移動体通信用GaAs広帯域アンプの開発 [316KB]

移動体通信用GaAs広帯域アンプの開発
甲斐 靖二 伊藤 正紀
亀卦川 伸孝 山本 寿浩
移動体通信のシステムは,PHSや携帯電話を中心に急
③ 基本素子であるFETには,高周波特性,量産性に優れ
速に普及しており,これ以外にも無線LAN,
たゲート長0.5μmのダブルリセス構造のGaAs
BluetoothTM*1),ITS(高度道路交通システム)などで近
HEMT(Pseudomorphic High Electron Mobility
い将来,需要の急増が見込まれる。
Transistor)を用いた。
これに伴い,キャリア周波数も800MHzから2.5GHz,
P-
④ 大面積を要するキャパシタにはMIM(Metal Insulator
5GHz帯へと帯域が広げられており,これらの帯域をカ
Metal)キャパシタを縦積みにすることで,チップサ
バーできる広帯域アンプが望まれている。
イズが小さくなるよう図った。
このようなニーズに応えるため,共通設計で複数のシ
VGG
ステムに適用できるGaAs を用いた広帯域アンプMMIC
(Monolithic Microwave Integrated Circuit)を開発
した。本稿では主に,開発した広帯域アンプのシミュレー
ションと評価結果について述べる。
OUT
IN
回 路 設 計
(1)目標仕様
広帯域アンプを設計するにあたっての指針は,広帯域
化を図ると同時に,基地局用途にも対応できるよう,リ
VDD1
ニアリティの高い出力特性,低歪み化に重点を置いた。ま
図1
たローコスト化を実現するためにプラスチックパッケージ
VDD2
広帯域アンプの回路図
を用いた。具体的な目標仕様,指針を以下示す。
① 周波数帯域:100MHz∼6GHz(利得:10dB以上)
② 出力電力(1dB圧縮点出力):23dBm以上
(3)FETモデルの抽出(単位モデル)
MMICの設計においては,アクティブ素子であるFETの
③ 3次変調歪インターセプトポイント:33dBm以上
DC,RF(Radio frequency)特性を精度良く合うよう
④ パッケージ:HSON-6P*2)
にモデル抽出することが重要である。今回はGaAs P-
⑤ 使いやすさの観点から,入出力整合されており,外付け
HEMTのモデル抽出で実績があるEEHEMT1*3)モデルを
部品を極力減らすよう設計を進めた。
採用し 3),IC-CAP *4) を使って抽出を行った。図2に
EEHEMT1の等価回路を示す。
(2)基本回路とデバイス/プロセスの特徴
基本回路は図1に示す通り,周波数帯域と高出力特性が
図3∼5に単位FETの静特性,Sパラメータ,FETの入出
力特性について測定値(MEAS)と,モデル抽出した等
両立しやすい並列負帰還型の2段アンプとした1)。さらに
価回路から得られた計算値(MODEL)の比較結果を示す。
以下の点を工夫した。
図より測定値と計算値が良く合っていることが分かる。
① 低周波帯での入力整合を容易にするため,入力部と
GND間にキャパシタと抵抗の直並列回路を入れた。
② 帯域をのばすため,抵抗とキャパシタからなる帰還回路
シミュレータにはSパラメータなどの線形解析の他,
を用い,かつ高周波帯での利得特性向上を狙って,出
1dB圧縮点出力( PO1),3次相互変調歪みインターセプ
力部に直列インダクタを挿入した2)。
トポイント(IP3)などの非線形解析が可能なADS
*1)BluetoothはBluetooth SIG,Inc. USAの商標です。
*4)IC-CAPはAgilent Technologies 社の商標です。
88
(4)回路シミュレーション
沖テクニカルレビュー
2003年10月/第196号Vol.70 No.4
*2)HSON-6Pはアオイ電子株式会社の商標です。
*3)EEHEMT1はAgilent Technologies 社の商標です。
デバイス特集 ●
20
Drain
lgd
R
Rid D
+−
Y
Ogy
Rg
G
Gate
Rdb
lds
B
ldb
Cdso
Cbs
Qgc
C
+−
Ris S
出力電力(dBm)
10
0
○:MEAS
ー:MODEL
f=1.8GHz
VDS =3.5V
IDS =3mA
-10
-20
-30
Igs
Rs
-40
-40
Source
図2
-30
-20
EEFHEMT1等価回路図
-10
0
10
20
入力電力(dBm)
図5
50
測定値およびFETモデルの入出力特性
VGS=0.2V step
○:MEAS
ー:MODEL
(Advanced Design System)*5)を用いることにした。
VGS=0.8V
40
シミュレーションでは図1に示す回路に,FET,インダ
IDS(mA)
クタ,キャパシタ等の各素子を組み込むだけでは不正確
であり,寄生的なエレメントである,
30
① ボンディングワイヤのインダクタ
② パッケージのリードのインダクタ
20
③ 配線の線路長および配線交差容量
④ パターン間のフリンジング容量
10
⑤ 評価基板や外部部品の特性
についても考慮する必要がある1)。
0
0
2
4
6
図3
また,チップサイズを小さくするために,インダクタ
やキャパシタの値が大きくならないように注意し,回路
VDS(V)
測定値およびFETモデルの静特性
定数の最適化を行った。
上記のことを考慮して設計した広帯域アンプの周波数
f=50MHZ∼10.5GHz
VDS =3.5V
F E TモデルのSパラメータ
IDS =3mA
5 0.2
S21 S12
特性,入出力特性,IP3のシミュレーション結果を,
○:MEAS
ー:MODEL
図6∼9に示す。これらの特性の詳細は評価結果と比較し
て後述するが,50MHzから6GHzまでの利得が10dB以
上,PO1が23dBm以上,IP3で38dBm以上と,目標の仕
様を満足するシミュレーション結果が得られた。
試作,特性
試作した広帯域アンプのチップ外形およびパッケージ
外形を写真1,2に示す。パッケージには6本のリードの
S22
S11
他,裏面に放熱用ヒートシンクがついている。入出力端
子はそれぞれ対称になるよう配置した。
(1)周波数特性(Sパラメータ)
図6,7にSパラメータの評価結果を示す。
図4
測定値およびFETモデルのSパラメータ
① S21(小信号利得,順方向透過特性)はシミュレー
*5)ADSはAgilent Technology 社の商標です。
沖テクニカルレビュー
2003年10月/第196号Vol.70 No.4
89
20
S21
S21,S12(dB)
0
写真1
広帯域アンプのチップ写真
-20
S12
-40
VDD=8V
IDD=150mA
-60
○:MEAS
−:MODEL
-80
0.1
1
10
frequency(GHz)
図6
S21,S12のシミュレーションおよび評価結果
0
S11
-10
パッケージ外形
ション結果に対し,実測値の方が高周波で伸びている
以外,ほぼシミュレーション通りで,100MHz∼6GHz
まで10dB以上の利得がある。
② S12(アイソレーション,逆方向透過特性)を比較す
ると,絶対値,傾向とも200MHz以下で違いがあるが,
S11,S22(dB)
-20
写真2
-30
-40
S22
-50
○:MEAS
−:MODEL
-60
VDD=8V
IDD=150mA
それ以外はほぼ同じ特性であり,シミュレーション結
果と一致した結果が得られた。
③ S11(入力リターンロス)のシミュレーション結果の
600MHzに見られる谷が1GHzにシフトしていること,
3GHzの山が約5dB小さくなっていること以外,ほぼ
-70
0.1
1
10
frequency(GHz)
図7
S11,S22のシミュレーションおよび評価結果
一致した結果が得られた。S11は,100MHz∼6GHz
を示す。飽和時の出力電力は25dBm以上の結果が得られ,
まで,−8dB以下が確保できた。
ほぼシミュレーション通りであった。
④ S22(出力リターンロス)の絶対値は,2.5∼6GHzで
また動作電流については,出力電力が飽和し始める辺
実測値の方が小さく,10dB以上ずれているが,山,谷
りまでは一定で変化しないが,それ以降,シミュレー
の傾向は2GHz付近を除けばほぼ一致している。
ション結果と実測値で異なっている。この原因は,出力
100MHz∼6GHzまで,−15dB以下のS22が確保で
電力の飽和領域におけるモデルの合わせ込みが不十分で
きた。
あったためと思われ,今後の課題と考えている。
シミュレーション結果と実測値の比較をまとめると,
S21とS12は絶対値,傾向ともほぼ一致し,S11とS22は
絶対値にずれがみられたものの傾向はほぼ一致した結果
が得られた。
(3)1dB圧縮点出力(PO1)
図9にPO1の評価結果を示す。0.5GHzから6GHzまで
24dBm以上が得られており,良好な結果が得られた。シ
ミュレーション結果との比較でも4.5GHzで2.1dB,
(2)入出力特性
図8に周波数3.5GHzとした時の入出力特性の評価結果
90
沖テクニカルレビュー
2003年10月/第196号Vol.70 No.4
5.5GHzで1.6dBと差が見られるが,それ以外はシミュ
レーションとほぼ一致した。
デバイス特集 ●
表1
30
出力電力(dBm)
20
項目
f=3.5GHz
VDD=8V
IDD=150mA
線形利得
220
○:MEAS
−:MODEL
15
200
10
180
5
160
0
140
-5
120
-10
-20
条件
特性値
240
動作電流(mA)
25
広帯域アンプの主要特性
260
100
-10
0
10
(*1),(*2)
10dB(min)
(*1),(*2)
−8dB(typ)
1dB圧縮点出力
(*1)
(*2)
,
24dBm(typ)
3次相互変調
インターセプトポイント
(*1),(*2)
37dBm(typ)
S11
S22
(*1)
:VDD(VDD1, VDD2)=8V, Iidle=150mA
20
(*2)
:f=0.1GHz∼6GHz
入力電力(dBm)
図8 広帯域アンプの出力電力および動作電流
ような汎用性を目指し,より広帯域を重視したアンプの
開発と考えている。
◆◆
1dB圧縮点出力(dBm)
3次相互変調歪みインターセプトポイント(dBm)
50
VDD=8V
IDD=150mA
○:MEAS
−:MODEL
45
■参考文献
IP3
1)山本寿浩,中村浩:“準マイクロ波帯GaAs広帯域アンプ”
,沖
電気研究開発161号,Vol.61 No.1,1994年1月
2)I.D.Robertson:“MMIC DESIGN”,Short Run Press
Ltd,IEE CIRCUITS AND SYSTEMS SERIES 7,pp.163-177
3)EEHEMT1, Agilent Technologies社,ICCAP ver.2002のマ
ニュアル
http://eesof.tm.agilent.com/docs/iccap2002/ic_ref/icird7.
html
40
35
30
PO1
25
20
0
1
2
3
4
5
6
7
周波数(GHz)
図9
広帯域アンプのPO1およびIP3
(4)3次相互変調歪みインターセプトポイント(IP3)
図9にIP3評価結果を示す。この特性はアンプの歪みの
●筆者紹介
甲斐靖二:Seiji Kai.オプティカルコンポーネントカンパニーⅢ-Ⅴ
デバイス部
伊藤正紀:Masanori Itoh.研究開発本部先端デバイスラボラトリ
亀卦川伸孝:Nobutaka Kikegawa. オプティカルコンポーネント
カンパニーⅢ-Ⅴデバイス部
山本寿浩:Yoshihiro Yamamoto. オプティカルコンポーネント
カンパニーⅢ-Ⅴデバイス部チームリーダ
度合いを示すもので,大きいほど歪みにくいことを意味
する。0.5GHzから6GHzまで,37dBm以上の結果が得ら
れた。最大1.7dBmのずれがあるものの,傾向としてはシ
ミュレーションとほぼ同じ傾向が得られた。
ま と め
移動体通信システムに使われるGaAs広帯域アンプを設
計,開発した。得られた結果を表1にまとめた。各特性と
もシミュレーションと大きな乖離がなく,目標仕様を満
足した結果が得られた。
今後は,更に高い周波数帯域の無線システムに使える
沖テクニカルレビュー
2003年10月/第196号Vol.70 No.4
91