環境会計と環境経営指標

NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
〈環境マネジメントシステム〉
環境会計と環境経営指標
Environmental Accounting and Environmental Management Indicators
天 川 雅 文*
荒 木 久 生**
Masafumi Tekawa
Hisanari Araki
高 山 誠 司***
Seiji Takayama
環境活動結果の報告から企業経営に根ざした環境経営状況
要 旨
の説明が必要となってきました。環境会計や環境経営指標
NEC では,環境活動の定量評価を行うため,環境会計お
による環境パフォーマンス評価は,企業の環境経営を数値
よび環境経営指標を活用しています。環境会計では,NEC
的に説明するものとして注目されるものとなっています。
グループにおける環境活動の投資や費用を経済効果や物量
2.NEC の環境会計
効果と比較し,分析しています。また,省資源・資源効率
の向上,地球温暖化防止,化学物質リスク,廃棄物削減の
2.1
観点から NEC の環境パフォーマンスを評価するため,環境
環境会計は,資源の有効利用性や企業活動の環境負荷削
環境会計の目的
経営指標を活用しています。これらのシステムを用いて,
減,製品の環境配慮,社会貢献に焦点を当て,その改善に
NEC グループの環境活動を効率化していくとともに,企業
かかわる投資額と費用を算出し,併せてその諸活動に対応
経営を意識した環境活動を推進しています。
する経済的および物量的な改善効果を社外,社内へ公表す
るものです。
We have been performing environmental accounting
環境会計の目的は,
and environmental management indicators for quantita-
① 環境活動の経済的効果を評価し,
コスト意識を高める
tively
② コスト削減活動を推進する
evaluating
of
environmental
activities.
Environmental accounting is regarded as an effective
③ 社員への環境活動推進のモチベーションを高める
means for quantitatively evaluating the costs and bene-
④ 利害関係者に環境活動の経済性とその努力の度合い
を示す(情報発信)
fits of environmental activities. Furthermore, environmental management indicators are applied for evaluating
,
the firm s environmental impact performance from the
⑤ 潜在的な環境活動コストを顕在化し評価する
といったものだといえます。
standpoint of the effective use of resources, preventing
2.2
global warming, chemical risk reduction, and waste
NEC は,1998 年より環境会計を運用し,集計結果を環境
reduction. Using these systems, we promote efficient
報告書(NEC では環境アニュアルレポート)上で社外へ公
environmental activities of NEC group.
開しています。環境会計の手法は,環境省よりガイドライ
1.まえがき
NEC の環境会計手法
ンとして提示されているものの,まだ全般的に未成熟の感
があり,今後の研究を待たねばならない面があります。NEC
従来の環境活動から環境経営へステップアップし,企業
では,毎年の集計のたびに環境活動の実態に鑑み,より環
として環境を経営に取り込む上で,環境保全や環境負荷削
境活動の状況を反映したものとなるようブラッシュアップ
減など各環境活動の投資や費用を環境パフォーマンスの改
を図っています。
善度合いや経済的な改善効果と比較し,測定していくこと
は不可欠です。また最近では,企業が環境問題などの社会
的な側面に対しても説明責任を持つべきであるという考え
方が多く聞かれるようになってきました。
この環境経営の進展と説明責任の点から,従来の単なる
*
**
基礎・環境研究所
Fundamental and Environmental Research Laboratories
環境推進部
Environmental Management Division
(1)支出と効果の集計
環境会計では,単年度の環境活動にかかわる支出(投資
額,費用)とその効果を集計します。
環境会計の主な支出項目は,環境設備投資と施設運転
費・廃棄物処理費・環境活動にかかわる人件費などの費用
***
NEC ファクトリエンジニアリング コンサルティング事業部
NEC Factory Engineering, Ltd.
25
NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
です。ここでの環境設備投資額は該当会計期間の新規設備
投資額であり,環境負荷低減目的に限定されない投資,す
なわち複合的コストについては含んでいません。また,環
境費用は環境設備の減価償却費用,リース・レンタル費用,
ランニングコストを含みます。人件費は,環境管理部門の
人件費と,環境管理業務従事者の人件費(LCA/グリーン
購入実施工数・会議出席工数など)を集計しています。
主な効果項目では,環境保全活動による経済効果と物量
効果を集計します。経済効果としては,電力などのエネル
ギー使用料,廃棄物処理費,化学物質購入料などの削減量
を集計し,物量効果としては,エネルギー由来 CO2 排出削
図 1 環境経営情報システムによる環境会計集計の流れ
Fig.1 Environmental accounting using environmental
management information system.
減量,化学物質購入削減量,水使用削減量,各物質(廃棄
物,NOx,SOx,BOD)排出削減量,該当会計年度に出荷
した環境配慮型製品(エコシンボル適用製品)の使用時に
おける省エネルギー効果を集計します。
なお,法違反回避による損出の防止,広告宣伝によるイ
ォーマンスデータと併せて集計を行っています。2002 年度
メージアップ,環境配慮による製品の売上拡大などの企業
環境会計では,2001 年度から導入した環境経営情報システ
経営への潜在的なプラス面を利益に加算するみなし効果に
ムの活用により,国内全対象サイトからの実績集計に際し
ついては計上していません。
大幅な効率化を達成しました。図 1 に環境経営情報システ
ムによる環境会計集計の流れを示します。各サイトからプ
(2)情報システムによる集計
ロジェクト単位に環境活動にかかわる該当会計年度の新規
環境会計は,環境経営情報システムを活用し,環境パフ
Table 1
表 1 2002 年度 NEC 環境会計集計結果
Environmental accounting: results in FY 2002.
項 目
細目
大分類
中分類
事業エリア内コスト
地球温暖化防止
資源有効活用
362
3,229
8,000t:化学物質削減効果,175t:紙削減効果
510万t:水削減効果,238t:包装材削減効果
1,643
1.7万t:廃棄物削減効果
92
6,918
遵法対応
−
189
24t:SOx
1
15
20t:BOD
598
11,309
5,
516
環境配慮型製品の設計,グリーン購入
6
5,601
−
使用済み製品の回収・リサイクル・リユース
−
1,130
102
−
6
6,731
102
−
環境活動にかかわる人件費
−
1,881
−
−
ISO維持,環境監査
22
84
−
−
人材育成,従業員の環境教育
−
147
−
−
22
2,112
−
−
小計
管理活動
小計
研究開発コスト
研究開発
社会活動コスト
社会活動
小計
26
70
9万t-CO2
公害の防止
小計
合計
644
858
化学物質管理
(前年比)
835
物量削減効果
2,132
リスク対応
環境損傷コスト
433
経済効果
(百万円)
2
廃棄物処理費用
管理活動コスト
環境費用
(百万円)
−
資源循環活動 資源循環活動
上・下流コスト
環境投資額
(百万円)
その他
−
53t:SOx
−
4万t−CO2
−
719
−
−
環境改善対策,社会 への貢献
−
393
−
−
情報公開
−
426
−
−
−
819
−
−
2
16
−
−
5,618
−
628
(−73%)
21,705
(−6%)
(−6%)
環境会計と環境経営指標
投資額,費用,経済的効果について,地球温暖化,廃棄物
「環境負荷発生量当たりの売上高,または事業付加価値(=
削減といった項目別にデータを収集し,これを基に環境会
利益)」と定義し,環境と事業との相対的な効率を示す指
計の投資,経費,効果を集計しています。
標としました。
2.3
2002 年度 NEC の環境会計集計結果
2002 年度 NEC の環境会計集計結果は表 1 のとおりです。
たとえば,地球温暖化の評価の場合,CO2 排出量当たり
の売上高で評価し,資源生産性の評価では資源消費量当た
2002 年度の環境保全コストは,投資約 6 億円(NEC グルー
りの売上高で評価します。ここで,資源消費量は NEC が購
プの総投資額 1,787 億円),費用約 217 億円の計約 223 億円
入する全資材・部材,エネルギーを購入先で製造・加工す
でした(2001 年度比約 31 億円削減)。環境保全活動の物量
る工程,ひいては天然資源を採取する工程にまでさかのぼ
削減効果については,地球温暖化防止において CO2 排出量
り集計した資源の採取量であり,NEC の事業活動による天
換算で 9 万 t の削減効果となりました。経済効果では,合計
然資源枯渇の影響度を LCA 的に評価します。
で約 56 億円となりました。
環境経営指標の各評価項目の評価方法は以下のとおりです。
(1)直接関連領域
3.環境経営指標
資源生産性は資源消費量当たりの売上高と定義しました。
環境会計は,実施した環境保全活動の効率性を環境保全
資源消費量は,社外からの資材・設備の購入金額やエネル
活動のコストとその経済効果額から評価するための手法で
ギーの使用料に,単位金額当たりの鉄鉱石,石油,石炭な
あるため,環境会計の集計結果から,企業全体の社会・環
どの資源消費量を示す LCA データを掛け合わせることによ
境に対する貢献度を評価することはできません。したがっ
って計算します。
て,環境保全コスト・効果の集計に加え,事業活動により
材料や部品,または生産設備などの各品目の購入金額や
社会・環境へ与える環境負荷量を見積もることが重要とな
電力や燃料などのエネルギー使用料に関するデータはすべ
ってきます。
て社内の経理部門のデータベースを用いて集計します。購
NEC では,事業活動全体で環境に配慮すべき環境負荷の
入品目の種類は膨大であるため,これに対応する環境負荷
発生量と事業経営の観点から新たに環境経営指標を開発し,
データとして産業連関表を基に構築した産業分類別の資源
評価を行っています。以下に NEC の環境経営指標の詳細と
消費量の LCA データベースを用いました。
実際の評価結果について説明します。
3.1
経理のデータベースでは,購入した品目と使用したエネ
環境経営指標の評価項目と評価方法
ルギーの種類はすべて当社独自の費用区分コードによって
環境経営を推進する上で NEC が環境に配慮すべき重要項
分類されており,産業連関表に基づき構築した LCA データ
目として,事業活動における自らの環境負荷削減,環境リ
は産業分類コードによって国内の業種別に分類されていま
スク削減,資源効率の向上,および NEC の製品,ソフト・
す。そこで,図 2 に示すように,購入品目の費用区分コー
サービスを提供することによるお客様や社会の環境負荷削
ドごとに購入金額を集計し,各区分に対応する LCA データ
減,資源効率の向上が挙げられます。これに基づき,表 2
を乗じることで,購入品や使用エネルギーの製造段階を含
に示す環境経営指標を開発しました。
めた LCA 的な資源消費量を算出しました。
評価する領域としては,NEC の「事業活動に直接関連す
地球温暖化防止の指標は CO2 排出量当たりの売上高と定
る領域」と,製品・サービスを通して NEC がお客様や社会
義しました。CO2 排出量は社内の生産活動やスタッフ業務
に貢献できる「間接的な領域」の 2 つを設定しました。ま
により使用される電気,石油,都市ガスなどのエネルギーの
た,環境経営のコンセプトに挙げられている環境負荷削減
消費量と,
各エネルギーの CO2 排出係数から算出しました。
の観点から「地球温暖化」と「廃棄物削減」,環境リスク
削減の観点から「化学物質削減」,省資源・資源効率の向
上の観点から
「資源生産性」
の 4 項目を評価項目としました。
環境負荷は事業規模や製品の生産量に影響されるため,
少ない環境負荷でいかに効率的に事業経営が図られている
かを把握する必要があります。このため,環境経営指標は
Table 2
評価項目
環境領域
資源生産性
地球温暖化防止
表 2 環境経営指標
Environmental management indicators.
直接関連領域
間接関連領域
資源消費量当たりの売上高 環境配慮型製品の売上比率
CO2排出量当たりの売上高
環境配慮製品のCO2削減率
化学物質削減
化学物質購入量当たりの売上高 環境配慮型製品の売上比率
廃棄物削減
廃棄物発生量当たりの売上高 環境配慮型製品の売上比率
Fig.2
図 2 購入品の資源消費量算出方法
Calculation method of the amount of resource input.
27
NEC 技報 Vol. 57 No. 1/2004
環境リスク削減を評価するための指標である化学物質削
(リデュース)活動,生産・物流の効率化によるエネルギー
減については,社内で使用される化学物質の購入量当たり
使用の削減,化学物質購入時の審査,収支管理による使用
の売上高と定義しました。化学物質は毒物,劇物,危険物,
量の削減活動,廃棄物の再資源化(リユース,リサイクル)
有機溶剤,特定化学物質,PRTR 対象物質などの法規制を
などの NEC 内の各部門による環境負荷削減対策活動の結果
受けるものを対象とし,それらの総重量で評価しました。
と考えています。
廃棄物削減の指標は,廃棄物発生量当たりの売上高と定
直接間連領域の地球温暖化防止項目が悪化した原因とし
義しました。廃棄物発生量は,紙,ダンボール,厨芥物な
ては,売上高が大きく落ち込んだことが挙げられます。2001
どの一般廃棄物と,廃プラスチック,金属,ガラス,廃油
年度のCO2 排出量は123 万 t でしたが2002 年度では114 万 t と
などの産業廃棄物の総重量としました。
約 7%削減されました。しかし,売上高は約 8%減少したた
めに,地球温暖化防止の直接的な経済価値は減少する結果
(2)間接関連領域
NEC が提供した製品やサービスを通じてお客様や社会全
体に与える環境負荷や環境リスクの削減には,環境に配慮
となりました。製品の消費電力の削減によって,製品使用
時の温暖化防止の点では貢献が図れていると考えています。
した製品やサービスの開発と提供が重要です。したがって
今後さらに,環境経営指標を利用することにより,環境
間接関連領域の環境経営度は,環境配慮型製品の売上高比
活動と事業経営との関係を明らかにしながら,環境活動目
率と定義しました。
標や環境管理活動方針の決定等,環境経営の効率化に活か
NEC では,環境配慮の先進性を有する製品をエコシンボ
していきたいと考えています。
ル製品と定義しています。環境配慮型製品の売上高比率は,
4.むすび
全売上高当たりのエコシンボル製品の売上高として算出し
環境会計や環境経営指標は,環境報告書等での社外への
ました。
また,地球温暖化防止については,出荷したエコシンボ
公表を主眼とする外部的な活用と各組織単位で環境活動の
ル製品の平均消費電力量と従来製品の平均消費電力量との
費用およびその効果を集計し,評価する内部的な活用があ
比から,エコシンボル製品の生産によるお客様側での CO2
ります。現状,NEC では環境会計を主に外部報告として活
排出量の削減率を評価しました。
用していますが,今後,環境経営を実践する上で,内部的
3.2
NEC の環境経営度評価結果
な活用を行い,各事業部門などの環境活動評価を数値(金
2001,2002 年度の NEC における直接関連領域環境経営
指標の試算結果を表 3,間接関連領域の環境経営指標の試
算結果を表 4 に示します。
額)的に把握することは,非常に重要な要素になる可能性
があります。
NEC では今後,環境会計,環境経営指標を,プロジェク
2002 年度の実績については,2001 年度に比べて直接・間
ト単位の新規投資判断やリスク回避策の立案および実施な
接関連領域での地球温暖化防止項目を除き,その他すべて
ど,環境管理目標や活動方針を決定するためのツールとし
の項目で改善されていることが確認されました。これらは
て利用できるよう,手法,判断基準,運用面で,さらなる
製品の開発から生産まで一貫した部品・資材使用の削減
改善を進めたいと考えています。
表 3 環境負荷に対する経済価値[直接関連領域]
Table 3 Economic value against environmental impact
[directly related areas] .
指標項目
2001年度
2002年度
増減
資源生産性
41万円/t
43万円/t
+2万円/t
地球温暖化防止
414万円/t
412万円/t
−2万円/t
1億円/t
1.2億円/t
+0.2億円/t
0.8億円/t
1.1億円/t
+0.3億円/t
化学物質削減
廃棄物削減
筆者紹介
Masafumi Tekawa
て かわ
まさふみ
天川
雅文
1992 年,NEC 入社。現在,基
礎・環境研究所主任。
Hisanari Araki
あら き
ひさなり
荒木
久生
1985 年,NEC 入社。現在,環境
推進部エキスパート。
Table 4
表 4 社会への貢献度[間接関連領域]
Contributions to society [indirectly related areas].
指標項目
2001年度
2002年度
増減
資源生産性
化学物質削減
20%
20%
0
34%
31%
−3%
廃棄物削減
地球温暖化防止
28
Seiji Takayama
たかやま
せいじ
高山
誠司
1990 年,NEC 環境エンジニアリ
ング入社。現在,NEC ファクトリエンジニアリン
グコンサルティング事業部主任。