形 図10 逆方向電流・電圧特性 また図9に順方向特性を,図10に逆方向特性を示す。 表1に開発品と従来品の特性比較結果を示す。この表か T j =125 ℃ T j =100 ℃ 10 ら分かるように,従来品より VF は少々増加しているもの の,逆回復特性(trr,IRP)は,25 ℃,100 ℃とも大幅に −1 T j =125 ℃ 改善されている。 逆方向電流 I R(mA) T j =100 ℃ 実装試験結果 10−2 T j =25 ℃ T j =25 ℃ 10 従来品 −3 サーバ電源の力率改善回路を模擬した実装試験装置を用 い,開発品の特性向上を確認した。 図11にダイオードと MOSFET での電流・電圧波形を示す。MOSFET のター 開発品 10−4 ンオン損失の低減により,MOSFET の温度上昇は,従来 品実装時より,10 ℃程度の低減を確認した。 あとがき 10−5 0 100 200 300 400 500 600 700 逆方向電圧 V R(V) 以上,力率改善回路用に開発を行った 600 V スーパー LLD について概要を紹介した。今回の開発は,5 A,8 A, 10 A 定格を予定しており,製品外形は TO-220,TO-3P に低減されていることが分かる。また,ソフト性も改善さ を用意している。この分野は今後ますます市場を拡大して れている。図中の矢印のポイントの逆回復特性波形を図8 いくことが予測されており,さらなる低損失化,高性能化 に示す。従来品に比べ,IRP は 40 %以上低減され,ソフト のためダイオードの特性改善を図り,系列化を進めていく リカバリーな特性(S = 1.3)が得られている。 予定である。 144(44) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。