沖電気研究開発 2000年10月 第184号 Vol.67 No.3 SPA特集 SOI低電圧アナログ回路技術 SOI Low Voltage Analog Circuit Technology 田 辺 晋 司 近 藤 守 Shinji Tanabe Mamoru Kondo 要 旨 従来,アナログ回路の低電圧化はデジタル回路に対して遅れをとってきたが,市場環境の 変化により同時開発が求められている。今回,SOIプロセスを用いたアナログ要素回路を設計 しBulk (従来型CMOS) プロセスを用いた同じ回路との間で,特性の比較評価を行った。その 結果,完全空乏型SOIデバイスの良好なサブスレッショルド特性等により,低電圧化実現の見 通しが得られた。 混載回路への適用も,増加するものと期待される。 1.ま え が き このことを検証するため今回,低電圧用にアナログ 要素回路を搭載したTEG (Test Element Group) を設計, LSIのプロセス技術はバイポーラからNMOS,CMOS 評価した。設計ルールは0.2um である。評価について へと変遷して来たが,最優先に考慮されるアイテムは は同じ回路を0.35um Bulkプロセスの結果と比較した。 常に消費電力であった1) 。低電力化へ最も効果的なア 本稿ではこのアナログ要素回路についてBulkと同等 プローチは動作電圧の低減であり,プロセス技術の微 以上である事を示す。特に,温度特性や交流特性にお 細化に則した形でロジック回路においては低電圧化が いては優位な結果が得られたことを示す。 推し進められている。 2.評価TEG概要 しかし,アナログ回路の低電圧化はS/Nやダイナミッ クレンジといった信号品質に対し不利に働くため,実 現に関しては常にロジック回路に遅れを取ってきた。 2.1 たとえば,電源電圧が下がれば信号振幅も同時に下げ (1) 定電圧源回路 ねばならず,性能を保ったままこれを実現するのは設 Vthを基準とする一般的な自己バイアス部と出力部 計者にとって大きな負担となる。 搭載回路 を持った回路である。主な用途はオペアンプやVCOな こうした中,低電圧化に最も直結する技術として, どにバイアス電位を与えるための電圧源でバンドギャッ 良好なサブスレッショルド特性を持ち,しきい値 (以下 プ回路ほどの対温度安定性は必要ないが,使用電源電 Vth) を下げてもオフリークが抑えられるSOI (Silicon- 圧近辺での出力安定性を内部ノードも含め確認する必 on-Insulator) プロセスを検討した。 要がある。 (2) オペアンプ この技術により,デジタル回路のみならずアナログ 回路においても低電圧を実現することができ,両者の ··················································· 田辺晋司 近藤 守 シリコンソリュー ションカンパニー LSI事業部 先端商 品開発第一部 シリコンソリュー ションカンパニー LSI事業部 LSI設 計部 アナログ回路の基本要素となるものでゲイン,帯域, ダイナミックレンジ等は重要なファクタになる。パッ シブ素子の付加により,反転増幅器やフィルタなどを 構成し,LSI内部回路に使われる。 (3) フィルタ オペアンプを用いて構成したローパスフィルタであ ―― 77 ―― SPA特集 ❖ SOI低電圧アナログ回路技術 -電圧出力部 出力 バイアス部 ノード 1 ノード 2 + 入力 電圧出力 図3 ボルテージフォロア回路 ノード 3 Fig. 3 Voltage follower circuit 図1 定電圧源回路 2.0 Fig. 1 Power supply circuit 出力(V) -- 入力 + 出力 VDD=1.5V Fin=1KHz 入力 中Vth 低Vth 高Vth 1.5 1.0 0.5 SG 0.0 1.4 図2 ローパスフィルタ回路 1.6 1.8 Fig. 2 Lowpass filter circuit 2.0 2.2 2.4 時間(ms) 図4 ボルテージフォロア入出力特性 Fig. 4 Voltage follower characteristic り,図2に回路図を示す。2次のバターワース特性を 持たせ,カットオフ周波数は160KHzである。 2.2 SOIプロセスとアナログ回路 デジタル回路では,Vthの低減は動作速度の向上に SOIプロセスの特徴は基本特性として,以下の2点 が挙げられる。 寄与するが2) ,アナログ回路の場合,この例に示すよ うに動作信号範囲の向上という形で現れる。 • 急峻なサブスレッショルド特性 第2の特徴であるVthの温度特性の良さは,今回搭 • Bulkに比べ平坦なVthの温度特性 載し評価したVthでレベルの決まるバイアス回路やア 次に,こうした特徴の実際のアナログ回路に及ぼす ナログスイッチの通過レンジといった電圧特性,ある いはトランジスタのゲート電圧 (Vgs) とVthの差分で決 効用を述べる。 第1のサブスレッショルド特性が急峻であるという まる電流特性の安定化にも寄与する。 特徴はオフリーク特性の向上を意味し,待機時の消費 一方,懸念材料としては高電圧時のドレイン電流増 電力を小さくできる。オフリーク電流をBulkと同じに 加による回路への影響が挙げられる。バイアス回路な すれば Vthを低く設定できるので,信号範囲を大きく どでは,中間ノードのレベル変動が起こり得るため, 取れる。したがって,ダイナミック特性を向上できる。 定電圧源回路の特性で検証する。 たとえば,図3に示すようなオペアンプを使ったボ 3.評 価 結 果 ルテージフォロアでは,Vthによって入出力範囲が制 限される。Vthが高い時は入力に対する追従性が悪く なっており,シミュレーションによるこの波形を図4 に示す。 試作したTEGのトランジスタ特性を表1に示す。本 プロセスはアナログ回路用であるため通常のロジック オペアンプには様々な回路形式があるが,Vthが高 い時は入力の差動用トランジスタの振幅余裕が減少し 用プロセスに抵抗,およびポリシリコンを用いたキャ パシタの工程が盛込まれている。 飽和動作から抜けてしまい,出力トランジスタがスイッ 一般にアナログ回路ではVthのL依存が小さい領域を チ動作になり入力に追従しなくなる。この回路の場合, 用いる。これによりサブスレッショルド係数やオフリー 電源側出力が定電流型であるため,接地側出力のみが ク電流特性は向上する。 特に影響を受けている。 各要素回路の評価結果を順に紹介する。 ―― 78 ―― 沖電気研究開発 2000年10月 第184号 Vol.67 No.3 0.55 表1 SOIプロセス試作結果 SOI(Floating-body ) Table 1 SOI process characteristics Nch 目 バイアス出力(V) 項 SOI(Body-tie ) Pch SIMOX 基 板 45 ゲート酸化膜厚(Å) ゲート長 (um) 0.20 0.50 0.45 0.40 Vth (V) 0.19 0.32 飽和電流@1V (uA/um) 149 -57 サブスレッショルド特性 (mV/dec) 73 78 0.35 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2.0 VDD(V) 210/400 ポリシリコン抵抗(Ω/□) Bulk 図6 定電圧源回路の出力特性 Fig. 6 Power supply circuit output characteristics 1.4 SOI Bulk SOI Bulk SOI Bulk 1.2 電圧(V) 1.0 ノード 1 Gate 0.8 ノード 2 e- 0.6 0.4 Source ノード 3 h+ body Drain 0.2 0.0 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 図7 寄生バイポーラ効果 VDD(V) Fig. 7 Parastic bipolar effect 図5 定電圧源回路の内部電位 Fig. 5 Power supply circuit internal level 0.5 バイアス出力(V) (1) 定電圧源回路 図5にバイアス部の各ノードの実測値を示してある。 アナログ回路の場合,この回路のようにトランジスタ が縦積みになり各々が,飽和領域で動作するため電位 関係が変動しやすい。しかし,各ポイントの波形は VDD=1.5V 0.45 SOI(Floating-body) SOI(Body-tie) Bulk 0.4 SOI,Bulk共Vthによる差はあるものの,同様の形を示 0.35 0 している。特に重要なノードは1であり,電源電圧に 25 T(℃) 75 追従し差分の0.6Vがほぼ保たれている。この電位が出 図8 定電圧源回路の温度特性 力段のPチャネルトランジスタのゲート電圧 (Vgs) にな Fig. 8 Power supply circuit thermal characteristics る。一方,ノード2,3は一定であり,電源電圧1.8V までは,動作は安定しているといえる。 みバイポーラトランジスタとして動作することである。 出力電圧については,図6に電源依存特性を示す。 SOIでの回路は通常のチャネル部がいずれにも接続さ ボディタイを取った回路では,これが吸い出され電源 電圧2.0Vまで安定した出力を保っている。 れていないフローティングボディの水準と,ボディタ イ (チャネル部とソースの接続) の水準がある。 使用する電源電圧範囲によっては,このようにボディ タイを取る事が必要である。 各水準とも,電源仕様範囲 (1.5V±0.15V) における出 温度特性については図8に示した。ここでは0℃か 力値は0.43 − 0.46Vの値であり,それぞれ変動率はゼ ら75℃の範囲でSOIの回路が20mVの変動に対しBulkの ロである。 回路では50mVとSOIプロセスの優位性を示している。 仕様範囲外である高電圧側を見るとSOIのフローティ ングボディの水準では出力が上がり気味になっている。 これは,Bulkに対するSOIの特徴であるVthの温度係数 が小さいことに起因している。 3) (2) オペアンプ これは寄生バイポーラ効果によるものと考えられる 。 図7にこの現象のメカニズムを示した。これはドレ 反転増幅器の入出力特性を測定した。抵抗値はドラ イン近傍に発生したホットキャリアがソースへ流れ込 イブ能力である10KΩにしてある。測定結果を図9に ―― 79 ―― SPA特集 ❖ SOI低電圧アナログ回路技術 1.8 出力電圧(V) スを用いたオペアンプの方が特性が優れているといえ VIN SOI @ VDD= 1.35V Bulk@VDD=1.35V SOI @ VDD= 1 .65V Bulk@VDD=1.65V 1.6 1.4 る。 (3) フィルタ 1.2 1.0 オペアンプを使った応用回路としてローパスフィル 0.8 タを評価した周波数特性を図10に示す。通過帯域での 0.6 0.4 ゲイン変動は見られず,−3dB減衰を示すカットオフ 0.2 周波数は約160KHzになっており計算通りの特性になっ 0.0 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 ている。 直流入力電圧(V) 図9 反転増幅器の特性 Fig. 9 Inverted amplifier characteristics 4.あ と が き SOIプロセスを用いたアナログ回路の低電圧化につ 表2 オペアンプの特性比較 いて評価を行い,以下の結果を得た。 Table 2 Comparison of operational-AMP ① 各要素回路は,電源電圧を3Vから1.5Vに下げて SOIアンプ(VDD=1.5V) Bulkアンプ(VDD=1.5V) Bulkアンプ(VDD=3V) 項目 入力範囲(V) 0.1-VDD 0.2-VDD 0.2-VDD 直流ゲイン (dB) 75 80 83 消費電流 (uA) 98 143 220 オープンループ帯域 (MHz@0dB) 7.5 4.5 6.8 差動増幅器帯域 (MHz@-3dB) 6.0 3.5 4.0 もBulkと比して良好な直流特性を示した。 ② 帯域やダイナミックレンジなどの交流特性は, オペアンプ,アクティブフィルタにおいて, Bulk の3Vと同等以上の特性である事が確認され た。 ③ 押さえることができ,必要に応じて使い分けで 5 0 きる事が確認された。 ゲイン(dB) -5 このように,アナログ回路の低電圧化について,技 -10 SOI Bulk -15 術的な見通しが得られた。今後,商品化に向けて VDD=1.5V 入力:0.8Vpp -20 -25 ① PLL (Phase Lock Loop) , SCF (Switched Capacitor Filter) といった,より規模の大きい -30 -35 寄生バイポーラ効果はボディタイにより完全に 100 10 要素回路の低電圧動作の検証 1000 入力周波数(KHz) 図10 ② ローパスフィルタの周波数特性 具体機能を持つ低電圧アナログLSIとして電源 電圧1V級の高速サンプリング型AD/DA変換回 Fig. 10 Lowpass filter frequency characteristics 路の開発 ③ 示す。アナロググランド (Vsg) であるVDD/2に対して 高周波アナログの領域でSOIプロセスが有利と される素子間遮蔽効果の解析を行う。 対称性のよい特性になっている。 5.参 考 文 献 オペアンプの諸特性についてSOIとBulkの比較を表 2に示す。直流ゲインは実測で75dBあり,ほとんどの 用途で使用できるレベルである。差動増幅器の利得は− 1) 桜井,他 : 低消費電力,高速LSI技術,リアライズ 3dBで規定してあるが,これもSOIが上回っている。ま た,表には掲げてないが差動入力段のオフセットは4mV 社,1998 2) 横溝,他 : SOIデバイス技術,沖電気研究開発第 180号,VOL 66,No.1,pp.69∼72,1999 で収まっており,MOSプロセスである事を考慮すると 3) 豊田,他 : SIMOX LSI技術 最新レポート,(株) 十分な値である。 全体的に見て,Bulkプロセスを用いた電源3Vのオペ アンプと比べても,帯域,消費電流などでSOIプロセ ―― 80 ―― ハイテクノロジー推進研究所,1998