ケナフ添加バイオプラスチックの開発

NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
〈環境技術開発〉
ケナフ添加バイオプラスチックの開発
Kenaf Fiber-Reinforced Bioplastic for Electronic Products
井 上 和 彦*
芹 澤 慎*
位 地 正 年*
Kazuhiko Inoue
Shin Serizawa
Masatoshi Iji
要 旨
地球温暖化の要因の CO2 の固定化や石油資源枯渇対策の
ため,植物原料のバイオプラスチックが重要となっていま
そのなかでもポリ乳酸は,トウモロコシを原料とした大量
生産が開始されたことから,特に脚光を浴びています。ポ
リ乳酸は,すでにフィルムや繊維用途向けに製品化され,
電子機器筐体用途の一部にも採用が始まっています。
すが,電子機器筐体に利用するためには耐熱性などの特性
本稿では,バイオプラスチックの電子機器への利用の可
向上が課題でした。そこで,高い温暖化防止効果を持つケ
能性と課題,さらに,地球温暖化防止効果の高いケナフの
ナフの繊維を添加することで,耐熱性や剛性などに優れた
繊維を添加して高機能化(高耐熱,高剛性)したポリ乳酸
バイオプラスチックを開発しました。ケナフ繊維をトウモ
の開発と今後の展開について述べます。
ロコシなどの植物資源を利用したポリ乳酸に添加すると,
耐熱性(熱変形温度)と剛性を現在使用している石油系プ
ラスチックより向上でき,さらに成形性も改良(結晶化促
2.電子機器へのバイオプラスチック利用の可能性と課題
従来の電子機器の筐体材料にはポリカーボネート,ABS,
ポリスチレンなど,また電子部品の絶縁材料にはエポキシ
進)できました。
樹脂などの石油原料のプラスチックが用いられてきました。
Bioplastics produced from biomass are important to
しかし石油は枯渇資源であり,再生可能な資源(非枯渇資
fixate CO2 gas warming the earth and conserve petrole,
um resource. However, the plastics characteristics such
源)への代替化は今後の大きな課題となっています。
as heat resistance and strength are insufficient for use in
けでなく,地球温暖化の要因とされている炭酸ガスの固定
electronic products.
植物成分を利用したバイオプラスチックは,石油代替だ
We have developed a high-perfor-
化効果もあることから脚光を浴びています。バイオプラス
mance bioplastic reinforced with Kenaf fiber. Kenaf is a
チックのもう 1 つの特長としては,廃棄後の土中での生分
representative plant that fixates CO2 efficiently. The
解性に優れている点が挙げられます。
addition of the fiber to PLA (Polylactic Acid) produced
しかしながら,すでに電子機器分野ではリサイクル化が
from corn, etc. greatly increases the heat resistance (dis-
推進されており,各社ともリサイクルしやすい素材の選択・
tortion temperature under load) and strength (modulus)
開発,リサイクル容易な製品設計,さらに,回収・再生シ
of PLA. These characteristics are higher than those of
ステムの構築に注力しています。また,プラスチック材料
conventional petroleum-resourced plastics. Furthermore,
の物性低下によって再生できなくなった場合でも,国内で
its easiness of molding is improved because the crystal-
は処分地の不足から,埋め立てよりも石油代替燃料として
lization time of PLA is shortened by adding the fiber.
熱エネルギーを回収(サーマルリサイクル)していく方向
1.まえがき
にあります。
もちろん,生分解という特性にも不法投棄などに対する
NEC ではこれまで,有害な難燃剤を添加しない(脱ハロ
リスク対策として価値はあります。しかしながら,電子機
ゲン脱リン)難燃性プラスチックスなど,環境調和性に優
器用のバイオプラスチックは,現在のリサイクルシステム
れた電子機器・部品用プラスチックを開発し,製品への適
のなかで,石油系プラスチックと同様にリサイクルを実現
用を進めてきました
1,
2)
。
近年,石油資源枯渇や地球温暖化の防止対策から,植物
資源を利用したバイオプラスチックが注目を集めています。
*
させていくことが重要であり,高度なリサイクル性が要求
されるものと考えています。
バイオプラスチックを電子機器用途に広く展開する上で
基礎・環境研究所
Fundamental and Environmental Research Laboratories
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NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
の課題は,高度な実用特性(耐熱性,機械的特性,成形性,
リサイクル性など)や低コストの達成です。バイオプラス
チックとしては,ポリヒドロキシブチレートなどの微生物
生産系,ポリ乳酸,ポリブチレンサクシネートなどの化学
合成系,さらに,エステル化デンプン,酢酸セルロースな
どの天然物系が挙げられます。
このうち,電子機器用としての特性やコストを達成でき
る可能性のあるものは,化学合成系です。なかでもポリ乳
酸は,化学合成系では初めて,カーギルダウ社によって本
格的な量産が開始されたため,コストの大幅な低減が期待
されています。また,ポリ乳酸の製造時に必要なエネルギ
ー消費量は通常の石油系プラスチックと比べ,かなり低い
ことが明確になりました 3)。したがって,ポリ乳酸は電子機
図 1 ケナフ繊維の添加によるポリ乳酸の高機能化
Fig.1 High performance bioplastic with kenaf fiber.
器用途として,現在のバイオプラスチックのなかでは最も
有望なものの 1 つです。
しかしながら,ポリ乳酸自体の特性は電子機器用として
はまだ十分ではありません。ポリ乳酸単独では,これまで
の電子機器筐体用プラスチック(ABS など)に比べ,特に,
おり,特にポリ乳酸の耐熱性(荷重たわみ温度)
,強度(剛
性)
,成形性(結晶化速度)の大幅な改良に成功しました 9,10)
(図 1)。
ケナフは植物中,最高レベルの炭酸ガス吸収速度を持っ
耐熱性と衝撃強度が劣っており,さらに難燃化処方(特に
ており(光合成速度は通常の樹木の 3 ∼ 9 倍,炭素含有量
脱ハロゲン化)も確立されていないのが現状です。また,
は約 43 % 11)。これから計算すると 1t につき CO2 を約 1.4 t
成形性に関しても,ポリ乳酸の結晶化が遅いためアニール
吸収可能),地球温暖化対策として有望です。現在,オー
処理が必要となることから,生産性の向上が課題となって
ストラリアを始め(写真),世界各国で栽培されています。
います。さらにリサイクル性(再生時の特性保持)につい
しかし,従来の利用方法は,紙の繊維材料や飼料など,既存
ても十分な知見が得られていません。したがって,今後,
材料の代替が中心であり,有効な利用方法は未開拓でした。
これらの特性の早急な改良が望まれています。
3.ポリ乳酸の特性改善
3.1
これまでの検討例
第 2 章で述べたようにポリ乳酸を電子機器に広く適用す
るためには,耐衝撃性,剛性などの機械的特性,耐熱性
(熱変形温度),さらに成形性(結晶化速度)を改良する必
要があります。
ポリ乳酸は結晶性高分子なので,可とう性が低く,耐衝
写真 オーストラリアでのケナフ栽培(ネイチャートラスト社提供)
Photo Kenaf plantation in Australia.
撃性が低いという特徴を有します。衝撃性の改良には通常,
エラストマーなどの可とう性成分を添加する処方が用いら
れます。たとえば,可とう性のあるバイオプラスチック(ポ
リヒドロキシアルカノエート)による改善効果も報告され
ています 4)。
ポリ乳酸の耐熱性や強度を改良する方法としては,ナノ
コンポジット技術の利用 5)やガラス長繊維の添加 6)などが
知られています。これに対して,上記の耐衝撃性改良のよ
うに,植物資源を特性改良に利用できれば,バイオプラス
チックとしての環境調和性を一層向上することが可能とな
ります。しかし,植物資源を利用した報告例は少なく 7,8),
特に筐体用材料としてのポリ乳酸の耐熱性などに対する顕
著な改善効果は報告されていません。
3.2
ケナフ繊維添加ポリ乳酸の開発
NEC では,電子機器の筐体用材料として,地球温暖化防
止効果の高いケナフの繊維とポリ乳酸の複合材を開発して
78
図 2 ケナフ,ケナフ繊維,およびケナフ繊維添加ポリ乳酸(ケナフ繊維20wt%)
Fig.2 Kenaf, kenaf fiber and kenaf fiber-reinforced bioplastic.
ケナフ添加バイオプラスチックの開発
Fig.3
図 3 ケナフ繊維添加ポリ乳酸の破断面
Broken cross section of kenaf fiber-reinforced bioplastic.
図 4 ケナフ繊維添加ポリ乳酸の熱変形温度(高荷重下)
Fig.4 Distortion temperature under load of kenaf fiberreinforced bioplastic.
表 ケナフ繊維添加ポリ乳酸およびガラス繊維(GF)添加 ABS の特性
Table Mechanical properties of fiber-reinforced plastics.
項 目
繊維含有量
(wt%)
GF+ABS
10
15
20
66
72
107
(GPa) 4.5
(MPa) 132
5.4
111
6.3
110
40
33
荷重たわみ温度(℃)
曲げ弾性率
曲げ強度
ケナフ繊維+ポリ乳酸
ノッチ付きアイ
(J/m)
ゾット衝撃強度
0
46
0
20
120
86
100
7.6
93
2.1
70
7.3
110
32
200
50
*高荷重下
そこで,ケナフ繊維(繊維長: 5mm 以下)とポリ乳酸の
図 5 ポリ乳酸,ケナフ繊維添加ポリ乳酸の示差走査熱量測定(DSC)
Fig.5 DSC thermograms of bioplastics with and without
kenaf fiber.
混練によって,ケナフ繊維で強化された複合材を作成し
(図 2,3)
,ポリ乳酸に対するケナフ繊維の添加効果を検討
しました(結果:表)。
その結果,ケナフ繊維を 15 %以上含有することで,電子
機器の筐体などに使用されているポリスチレン系樹脂(ABS)
以上に,耐熱性(高荷重下での荷重たわみ温度)を大幅に
改良できることが分かりました(図 4)。
剛性(曲げ弾性率)もケナフ繊維の添加量とともに大幅
に向上しました。一般に,ガラス繊維など無機物系の繊維
状補強材は,結晶性樹脂の剛性や耐熱性を向上させる効果
があり,これは,補強材による樹脂の変形防止に加えて,
補強材表面での樹脂の結晶化促進が原因とされています 12)。
また,図 5 の示差走査熱量の測定結果(100 ℃保持)に示
図 6 ポリ乳酸,ケナフ繊維添加ポリ乳酸,ABS 樹脂の粘度特性
Fig.6 Viscosities of bioplastics with and without kenaf fiber
and ABS.
すようにケナフ繊維の添加により結晶化に起因するピーク
が出現しており,ケナフ繊維は,単に変形防止だけでなく,
ポリ乳酸の結晶化促進の効果もありました。
今回の耐熱性と剛性の大幅な改善には,これらの相乗効
果があったものと想定しています。従来,ポリ乳酸の特性
を十分発現させるためには,結晶化のために成形後のアニ
ール処理が必要であり,生産性が低いという課題がありま
したが,ケナフ繊維により結晶化が促進されるので,アニ
ール時間を大幅に短縮でき,生産性が改善できました。
曲げ強度は,ケナフ繊維の添加によって少し低下する傾
向にありますが,ポリスチレン系樹脂と同等のレベルです。
図 7 ケナフ繊維添加ポリ乳酸(ケナフ 20wt %)のリサイクル性
Fig.7 Influence of recycle process on characters of
kenaf fiber-reinforced bioplastic.
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NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
耐衝撃性についても低下する傾向にあります。これらの強
5)大濱二三夫ほか;「プラスチックス」
,53,10,37,2002.
度特性の低下は,ケナフ繊維の添加により可とう性が低下
6)鈴木文行ほか;「成形加工’
02」
,214,2002.
したこと,さらに,ポリ乳酸とケナフ繊維の密着性が十分
7)T. Nishino et al.; Proceeding 2000 Inter. Kenaf Symp.,193,
でないことが影響している可能性があるので,今後,これ
2000.
らの改良を検討予定です。流動性(図 6)はポリ乳酸の特
8)稲生隆嗣ほか;「第 11 回ポリマー材料フォーラム」
,245,2002.
性を良好に保持することが分かりました。
9)
「日経エレクトロニクス」
,2,17,39,2003.
さらに,リサイクル性を調査した結果(リサイクルは再
10)芹澤慎ほか;「成形加工’
03」
,161,2003.
溶融・再ペレット・再成形を 1 回とする)
,ポリ乳酸単独お
11)稲垣寛;「高分子」
,51,8,597,2002.
よびこれにケナフ繊維を添加したものでは,同様に,物性
12)T. M. Takemori ; Polym. Eng. Sci.,19,1104,1979.
や分子量が少し低下する傾向にありました。しかし,3 回
13)
「日経サイエンス」; 6,23,1996.
のリサイクルでもこれらの物性値は 90 %程度保持できたの
筆者紹介
で,今後の組成調整によって,十分なリサイクル性を実現
できる可能性があります。
(図 7)。
以上から,今回開発したケナフ繊維添加ポリ乳酸は,電
子機器用素材として,剛性,耐熱性,成形性などの重要特
性には目途がつきました。今後は,衝撃性を改良して,非
Kazuhiko Inoue
いのうえ
かずひこ
井上
和彦
2001 年,NEC 入社。現在,基
礎・環境研究所エコマテリアル TG 主任研究員。工
学博士。
難燃用途の携帯用小型機器や周辺部品への使用を先行させ
(2004 年度内),さらに,安全な難燃化の処方を確立し,難
燃性が必要な機器にも展開していく予定です。
4.まとめと将来展望
Shin Serizawa
せりざわ
しん
芹澤
慎 1994 年,NEC 入社。現在,基
礎・環境研究所エコマテリアル TG 主任。
電子機器用の新環境調和素材として,バイオプラスチッ
クが注目され,ポリ乳酸を中心に採用が開始されています
が,特性の改善が課題となっています。これに対して,地
球温暖化防止効果の高いケナフの繊維を添加したポリ乳酸
複合材を開発し,ポリ乳酸の剛性,耐熱性,成形性などの
主要特性を大幅に改良しました。
石油資源は,2000 年付近をピークとして算出量は減少し,
2030 年には現在の半分程度になるとの予測があります 13)。
したがって,再生可能な植物資源の利用はますます重要と
なり,バイオプラスチックの必要性が高くなることは間違
いありません。NEC では 2010 年までに少なくとも現在使用
している石油系材料の 10 %以上を植物系材料に代替する計
画です。コストダウンや技術開発が進めば,使用割合はさ
らに増加するものと予想しています。
素材としては,今回のケナフ繊維添加ポリ乳酸系を中心
の 1 つと考えていますが,特に,電子部品用実装材料など,
より高度な物性が要求される分野では,ポリ乳酸以外の高
性能なバイオプラスチックへのニーズが生じてくる可能性
があります。このため,今後さらに,難燃性を始めとする
様々な要求特性に対応した高機能バイオプラスチックの開
発を行い,電子製品の環境負荷の低減に寄与していく予定
です。
参考文献
1)位地正年ほか;「プラスチック」
,49,7,pp. 81-84,1998.
2)位地正年ほか;「電子材料」
,4,pp. 86-90,2000.
3)T. U. Gerngrosse et al.;「日経サイエンス」
,pp. 11,32,2000.
4)高木康雄;「工業材料」
,51,3,23,2003.
80
Masatoshi Iji
い
ぢ
位地
まさとし
正年
1990 年,NEC 入社。現在,基
礎・環境研究所エコマテリアル TG 研究部長。工学
博士。