携帯機器用低電力64Mb SDRAM SRAMに匹敵する待機時電流を実現したSDRAM [635KB]

携帯機器用低電力64Mb SDRAM
−SRAMに匹敵する待機時電流を実現したSDRAM−
黒木 浩二
モバイル機器を取り巻く環境は,無線通信技術の向上に
GNDへの電流パスが発生する。厳密に言えば,VBL電位
より手軽に動画や音楽を入手できるようになってきた。ま
を発生するHVCC回路-BL-GNDへの電流パスが発生し貫
た,携帯電話に代表されるように低価格な携帯機器の登場
通電流が生じる。なお,通常動作(Write/Read)に関し
で,モバイル機器の一般家庭への普及が急速に進んでいる。
ては,DRAMは冗長置換という機能が搭載されているの
そのような状況の中から携帯機器に使用されるランダ
で,その範囲内であれば全く問題なく動作することを付
ム・アクセス・メモリ(以下,RAM)に求められるニー
ズは,①長時間動作を実現するために低消費電力である
け加えておく。
第3は,リーク電流である。図1からも分かるように,
こと,②一度に大量の情報を短時間で処理するために大
一般的にリーク電流は温度依存があり高温側で増加する
容量かつ高速処理であること,③消費者に低価格で供給
傾向にある。リーク電流の内訳は,電位差の異なるソー
出来るように安価であることである。
ス・ドレイン間に発生する成分と拡散層の接合リーク成
これまで携帯機器に使用されていたスタティックRAM
分がある。
速処理・高価といった問題がある。一方,シンクロナス
DRAM(以下,SDRAM)は大容量・高速処理・安価で
はあるが,SRAMと比較して待機時消費電力が数十倍大
きいという問題があった。そこで,今回,パワーオフモー
ドという新機能をSDRAMに搭載することで,SRAM並
の待機時消費電流を実現した携帯機器用低電圧64Mb
SDRAM(製品名:MD86X62160E)を紹介する。
汎用SDRAMの待機時消費電流
待機時電流[uA]
(以下,SRAM)は,低消費電力ではあるが,小容量・低
35.0
30.0
25.0
80℃
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
1.7
DC回路消費
−30℃
1.8
メモリセル内欠陥
図1
1.9
2
VCC[V] オフリーク増加分
待機時消費電流成分
図1に示すように汎用SDRAMの待機時消費電流の内訳
は3つに大別される。
第1は内部電源で消費されるDC回路消費である。内部電
SRAMレベルの待機時電流の実現へ向けて
一般的なSRAMの待機時電流は1μA以下である。
源(Internal VCC)発生回路(以下,IVCC発生回路)
,
SDRAMでSRAMレベルの待機時電流を実現するには,先
IVCC/2電位発生回路(以下,HVCC回路)等,外部電源
に述べた待機時消費電流をほとんど遮断する必要がある。
が投入されるとDC的に動作する回路(以下,DC回路)で
今回,パワーオフモードという新機能を使うことでSRAM
の電流消費がある。その理由は,一般的にIVCC発生回路
レベルの待機時電流の実現を図る。
では,外部電源(以下,VCC)とGND間,HVCC回路で
は,IVCCとVSS間に定常電流を流すバイアス段が存在す
るために発生するものである。
28
パワーオフモードとは
外部電源が切れた状態では,当然ではあるがSDRAM
第2は,メモリセル内での物理欠陥による電流消費であ
での電流消費はゼロとなる。つまり,外部電源が印加さ
る。待機時のワード線(以下,WL)電位レベルはGND
れた状態で,SDRAM内の電源が切れている状態を作り
レベルであるのに対し,ビット線(以下,BL)電位レベ
出せれば良いことになる。パワーオフモードとは,この
ル(以下,VBL)はIVCC/2にプルアップされている。
モードに設定することで,SDRAM内部が限りなく電源
WLとBLが物理的にショートが存在すると,VBLから
が切れている状態を実現する機能である。
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2002年4月/第190号Vol.69 No.2
デバイス特集 ●
電圧が印加された状態でも,内部電源系で駆動する回路
外部電源(VCC)
には電源が供給されないことになる。したがって,DC回
信号1
内部電源
Power Off
モード
入力端子
Power
Off
モード
制御回路
信号2
メモリ DC
セル部 回路
路での消費電流・メモリセル内の物理欠陥による消費電
制御 出力
回路 回路
生じるトランジスタ数も激減するのでリーク電流も大幅
に低減する。ただし,SDRAMのメモリセル構造は1トラ
GND
図2
流を低減できる。また,ソース・ドレイン間に電圧差が
パワーオフモード構成図
ンジスタ・1キャパシタンスの揮発性構造となっているた
め,本モード状態時のメモリセルに貯えられた情報は保
証されない。
(1)構成
図2にパワーオフモードの構成図を示す。基本的に,DC
(4)汎用SDRAMとの互換性と目標性能
回路,メモリセル部,制御回路,出力回路などに使用す
汎用64Mb SDRAMのパッケージタイプは,54ピン プ
る電源は,VCCからPチャネル型トランジスタ(以下,
ラスチックTSOP(Ⅱ)Kタイプである。パワーオフピン
Pchトランジスタ)を介して接続された電源(以下,内部
は,汎用SDRAMと互換性を持たせるために図3に示すよ
電源)を使用する。そのPchトランジスタのゲートには,
うに,汎用SDRAMでのピン番号40にあたるNCピン(未
パワーオフモード制御回路から生成された信号1を接続す
使用ピン)に設け,汎用SDRAMを使用していたユーザ
る。また,内部電源とGND間にはNチャネル型トランジ
も小規模変更の対応で本機能を使用できる。
スタ(以下,Nchトランジスタ)が挿入されており,そ
のNchトランジスタのゲートにはパワーオフモード制御
一方,目標性能は,携帯機器用に使用されるRAMに求
められる要求を考慮し,表1のように設定した。
回路から生成された信号2を接続する。
(2)動作
54ピン プラスチックTSOP(II)
(Kタイプ)
ベルの場合は通常動作状態,パワーオフ入力端子に印加
される電圧レベルがGNDレベルの場合はパワーオフモー
ド状態と定義する。
通常動作状態では,信号1の電位レベルはPchトランジ
スタをオンする方向に制御される。つまり,内部電源は,
Pchトランジスタを介して外部電源から供給される。信号
2の電位レベルは,GNDレベルとなるように制御されて
おり,信号2がゲートに接続されているNchトランジスタ
は,オフするように制御されている。
一方,パワーオフモード状態では,信号1の電位レベル
がPchトランジスタをオフする方向に制御され,VCCと
内部電源が電気的に分離される。信号2の電位レベルは,
VCCレベルとなり,Nchトランジスタがオンし,内部電
VCC
DQ1
VCCQ
DQ2
DQ3
VSSQ
DQ4
DQ5
VCCQ
DQ6
DQ7
VSSQ
DQ8
VCC
LDQM
WE
CAS
RAS
CS
A13
A12
A10
A0
A1
A2
A3
VCC
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
54
53
52
51
50
49
48
47
46
45
44
43
42
41
40
39
38
37
36
35
汎用SDRAMは、NCピン 34
33
32
31
30
29
28
TOP VIEW
パワーオフモード入力端子に印加される電圧がVCCレ
VSS
DQ16
VSSQ
DQ15
DQ14
VCCQ
DQ13
DQ12
VSSQ
DQ11
DQ10
VCCQ
DQ9
VSS
PWROFF
UDQM
CLK
CKE
NC
A11
A9
A8
A7
A6
A5
A4
VSS
源を速やかにGNDレベルにする。また,IVCC発生回路等
のDC回路でのバイアス部は,定常電流が停止する方向に
制御されている。ただし,パワーオフモード状態から通
図3
パッケージ外形図
常動作状態への切り替え時には,内部電源がGNDレベル
になるため,汎用SDRAMの電源投入動作と同様にイニ
シャルセットを必要とする。
(3)効果
パワーオフモード状態へすることで,外部電源VCCに
表1
目標性能
温度保証範囲
Ta=−30℃∼85℃
外部電源電圧(VCC)
VCC=1.85V±0.1V
動作周波数
66MHz
CL(CAS Latency)
3
パワーオフモード時消費電流(ICC8)
ICC8≦1.0μA
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図4(b)にロー・パス・フィルターを使用した場合の
試作評価結果
結果を示す。測定条件は図4(a)時の測定条件と同一で
0.18μm CMOSの DRAMプロセスを使用し,パワー
ある。図より測定バラツキが小さく測定開始時間が短く
オフモード付き64Mb SDRAMを試作し評価を行った。
ても安定して測定されていることが分かる。したがって,
評価装置は,
(株)アドバンテスト社製メモリ・テスト・
パワーオフモード時消費電流の測定はロー・パス・フィ
システムT5581を使用した。
ルターを使用した測定方法を用いることにする。
図5にパワーオフモード時消費電流の測定結果を示す。
図5(a)は温度依存特性で,縦軸はパワーオフモード時
(1)パワーオフモード時消費電流の測定
パワーオフモード時消費電流の目標仕様はSRAM並の
消費電流の測定値,横軸は測定時の温度である。目標仕
1μA以下と小さいため,測定精度を向上させる必要があ
様温度-30℃∼85℃の間で1μA以下を充分に満足してい
る。図4(a)に従来の測定方法によりデバイスを載せな
る。ワースト条件は高温側(85℃)の時であるが,それ
い状態で測定時のバックグランドを評価した結果を示す。
でも482nAと良好な結果となっている。図5(b)は85℃
縦軸は測定電流を表し,横軸は,電源投入してから電流
時のパワーオフモード時消費電流の分布を示したもので
測定を開始する時間を表す。また,各測定ポイントでは
ある。測定個数は100個。平均電流は535nA,
50回測定を実施しており測定バラツキも分かるようにし
3σ=164nAであり良好な結果となっている。
た。図のようにデバイスを載せない状態においても,測
パワーオフモード状態においても,微小リーク電流が僅
定値が最大約-250nA∼+120nAまで変動していることが
かに存在する。この微小リーク電流は,高温側で増加傾
分かる。この原因は,微小電流を測定するには測定レン
向を示していることからソース電圧がVCCとなるトラン
ジを小さく(テスタ最小分レンジ=4μA)する必要があ
ジスタの基板へ流れるリーク(拡散層の接合リーク電流)
るが,そのレンジの最大許容負荷0.01μFに対し電源バイ
と同トランジスタのしきい値(Vt)が高温になることで
パスコンデンサの容量(0.1μF+0.01μF)が超えている
ためである。この問題は,ロー・パス・フィルターを使
(a) 温度依存
用しノイズを低減させることで回避できる。
700
Power Off電流[nA]
(a)従来の測定方法時の測定結果
500.0
400.0
300.0
測定電流[nA]
@VCC=1.95V
800
200.0
100.0
600
500
400
300
0.0
200
-40
-100.0
-20
0
20
-200.0
-300.0
0
200
400
600
測定開始時間[ms]
800
1000
40
60
温度[℃]
80
100
120
140
(b) 電流分布(85℃)
@VCC=1.95V
25
(>)ロー・パス・フィルター使用時の測定結果
20
500.0
400.0
15
頻度
測定電流[nA]
300.0
200.0
10
100.0
0.0
5
-200.0
0
-300.0
0
200
400
600
測定開始時間[ms]
図4
30
微小電流測定
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800
260
280
300
320
340
360
380
400
420
440
460
480
500
520
540
560
580
600
620
640
660
680
700
720
740
760
780
-100.0
1000
Power Off電流[nA]
図5
パワーオフモード時消費電流測定結果
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低下することでソース・ドレイン間に発生するリーク電
こでは,その他の目標仕様に対する評価結果を示す。
(a)測定条件
流と推察される。
温度Ta=-30℃/0℃/25℃/85℃
(2)パワーオフモード状態から通常動作状態への切り替
外部電源電圧
VCC=1.75V/1.80V/1.85V/1.90V/1.95V
え制御評価
パワーオフモード時消費電流の特性評価よりパワー オフ
モード状態は正常に制御されていることを確認したが,こ
こではパワーオフモード状態から通常動作状態への切り
動作周波数 66MHz, CL3
(b)評価結果・考察
表4に評価結果を示す。5個のサンプルを測定し,目標
替え時の制御に不具合がないか評価を行った。
仕様条件下で全てサンプルが正常動作することを確認し
①異常電流の有無
た。ただし,ユーザーへの安定供給を考慮すると,プロ
パワーオフモード状態へ入る前の電流とパワーオフモー
セス変動に対する評価を追加で行う必要がある。
ドから通常動作状態へ切り替わり後の電流を測定し比較
表4 動作評価結果
した。表2に5個のサンプルの測定結果を示す。電流値は,
汎用SDRAMの待機時電流の値@Ta=85℃である。パワー
動作周波数 66MHz/CL3
温度[℃]
オフモード状態の前後の測定値に差は見られない。つま
VCC[V]
1.95
1.90
1.85
1.80
1.75
り,パワーオフモード状態から通常動作状態への移行時
に制御の不具合による異常電流は発生していない。
表2
#1
#2
#3
#4
#5
パワーモード状態前後の待機時電流特性
待機時電流[μA]
パワーオフモード前
パワーオフモード後
27.0
26.6
26.6
26.8
28.2
28.0
25.8
25.4
27.2
27.6
@Ta=85℃
②パワーオフモード状態から通常動作状態への制御
表3に測定結果を示すが,5個のサンプルを測定し,何
-30
○
○
○
○
○
0
○
○
○
○
○
25
○
○
○
○
○
85
○
○
○
○
○
○:正常動作 ×:誤動作
あ と が き
パワーオフモードという新機能を搭載することで,
SRAM並みの待機時電流1μA以下を64Mb SDRAM(製
品名:MD86X62160E)で実現した。本製品は,温度保
証-30℃∼85℃,外部電源電圧 VCC=1.85V±0.1V,動
作周波数66MHz,CL3動作も実現しており,携帯機器用
のRAMのニーズ(低消費電力,大容量,高速処理,安価)
れの温度条件でも動作することを確認した。
以上より,パワーオフモード状態から通常動作状態へ
に近い製品と言える。
今後は,更なる低電圧動作・高速化を図り,次世代の
の制御は,正常に制御されている。
表3 パワーオフモード状態から通常動作状態へ移行後の動作確認
ニーズにあった製品をタイムリーに提供していきたい。
◆◆
温度[℃]
#1
#2
#3
#4
#5
-30
○
○
○
○
○
0
○
○
○
○
○
25
○
○
○
○
○
85
○
○
○
○
○
●筆者紹介
黒木浩二:Koji Kuroki.シリコンソリューションカンパニー LSI事
業部メモリ設計部 DRAM第3チーム
@VCC=1.85V
○:正常動作 ×:誤動作
(3)その他の目標仕様に対する評価
パワーオフモード時消費電流の特性は,目標仕様を満
足する結果が得られ,パワーオフモード状態と通常動作
状態の切り替えの制御も問題がないことが確認された。こ
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