富士時報 Vol.80 No.6 2007 第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 特 集 仲野 逸人(なかの はやと) 小野澤 勇一(おのざわ ゆういち) 井川 修(いかわ おさむ) まえがき リーズ」は,放射ノイズを抑えるためゲート抵抗による ターンオン制御が容易である必要がある。 近年,電力制御や電力変換用途に代表されるパワーエレ 第 6 世代 IGBT チップの設計思想 クトロニクス関連技術は,ますます適用範囲を拡大し,社 会に大きく貢献を果たしている。最近の電力変換技術にお ける一般的な要求として,システムの小型化,軽量化,高 . 高性能化 効率化などが挙げられる。したがって,電力変換システム 図 1 に耐圧クラス 1,200 V IGBT のチップ断面構造の移 の中核部品の一つであるパワー半導体デバイスは,これら り変わりを示す。第 5 世代 IGBT から適用されたフィール の要求に対して,低損失,高機能,高出力などの高性能化 ドストップ(FS)構造により,IGBT の薄型化が加速し素 を達成することが重要である。 子性能は飛躍的に向上した。IGBT は薄型化を進めるほど システムの小型化を可能にした最も有効な手段の一つに, 低損失化が可能であり,現在の半導体プロセス技術を用い IGBT PIM(Insulated Gate Bipolar Transistor Power れば,今後さらに薄型化を進めることは可能である。 Integrated Module)の適用が挙げられる。PIM は,イン ターンオフ振動は, “空乏層のリーチスルー”が原因で ( 1) バータ回路,ブレーキ回路,整流用ダイオードに対応する 発生することは以前から知られており,FS 構造による薄 パワー半導体チップが,一つのパッケージに統合集約され 型化において,デバイス厚を制約する一因になっている。 たパワー半導体モジュールであり,サイズメリット,組立 FS-IGBT であっても,ターンオフ振動が観測される電圧 の効率化,経済性などが評価され,その需要は年々拡大し は安全動作領域(SOA)の外にあることが望ましい。 ている。 ターンオフ振動が起こる限界電圧(以下,振動開始電 具体的には,電気的・熱的な最適バランスを達成しつ 圧という)と素子耐圧は相反する関係にある。すなわち, つ,いかにパワー半導体チップを小さくするかが課題であ IGBT の n ドリフト層に高抵抗シリコンを用いれば,薄型 る。IGBT チップは PIM に使われるパワー半導体チップ 化を進めても高い素子耐圧を得ることができる。しかし, の中でも最重要部品であり,PIM 内部において最も広い 振動開始電圧は下がるため,実際には使いにくい素子にな シリコン面積を占め,最も高温になる部品である。そのた る。第 6 世代 IGBT は,このトレードオフ関係をいかに向 め,パッケージの放熱設計は特に重要である。したがって, 上させるかを開発の重点項目とした。 高性能 PIM を実現するためには,高性能チップの開発と, 図 2 は,IGBT 厚さと必要な“理想係数”の関係を示し 高放熱パッケージ技術の確立を同時に実施する必要がある。 たものである。理想係数とは,デバイス厚さとシリコンの PIM に要求される他の重要特性として,低ノイズ放射 抵抗値から理論的に求められる耐圧値と,実際の素子耐圧 が挙げられる。IGBT の発生損失は,オン損失とスイッチ の比率を表したものであり IGBT の重要な設計パラメータ ング損失に区別することができる。オン損失は,ドライ の一つである。図中, “ターンオフ振動しない領域”と示 ブの駆動条件にほとんど影響されることはなく,IGBT の される領域が,素子耐圧を確保でき,かつターンオフ振動 オン電圧に強く依存する。一方で,スイッチング損失は 問題が発生しない領域である。この範囲でデバイスは設計 IGBT のスイッチング特性に大きく依存し,スイッチング されなければならない。例えば 140 µm 厚の IGBT であれ 損失を小さくするためには Von-Eoff のトレードオフをシフ ば,理想係数は 70 % でデバイス設計ができるため,耐圧 トさせればよい。しかし,スイッチング時間が短くなると は出にくい反面,特性のよい構造が適用できる。しかしな 放射ノイズが大きくなり,全体のシステムに影響を与えて がら,120 µm 厚の IGBT は 86 % 以上の理想係数が必要に しまう。したがって,第 6 世代 IGBT モジュール「V シ なり,デバイス設計に特別な考慮を要する。 仲野 逸人 小野澤 勇一 井川 修 パワー半導体の設計開発に従事。 パワー半導体の設計開発に従事。 パワー半導体の設計開発に従事。 現在,富士電機デバイステクノロ 現在,富士電機デバイステクノロ 現在,富士電機デバイステクノロ ジー株式会社半導体事業本部産業 ジー株式会社半導体事業本部産業 ジー株式会社半導体事業本部産業 事業部技術部。 事業部技術部。 事業部技術部マネージャー。電気 化学会会員。 388( 10 ) 第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図1 1,200 V IGBT の各世代チップ断面構造 ゲート エミッタ ゲート エミッタ p n+ n+ n+ p p p ゲート ゲート n−ドリフト層 n−ドリフト層 n−ドリフト層 n− フィールド ストップ層 n−ドリフト層 p+ コレクタ層 n− フィールド ストップ層 n+バッファ層 コレクタ p+ コレクタ層 第 6 世代 (V シリーズ) FS 型 2007 年 コレクタ 第 5 世代 (U シリーズ) FS 型 2002 年 p+ コレクタ層 p+基板 コレクタ 第 3 世代 (N シリーズ) PT 型 1995 年 特 集 n+ エミッタ エミッタ 第 4 世代 (S シリーズ) NPT 型 1998 年 コレクタ 図 オシレーションフリー FS-IGBT における理想係数 図 異なるトレンチゲート構造 IGBT における低電流 dv /dt の R G 依存性 BV >1,300 V V OSC >1,200 V ターンオフ振動しない領域 80 70 60 110 低耐圧 / 低振動開始電圧 120 130 140 150 デバイス厚さ( m) . dv /dt 制御性の向上 スイッチング時の dv/dt 抑制,特に FWD のソフトリカ バリー特性は,低ノイズ放射,システムの安定動作などに 重要であることは広く知られている。かつて,IGBT の主 要構造であったプレーナゲート構造においては,ゲート構 造が簡単であったために,構造に基づいた特性予測が比較 的容易であった。一方で,トレンチゲート構造は,さま ざまな特性を満足するためにより複雑で,組合せバリエー コレクタ電流(IGBT) (A) 90 100 トレンチ A トレンチ B トレンチ C 80 60 RG小 40 RG大 20 100 ns 0 (V) アノード − カソード間電圧(FWD) 理想係数(%) 100 600 RG小 400 RG大 200 トレンチ A トレンチ B トレンチ C 100 ns 0 ション,レイアウトも多様であり,特性予測,特にスイッ チング特性予測が困難な一面もある。そこで,放射ノイズ 低減のために IGBT の dv/dt を制御しやすくする必要があ IGBT のゲート構造の差を見るために,すべて同じ FWD る。 を用いている。この結果から,トレンチ A の構造は,ゲー 図 3 は, 異 な る ゲ ー ト 構 造 で 作 成 し た ト レ ン チ FS- ト抵抗(RG)によるターンオン di/dt,dv/dt の変化が少 IGBT のターンオン特性のゲート抵抗依存性を示している。 なく,ゲート抵抗によるターンオン特性の制御性に乏しい この特性は,一般的に dv/dt が高い低電流領域で取得した。 ことが分かる。一方で,トレンチ C はゲート抵抗により 389( 11 ) 富士時報 Vol.80 No.6 2007 第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 di/dt や dv/dt が大幅に変わることが分かり,この素子は 実験結果 ターンオン特性のゲート抵抗制御性が良好であるといえる。 のと思われる傾向が強い。しかし,現在は FWD のソフト ( 2) 出力特性 . リカバリー化も進み,FWD 単体の特性が問題を引き起こ 図 4 に 1,200 V 75 A の V シ リ ー ズ IGBT お よ び U シ すことは少なくなってきている。しかし,上の例のように, リーズ IGBT の出力特性を示す。電流密度 115 A/cm2,温 トレンチ IGBT においては,ゲートの構造が理由で,ハー 度 125 ℃ に お け る Von は,V シ リ ー ズ IGBT が 1.7 V,U ドスイッチング特性になってしまうことに注意しなければ シ リ ー ズ IGBT が 2. 2 V で あ る。V シ リ ー ズ IGBT で は ドリフト層の薄化と表面構造の最適化により,約 0.5 V の ならない。 Von 低減が実現できている。このことは,この特性をその 次世代 IGBT チップの設計コンセプト まま使って低損失を狙うこともできるが,チップサイズを 小さくしてより低価格で小型の IGBT モジュールを実現で 上述のような課題を解決し,かつ高破壊耐量と高信頼性 きることも意味している。 ( 3) を達成するため,V シリーズ IGBT は次の項目に着目し設 計と最適化を実施した。 ターンオフ振動特性 . 活性部,エッジ部分ともに高い“理想係数”を確保す ( 1) 図 5 は 1,200 V 75 A の V シ リ ー ズ IGBT で,VDC = 1,250 V,IC = 150 A,Tj = 150 ℃という非常に厳しい条件 る構造を採用した。 ターンオフ振動しない設計を確保しつつ,できるだけ ( 2) IGBT の薄型化に努めた。 でターンオフを行ったときの波形であるが,振動は生じて いないことが分かる。ターンオフに関しては,図 5 に示す 150 ℃における負荷短絡耐量を確保するために,短絡 ( 3) 条件以外にも電流・電圧依存性を測定したが,SOA の保 証内では振動しないことを確認している。 電流を調整した。 高速スイッチング性のためにゲート容量を低減した。 ( 4) 素子の破壊耐量と長期信頼性を確保した。 ( 5) ノイズとスイッチング損失のトレードオフ . 図 6 に定格電流依存性はあるが最悪条件の低電流ターン 図 200 200 500 150 150 V シリーズ IGBT 100 0 100 V シリーズ IGBT 50 Uシリーズ IGBT Uシリーズ IGBT 0 0.5 1.0 600 T a =125 ℃ 1.5 2.0 2.5 0 コレクタ - エミッタ間電圧(V) 0.5 1.0 1.5 2.0 50 0 2.5 コレクタ - エミッタ間電圧(V) 電圧(V) T a = 25 ℃ 低電流ターンオン特性の R G 依存性比較 V CE 400 300 200 100 0 V AK 20 100 V GE 10 80 RG小 0 60 −10 40 JC −20 −30 −100 20 RG大 0 100 200 時間(ns) 300 0 400 コレクタ電流密度(A/cm2) V シリーズ IGBT の J -V 特性 ゲート − エミッタ間電圧 (V) 図 コレクタ電流密度(A/cm2) V DC = 1,250 V,I c = 150 A 条件でのターンオフ振動 V CE V CE 400 300 200 V GE V DC =1,250 V (T j =150 ℃) IC CH1 V CE:200 V/div 200 ns/div 390( 12 ) 500 100 CH3 V GE:20 V/div CH2 I C :50 A/div 600 0 V AK 20 10 0 −30 −100 80 60 −10 −20 100 V GE RG小 RG大 0 40 JC 100 200 時間(ns) (b)U シリーズ 20 300 0 400 コレクタ電流密度(A/cm2) 図 電圧(V) (a)V シリーズ ゲート − エミッタ間電圧 (V) 特 集 ハードスイッチング特性は,FWD の設計に起因するも 第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 富士時報 Vol.80 No.6 2007 IGBT のターンオン損失が 220 µJ/A であるのに対して V ト抵抗によるターンオン di/dt の制御性が非常に高いこと シリーズ IGBT は 142 µJ/A であり,約 36 % の損失低減を が分かる。先に述べたように IGBT のターンオン di/dt は 実現している。 特 集 オン試験の波形を示す。図から V シリーズ IGBT ではゲー FWD の dvAK/dt に相当するので,このことはノイズの制 御がゲート抵抗で容易に行えることを意味する。また,従 . 短絡耐量 来の U シリーズ IGBT に比べて同じターンオン di/dt を 図 8(a) に V シリーズ IGBT の短絡試験結果を示す。VDC 実 現 す る た め に は 小 さ い ゲ ー ト 抵 抗 で よ い た め, タ ー = 800 V,Tj = 150 ℃,ゲートパルスは 10 µs,+15 V の ンオン損失を大幅に小さくできる。 図 7 は,ゲート抵抗 条件で,破壊しないことを確認した。 をパラメータにしたときの FWD の低電流(定格電流の また,図 8(b) に示すように意図的に回路に大きなインダ 1/10)における dvAK/dt(max) と,IGBT の定格電流におけ クタンスを付加し,短絡のオフ時にクランプに入るような る Eon のトレードオフを表したものである。低電流におけ 厳しい条件での試験も行ったが,破壊しないことを確認し る dvAK/dt を 10 kV/µs に合わせた場合,従来 U シリーズ た。この試験結果から,V シリーズ IGBT は高い電流遮断 能力と自己クランプ耐量を有していることが確認できた。 図 低電流 dv /dt と定格電流スイッチング損失のトレードオフ . dv /dt(kV/ s) 逆回復 30 V CC E on: =600 V I C =定格 75 A T a=125 ℃ V CC T a =25 ℃ dv /dt: =600 V I C =7.5 A 25 20 が増大するため,チップに発生する損失が同じなら,発熱 は大きくなる。そこで V シリーズでは熱伝導率の大きい V シリーズ IGBT RG小 パッケージを適用することによりこの問題を回避している。 従来の IGBT 図 9 は一般的なモータドライブの駆動条件における損失と 15 ΔTj をシミュレーションしたものである。この図から分か るように,V シリーズのトータル損失は 63 W であり,U4 10 シリーズの 64 W とほぼ同等である。また,そのときの接 RG大 5 142 J/A 0 50 合部温度とケース温度の差ΔTj c は 16.1 ℃であり,チップ - 220 J/A 100 150 200 E on( J/A) ターンオン損失 250 がシュリンクしているにもかかわらず,従来のシリーズと 同等であることが分かる。 図 トータル損失とノイズピークを R G を用いて合わせ込んだ ΔT j-c の比較 150 ℃での短絡試験 100 トータル損失(W) 80 CH3 V GE:20 V/div V CE CH2 I C( IA ) :250 A/div CH1 V CE( ) V AK :200 V/div P rr 90 V GE IC Pf 76 W P on 70 60 64 W 63 W U4(EP3) V(New) P off P sat 50 40 30 20 10 200 ns/div 0 (a)パルス幅 10 s S(PC3) (a)トータル損失 25 V GE CH3 V GE:20 V/div CH2 I C( IA ) :250 A/div CH1 V CE( ) V AK :200 V/div ΔT j-c(deg) 図 総合損失と発熱 小型化のためにチップサイズを小さくする場合,熱抵抗 V CE IC (b)短絡後のクランプ試験 20 15 16.3 15.9 10 5 200 ns/div ΔT j-c IGBT ΔT j-c FWD 0 16.1 7.3 7.3 5.0 S(PC3) U4(EP3) V(New) (b) ΔT j-c の比較 391( 13 ) 富士時報 Vol.80 No.6 2007 図 第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 富士電機の IGBT PIM の製品ラインアップ 特 集 10 A あとがき S シリーズ 1,200 V EP2 本稿では第 6 世代 IGBT モジュール「V シリーズ PIM」 15 A U,U4 シリーズ 25 A EP2 35 A により,低放射ノイズで高性能,そして小型な IGBT PIM サイズで 1,200 V 150 A 定格のモジュールまでカバーする EP3 EP3 75 A 150 A について紹介した。第 6 世代 IGBT チップを搭載すること を実現することができた。この結果,EP3 のパッケージ EP3 50 A 100 A V シリーズ EP2 EP2 サイズ 107.5×45.4×17(mm) EP3 サイズ 122.6×62.6×17(mm) ことが可能となった。富士電機では,経済的で環境に優し い V シリーズ IGBT PIM のいっそうの高性能化・高信頼 化に向け努力していく所存である。 参考文献 Laska, T. et al. The Field Stop IGBT(FS IGBT) - A ( 1) New Power Device Concept with a grate improvement 製品ラインアップ Potential. Proc. ISPSD 2000. p.355-358. Nemoto, M. et al. An Advanced FWD Design Concept ( 2) 図 は 1,200 V PIM の定格電流,モジュールタイプ別 のラインアップを示す。V シリーズでは,EP2 パッケー with Superior Soft Reverse Recovery Characteristics. Proc. ISPSD 2000. p.119-122. ジにおいて 1,200 V 50 A まで,さらに EP3 パッケージに Otsuki, M. et al. Investigation on the short circuit ( 3) おいては 1,200 V 150 A までカバーしており,従来の S シ capability of 1,200 V trench gate field- stop IGBTs. Proc. リーズ,U4 シリーズに比べて幅広いラインアップを実現 ISPSD 2002. p.281-284. し,特に 1,200 V 100 A および 150 A については V シリー ズ IGBT PIM で初めて実現している。 392( 14 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。