富士時報 Vol.79 No.5 2006 特 集 トレンチ形成におけるエッチング特性とプラズマ物性の 関係 矢嶋 理子(やじま あやこ) 脇本 節子(わきもと せつこ) 市川 幸美(いちかわ ゆきみ) まえがき 図 実験装置の構成 トレンチ構造は,MOSFET(Metal-Oxide-Semiconduc- ソースパワー 13.56 MHz tor Field-Effect Transistor)や IGBT(Insulated Gate Biコイル polar Transistor) ,素子絶縁分離,DRAM(Dynamic Random Access Memory)のキャパシタなど,さまざまなデ ICP-RIE ラングミュアプローブ バイスで使用されている。それらのデバイス作製において, 86 mm トレンチエッチング形成はキープロセスであり,トレンチ ウェーハ の深さ,幅,側壁角度などにおいてさまざまな仕様を要求 される。こうしたトレンチ形状を制御するためにはトレ バイアスパワー 13.56 MHz ンチエッチングのメカニズムを解明することが重要である。 また,最近は深いトレンチを使用したデバイスが多く開発 されている。このエッチングプロセスを量産に適用するに を用いたメインエッチング(ME)ステップとから成る。 は,エッチングレート(ER)を向上させ,スループット ( 1( )2) を上げる必要がある。ER は放電パワー(Ws )とマスク ME 条件は,圧力 3.3 Pa,エッチング時間 300 s,バイアス パターンに依存することが知られている。しかし,それら 用高周波(RF)パワー(Wb)一定とし,ER の Ws 依存性 の依存性についてプラズマ物性の立場から論じた研究は少 を調べるために Ws を変化させた。 ( 1( )3) ない。 本報告ではラングミュアプローブ法を用いてプラズマ診 . 計測方法 断を行い,プラズマ物性と Ws やパターン依存性について ト レ ン チ 形 状 の 観 察 は 断 面 SEM(Scanning Electron 調べ,それらを説明するための新たなモデルを幾つか提案 Microscope)を使用した。また,イオンや電子の振る舞 する。 いを調べるために,高周波による電位変動を補償したラ ングミュアプローブを使用した。図 1 に実験装置の構成を 実 験 示す。プローブは,ウェーハ中央の直上 86 mm の位置に セットした。ウェーハとプラズマ間のシースにかかる電圧 . サンプル (1/2 Vpp)は,エッチングチャンバに取り付けられたセン 実験において,サンプルは(100)面 6 インチシリコン サを使用して計測した。 ウェーハを使用した。パターン形成に使用するトレンチマ 実験結果と考察 スクは熱酸化膜を使用した。ER のパターン依存性を調べ るため,パターンを変えたサンプルを用意した。 . . エッチング条件 エッチングレートの W s 依存性 まず,ER とプラズマを生成させるための放電電力 Ws トレンチエッチングは ICP(Inductively Coupled Plas- の関係について述べる。 図 2 に ER の Ws 依存性を示す。 ma)-RIE(Reactive Ion Etching) シ ス テ ム を 用 い た。 ME 条 件 は,SF6 流 量 120 sccm(standard cc/min) ,O2 エッチングレシピは CF4 ガスを用いた短いブレークスルー 流量 120 sccm,HBr 流量 40 sccm である。ER は Ws の増 (BT)ステップと,HBr/SF6/O2 または SF6/O2 混合ガス 矢嶋 理子 加に伴って増加するが,高 Ws においては飽和傾向を示す。 脇本 節子 市川 幸美 IC・パワーデバイスのプロセス研 トレンチエッチング技術,洗浄技 太陽電池,ウェーハプロセスの開 究開発に従事。現在,富士電機ア 術の研究開発に従事。現在,富士 発に従事。現在,富士電機アドバ ドバンストテクノロジー株式会社 電機アドバンストテクノロジー株 ンストテクノロジー株式会社電子 半導体研究所。応用物理学会会員。 式会社半導体研究所。応用物理学 デバイス技術センター副センター 会会員。 長。工学博士。電気学会会員,応 用物理学会会員。 408( 64 ) トレンチ形成におけるエッチング特性とプラズマ物性の関係 富士時報 Vol.79 No.5 2006 図 エッチングレートの W s 依存性(W b = 140 W) 図 RF 放電の等価回路 3.0 特 集 コーティング表面 2.8 ER( m/min) 2.6 2.4 2.2 Cc V pp 1.8 バイアス RF 1.4 プラズマ ステージ電極 1.2 1.0 シース 0 400 800 1,200 1,600 W S(W) 図 トレンチエッチングレートの開口率依存性 3.5 電子密度,イオン電流,RF ピーク電圧の W s 依存性 1.8×1016 500 電子密度 イオン電流 450 1.4×10 16 1.2×10 400 16 1.0×1016 350 0.8×1016 0.6×1016 300 0.4×10 16 250 0.2×10 16 0 400 RFピーク電圧 RFピーク電圧(V) 電子密度(/m3) イオン電流(×10−20A) 1.6×1016 ER( m/min) (W b = 140 W) 0 C t' C s' 2.0 1.6 図 チャンバ壁 Cc Cs Co Ct V pp 200 800 1,200 1,600 W S(W) 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0 0 5 10 15 20 100 開口率(%) ER が飽和傾向を示す要因の一つとなる。 このほかに,エッチングによる副生成物のトレンチ側壁 への付着量が Ws の増加につれて増すことも確認している。 Ws の増加とともに電子密度が増加すると,エッチング生 成物が増加するのに対して排気速度は一定であることが原 因であると考えられ,エッチングを阻害するもう一つの要 この理由を調べるため,ER と正の相関があると考えら 因と考えられる。 れる電子密度とイオン電流(密度)を測定すると,これら の諸量は高 Ws でも飽和しておらず(図 3) ,高 Ws におけ . エッチングレートのパターン依存性 る ER の阻害要因とはならないことが分かる。一方,Vpp ER は開口率(ウェーハ面積に対するエッチング領域の はステージの表面電位を表し( 図 4) ,イオン加速のバイ 比率)やパターン寸法に依存することが知られている。そ アス電圧に比例する量であるが,これは Ws の増加ととも こで,これらについてもプラズマ物性の観点から調べてみ に減少している。したがって,バイアス電圧の低下が ER の飽和をもたらすことが分かる。 ると,以下のことが分かる。 開口率依存性 ( 1) そこで ER の低下する機構を説明するため,エッチング 図 5 にトレンチ ER の開口率依存性を示す。開口率の増 装置の等価回路を図 4 のように考える。ここで,Cc,Cs, 加につれて ER が減少する原因として,一般的には次のよ Co,Ct,Ct’ ,Cs’はそれぞれ,ブロッキングコンデンサ, うな説明がなされている。 ステージ上の絶縁コーティング,マスク酸化膜,シース, エッチング面積増加によるラジカル消費量の増加 (a) チャンバ壁のシース,チャンバ壁の絶縁コーティング容 (b) エッチング面に付着する反応生成物の量の増加によ 量であり,Vpp はグラウンドとステージの間の電圧である。 Cc,Cs’は大きな容量を持ちインピーダンスは十分に小さ ( 1) るエッチングの阻害 しかしプラズマ物性を調べてみると,上記の機構だけ いために無視でき,また Cs,Co は一定である。 ではなく,以下のような機構も関与していることが分か 一方,電子密度が増加するにつれてシースが薄くなるた る。図 6 に開口率① 0 %,② 50 %,③ 100 % におけるラン め,Ct,Ct’は増加する。Wb は一定なのでバイアス高周波 グミュアプローブの I-V 特性を示す。ME 条件は,SF6 流 振幅はほぼ一定と考えられ,結果として,電子密度の増 量 30 sccm,O2 流量 20 sccm,Ws = 400 W,Wb = 0 W で 加とともに Ct に加わる電圧は減少する。すなわち,Ws の ある。図 6 は,開口率が増加するにつれて電子電流は減少 増加につれて Vpp が減少することになり,高 Ws において し,正イオン電流は変化しないことを示している。このこ 409( 65 ) 富士時報 Vol.79 No.5 2006 トレンチ形成におけるエッチング特性とプラズマ物性の関係 とは負イオン密度の増加を意味している。正イオンと電子 口率はすべて 50 % とした。本実験で用いたプラズマのデ の飽和電流の比率が減少するとプラズマ−ウェーハ間に加 バイ長λD は約 100 µm であり,③の場合にはλD に比べて ( 4( )5) パターンははるかに微細である。 が増加するにつれてイオンの加速エネルギーが減少し,こ 図 7(b) , にそれぞれマスクパターン①,②,③におけ (c) れも ER が減少する要因の一つと考えられる。 るラングミュアプローブの I-V 特性,ER を示す。図 7(b) パターン依存性 ( 1) は,①,②,③すべて同じ I-V 特性を示し,開口率が同 開口率が同じでも,パターン寸法が異なると ER も変 じであれば,ウェーハ上部でのプラズマの状態は同じであ に示すような 化する。これについて調べるため, 図 7(a) り,電子温度,電子密度,活性種には変化がないことを示 三つの異なったマスクパターンを用意した。それぞれ① の ME 条 件 は,SF6 流 量 120 sccm,O2 し て い る。 図 7(c) 100 µm × 100 µm 格 子, ② 50 µm × 50 µm 格 子, ③ ラ イ 流量 120 sccm,HBr 流量 40 sccm であるが,図に示すよ ン & スペース(L/S = 5 µm/5 µm)パターンであり,開 うに,パターン③の ER は,パターン①,②よりも大きい。 ( 3) 通常,トレンチ幅が減少するのに従って ER は減少する。 図 ラングミュアプローブ I -V 特性の開口率依存性 しかし,今回の結果では,トレンチ幅の広いパターン①, ②の方が,幅の狭いトレンチパターン③よりも ER が低い 結果となった。 電流(×10−3A) 2.5 ① 2.0 1.5 図 7(c) の結果は,次のように解釈することができる。 ウェーハの全表面が熱酸化膜によって覆われている (a) ② 1.0 ときはシース厚は一様であり,図 8(a) のようなプロー ③ ブ(I-V)特性を動特性として自己バイアスが発生す 0.5 ( 4( )5) る。 0 −40 −20 0 20 ①開口率 0 % ②開口率 50 % ③開口率 100 % 40 電位(V) (b) 全表面がシリコンの場合,シリコンの方が熱酸化膜 よりも二次電子放出係数(γ係数)が大きいと考えら れるので,二次電子放出が見かけ上のイオン電流増加 に寄与する。そして,プローブ特性のプラズマ浮遊電 図 のようにプラズマ空間電位側,すな 位(Vf)は図 8(b) トレンチエッチングのマスクパターン依存性 わち高電位側へシフトする。結果として,図 9 に示す ように,イオンを加速するエネルギーが減少する。 図 ① ② ステージ I -V 特性 ③ (a)マスクパターン 電子電流 プラズマ 電流(×10−3A) 2.0 Vf (二次電子放出なし) シース ①,②,③ ステージ電流 SiO2 1.5 Si 1.0 イオン電流 (a)全表面がSiO2に覆われたとき 0.5 0 −40 −20 0 20 ステージ電流 40 電位(V) (b)ラングミュアプローブI -V 特性のパターン依存性 Vf (二次電子放出なし) プラズマ シース 1.75 放出による電子電流 1.65 (b)全表面がSiのとき 1.60 プラズマ 1.55 シース 1.50 1.45 プラズマ シース SiO2 Si ① ② ③ (c)トレンチエッチングレートのパターン依存性 410( 66 ) Vf (二次電子放出あり) Si 1.70 ER( m/min) 特 集 わるセルフバイアス電圧が減少する。したがって,開口率 (c)パターン周期> プラズマデバイ長 Si (d)パターン周期< プラズマデバイ長 トレンチ形成におけるエッチング特性とプラズマ物性の関係 富士時報 Vol.79 No.5 2006 図 二次電子放出効果によるセルフバイアス電圧変化 で説明できるが,より詳細な実験により検証する必要があ る。 特 集 セルフバイアス小 あとがき RF電流 誘導結合型プラズマ(ICP)エッチャにおいて,ER に セルフバイアス大 対する Ws とパターンの依存性についてプラズマ物性を調 γ係数大 V t プラズマ電位 べ,そのメカニズムを考察した。トレンチエッチングの制 御性を上げることは,今後ますます重要になってくる。富 士電機は精密なエッチング制御を目的として,いまだよく 分かっていないエッチングメカニズム解明の研究を進めて いく所存である。 終わりに,本研究を行うにあたり,実験ならびに解析に バイアス電圧 t I おいて多大なる助言をいただいた武蔵工業大学の松村昭作 教授に感謝する次第である。 図 8(c) のようにパターン周期がデバイ長と同等,も (c) しくは長いとき(図 7(a) ①,②に相当) ,シースはパ 参考文献 Cabrujya, E. ; Schreiner, M. Deep trenches in silicon using ( 1) ターンに追従する。このとき,表面が熱酸化膜に覆わ photoresist as a mask. Sensors and Actuators A. 37- 38, れた部分のプローブ特性は図 8(a) となり,表面がシリ 1993, p.766-771. コン部分の特性は図 8(b) となる。 Vyvoda, M. A. el al. Effects of plasma conditions on the ( 2) パターン周期がデバイ長よりも短いとき(図 7(a) ③ (d) shapes of features etched in Cl2 and HBr plasmas. I. Bulk に相当) ,シースはマスクパターンに追従せず, 図 8 crystalline silicon etching. J. Vac. Sci. Technol. A vol.16, に示すように図 8(a) と の平均を示す。この場合, (b) (d) シリコン表面における Vf は Vs を基準として図 8(b) よ no.6, 1998-11/12, p.3247-3258. Cooper, K. et al. Magnetically enhanced RIE etching ( 3) りもマイナス側へシフトし,イオンを加速するエネル of submicron silicon trenches. SPIE. vol.1392, Advanced ギーが増加する。 Techniques for Integrated Circuit Processing. 1990, ③のシリコン露出面に加わ 結果として,パターン図 7(a) るバイアス電圧はパターン図 7(a) ①,②よりも大きくなる。 上で提案したモデルは,従来あまり着目されていなかっ たエッチング表面からの二次電子放出がバイアスに及ぼ におけるパ す効果を定性的に説明したものである。図 7(c) p.253-264. 市川幸美ほか.プラズマ半導体プロセス工学.内田老鶴圃. ( 4) 2003-7. Lieberman, M. ; Lichetenberg, A. プラズマ/プロセスの原 ( 5) 理.ED リサーチ社.2001-11. ターン①,②,③の ER の差は,上記の二次電子放出効果 411( 67 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。