はすば歯車の回転伝達誤差シミュレーション技術の開発

はすば歯車の回転伝達誤差シミュレーション技術の開発
Development of Angular Transmission Error Simulation of Helical Gear
川島 康成*
園田 徹也*
Yasunari KAWASHIMA Tetsuya SONODA
要
旨
複写機,プリンタの画像形成においては,動力伝達機構に起因する歯車の回転伝達誤差は重要
で,特にカラー多色重ね合わせの色ずれと濃度ムラが画像として現れるが,これを防止するため
の振動解析モデルを提案した.すなわち,歯車駆動系からみた色ずれの要因としての歯車偏心に
よる歯車周期の振動,および濃度ムラの要因としての歯車かみあい周期の振動を考慮して,歯面
精度の影響を受ける回転振動と,偏心の影響を受ける並進運動を独立したレイヤー構造のモデル
で構築し,それぞれを力ベクトルで結合することにより偏心振動(色ずれ)とかみあい振動(濃
度ムラ)の同時解析が実施される.これにより,設計段階で歯車精度に対する回転伝達誤差を事
前予測できるだけでなく,歯車列モデルへの展開も可能となった.
ABSTRACT
A new simulation system for both ratational and translational vibration in imaging formation of copier or
printer is constracted in order to reduce the angular transmission error, especially, inducing the mis-color
registration and the banding. The principal factors of the mis-color registration (vibration in low frequence
band) and the banding (vibration in high frequence band) are corresponding to the vibrations in one
cycle of gear rotation and the tooth-tooth gearing vibration. The system combining the rotational
vibration according to the influence of tooth surface deviation and translational vibration is proposed
accounting the force vectors. It is possible to analyze the mis-color registration and the banding
simultaneously, and also apply to predict the angular transmission property for gear precision and to gear
set simulation.
*
研究開発本部 生産技術研究所
Manufacturing Technology R&D Center, Research and Development Group
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n
Ft = ∑ Kθ (η , i ) ⋅ {δ (i ) − e(η , i )}
1.背景と目的
(2)
i =1
複写機,プリンタの高画質化が要求される中,動力伝達
ここで, i :かみあい歯対, n :かみあい総歯対数, e :
機構である歯車の回転伝達誤差が画像に大きく影響を及ぼす.
接触位置で変化する歯車精度, η :無次元接触位置,であ
特にカラー多色重ね合わせ時に,色ずれと濃度ムラが発生す
る.
るため,この回転伝達誤差低減が重要となる.駆動系からみ
た色ずれの要因としては,歯車偏心による歯車1回転周期の
振動,また濃度ムラの要因としては歯車かみあい周期の振動
が顕著である.
この歯車偏心に関する研究
する研究
1)
や,歯車かみあい振動に関
2)
は多数見られるが,画像機器用にとって重要な
Fig.1
色ずれ(低周波帯域の振動)と濃度ムラ(高周波帯域の振
Eccentric model of gear pair.
動)を同時解析する歯車駆動モデルは複雑なモデルとなり,
解析が困難であった.
そこで,歯面精度の影響を受ける回転振動と偏心の影響
を受ける並進運動を独立したレイヤー構造のモデルで構築し,
それぞれを力ベクトルで結合する振動解析モデルを提案し,
解析モデルのシンプル化を図った.本稿では,この解析モデ
ルを用いた偏心振動(色ずれ)とかみあい振動(濃度ムラ)
の同時解析,及び実験検証の結果について報告する.
Fig.2
2.技術
2-1
歯車振動解析のモデル化
Tooth pair's Stiffness.
かみあい力 Ft を用いて,Fig.3のように歯車のかみあいモ
3)
デルを設定し,歯車重心での回転方向( θ )と並進方向
インボリュート歯車の運動は,基礎円上に相当する円板
( x, y )に関する運動方程式を(3)式~(5)式に示す.
Jθ&& + Cθθ& = T − Ftrb
にたすき掛けベルトを巻きつけた巻き掛け伝動装置とみなす
+ (Kjxx )ε sin(θ&t + φ ) − (Kjyy )ε cos(θ&t + φ )
ことが出来る.そこで,偏心をもつ駆動側と従動側の円板が
(3)
回転移動と並進移動した場合に巻き取る量の差分が歯車歯対
m&x& + Cxx& + Kjxx = − Ft sin αw + mεθ& 2 cos(θ&t + φ )
のたわみ量 δ と仮定する.そのたわみ量 δ は,Fig.1のよう
(4)
に円板の回転によって巻き取る量の差分 δA (= P 2c と P 2b の
円 弧 - P1c と P1b の 円 弧 ) と 接 点 間 距 離 の 変 化 長 δB
&2
m&y& + Cyy& + Kjyy = − Ft cos αw + mεθ sin(θ&t + φ )
(5)
(= P 2aP1a − P 2 P1 )と接点角度の変化量の差分 δC (= P 2a と
P 2b の円弧- P1a と P1b の円弧)の和から(1)式となる.
ここで, m :歯車質量, J :慣性モーメント, Cθ :回
さらに,この歯車間でのかみあい力 Ft はFig.2の予備実験
転方向減衰係数, Cx : x 方向減衰係数, Cy : y 方向減衰係
から求めたかみあい剛性値 Kθ を用いると(2)式となる.
数, T :駆動トルク, rb :基礎円半径, Kjx : x 方向軸受け
剛性, Kjy : y 方向軸受け剛性, ε :偏心量, φ :偏心位相,
δ (i ) = δA(i ) + δB (i ) + δC (i )
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(1)
αw :かみあい圧力角,である.
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y
T ,θ
K jx
ε
O
φ
Oj
K jy
Ft
αw
x
rb
Fig.3
Rotational vibration model of eccentricity helical
gear.
偏心回転に伴いかみあい力 Ft の方向は逐次変化するので,
Fig.5
Fig.4のようにかみあい力 Ft の働く方向(作用線)を算出す
Experimental apparatus for transmission error.
るためのレイヤーを設ける.作用線は基礎円上を結ぶ伸縮自
在のリンクとして設定し,偏心回転によって変化する基礎円
Table 1
同士の接線を逐次算出する.ここで求めた方向を参照して回
Specifications of gears.
Driving Gear
転振動モデルのレイヤーにかみあい力 Ft を設定する.
Module
Number of teeth
Fig.4
Driven Gear
0.5
50
180
Pressure angle (deg.)
20
Helix angle (deg.)
16
Calculation of mesh force direction.
Face width (mm)
15.5
12
Material
S55C
POM
Center distance (mm)
59.817
Transverse contact ratio
1.589
モータや従動側歯車とカップリング結合されたブレーキ,エ
Overlap contact ratio
2.106
ンコーダの機構要素(Fig.5参照)についても運動方程式
Total contact ratio
3.695
(計12自由度)を設定し,連立させて解析する.
Brake torque (Nm)
-
0.6
Rotational speed (rpm)
286.5
79.6
以上,歯車のモデル化について説明したが,歯車以外の
2-2
検証用歯車評価装置とはすば歯車諸元
Fig.5に検証用歯車評価装置を示す.JIS-0級の駆動歯車を
2-3
ロータリーエンコーダ1とモータが連結された駆動軸に取り
検証用歯車の歯車精度
付ける.また,評価歯車をロータリーエンコーダ2と負荷用
歯車を成形した場合,成形条件によって歯車精度が変化
ブレーキとトルク計が連結された従動軸に取り付ける.この
する.そこで,歯車精度の異なる6種類(No.A~No.F)の歯
駆動軸と従動軸の回転角度の差より回転伝達誤差を測定する.
車を用意し,シミュレーションモデルの検証を行うとともに,
評価する歯車諸元と駆動条件をTable 1に示す.
形状精度に対する回転伝達誤差を求める.Fig.6に歯面精度
(Fp:累積ピッチ誤差,FB:はすじ誤差)と偏心精度
(Fe:偏心量,φ:偏心位相)の測定データを示す.
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Fp(µm)
C
50
Fp(µm)
-50
50
0
PV=46
-50
D
0
PV=45
Fp(µm)
E
0
Fp(µm)
-50
50
0
PV=42
-50
50
F
PV=60
-50
0
Fig.6
FB(µm)
FB(µm)
PV=30
FB(µm)
B
FB(µm)
0
PV=28
-50
50
FB(µm)
0
Helix devitaion
FB(µm)
Fp(µm)
A
Fp(µm)
No Total cumulative pitch deviation
50
30 60 90 120 150 180
Tooth Number
50
Eccentricity
13.7/1000rad/sで実験結果の13.3/1000rad/sとよく一致して
Fe=8µm
φ=180deg.
いる.
Fe=8µm
φ=180deg.
差Veに関して,実測と良く一致し,歯車解析モデルとして
PV=10
0
-50
50
0
PV=12
-50
50
PV=19
0
回転伝達誤差としての最大角度誤差Aeとかみあい速度誤
の妥当性が確認できた.
Fe=8µm
φ=180deg.
-50
50
0
PV=27
-50
50
0
-50
50
0
PV=34
PV=67
-50
Fe=11µm
φ=180deg.
Fe=13µm
φ=180deg.
Fe=29µm
φ=180deg.
Fig.7
Angle error of gear C.
0
6 12
Face
width
Face
width(mm)
Tooth surface deviation and eccentricity precision.
2-4
数値解析および実験結果
2-4-1
回転伝達誤差の検証
回転伝達誤差として,①最大角度誤差と②かみあい速度
Fig.8
誤差を定義して検証する.
①
Velocity error of gear C.
最大角度誤差Ae:評価歯車1回転周期中の角度誤差
(=従動軸回転角-駆動軸回転角×減速比)の最大振
2-4-2
幅(両側振幅値).
②
歯車精度と回転伝達誤差の関係
かみあい速度誤差Ve:評価歯車1回転周期中の角度誤
歯車精度の累積ピッチ誤差に対する最大角度誤差Aeを
差を微分して速度に変換し,それをFFT処理した際の
Fig.9に示す.偏心誤差を考慮しない場合はグラフ上の直線
かみあい周波数成分の値(片側振幅値).
となるが,歯車自身の偏心と位相関係を考慮することで,実
Fig.7に歯車No.Cにおける回転角度に対する角度誤差を示
験値に対応した解析結果を得ている.
す.解析結果と実験結果は波形形状とAe値ともよく一致し
歯車精度のはすじ誤差に対するかみあい速度誤差Veを
ていることがわかる.歯車No.Cは累積ピッチ誤差46μmに対
Fig.10に示す.はすじ誤差の増加に伴いかみあい速度誤差Ve
して偏心量8μmであるので,前者の影響が大きく角度誤差
が大きくなる.これは,はすじ誤差によって(2)式の歯車
に表れることが確認できる.最大角度誤差Ae=1.4/1000rad
精度 e の変化が大きくなり,かみあい力 Ft の振動成分が増
は,感光体ドラム半径r=15mmの場合,約21μmの色ずれと
えること,また,歯面精度 e の悪化により実質的に接触領域
なる.
(接触歯幅)が減少し,一歯あたりの駆動トルクが増加する
Fig.8に速度誤差を示す.解析した回転速度では,かみあ
ため速度誤差Veが大きくなると解析結果から考察できる.
い周 波 数 が 238Hz と な り , そ の か み あ い 速 度 誤 差Ve は
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4.今後の展開
歯車の歯面精度と偏心に関するモデル化とその検証結果
について報告した.今後,組付け精度(歯車回転軸の傾斜,
歯車の傾斜)も加え,歯車列モデルへの展開を図る.
参考文献
1)
Fig.9
Maximum Angle Error.
楠田,池田,大桐,別紙:多対歯車駆動列の偏心による回転偏
差,日本機械学会論文集(C編),66-648(2000),pp.2784-
2790.
2)
田中,矢鍋,加納,市野:平歯車対の歯形修正と回転伝達誤
差,日本機械学会講演会論文集,No.007-1(2000),pp.29-30.
3)
川島:はすば歯車の歯面精度と偏心による回転伝達誤差,日本
機械学会講演会論文集,No.023-1(2002),pp.145-146.
Fig.10 Mesh Velocity Error.
3.成果
歯車精度(歯面精度と偏心)を考慮した歯車振動解析モ
デルを提案し,応答解析と実験による検証を行い,以下の結
果を得た.
(1)はすば歯車の偏心振動とかみあい振動を,並進移動を
考慮した解析モデルとすることで同時解析が可能とな
る.
(2)上記手法を用いて回転伝達誤差を解析した結果,最大
角度誤差Aeとかみあい速度誤差Veとも実験結果と一致
する.
(3)最大角度誤差Aeは,累積ピッチ誤差と歯車偏心・位相
の影響を受け,かみあい速度誤差Veは,はすじ誤差の
影響を受ける.
以上のことから,設計段階での歯車精度に対する回転伝
達誤差を事前予測することが可能となった.
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