富士時報 Vol.77 No.5 2004 ワンチップ技術による高圧センサ 特 集 1 上柳 勝道(うえやなぎ かつみち) 篠田 茂(しのだ しげる) 芦野 仁泰(あしの きみひろ) まえがき が多く故障確率が高いなどの問題点があげられる。 今回開発した高圧センサは,従来のワンチップ技術での 制御システムの電子化が進む中,環境対応のため高効率 メリットを最大限に生かして「小型・高信頼性の製品」を を目指したシステムが要求され,高い圧力を測定する圧力 ターゲットとし,以下の基本コンセプトを基に開発した。 センサの需要が拡大している。 (1) “All in one chip”によるワンチップ構成 民生用や自動車用のエアコンにおいて,脱フロン化によ る圧力媒体の制御性を高度化するために,これまで圧力ス (2 ) 受圧面積最小構造による小型パッケージ , を最大限に生かした世界最小製品を実現 (2 ) (3)(1) イッチが使われているが,アナログ信号を制御するため 1 (4 ) 独自のダイアフラム加工による高耐圧性 ∼ 5 MPa の圧力体を検出する高圧センサへ切り替わりつ (5) 相対圧またはゲージ圧で最大 5 MPa の用途 つある。 製品構成 また,自動車用ではサスペンションの姿勢制御やトラン スミッションの潤滑油圧力制御,さらにブレーキに必要な 油圧制御などのアプリケーションの普及に伴い,圧力の高 図1に今回開発した高圧センサの検出体ユニットの概要 い油圧を検出するための高圧センサのニーズが拡大してい を示す。ダイアフラム上に IC プロセスと同時に拡散配線 る。 からなるピエゾ抵抗を形成し,四つのピエゾ抵抗でホイー 富士電機はこれらの市場ニーズに対応するため,2002 トストンブリッジを構成している。 年 か ら CMOS( Complementary Metal-Oxide-Semicon- また,ダイアフラムは富士電機独自の三次元エッチング ductor)プロセスによるディジタルトリミング型自動車用 技術により高精度かつ丸みのあるダイアフラムが形成され 圧力センサの技術を用いて,世界最小の高圧センサを開発 ており,過大耐圧性を確保している。 した。 信号処理回路は 2002 年度に開発し量産化されている低 (1)∼(3) 本稿では今回開発した高圧センサ(相対圧用途,ゲージ 圧センサ(100 ∼ 400 kPa)の技術を高圧用にチューニン グしたもので,ホイートストンブリッジから出力される電 圧用途)を紹介し,今後の展開について述べる。 圧信号を増幅する高精度増幅器と,センサ特性を校正する 富士電機の高圧センサの特徴 調整回路を形成している。また,自動車のエンジン制御系 から発生するサージ波形やアセンブリ工程内での静電気, 従来の高圧センサには,セラミック電極板を重ねた静電 容量タイプや金属ダイアフラム上にひずみゲージを蒸着し 図1 高圧検出体ユニット たものを検出素子として利用しているものがある。これら の高圧センサは受圧面積が大きいため,検出圧力に対する ピエゾ抵抗 (ダイアフラム) シリコンチップ ダイアフラム 反力を確保する堅ろうなパッケージ構造を設計することが 必要で,最終的な製品寸法が大きくなってしまうというデ メリットがあった。また,これらのセンサは,検出素子の 特性を調整する回路,EMC(Electromagnetic Compatibility)対策としての SMD(Surface Mounted Device)部 品(チップコンデンサやチップ抵抗など)を搭載するため 信号処理回路/ EMC保護素子 台座ガラス 圧力導入口 の回路基板などの部品が多い。さらには,電気的接続部分 上柳 勝道 330(24) 篠田 茂 芦野 仁泰 圧力センサの研究開発に従事。現 圧力センサの研究開発に従事。現 圧力センサの研究開発に従事。現 在,富士電機デバイステクノロ 在,富士電機デバイステクノロ 在,富士電機デバイステクノロ ジー (株) 半導体事業本部半導体工 ジー (株) 半導体事業本部半導体工 ジー (株) 半導体事業本部半導体工 場自動車電装開発部マネージャー。 場自動車電装開発部。 場自動車電装開発部。 富士時報 ワンチップ技術による高圧センサ Vol.77 No.5 2004 さらには外部からの電磁波などから,CMOS で形成され Pin ×(Ao + Ad)= Pr × Af ………………………………(1) た内部回路を保護するための保護素子もすべてワンチップ Pin :印加圧力, 上に備えている。 Ao :O リング内部面積,Ad :ダイアフラム面積, また,相対的な圧力または大気圧力に対するゲージ圧力 Pr :固定圧力,Af :固定圧力面積 を測定するために,シリコンチップの裏面には貫通穴を形 (1) 式 から固定圧力 Pr = Pin ×(Ao + Ad)/Af と置き換え 成し,下部の金属ベースおよび接合層からの応力を緩和さ られ,実際の構造において(Ao + Ad)/Af が非常に小さい せるための台座ガラスを静電接合プロセスによって接合し, ため,固定圧力 Pr を小さくすることができ,固定圧力を 信頼性の高い気密性を確保した。 発生させるアプリケーション側の構造を小型化することが 図2に今回開発した高圧センサセルの概要を示す。高圧 可能となる。 また,印加圧力が発生した際に各部材(センサユニット 検出体ユニットと金属ベースは高温時の強度を確保した接 合構造を用いており,自動車用途における厳しい環境にお と金属ベースとの接合部材,金属ベース)に要求される機 いても高い信頼性を実現している。図3に高圧センサセル 械的強度はそれぞれ応力バランスを考慮した以下の式に の外形を示す。検出機能と処理回路をワンチップで構成し よって表すことができる。 た世界最小の高圧センサセルを実現した。 (2 ) 印加圧力に対する構造設計 Pin ×(Ao + Ad)<σm × Af ……………………………(2 ) 耐圧設計と評価結果 σm :金属ベース弾性限界応力 Pin × Ad <σs × As ………………………………………(3) σs :接合材破断応力,As :ユニット接着面積 4.1 耐圧設計 高圧センサの耐圧設計について述べる。図4に示すのは また,自動車アプリケーションで使用される温度環境 高圧センサセルを模式化したもので,圧力を印加した際の, は−40 ∼+130 ℃と広いため,熱膨張係数の違いによって 印加圧力受圧面積とそれに対する反力の面積を表したもの 発生する熱応力を考慮した設計が必要となる。特にセンサ である。ここで示す筐体(きょうたい)とは,高圧センサ ユニット−金属ベース間に発生する熱応力に関しては,接 セルを取り付ける側を表しており,後述のアプリケーショ 合材料,金属ベース材料の選定が重要なポイントとなる。 図5に高圧センサの FEM(有限要素法)解析モデル図 ン例で詳細に述べる。 この高圧センサセルは固定部から反力を支持して固定す を示す。このモデルを用いて圧力 Pin を印加したときの変 るため,印加圧力と固定荷重との関係は以下のように表す 形・発生応力分布,温度を変化させた場合の熱応力変形・ ことができる。 応力分布を図6に示す。この計算結果を考慮して,各部材 (1) 印加圧力と固定荷重 図4 受圧面・反力面の関係 図2 高圧センサセルの概要 検出体ユニット A S(ユニット接着面積) センサユニット 金属ベース 固定圧力 Oリング リード端子 A f(固定圧力面積) 筐体 A d(ダイアフラム面積) 金属ベース A O(Oリング内部面積) 圧力 P 図3 高圧センサセルの外形 4.45 8.50 11 固定部 Oリング Oリング シーリング部 331(25) 特 集 1 富士時報 ワンチップ技術による高圧センサ Vol.77 No.5 2004 および構造寸法を設計した。 4.3 圧力−出力特性 図8 に 5 MPa をフルスケールとした高圧センサセルの, 4.2 圧力限界試験結果 図7に各温度における圧力限界試験の結果を示す。いず 圧力−出力特性,圧力−出力誤差特性の一例を示す。ここ れの破壊モードも,シリコンでの破壊であり,ここでの実 で圧力−出力特性はダイアフラムの厚さおよび回路の調整 験ではシリコンの感度を 5 MPa に適した厚さに設定した によって,1 ∼ 5 MPa の特性までの広いレンジに対応する ものである。したがって,5 MPa の使用圧力に対して破壊 限界圧力が 20 MPa 以上あることが確認された。 図7 圧力限界試験結果 シリコン 台座ガラス 圧力限界(MPa) 図5 FEM 解析モデル図 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 min typ max 圧力限界 0 50 100 150 温度(℃) 接合部材 図8 圧力ー出力特性 金属ベース 5,000 4,500 シリコン 4,000 ガラス 固定荷重領域 3,500 接合部材 出力(mV) 金属ベース 3,000 2,500 2,000 印加圧力領域 1,500 1,000 500 図6 FEM 解析結果 0 シリコン 0 1 ガラス 接合部材 金属ベース 2 3 圧力(MPa) 4 5 4 5 (a)出力電圧 100 80 60 40 (a)圧力印加時の応力分布 応力 小 シリコン ガラス 熱応力による 最大応力発生箇所 出力誤差(mV) 特 集 1 20 0 −20 −40 −60 −80 金属ベース 大 (b)熱応力 332(26) −100 0 1 2 3 圧力(MPa) (b)圧力誤差 富士時報 ワンチップ技術による高圧センサ Vol.77 No.5 2004 表1 高圧センサセルの基本仕様 ことが可能である。 項 目 単 位 仕 様 備 考 絶対最大電圧 V 16.5 V <1 min 絶対最大圧力 MPa 10 保 存 温 度 ℃ −30∼+125 ℃ 使 用 圧 力 MPa(gauge) 1∼5 出 力 範 囲 V 0.5∼4.5 インタフェース kΩ PU300 PD100 ダイアグ領域 V <0.2/>4.8 4.4 信頼性評価 信頼性試験として以下の項目について検証済みである。 (1) 高温放置試験:130 ℃/2,000 h *1 (2 ) 低温放置試験:−40 ℃/2,000 h (3) 液層熱衝撃試験:40 ∼ 150 ℃/1,000 サイクル (4 ) 圧力サイクル試験:1,000 万サイクル(0 ∼ 1 0MPa) *2 (5) サージ試験:ISO7637 LEVEL-Ⅳ (6 ) EMI 試験:GTEMcell 100 V/m *1:0∼1 MPa,0∼5 MPaまで任意設定可能 *2:配線断線時の出力範囲 4.5 基本仕様 図9 高圧センサアプリケーション例 今回開発した高圧センサの基本仕様は表1に示すとおり である。 あとがき 今回開発した高圧センサセルのアプリケーションは,セ ル単体での実装のほか,図9に示すような外装パッケージ ねじ込みタイプ ねじ止めタイプ 内部(ねじ込みタイプ,樹脂ねじ止めタイプ)へ組み込ん で使うことが可能で,お客様の使い方に合わせた工夫を盛 外装パッケージへの 組込みアプリケーション り込んでいる。富士電機では今後ともお客様に喜ばれる製 品開発を目指す所存である。 参考文献 (1) 上柳勝道ほか.ディジタルトリミング型自動車用圧力セン 高圧センサセル サ.富士時報.vol.74, no.10, 2001, p.581- 583. (2 ) 上柳勝道ほか.自動車用圧力センサ.富士時報.vol.76, no.10, 2003, p.616- 618. (3) 上柳勝道ほか.自動車用圧力センサの要素技術.富士時報. vol.76, no.10, 2003, p.619- 621. 333(27) 特 集 1 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。