イリジウム接点リードスイッチの開発 横山 和也 密封接点を有するリードスイッチは外部雰囲気の影響 リード片 接点材料 を受けないため信頼性が高く,また,ON抵抗が低い, OFF時のアイソレーションが良いといった理由から磁気 センサとしてさまざまな分野で使用されている。近年,通 信機器や計測装置などのアプリケーション拡大に伴い, リードスイッチに求められる要求も多様化している。そ ガラス管 の代表的な要求の一つとして小型化が挙げられる。これ まで当社は,さまざまな改良を加えリードスイッチの小 不活性ガス 図1 リードスイッチの構成 型化への対応を行ってきた。しかし小型化とトレードオフ の関係で発生する接点性能の低下により,小型化の限界 小型化より生じる課題 が課題となっていた。この対策として,リードスイッチ 接点材料の開発が必要になっている。 リードスイッチの小型化を実現するには,ガラス管内 本稿では,当社が開発に成功したイリジウム接点につ のリード片寸法を小さくする必要がある。しかし,ガラス いて述べ,ガラス管長7mmの超小型リードスイッチに採 管内のリード片寸法を小さくすることにより接点に発生 用した評価結果を紹介する。 する磁気吸引力が減少し,リード片開離力は増加する。 接点の接触力Fcは,磁気吸引力Fmと開離力Frの差であり, リードスイッチの概要 リードスイッチは,リード片,接点材料,ガラス管,不 活性ガスにより構成される。図1に構成図を示す。一対の リード片は,接点部に僅かな隙間を持った状態でガラス (1)式で表される。 Fc = Fm − Fr ・・・ (1) したがって,リードスイッチは,小型化することで接 点の接触力が減少する。 管により密封・固定される。外部磁界が印加されると,強 当社が使用している小型用リード線材の中で,最も線 磁性体のリード片が磁化し,それぞれの接点が磁気吸引 径が細いφ0.3mm線材を用いた場合の接触力を検証した。 力によりクローズする。また,外部磁界が除去されると 図2はプレス厚さ0.1mmに固定したときのプレス長さと接 リード片の開離力(弾性力)によりオープンとなる。 触力の関係である1)。図2より,プレス長さが3mm未満に リードスイッチは,小型接点を磁気で接触させるため, マイクロスイッチや電磁リレー等と比較して接点クロー 3.0 ズ時の接触力が極めて弱い。一般にスイッチに求められ 2.5 プンの動作が安定なことであるため,リードスイッチ接 点には,比抵抗が低く,通電を伴う機械的運動に耐えう る高融点・高硬度の材料が要求される。低比抵抗と高融 接触力(gf) る基本性能は,接触抵抗値が低く安定で,クローズとオー 2.0 1.5 1.0 点・高硬度を兼ね備えた白金族元素はリードスイッチの 0.5 接点材料に適しており,ロジウムやルテニウムといった 0.0 材料が多く使用されている。 0 1 2 3 4 プレス長(mm) 5 図2 リードスイッチ接触力(φ0.3mm, Tp:0.1mm) 72 沖テクニカルレビュー 2005年4月/第202号Vol.72 No.2 6 グループ企業技術特集 ● 表1 白金族の物性 原子記号 原子番号 結晶構造 密度(20℃) g/cc 融点 ℃ 比抵抗 μΩ・cm 線膨張係数 /℃ ビッカース硬さ ルテニウム Ru 44 稠密六方 12.45 2310 6.80 -6 9.6◊10 240 ロジウム Rh 45 面心立方 12.41 1960 4.33 -6 8.3◊10 100 パラジウム Pd 46 面心立方 12.02 1554 9.93 -6 11.1◊10 40 オスミウム Os 76 稠密六方 22.61 3050 8.12 -6 4.8◊10 350 下地金メッキ なると,急激に接触力が減少している。 イリジウム Ir 77 面心立方 22.65 2443 4.71 -6 6.8◊10 220 プラチナ Pt 78 面心立方 21.45 1768 9.85 -6 9.1◊10 40 ロジウムメッキ リードスイッチが低く安定した接触抵抗値を示すため には,少なくとも1gf以上の接触力が必要とされる。 接触力が弱いと,接触障害や通電による接点損傷が発 生する。このため,超小型リードスイッチには,従来以 上に,比抵抗が低く,融点・硬度が優れた接点材料を使 う必要がある。 リード片 接点材料の物性 イリジウムメッキ 図3 イリジウム接点断面構成 超小型リードスイッチに適した接点材料を選定するた め,比抵抗,融点,硬度が優れる白金族元素を選定し,物 点では,接点の荒れによる接触不良や異常摩耗等より特 性比較を行った2)3)。表1に代表的な物性を示す。 性不良となる。このため,従来プロセスではイリジウム 従来のリードスイッチにはロジウム(Rhodium, Rh) やルテニウム(Ruthenium, Ru)が接点材料として使用 をリードスイッチの接点に成膜することが困難な材料で あった。 されている。しかし,これらの材料では,超小型リード イリジウム膜表面に,クラックが発生する主な原因と スイッチの接点性能の維持が困難であるため,ロジウム して,リード片とイリジウム薄膜の熱膨張量の差で発生 およびルテニウム以外で,より高い接点性能が得られる する内部応力が挙げられる。当社では,この課題に対し, 材料を検討した。融点・硬度から着目すると,高い接点 積層メッキによる応力拡散で対策を施した。この結果,内 特性を期待できる材料としてイリジウム(Iridium, Ir)とオ 部応力が緩和し,イリジウム薄膜のクラック抑制を実現 スミウム(Osmium, Os)が挙げられる。しかし,オス した。 ミウムは比抵抗が高く,また有毒な酸化物を生成する。 イリジウム接点の成膜方法は大別して湿式法と乾式法 一方,イリジウムの比抵抗は低く,有害物質は発生しない。 とに分かれる。当社は,ロジウム接点のメッキプロセス またイリジウムの材料単価は,ロジウムよりも安価である。 を所有していることから,イリジウム接点に関しても湿 材料の物性から判断すると,超小形リードスイッチの接 式法のメッキプロセスを採用した。リード片接点部に下 点材料としてイリジウムが最適と考えられる。 地金メッキを施した後,ロジウムメッキ層,イリジウム メッキ層を形成した。 イリジウム接点リードスイッチの製作 イリジウム接点の諸特性を評価するため接触力2.5gf, 動作試験による接点性能評価 開離力1.2gfに調整したプレスリード(φ0.3mm線材)を 製作した超小型イリジウム接点リードスイッチをDC5V- 用いて,ガラス管長7mmの超小型イリジウム接点リード 100μAの抵抗負荷回路に接続して動作試験を行った結果 スイッチを製作した。図3に接点部の断面構成を示す。 を図4に示す。 イリジウムは,比抵抗,融点,硬度の点で優れた物性 試料数8個で1億回まで動作させ,磁気特性および接触 を持つ反面,展性,延性に乏しく,成膜表面にクラック 抵抗値の推移を確認した結果,初期値に対する変化量は, が発生するという課題があった。クラックが発生した接 感動値が±0.3AT,開放値が±1.2AT,接触抵抗値が± 沖テクニカルレビュー 2005年4月/第202号Vol.72 No.2 73 30 ● 感動値 25 ● 感動値 ○ 開放値 20 15 10 5 1E+3 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 ○ 開放値 20 15 10 5 1E+3 1E+9 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 1E+9 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 1E+9 200 接触抵抗値[mΩ] 200 接触抵抗値[mΩ] 25 感動値、開放値 [AT] 感動値、開放値 [AT] 30 150 100 50 1E+3 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 150 100 50 1E+3 1E+9 図4 動作試験における特性推移(DC5V-100μA) 図5 イリジウム接点の特性推移(DC10V-0.1A) 19mΩとなっており,安定した特性推移を示すことが確 30 次に,超小型イリジウム接点リードスイッチを,同サ イズのロジウム接点リードスイッチと共にDC10V-0.1A の抵抗負荷回路を接続して動作試験を行った。図5にイリ ジウム接点リードスイッチの特性推移,図6にロジウム接 点リードスイッチの特性推移を示す。 リードスイッチは,感動値が低いと動作中の障害を発 感動値、開放値 [AT] 認された。 生しやすい。このため,イリジウム接点の試料は,ロジ 25 20 15 ● 感動値 10 ○ 開放値 5 1E+3 ウムの試料よりも,感動値が低いものを広い範囲で選定 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 1E+9 1E+4 1E+5 1E+6 1E+7 動作回数 1E+8 1E+9 した。試料数8個ずつで1億回動作をさせた結果,ロジウム 接点品の開放値が106回付近から低下したのに対し,イリ 200 動作試験後の接点面 ロジウム接点品に開放値変動が見られた106 回と,5× 106 回および107 回の時点で,それぞれの試料を分解して 接点面の観察を行った結果,イリジウム接点品,ロジウム 接点品共に,陽極から陰極方向への接点材料の転移が見 られた。図7に107 回動作時の接点面状態を示す。両試料 を比較すると,イリジウム接点品の転移がフラット状に 広がっているのに対し,ロジウム接点品はスポット状の 74 沖テクニカルレビュー 2005年4月/第202号Vol.72 No.2 接触抵抗値[mΩ] ジウム接点品は,1億回まで安定した特性推移を維持した。 150 100 50 1E+3 図6 ロジウム接点の特性推移(DC10V-0.1A) グループ企業技術特集 ● 気特性が変化したのに対し,イリジウム接点品では接点 転移が抑制されて磁気特性の変化は生じなかった。イリ ジウム接点の導入により,超小型リードスイッチの接点 性能が改善された。 あ と が き イリジウム接点 ロジウム接点 図7 107回動作時の接点面比較(DC10V-0.1A) ここで紹介したイリジウム接点は,業界初で製品化に 成功しており,市場から高い関心を得ている。また,ロ ジウム接点を使用している既存品を,接点材料をイリジ ウムに変更するだけで,製品仕様の大幅な改善が見込める。 3.0 今後,イリジウム接点の機種展開を進め,顧客満足度,売 2.5 転移高さ[μm] 上に大きく寄与したい。 ロジウム接点 ◆◆ 2.0 ■参考文献 1.5 1)横川俊樹 他:超小形リードスイッチの設計に関する一考察, 電子通信学会論文誌,Vol.J69-C No.10,1986年10月 2)日本金属学会編:金属データブック改訂2版,丸善株式会社, 1984年 3)長倉三郎 他:理化学事典第5版,岩波書店,1998年 イリジウム接点 1.0 0.5 0.0 0E+0 5E+6 動作回数 1E+7 図8 接点転移高さ測定結果の比較(DC10V-0.1A) ●筆者紹介 横山和也:Kazuya Yokoyama. 株式会社沖センサデバイス 開 発設計部 設計課 課長 転移が発生している。図8に各動作回数時における転移高 さの測定結果を示す。ロジウム接点品は,接点面に対し, 深さ方向への損傷が早いことが判明した。また,106 回動 作時にロジウム膜厚を超え,下地にまで達する転移高さ になっている。ロジウム接点品に発生した開放値の低下 は,接点転移が起因した軽度の溶着現象であった。イリ ジウム接点品は,接点転移が接点面に対し深さ方向に進 行しないため,接点の長寿命化が期待できる。 ま と め 接触力の確保が困難な超小形リードスイッチの接点性 能の維持および改善のため,白金族元素の物性について 調査を行い,比抵抗,融点,硬度の優位性からイリジウム 接点の採用を検討した。イリジウム接点は,従来,接点 表面のクラックが課題で実用化されていなかったが,当 社の積層メッキ法によりクラックフリーを実現し,ガラス 管7mmの超小型イリジウム接点リードスイッチを開発 した。 イリジウム接点リードスイッチはDC5V-100μAの動 作試験において安定な接触抵抗特性を示すことが判明した。 また,DC10V-0.1Aの動作試験においては,同サイズの ロジウム接点品では負荷回路の開閉に伴う接点転移で磁 沖テクニカルレビュー 2005年4月/第202号Vol.72 No.2 75