富士時報 Vol.74 No.10 2001 低オン抵抗トレンチ横型パワー MOS デバイス技術 杉 祥夫(すぎ あきお) 澤田 睦美(さわだ むつみ) 藤島 直人(ふじしま なおと) まえがき 図1 プレーナ型 LDMOS インターネットなどの情報化社会の本格的到来によって, ソース 携帯電子機器や情報通信機器の小型・軽量化,低消費電力 チャ ネル n−ドレイン ドレイン G 化および高効率化の要求が高まっており,これら電子機器 B のスイッチング電源やパネルドライバに用いられる高耐圧 p パワー IC(Integrated Circuit)が今後ますます重要な部 S + n D + n+ n−ドレイン pベース 品の一つとなっている。 p−基板 富士電機ではこれまでに,1 μm ルール高耐圧・低オン pチャネル 抵抗パワー IC 技術を開発し,ノートパソコンや携帯電子 機 器 の DC-DC コ ン バ ー タ IC, PDP( Plasma Display 決するために,これまで Si トレンチ技術を用いた横型 Panel)ドライバ IC などの製品化を行ってきた。 パワー IC に集積されるスイッチング素子として,高速 MOS が提案されている。例えば,チャネル部にトレンチ で 低 損 失 を 特 徴 と す る 横 型 パ ワ ー MOS( Metal Oxide を形成してチャネル幅を増大する構造,あるいは n−ドレ Semiconductor)が一般に用いられており,要求される素 イン領域にトレンチを形成してデバイスピッチを縮小する 子耐圧は携帯電子機器やパソコン周辺機器では 10 ∼ 60 V 構造などが提案されていたが,いずれも集積度向上におい ( 3) (4 ) (1) て限界があった。これに対し,富士電機では,トレンチ側 程度,PDP では 100V 前後である。 今後,市場ニーズにこたえるためには,主スイッチであ 壁にチャネルと n−ドレイン領域を形成し,デバイスピッ るパワー MOS のさらなる低オン抵抗化と高集積化を行う チを縮小することでチャネル幅密度を向上した低オン抵抗 必要があり,集積度改善のためには,トレンチ(溝)技術 ト レ ン チ 横 型 パ ワ ー MOS( TLPM: Trench Lateral を適用し,シリコン(Si)基板への立体的な素子形成を行 Power MOS)を提案した。これまでに,図2に示すドレ うアプローチが注目されている。しかし,トレンチ内部に インコンタクトをトレンチ底面に持つ TLPM(TLPM/D) 横型素子を形成する場合,電極取出しなどの点で困難な課 を開発しているが,TLPM/D ではゲート - ドレイン間の 題があった。 帰還容量がゲート 今回,富士電機では,トレンチ内部に素子を形成した次 ト - - n− ドレイン間(Cgd1)に加えてゲー ドレインポリシリコン間(Cgd2)にも形成されるた ( 5) 世代の高集積度・低オン抵抗横型パワー MOS を開発した め,スイッチングの高速化が難しかった。 ので紹介する。 TLPM/S のデバイス構造とプロセスフロー 従来の低オン抵抗横型パワー MOS 3.1 TLPM/S のデバイス構造 富士電機ではこれまでに, 図1 に示すような 60 V 級プ これらの課題を解決し,低オン抵抗化とスイッチング特 レーナ型 LDMOS(Lateral Double Diffused MOS)を内 性の改善を行うために,ソースコンタクトをトレンチ底面 (2 ) 蔵するパワー IC 技術を開発し,製品に適用してきた。こ に持つ TLPM(TLPM/S)を開発した。 (6 ) ( 7) のような従来型のプレーナ型 LDMOS では高耐圧に必要 TLPM/S の断面構造を 図3 に示す。TLPM/S は2段の な高抵抗 n− ドレイン領域が横方向に形成されるので,高 トレンチ構造をとり,ソース電極とドレイン電極の位置関 集積化と低オン抵抗化の妨げとなっていた。この問題を解 係は TLPM/D の場合とは逆になっている。したがって, 杉 祥夫 澤田 睦美 藤島 直人 高耐圧パワー IC のプロセス・デ 高耐圧パワー IC のプロセス・デ 高耐圧パワー IC のプロセス・デ バイス研究開発に従事。現在, バイス研究開発に従事。現在, バイス研究開発に従事。現在, (株) 富士電機総合研究所デバイス (株) 富士電機総合研究所デバイス (株) 富士電機総合研究所デバイス 技術研究所。 588(44) 技術研究所。 技術研究所グループマネージャー。 富士時報 低オン抵抗トレンチ横型パワー MOS デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 帰還容量はゲート - n−ドレイン間の Cgd3 にほぼ等しくな ように基板全体にわたって厚い酸化膜を形成する。続いて, り,TLPM/D の場合(Cgd1+Cgd2)に比べて低く抑えられ 図4 のように異方性エッチングによりトレンチ底面の酸 (c) ている。また,チャネル長を 0.6 μm 程度とすることで, 化膜をエッチングし,トレンチ側壁と表面に残した酸化膜 当社従来 LDMOS(チャネル長 1.0 μm 程度)に比べてゲー (d) に示す をマスクにして第2トレンチを掘る。さらに図4 ト入力容量が低減し,高速スイッチングを実現している。 ようにゲート酸化膜をトレンチ内部に形成した後,ポリシ リコンの形成と異方性エッチングによりゲート電極を形成 する。そしてゲート電極と酸化膜をマスクにして p ベー 3.2 TLPM/S のプロセスフロー (f ) TLPM/S のプロセスフローを 図 4 ∼ に示す。まず (a) ス領域とソース領域を二重拡散で形成する。続いて, 図 図4 に示すように,トレンチを掘った p 基板に n 型ウェ (a) 4 (f ) のように層間絶縁膜を形成する。最後に,図4 に示 (e) ル領域を作り,トレンチ表面から p−ボディ領域と n−ドレ すように酸化膜異方性エッチングによるトレンチ底面への (b) の イン領域を斜めイオン注入で形成する。その後,図4 ソースコンタクトの形成,トレンチ内部へのソースポリシ − リコンの形成と平たん化,コンタクトホールの形成,およ 図2 TLPM/D の断面構造 図3 TLPM/S の断面構造 D ドレインポリシリコン S S p+ S ソースポリシリコン D n+ D C gd2 pベース 酸化膜 チャネル n+ − ゲート ポリ シリコン n ウェル n− ドレイン C gd1 酸化膜 + n ドレイン ゲート ポリ シリコン n−ドレイン p−ボディ C gd3 n− ドレイン − n ドレイン p−ボディ チャネル n+ソース pベース p−基板 p−基板 図4 TLPM/S のプロセスフロー 第2トレンチ 酸化膜 − − n ウェル − n ウェル n ウェル n−ドレイン p−ボディ p−基板 p−基板 (a) p−基板 (b) 酸化膜 − n ウェル n+ソース pベース p−基板 D n− ドレイン − p ボディ n+ソース pベース n+ソース pベース p−基板 (d) S D n− ウェル n− ドレイン p−ボディ n− ドレイン p−ボディ (c) n+ − n ウェル n− ドレイン p−ボディ n−ドレイン p−ボディ p−基板 (e) (f) 589(45) 富士時報 低オン抵抗トレンチ横型パワー MOS デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 び電極形成を行う。 図6 TLPM/S のオン抵抗と耐圧 このプロセスでは,トレンチ側壁にゲートおよびソース 120 電極を自己整合的に形成するため,ホトリソグラフィによ R on×A(mΩ・mm2) るマスク合わせマージンが不要であり,デバイスピッチを 最小にできる利点がある。 TLPM/S の特長 4.1 試作結果 今回試作した TLPM/S は 0.6 μm ルール CMOS(Com- 100 80 実測 60 40 シミュレーション 20 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 n−ドレイン領域のドーズ量(1013/cm2) plementary MOS)プロセスをベースとしている。試作し た TLPM/S の断面 TEM(透過型電子顕微鏡)写真を 図 (a)オン抵抗 5 に示す。60 ∼ 100 V の素子耐圧を目標とし,第 1 トレ 120 ンチ幅 5.0 μm,第 1 トレンチ深さ 4.0 μm,第 2 トレンチ 深さ 1.2 μm のトレンチ形状において,第 1 トレンチ側壁 100 BV dss(V) の酸化膜,第 2 トレンチ側壁のゲート酸化膜およびゲート ポリシリコン,さらにプラグとしてのソースポリシリコン を形成している。 4.2 DC 特性 80 60 実測 40 20 TLPM/S のオン抵抗と耐圧のトレードオフについて述 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 n−ドレイン領域のドーズ量(1013/cm2) (b) , に n− ドレイン領域のドーズ量に対する べる。 図6 (a) オン抵抗と耐圧の依存性の実測結果(実線)を示す。オン (b)耐圧 抵抗は,n− ドレイン領域のドーズ量の増大とともに減少 する。これは,n− ドレイン領域の濃度が上昇することで, オン抵抗の大半を占める n− ドレイン領域の抵抗が減少す 図7 試作素子の I -V 特性(実測) − るためである。また,耐圧についても n ドレイン領域の ドーズ量の増大とともに減少するが,これは n− ドレイン も電界集中を生じてしまうためである。 (b) , に試作素子の I -V 特性を示す。こ さらに, 図7 (a) こでは,デバイスピッチ 3.0 μm,チャネル幅 40 μm,お よび n−ドレイン領域の不純物ドーズ量 7 × 1012 cm−2 のデ バイスの特性を示す。駆動電圧 Vgs=20 V およびドレイ ン - 電流(1 mA/div) 領域に空乏層が広がりにくくなり,ドレイン電圧が低くて ソース間電圧 Vds=1 V では Ids=1.9 mA を得た。これ 電圧(500 mV/div) (a)オン状態 図5 試作素子の断面 TEM 写真 ソース (金属電極) 電流(1 μA/div) ドレイン (金属電極) 酸化膜 ソース (ポリシリコン) ゲート (ポリシリコン) ゲート (酸化膜) 590(46) 1.0 μm 電圧(10 V/div) (b)オフ状態 富士時報 低オン抵抗トレンチ横型パワー MOS デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 図8 TLPM/S のシミュレーション解析 図9 ゲートチャージ特性のシミュレーション結果 V gs G LP M /D 24 TLPM/D 12 1 0 0 高電流 密度領域 p−基板 V ds(V) S TL PM LD 従 来 36 T 社 2 48 当 3 TLPM/S V gs(V) Vgs = 20 V Vds = 1 V n− ドレイン V 4 ds S LDMO 当社従来 S 60 /S 5 MO D 2 0 6 4 Q g(×10−14C) p ベース (a)電流密度分布(オン状態) 図10 耐圧とオン抵抗のトレードオフ 140 当社従来LDMOS S D 120 R on×A(mΩ・mm2) 他社プレーナLDMOS G n− ドレイン Vgs = 0 V Vds = 73 V p ベース 100 TLPM/S(実測) 80 60 40 TLPM/S(シミュレーション) 20 p−基板 (b)ポテンシャル分布(オフ状態) 0 0 20 40 60 耐圧(V) 80 100 は,面積抵抗率 Ron×A=62.0 mΩ・mm2 に相当する。また 濃度とゲート酸化膜厚を調整した。このようにゲート電圧 耐圧は 72 V である。 が 5 V に達するまでに必要なゲートチャージ量は TLPM/ − なお,側壁角度や n ドレインイオン注入条件の最適化 S が最も少なかった。これは,TLPM/S では TLPM/D に により,耐圧とオン抵抗のトレードオフが改善することを 比べて帰還容量が低く,また当社従来 LDMOS に比べて に示 シミュレーションで確認しており,その結果を図6 (a) ゲート入力容量が低く抑えられていることによる。これら 2 す(点線) 。耐圧 72 V において Ron×A=53 mΩ・mm に の結果から,TLPM/S はスイッチング特性に優れている 低減できる。 ことが分かる。 次に,TLPM/S のシミュレーションによる解析結果を 述べる。ここでは,73 V 耐圧の TLPM/S のオン状態の電 あとがき (b) , に 流密度分布とオフ状態のポテンシャル分布を図8 (a) 示す。オン状態において,電流はドレインからソースに向 本稿では次世代パワー IC に集積する低オン抵抗 TLPM/ かいトレンチ側壁に沿って流れている。また,オフ状態で S について試作,評価結果を述べた。図10に示すように, は,空乏層は n− ドレインから p− 基板に広がるが,pベー TLPM/S では当社従来 LDMOS に比べ耐圧とオン抵抗の スによりパンチスルーが回避されていることが分かる。 トレードオフが大幅に改善した。さらにゲートチャージ特 性においても,TLPM/S は TLPM/D や当社従来 LDMOS 4.3 ゲートチャージ特性 に比べ,スイッチング特性が優れていることを示した。今 TLPM/S のスイッチング特性を評価するためにゲート 後は,低耐圧 CMOS と TLPM との一体化プロセスの開発 チャージ特性のシミュレーションを行った。その結果を図 を行い,部品点数,信頼性,消費電力などの点においてさ 9 に示す。ここでは,TLPM/S,TLPM/D および当社従 らにメリットの出せる低オン抵抗パワー IC を実現し,携 来 LDMOS について比較を行った。これら三つの MOS お 帯用電子機器の電源 IC や PDP ドライバ IC に適用してい のおののしきい値電圧が 1.0 V 程度になるようにチャネル く所存である。 591(47) 富士時報 低オン抵抗トレンチ横型パワー MOS デバイス技術 Vol.74 No.10 2001 (5) Fujishima, N. ; Salama, C. A. T.A trench lateral power 参考文献 MOSFET using self-aligned trench bottom contact holes. (1) 北村明夫,佐々木修.アナログ C/DMOS デバイス・プロ IEDM Tech. Dig.1997,p.359- 362. (6 ) Fujishima, N. et al.A High Density, Low On-resist- セス技術.富士時報.vol.73,no.8,2000,p.456- 459. (2 ) 多田元,北村明夫.高耐圧 IC プロセス技術.富士時報. vol.69,no.8,1996,p.410- 416. ance, Trench Lateral Power MOSFET with a Trench Bottom Source Contact. Proceedings of ISPSD. 2001, (3) Nakagawa, A. ; Kawaguchi, Y.Improved 20 V Lateral p.143- 146. (7) 杉祥夫ほか.トレンチ底面にソースコンタクトのある高集 Trench Gate Power MOSFETs with Very Low On2 resistance of 7.8 mΩ・mm .ISPSD,2000,p.47- 50. 積低オン抵抗トレンチ横型パワー MOSFET.電気学会電 (4 ) Zitouni, M. et al. A New Concept for the Lateral 子・情報・システム部門大会講演論文集.no.1,2001,p.271- DMOS Transistor for Smart Power IC’ s.Proceedings of 274. ISPSD,1999,p.143- 146. 解 説 単位面積あたりオン抵抗(Ron × A) パ ワ ー MOSFET( Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)のパフォーマンスを示す指標 同じ耐圧でいかに Ron×A を小さくできるかは,各社 のデバイス技術の腕の見せどころである。 の一つに,単位面積あたりオン抵抗(Ron×A)がある。 5 Ω品をつくる場合は 40 Ω・mm2/5 Ω=8 mm2 の面積 R on=5 Ω品がほしい 2 が必要となるが,Ron×A=30 Ω・mm のパワー MOS 2 FET で 5 Ω品をつくるときは 30 Ω・mm /5 Ω=6 mm 2 の面積で済むことになる。 このように,単位面積あたりオン抵抗の低減は,チッ プ面積を低減し低コスト化するために必要であり,パ ワー MOSFET デバイス開発の指標の一つとなってい る。一般的には,高耐圧になるほど Ron×A は大きく なり,低耐圧になるほど Ron×A を小さくできるが, 592(48) R on×A =30 Ω・mm2 では R on×A =40 Ω・mm2 では 6 mm2 8 mm2 R on×A(Ω・mm2) 例えば,Ron×A=40 Ω・mm2 のパワー MOSFET で 100 10 1 0.1 10 100 耐圧(V) 1,000 R on × A と耐圧の関係 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。