富士時報 Vol.75 No.8 2002 AC-DC 変換回路技術 三野 和明(みの かずあき) 五十嵐 征輝(いがらし せいき) まえがき 2.1 主回路構成 図1に力率改善回路の主回路構成を示す。その構成は双 現代の情報化社会の発展に伴い,サーバ,通信基地局用 方向の電流を制御することができる双方向スイッチ回路と, 電源などの情報通信機器やディスプレイ,パソコンなどの 電解コンデンサ(C1,C2)からの逆電流を防止する高速ダ 家電製品が急速に普及している。これらの機器に適用され イオード(D7 ∼ D12)から成る。ここで,双方向スイッチ る 変換回路は地球環境保護の見地から,高効率化 回路に用いるダイオード(D1 ∼ D6)に流れる電流は連続 することで消費電力を低減する必要がある。また,AC- であり,逆回復電流が流れる経路も存在しないので D1 ∼ DC 変換回路が発生する高調波電流(480 ページの「解説」 D6 は低速ダイオードを使用することができる。ここで, 参照)は他の機器を誤動作させるなどの悪影響を与えるた 各スイッチング素子をオンすることによって,電源電圧は め,高調波電流の発生を抑制し,入力電流を高力率にしな リアクトルを介して短絡し,入力電流は増加する。また, ければならない。特に,近年では 75 W 以上の変換回路に スイッチング素子をオフすると,入力電流は負荷側へ供給 対して入力高調波電流規格が制定され,この規格を満足す されて減少する。よって,各スイッチング素子のオン信号 ることが要求されている。 のパルス幅を変化させることによって,入力電流波形を制 AC-DC このような状況の中,高効率化・高力率化を実現し,さ 御することができる。例えば,R 相電圧が正のときには R らに世界各地の電源電圧にも対応したワールドワイド入力 相の入力電流 IR はスイッチング素子 S1 のオン信号によっ の AC-DC 変換回路を開発した。 て制御され,R 相電圧が負のときには IR は S2 のオン信号 本稿では,5 kW 以上の大容量の機器に対して三相入力 AC 200 V 系または AC 400 V 系共用のワールドワイド対応 によって制御される。同様に,S 相の入力電流は S3 と S4, T 相の入力電流は S5 と S6 のオン信号によってそれぞれ制 力率改善回路,200 W 以下の比較的小容量の機器に対して 単相入力 AC 100 V 系または AC 200 V 系共用の簡易力率 図1 ワールドワイド対応力率改善回路 改善回路を紹介する。 P1 ワールドワイド対応力率改善回路 D1 S1 D2 S2 D7 L1 + V C1 R IR D8 通常,電力変換装置には AC 200 V 系の電源電圧に対し て 600 V 耐圧の半導体素子が適用され,AC 400 V 系の電 したがって,電源電圧に応じて電力変換装置を個別に設 D3 S3 D4 S4 D9 L2 S 計・製作しなければならない。そこで,電源電圧 AC 200 V 系または AC 400 V 系でも 600 V 耐圧の半導体素子を適 D10 S相双方向スイッチ回路 用することができ,高調波電流の発生も抑制することがで (1) きるワールドワイド入力対応の力率改善回路を開発した。 本方式は低耐圧の半導体素子を適用することができるので C2 + V C2 N1 R相双方向スイッチ回路 V RS 源電圧に対しては 1,200 V 耐圧の半導体素子が適用される。 D5 S5 D6 S6 D11 L3 T スイッチング損失の低減効果が得られ,スイッチング周波 数の高周波化も可能である。 D12 T相双方向スイッチ回路 三野 和明 五十嵐 征輝 パワーエレクトロニクス機器の開 パワーエレクトロニクス機器の開 発に従事。現在, (株)富士電機総 発に従事。現在, (株)富士電機総 合研究所パワーエレクトロニクス 合研究所パワーエレクトロニクス 研究所。電気学会会員。 研究所グループマネージャー。工 学博士。電気学会会員。 460(22) C1 富士時報 AC-DC 変換回路技術 Vol.75 No.8 2002 御することができ,各相の入力電流は高調波の少ない高力 ここで,入力電圧は AC 200 V または AC 400 V,出力電圧 率な波形に制御される。さらに,各半導体素子に印加され DC 800 V,出力電力 11 kW である。適用した半導体素子 る電圧は C1 や C2 の電圧でクランプされるので,600 V 耐 はすべて 600 V 耐圧のものを使用し,スイッチング素子は 圧の半導体素子を適用することができる。 2 in 1 の富士電機製 IGBT モジュール 2MBI100N-060N を 使用した。ここで,スイッチング周波数は 15.6 kHz,入力 電流の総合ひずみ率 THD は 20 次までの高調波成分で演 2.2 制御方式 図2 にワールドワイド対応力率改善回路の R 相双方向 算した。 スイッチ回路における制御ブロック図を示す。ただし,こ 図3に三相 AC 200 V 入力時,図4に三相 AC 400 V 入力 こでは R 相電流の制御について示してあるが,S 相と T 時の入出力波形を示す。これらの波形から,入力電流は高 相の双方向スイッチ回路においても同様に制御する。ここ 調波の少ない正弦波状の良好な波形が得られ,各電解コン で,出力電圧の定電圧制御は各電解コンデンサ C1 と C2 の デンサ電圧(VC1,VC2)が DC 400 V に制御されて出力電 検出電圧 VC1 と VC2 を指令値にフィードバックすることで 圧は DC 800 V となっていることが分かる。表2に本試作 実現する。例えば,上アームのスイッチング素子(S1,S3, 機の性能を示す。これらの結果から,開発したワールドワ S5)の制御パルス幅を変化させることによって C2 の電圧 イド対応力率改善回路は電源電圧 AC 200 V 系または AC を制御でき,下アームのスイッチング素子(S2,S4,S6) 400 V 系でも 600 V 耐圧の半導体素子を使用することがで の制御パルス幅を変化させることによって C1 の電圧を制 き,入力電流の高調波も抑制できることが確認できた。さ 御することができる。よって,C2 の検出電圧 VC2 を上 らに,各電解コンデンサと並列にそれぞれ不平衡な負荷を アームのスイッチング素子の制御信号にフィードバックし, 接続した場合でも各電解コンデンサの電圧を制御すること C1 の検出電圧 VC1 を下アームのスイッチング素子の制御 信号にフィードバックする。一方,入力電流指令波形 VR 図3 AC 200 V 入力時の入出力波形 は検出した入力線間電圧を相電圧に変換することで得られ VRS る。さらに,入力電流の制御は通常の力率改善回路の制御 方法と同様に出力電圧の検出値をフィードバックした指令 値で VR を振幅変調し,入力電流の検出値 IR をフィード バックすることで行われる。また,キャリヤ信号と比較し VC1 0 0 IR VC2 0 0 て得られた PWM(Pulse Width Modulation)信号は各相 電圧が正のときに上アームのスイッチング素子,負のとき VRS=200 V/div I R=50 A/div t =5 ms/div に下アームのスイッチング素子をスイッチングするように 分配される。 VC1=200 V/div VC2=200 V/div t =5 ms/div (a)入力波形 (b)出力波形 2.3 試験結果 表1に本回路方式の機能試作機に用いた回路定数を示す。 図4 AC 400 V 入力時の入出力波形 VRS 図2 制御ブロック図(R 相双方向スイッチ回路) VC1 0 IR VR 正弦波指令 (線間/相変換) × − + PI − + × + G D U − PI + 0 IR RP RN S1 VC2 0 S2 0 − 位相検出 RP RN PI − VC2 PI VRS=500 V/div I R=20 A/div t =5 ms/div − + + 指令値 VC1 キャリヤ信号 (a)入力波形 VC1=200 V/div VC2=200 V/div t =5 ms/div (b)出力波形 表2 ワールドワイド対応力率改善回路の主要緒元 表1 主回路定数 品 名 記 号 AC リ ア ク ト ル L1∼L3 1,280 D1∼D6 600 V/100 A スイッチング素子 S1∼S6 600 V/100 A D7∼D12 電解コンデンサ C1,C2 AC 200 V 系または AC 400 V 系 出 力 電 圧 DC 800 V(DC 400 V×2) 出 力 電 力 11 kW 定格 力 率 0.99 以上 THD(定格時) 2 %以下 定 格 時 効 率 94.7 %(AC 200 V 入力時) 97.4 %(AC 400 V 入力時) H 低速ダイオード 高速ダイオード 入 力 電 圧 定 数 600 V/100 A 5,400 F/450 V 461(23) 富士時報 AC-DC 変換回路技術 Vol.75 No.8 2002 ができ,欠相時には単相動作に切り換えることで動作が可 に導通角が狭まり力率改善効果が小さくなる。この改善の 能である。また,この力率改善回路は電源電圧が高い場合 ため,リアクトル L1 の回路を付加する。L1 には,Q1 がオ でも低い耐圧の半導体素子を使用することができるので, ンのときに,入力電源→ D1(または D2)→ Q1 の経路で 入力電圧変動が大きい地域にも適している。 電流 i2 を流すことができる。i2 は入力電圧が高いほど大き な電流となり,大きな力率改善効果が得られる。つまり, 簡易力率改善回路 今回提案する力率改善回路は,入力電圧が低いときには主 に N3 巻線の効果で,入力電圧が高いときには主に L1 の回 の規 路の効果で力率改善する。この結果,入力電圧が AC 80 定により高調波電流を低減することが必要である。また, ∼ 288 V の幅広い範囲で高調波電流を規格値以下に抑える 200 W 以下の装置においては,小型化と低コスト化からワ ことができる。 入力電力 75 W 以上の変換回路は,IEC61000-3-2 ンコンバータ方式の簡易力率改善回路の適用が図られてい る。 3.2 試験結果 図6 に,リアクトル L1 をパラメータとしたときの入力 電圧に対する力率と電解コンデンサ電圧 VC1 の関係を示す。 3.1 回路方式と回路動作 図5にディスプレイなどの装置に適用している簡易力率 L1 がない場合,入力電圧 AC 100 V 程度では昇圧巻線 N3 (2 ) 改善回路の一例を示す。この回路は,変圧器の昇圧巻線 の効果で力率 0.8 以上が確保されているが,入力電圧が N3 と,ダイオード D1,D2,リアクトル L1 から構成され AC 200 V では力率が 0.7 以下となって低減している。し るワンコンバータ方式の簡易力率改善回路としている。簡 かし,L1=600 μH を接続することで入力電圧が AC 200 V (b) に示す。力率改善回路を付 易力率改善回路の動作を図5 以上でも力率が 0.8 以上を確保できる。また,VC1 は L1 に 加しない場合の入力電流 i inc は入力電圧絶対値│Vin│が C1 ほとんど依存せず,昇圧巻線 N3 による昇圧分(=V1 ・ の電圧 VC1 より高いとき(│Vin│> VC1)に流れ,波形ひ N3/N2=24 V)に抑えられている。このことから,力率は ずみ率の大きな電流となり高調波電流の規格を満足しない。 L1 の値を変更することで調整できることが分かる。 今回提案する方式は,変圧器 Tr の昇圧巻線 N3 とリアク トル L1 の回路を用いて力率改善する方式である。 図7に,簡易力率改善回路を接続したときとしないとき の効率特性を示す。簡易力率改善回路を付加することで, 昇圧巻線 N3 には,Q1 がオフ時に図5に示す電圧 VN3 が L1 と N3 を介した電流が主スイッチである MOSFET Q1 発生する。この電圧 VN3 と入力電圧絶対値│Vin│の和の電 に重畳されて流れることにより損失が増大する。しかし, 圧が C1 の電圧 VC1 より高いとき(VN3 +│Vin│> VC1)に 変換効率の低下分として,L1=600 μH の場合 2.7 %であり, 電流 i3 を流すことができる。この結果,従来の i inc より導 専用の PFC(Power Factor Correction)回路を接続する 通角を広げることができる。しかし,N3 巻線のみでは, 場合より高効率化が確保されている。 入力電圧 Vin が高いとき,VN3 は固定であるために相対的 図 8 に入力電圧 AC 100 V と AC 200 V のときの入力電 流波形 iin とそのときの高調波電流値をそれぞれ示す。高 調波電流は,IEC61000-3-2 クラス D の規格値に対して, 図5 簡易力率改善回路 入力電圧 AC 100 V のとき 53.7 ∼ 67.0 %と,入力電圧 AC N3 Tr D 4 VN3 N1 i in D1 i3 N2 200 V のときは 32.3 ∼ 74.3 %と約 30 %の余裕を持って満 + C 3 足している。 V1 i1 図6 入力電圧,力率,電解コンデンサ電圧特性(Po = 100 W) L1 D2 C1 + 力率 i inc i in=i 2+i 3 V C1 i2 電解コンデンサ電圧 V C1(V) (a)回路構成 V in 0.90 350 0.85 300 0.80 250 0.75 200 0.70 150 0.65 100 V C1 50 0 50 (b)回路動作 462(24) 0.95 400 V C1 V in+V N3 1.00 450 Q1 C 2 i2 100 150 :L1= 600 H :L1=1,200 H :L1=なし 200 入力電圧 V in(V) 250 0.60 0.55 300 力率 V in 富士時報 AC-DC 変換回路技術 Vol.75 No.8 2002 図7 入力電圧に対する変換効率(Po = 100 W) 図8 入力電流波形(Vin = AC 100 V,Po = 100 W) 95 i in 変換効率 η(%) PFCなし i in 90 89.1 86.4 85 PFCあり L1=600 H i in=1 A/div,t =4 ms/div 80 i in=0.5 A/div,t =4 ms/div (a)V in=AC 100 V, PO=100 W 75 50 100 150 200 250 300 入力電圧 V in(V) V in(V) 高調波 次数 あとがき 高調波電流の発生を抑制し,電源装置の高効率化を実現 するワールドワイド対応の AC-DC 変換回路技術として, 大容量向けに三相入力のワールドワイド対応力率改善回路, (b)V in=AC 200 V, PO=100 W AC 100 V 測定値 規格値 (mA) (mA) AC 200 V 測定値/ 規格値 (%) 測定値 規格値 (mA) (mA) 測定値/ 規格値 (%) 1 1,153 3 602 899 67.0 263 391 67.3 5 270 502 53.8 162 218 74.3 7 152 264 57.6 69 115 60.0 9 72 132 54.5 39 58 67.2 11 62 93 66.7 13 40 32.5 522 小容量向けに単相入力の簡易力率改善回路を開発し,良好 な評価結果が得られた。今後,これらの回路技術を適用し, 製品化を推進する所存である。 半導体電力変換研究会 SPC- 00- 19,2000,p.37- 42. (3) Kolar, J. W. et al.Design and Experimental Investiga- 参考文献 tion of a Three-Phase High Power Density High Efficien- (1) 三野和明,黒木一男.ワールドワイド対応整流回路のシ cy Unity Power Factor PWM (VIENNA) Rectifier Em- ミュレーション解析結果と実験結果.半導体電力変換 SPC- ploying a Novel Integrated Power Semiconductor Mod- 00 - 78 産業電力電気応用 IEA - 00 - 54 合同研究会.2000, ule.IEEE APEC.vol.2,1996,p.514- 523. p.23- 28. (2 ) 五十嵐征輝ほか.簡易力率改善方式新部共振コンバータ. (4 ) Zhao, Y. et al.Force Commutated Three Level Boost Type Rectifier.IEEE IAS Conf. Rec.1993,p.771- 777. 463(25) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。