FEJ 74 02 132 2001

富士時報
Vol.74 No.2 2001
電子レンジ用高圧ダイオード
久保山 貴博(くぼやま たかひろ)
渡島 豪人(わたしま たけと)
まえがき
達すると陽極電流が急激に立ち上がる特性を持っている。
このような性質を持つマグネトロンの動作に対しては,常
電子レンジの年間生産台数は,全世界で約 4,000 万台と
に安定した電流を流し続ける必要がある。そのため二次側
10年前の 2 倍近く,今後も堅調な伸びが見込まれている。
高圧電源回路は,高圧コンデンサと高圧ダイオードを組み
電子レンジは,マグネトロンの発振により電磁波を発生
合わせた構成となっている。
させ食品を加熱する。このマグネトロンの発振に直流高電
二次側高圧電源回路は,現在,①一次側の入力周波数そ
圧が必要であり,その整流回路に高圧ダイオードが使用さ
のままで二次側の高圧トランスを駆動させる方式(商用周
れる。
波駆動型)と,②一次側の回路構成をトランジスタによる
これまで富士電機では,テレビ用高圧ダイオードで培っ
た技術を基盤とし,電子レンジ用高圧ダイオード系列を製
図1 電子レンジ用高圧ダイオードの外観
品化し市場に供給してきている。
最近の電子レンジの主な技術動向として,マグネトロン
高周波出力の高出力化による調理時間の短縮,高圧出力回
路の高周波化による高機能・多機能化などがあげられる。
調理室(庫内)の有効容積率の増加(電子レンジ本体の小
型化かつ調理室の大型化)も大きな流れである。さらに,
待機時および調理時の消費電力の抑制などの省エネルギー
化への関心も高くなっている。
このように多様化する技術動向にあわせ,電子レンジの
電源回路の主要構成部品である高圧ダイオードへも従来の
要求性能以上に,①高耐圧・高サージ耐量性,②高速性へ
の対応などの要求が厳しくなってきている。
富士電機では,このような要求にこたえるために,商用
図2 電子レンジ用高圧電源部の基本回路
「ESJC16-09」
「ESJC16周波駆動型対応品「ESJC15-10」
12」
,高周波駆動型対応品「ESJC34-08」を新たに開発し
。
た(図1)
マグネ
トロン
本稿では,今回開発した電子レンジ用高圧ダイオードの
概要について紹介する。
高圧ダイオード
(a)商用周波駆動型電子レンジ
電子レンジに使用される高圧電源回路
図2に電子レンジ用高圧電源部の基本回路を示す。
マグネ
トロン
マグネトロンは磁界によって電子流を制御する二極管で
あり,加えられた磁界と陽極の正電圧による電界とによっ
て電子に回転運動を与え,電磁波を高効率に発生させるも
のである。また,マグネトロンは陽極電圧が一定の電圧に
久保山 貴博
132(32)
渡島 豪人
高圧ダイオードの開発・設計に従
高圧ダイオードの開発・設計に従
事。現在,富士日立パワーセミコ
事。現在,富士日立パワーセミコ
ンダクタ
(株)
松本事業所開発設計
ンダクタ
(株)
松本事業所開発設計
部。
部。
高圧ダイオード
(b)高周波駆動型電子レンジ
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電子レンジ用高圧ダイオード
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スイッチング回路とし二次側高圧トランスを高周波で駆動
常動作による放電が起こることが指摘されており,このと
させる方式(高周波駆動型)との二つに分けられる。現在,
きに回路に発生するサージ過電圧は 20 kV 以上の非常に高
高周波駆動型の周波数は 30 ∼ 35 kHz が主流となっている。
い電圧であるといわれている。このサージ過電圧に対する
破壊耐量も高圧ダイオードへの重要な要求特性である。
高圧ダイオードへの要求特性
マグネトロンの定常動作時に高圧ダイオードの順方向に
は 300 ∼ 400 mA 程度の電流が流れるが,特に商用周波駆
図3に一般的な電子レンジの電源投入時からマグネトロ
動型では,電子レンジ出力の高出力化に伴い,この順電流
ン定常動作時までのダイオードへの印加電圧・電流波形を
が増加する傾向にある。さらに,電子レンジの有効容積率
示す。
の改善により電源回路部の省スペース化が進み,高圧ダイ
電源投入直後からマグネトロンの正常な発振が起こるま
オードの周囲温度は高くなる傾向にあり,高圧ダイオード
でに数秒を要し,この間は電流が流れずトランスの二次側
の発生損失を低減させ発熱を抑える必要がある。商用周波
は無負荷状態となるため,ダイオードに印加される電圧は
駆動型においては高出力化にあわせ,増大する順電流によ
定常時(約 4 kV)に比べ高電圧(約 6 kV)となる。ダイ
る損失(順損失)を低く抑えることが最も重要である。
オードのアバランシェ電圧が印加電圧より低い場合,ダイ
一方,電源を高周波駆動にすると,電子レンジにとって
オードの逆損失は膨大なものとなる。したがって,電源投
は,①高圧トランス,コンデンサの小型・軽量化によるセッ
入時の印加電圧以上のアバランシェ電圧が必要となる。ま
ト本体の軽量化,有効容積率の改善,②出力の無段階連続
た,電源投入時や定常動作への移行時にマグネトロンの異
調整による調理メニューの増加などのメリットが得られる。
図3 高圧ダイオード電圧・電流波形
500 倍程度の周波数で駆動している。このため,高圧ダイ
高周波駆動型は 30 ∼ 35 kHz と従来の商用周波駆動型の
オードは従来の順損失のほかにスイッチング動作による損
0V
失(スイッチング損失)を小さくすることが重要となる。
図4に示すように,ダイオード損失の中で,順損失,逆損
V :2 kV/div
I :0.5 A/div
t :500 ms/div
失に周波数依存性はないが,スイッチング損失は周波数が
高くなるにつれ急激に増加する傾向があり,高周波動作に
おいては発生損失中,最も大きなウエートを占めることと
なる。今後は,高周波出力の高出力化に向け,出力電流が
増加すると同時に,より高周波駆動が必要とされることが
0A
予想されることから,ダイオードのスイッチング特性を向
上し,スイッチング損失を抑えることが高周波駆動型電子
(a)商用周波駆動型ー電源投入時∼定常動作時
レンジへの適用において最重要項目といえる。
以上をまとめると,電子レンジ用高圧ダイオードへの要
0V
V :2 kV/div
I :0.5 A/div
t :5 ms/div
求特性は,
(1) 高サージ耐量化
(2 ) 順損失の低減
(3) スイッチング損失の低減(高周波駆動型)
図4 駆動周波数とダイオード発生損失
0A
5
0V
V :2 kV/div
I :0.4 A/div
t :10 μs/div
ダイオード発生損失 (W)
W
(b)商用周波駆動型電子レンジー定常動作時
4
T j=100 ℃
スイッチング損失
3
2
順損失
1
0A
逆損失
10
(c)高周波駆動型電子レンジー定常動作時
50
25
駆動周波数 f (kHz)
75 100
133(33)
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ついても従来品以上の耐量を確保することを前提とし,xj
となる。
および WB を最適化し,最終仕様を決定した。
設計施策
以上の施策から,低損失かつ高サージ耐量といった要求
「ESJC16-09」
「ESJC16-12」
特性を満たした「ESJC15-10」
高圧ダイオードの構造は,図5に示すように高耐圧化を
を開発した。
図るため,ダイオードチップの積層構造をとっている。高
,
圧ダイオードの基本的な設計緒元としては,積層数(Nj)
チップ面積(S)
,シリコン基板抵抗(ρ)
,p+/n+不純物
,高抵抗層幅(WB)などが挙げられる。
拡散深さ(xj)
4.2 高周波駆動型
高周波駆動型電子レンジでは高周波化が年々進んでいる
ことから,スイッチング損失の低減を図るべく,短逆回復
時間(trr)化が重要要求特性である。一般に短 trr 化には,
Au や Pt などの重金属をライフタイムキラーとして拡散
4.1 商用周波駆動型
富士電機では,これまで商用周波駆動型電子レンジ用高
する方法が用いられる。しかし,ライフタイムキラー拡散
圧ダイオードとして高耐圧・高サージ耐量化を実現した
は,trr は短縮されるが順電圧が増加するといったトレー
「ESJC13-12B」を製品化している。これ
「ESJC13-09B」
。順電圧が増加すること
ドオフ要因を持っている(図7)
らのチップ設計を基盤とし,さらに許容電流を増加するた
は順損失の増加,すなわちダイオード損失の増加を意味す
め,高圧ダイオードの順電圧を低減させ,同時に電子レン
る。そこで,順電圧を増加させることなく短 trr 化を図る
ジ用高圧ダイオードへの重要要求であるサージ耐量を向上
べく,次の施策を行った。
まずライフタイムキラーとして,①高温雰囲気での動作
することをあわせて検討した。
一般には順電圧を低く抑える方法としては,Nj の低減
において発生損失の少ない Pt を選定した。さらに,trr お
が最も効果的であり,低コスト化にもつながる手法である。
よび VF を低く抑えるため,② WB の狭小化を検討した。
しかし,このことは素子全体の耐圧とサージ耐量を減少さ
しかし,このことはサージ耐量および素子耐圧の低下を招
せることとなる。そこで,順電圧の低下とサージ耐量の向
くことから,これらを抑えるために,③ライフタイムキラー
上を両立させるために,S と Nj の最適化を図った。
拡散条件の最適化による短 trr 化,④ xj の最適化による
まず順損失による高圧ダイオードの接合温度上昇( Δ
Tj)について,S および Nj との関係について調査した
。この結果から,順電流(400 mA)によるΔ Tj が
(図6)
サージ耐量の向上を同時に行った。
以上の設計施策により,順損失の低減とスイッチング損
失の低減を両立した「ESJC34-08」を開発した。
70 ℃以下となる Nj,S を導出した。同時にサージ耐量に
製品概要
図5 高圧ダイオードの構造
開発品の外観は図1に示した。
N j)
積層数( 商用周波駆動型については表1,表2に,高周波駆動型
については表3,表4にそれぞれの絶対最大定格,電気的
特性を示す。
5.1 「ESJC15-10」
「ESJC16-09」
「ESJC16-12」
リ−ド線
接合ろう材(はんだ)
モールド樹脂
リ−ド線
ダイオードチップ
開発品は,高出力電子レンジの出力電流のレベルである
400 mA の順電流(Io)を流した場合,従来品に比べそれ
。
ぞれ 10 %ほど接合温度上昇を低く抑えている(図8)
図7 ライフタイムキラー拡散量と VF,trr
75
70
65
100
11.0
チップ面積 :小
S
チップ面積 :中
S
S
チップ面積 :大
10.5
順電圧 V F(V)
接合温度上昇 ΔT j(℃)
80
Vf
90
10.0
9.5
9.0
80
t rr
70
8.5
60
134(34)
60
8.0
少ない ← 積層数 N
j → 多い
少ない← ライフタイムキラー拡散量 →多い
逆回復時間 t rr(ns)
図6 積層数,チップ面積と接合温度上昇
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また,サージ耐量特性においては従来品に対し約 30 %
。
の改善を図った(図9)
5.2 「ESJC34-08」
表1 商用周波駆動型の絶対最大定格
おり,同時に順電圧についても 10 %の低減を図っている
開発品は,従来品と比較すると trr は約 20 %短くなって
定 格
項 目
記号
定格せん頭
逆耐電圧
V RRM
ESJC
ESJC
ESJC
15-10 16-09 16-12
条 件
単位
図8 順電流と接合温度上昇
100
過渡せん頭
逆電流
Io
9
400
12
430
480
I RSM
100
mA
W p =1 ms,
方形波波高値,
1発,Ta =25℃
A
50 Hz,
半波波高値,
1発,Ta =25℃
I FSM
接合部温度
Tj
130
℃
保存温度
Tg
−40∼+130
℃
30
30
50 Hz,
半波平均値,
Ta ≦60℃*
mA
過渡せん頭
順電流
20
90
kV
接合温度上昇 ΔT j(℃)
順方向
出力電流
10
開発品 ESJC16-12
80
従来品 ESJC13-12B
70
開発品 ESJC16-09
60
従来品 ESJC13-09B
50
40
30
20
10
0
0
100
200
300
400
500
順電流 I o(mA)
*放熱は,厚さ 0.6 mm,面積 50×50(mm)以上のフィンにカソード
端子をねじ止めし,風速 0.5 m/s 以上の風冷を条件とする。
図9 アバランシェエネルギー耐量分布
16
表2 商用周波駆動型の電気的特性(Ta =25℃)
8
定 格
記号
ESJC
ESJC
ESJC
15-10 16-09 16-12
順方向
電圧降下
VF
≦9
≦8
≦10
逆方向
漏れ電流
IR
≦5
≦5
≦5
アバラン
シェ電圧
Vz
≧11
≧9.5
≧9.5
4
条 件
単位
0
16
I F =350 mA
V
V R = V RRM
A
I z =100 A
kV
8
4
0
16
8
4
定 格
記号
単位
条 件
ESJC34-08
定格せん頭
V RRM
逆耐電圧
順方向
出力電流
8
従来品 ESJC13-12B
12
表3 高周波駆動型の絶対最大定格
項 目
開発品 ESJC16-09
12
発生頻度 N(pcs.)
項 目
従来品 ESJC13-09B
12
0
16
開発品 ESJC16-12
12
8
kV
4
Io
350
mA
0
Tl ≦110℃
3.2
3.6
4.0
4.4
4.8
5.2
5.6
6.0
アバランシェエネルギー耐量 (J)
WS
過渡せん頭
逆電流
I RSM
100
mA
TW =1 ms,方形波波高値,
1発,Ta =25℃
過渡せん頭
順電流
I FSM
15
A
TW =10 ms,三角波波高値,
1発,Ta =25℃
接合部温度
Tj
120
℃
保存温度
Tg
−30∼+130
℃
定 格
項 目
記号
ESJC
34-08
単位
条 件
順方向電圧降下
VF
≦13.5
V
I F =350 mA
逆方向漏れ電流
IR
≦10
Vz
≦0.15
A
V R =8.0 kV
s
I F =100 mA,I R =100 mA
90%回復
V F(V)〔 I F=350mA〕
10
表4 高周波駆動型の電気的特性(Ta =25℃)
逆方向回復時間
図10 trr - VF 相関(代表値)
T a=100 ℃
9
従来品 ESJC30-08
8 開発品 ESJC34-08
7
260
280
300
320
340
360
380
400
t rr(ns)〔 I F / I R=100/100mA,90%回復〕
135(35)
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電子レンジ用高圧ダイオード
Vol.74 No.2 2001
上のサージ耐量を有している(図11)
。低損失設計による
図11 アバランシェエネルギー耐量分布
温度上昇の抑制とともにマグネトロンの異常動作によるサー
16
従来品 ESJC30-08
発生頻度 N(pcs.)
12
ジ過電圧への耐量も向上した信頼性の高い製品となってい
る。
8
4
あとがき
0
16
開発品 ESJC34-08
12
以上,富士電機の電子レンジ用高圧ダイオードについて
8
紹介した。
4
今回の開発で得られた技術を基盤とし,今後はさらに市
0
1.6
2.0
2.4
2.8
3.2
3.6
4.0
4.4
WS
アバランシェエネルギー耐量 (J)
場ニーズに合致した高機能・高信頼性を有する製品開発に
向け,技術のレベルアップを図る所存である。
(図10)
。また,サージ耐量特性においても従来品と同等以
136(36)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。