光ファイバカプラの信頼性試験における加速係数について

技術紹介 10 光ファイバカプラの信頼性試験における加速係数について
技術紹介
10 光ファイバカプラの信頼性試験における加速係数について
Acceleration Factor in the Reliability Test of Fused Fiber Coupler
佐々木 弘之
Hiroyuki Sasaki
光デバイス推進部 技術グループ シニアマネージャー
武田 光善
Teruyoshi Takeda
光デバイス推進部 技術グループ
キーワード : 光ファイバカプラ、融着延伸、信頼性試験、加速係数
Keywords : optical fiber coupler, fused taper, reliability test, acceleration factor
要 旨
ある部品の信頼性試験を実施して信頼度を推定す
る場合、運用環境に暴露して評価すると非常に長い時
間(例えば 10、20 年)がかかるため加速試験を行
わざるを得ません。この場合運用環境と試験環境との
間の加速係数を適切に求めなければなりませんが、従
来までは一般的な加速係数(例えば温度加速としての
Arrhenius 則)を用いて信頼度を推定していました。
本発表では光ファイバカプラについてその加速係数を
評価しましたので報告します。
Copyright c 2007, Japan Aviation Electronics Industry, Ltd.
SUMMARY
When we conduct reliability test to estimate
reliability of component, we need to perform
acceleration test because, if we expose the
component to the actual operating environment, it
takes much time, for example, 10 or 20 years. For this
case, we need to presume an adequate acceleration
factor between the actual operating environment
and testing environment. In the past we estimated
reliability of component by using general acceleration
factor (e.g., Arrhenius law for temperature
acceleration). In this report, we outline the evaluation
result of acceleration factor for our optical fiber
coupler.
航空電子技報 No.30(2007.3)
1
技術紹介 10 光ファイバカプラの信頼性試験における加速係数について
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1 まえがき
融着延伸型光ファイバカプラは、市場へ投入された歴史も古く、現在では信頼性も確立
されている光製品のひとつです。その信頼性については小誌でも過去に報告し 1、故障の
要因や故障の分布についても既に報告しています。
上記報告では信頼度を推定するために故障の分布を特定していますが、故障の分布を特
定するための手段として信頼性試験を実施しています。この信頼性試験では加速要因に対
して運用環境よりも厳しい環境下で試験を実施し、運用時間よりも短時間で故障の分布が
特定できるように、加速試験を実施しております。ここで運用環境と試験環境との相関 ( 加
速係数 ) が必要になりますが、これまで発表されている多くの例ではこの加速係数につい
ては明らかにされていません。特に湿度加速については、普遍的なモデルはありません。
今回この湿度加速係数について評価しましたのでここで報告します。
2 準備
2.1 故障の分布
挿入損失の故障の分布は正規分布に従い、その変動の平均は時間と共に直線的に変化す
るモデルを既に報告しました。すなわち故障率 ( ε ) は以下のように表わされます。
��
1
e
2� �
x �� at � b �
�
・・・(1)
ε:故障率、σ:分布の標準偏差、X:挿入損失の変動値、t :運用時間、a,b :定数
この挿入損失の変動値の平均値の時間に対する変化率 ((1) 式の a) を、ここでは時間変
化率と呼ぶことにします。
2.2 故障率
故障分布が分かると、故障判定基準値を±Δとするとき故障率 ( ε ) は以下のように表
されます。
1
� �1�
2� �
�
�
��
e
x � � at � b �
�
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dx
・・・(2)
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3
2.3 FIT数
この結果から FIT 数は、以下のように表されます。
FIT �
�
t
・・・(3)
2.4 加速係数
加速係数を以下のように定義します。
運用環境下における時間変化率を a 0
加速環境下における時間変化率を a 1
と表すとき、この時間変化率の比
k�
a1
a0
が、全ての時間において一定であるとき、これを加速係数と呼びます。
この加速係数が分かると、運用環境下での故障分布は加速環境下で求められた時間変化
率 (a1) を用いて
� �1�
1
2� �
�
�
��
e
x � �a0 t � b �
�
dx � 1 �
1
2� �
�
�
��
e
�a
�
x �� 1 t �b �
k
�
�
�
dx ・・・(4)
と表せます。
既に航空電子技報 1 で明らかにしましたように、航空電子製光カプラにおいて主となる
経時変動要因とその加速要因は以下のとおりです。
●
経時変動要因:接着剤の吸湿による変形が原因となる挿入損失変化
●
加速要因:温度および絶対水蒸気圧
従って挿入損失変化の加速係数には、温度加速係数と湿度加速係数ありますが、このう
ち温度加速係数については普遍的なモデルがあります。しかし湿度加速係数については普
遍的なモデルは無いとされており (2.5 結果の予測 の項参照 )、これまで報告された例は
多くありません。そこで本報告ではこの湿度加速係数を実測によって明らかにします。
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2.5 結果の予測
温度加速については、活性化エネルギーに起因すると考えて良いと考えますが、本報告
ではこの温度加速については触れません。
湿度加速については温度加速のように普遍的なモデルがなく、例えば ANSI 規格
(IEC-62005)2 では、それと反対の趣旨の証拠が無い場合には相対湿度に従うことを前提
にするよう明記されています。しかし少なくとも航空電子製光カプラの場合には絶対水蒸
気圧に従うと考えるので(詳細は既に述べた弊社技報によります)、このような相対湿度に
従うモデルはそぐいません。絶対水蒸気圧に従うというモデルの詳細は別の機会に明らか
にする事とし、ここでは単に絶対水蒸気圧に比例すると仮定して加速係数を予測する事に
します。
以上の検討の結果から、湿度加速係数は以下のように予測されます。水準の詳細につい
ては、3.1 試験条件 の項に述べます。
表 1 加速係数の予測
湿度加速係数
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水準 1
水準 2
1
44
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3 試験結果
加速環境下での時間変化率 (a1) と加速係数 (k) を求めるために以下の加速試験を行な
いました。水準は 2 つを設定して試験を行いました。試験の種別として高温高湿試験を
選択したのは、絶対水蒸気圧を大きく取るためです。
3.1 試験条件
試験の種別:高温高湿試験
測定時間:300、600h( 水準 2 は、評価の都合で 500h としました )
対象光カプラ:13dB 光カプラ
測定ポート:13dB ポート
測定性能:挿入損失
サンプル数:各水準 11 個 (22 個のサンプルは同一ロットからサンプリングしました )
表 2 試験条件
水準 1
水準 2
印加温度
85℃
85℃
印加湿度 ( 相対湿度 )
2%
85%
水準 1 と水準 2 は、湿度差をなるべく大きく取るために設定しました。
3.2 誤差要因の検討
試験を行なう前に予め誤差要因を把握して試験条件を設定する必要があります。この加
速試験を行なう場合に予想される誤差要因は、以下のような要因が考えられます。
(1)結露:高温高湿試験を行なう場合には必ず注意する必要がある誤差要因です。
通常の運用環境では結露は起こりません(起こらないような環境を設定します)。
ところが高温高湿試験において設定された印加時間後にその性能変動を測定する
時、室温に戻して評価すると結露する場合があります。この結露が加速要因に影
響する場合(通常高温高湿試験を加速試験として行なう以上結露は加速要因にな
ります)、この結露を回避する必要があります。この回避方法には結露を取除い
てから測定する方法や結露しないように高温環境下で測定するなどの方法があり
ます。どちらの方法の場合にもそれぞれ付随する検討要素もあり注意深く条件を
設定する必要があります。本評価では高温環境のまま測定を行ないました。また
温度加速要因を排除するために2つの水準は同じ温度を設定しました。
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(2)温度勾配の印加:高温高湿試験を実施する場合には、測定温度を室温に設定する
時に昇温と降温が印加されます。これは運用環境には無い環境です。特に測定回
数が多くなると温度サイクルが印加される事になります。この温度サイクルによ
って加速されるモードがある場合には評価誤差になります。加速モードが考えら
れる場合にはこれを回避する必要があります。このためにも本評価では、測定環
境は全て高温印加のままで行ないました。
(3)振動、衝撃その他:これらの環境についても運用環境では発生しません。従って
通常の評価ではこれらが印加されないように行ないます。光カプラのように質量
の小さな製品の評価においては、例えば試験槽内で発生する振動等についても注
意が必要かと思われます。
3.3 測定結果
各水準において光カプラの挿入損失を測定した結果をグラフに示します。
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������
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グラフ 1:測定結果
このグラフは、見やすくするために水準 1 の測定結果の縦軸を 5 倍に拡大して表示し
ています。
このグラフを見ると、挿入損失の変動量の平均値が時間と共に直線的に変化することは、
この評価結果からも矛盾無いように思われます ( 詳細を 3.4. 結果の吟味 の項で吟味します )。
この仮定が正しいとすれば、時間変化率は以下のように求まり、加速係数も求まります。
表 3 試験結果 ( 時間変化率と加速係数 )
時間変化率 [dB/1,000,000h]
湿度加速係数
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水準 1
水準 2
7.27
350
1
48.1
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3.4 結果の吟味
この測定結果は、2.5 結果の予測 の項で予測して結果 (44) と比較すると、よく一致
していると思われます。これは絶対水蒸気圧に比例するという仮定が正しそうな事を示唆
しています。
結果を吟味するにあたり、まず各測定時間での平均値を吟味します。以下の表は各測定
時間での挿入損失変動の平均値とその標準偏差をまとめてあります。この結果を見ると特
に水準 1 の平均値はあまり確からしくありません。これは標準偏差が大きい事によるので
すが、これらの標準偏差(0.0253 から 0.0736)は挿入損失の測定誤差を含んでおり、
この挿入損失の測定誤差を考えると十分小さな値です(測定系は LD 光源と光パワーメー
タです)。すなわち 300h および 600h での挿入損失の変動は、測定誤差よりも小さな変
動しかしない事によります(特に水準 1 については顕著です)。従って挿入損失変動の測
定誤差を小さくするためにはもっとずっと長い時間印加後に挿入損失を測定することが必
要です。結果の確からしさは、評価をさらに継続する事によって測定誤差をさらに小さくす
ることを計画していますが、本発表では現時点での最も確からしい結果を発表します。
表 4 平均値と標準偏差
300h
水準 1
平均
平均
600h
− 0.00364
− 0.00364
0.0253
0.0253
標準偏差
水準 2
500h
− 0.0964
− 0.180
0.0736
0.0429
標準偏差
次の結果の吟味として、直線回帰の妥当性を吟味します。上記の結果を元に R2 乗検定
を行なった結果を以下の表に示します。この結果から求めた回帰直線は良く近似できてい
ます。
表 5 決定係数
決定係数
水準 1
70%
水準 2
95%
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4 むすび
以上述べてきたとおり、弊社融着型光カプラの加速試験における湿度加速係数を求めま
した。この結果は、これまでの湿度加速係数は絶対水蒸気圧に比例するという仮定から得
られた結果と比べて比較的よく一致していました。従って今後弊社の光カプラの信頼度を
推定するにあたっては、加速係数として今回の結果を用いていく予定です。
今後も今回の評価を継続する事によってより精度の高い加速係数を求めていきたいと考
えております。
5 引用文献
1)佐々木弘之、“融着延伸型光ファイバカプラの信頼度、”航空電子技報、No.21、
pp3-10(1998)
2)ANSI、
“Reliability of fibre optic interconnecting devices and passive optical
components-Part 7:Life stress modeling、”IEC 62005-7 Ed.1.0b、3.2項
(2004)
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