FEJ 81 06 403 2008

富士時報 Vol.81 No.6 2008
荒木 龍(あらき りゅう)
原 幸仁(はら ゆきひと)
特 集
第 6 世代パワー MOSFET
「SuperFAP-E3S 低 Qg シリーズ」
渡邉 荘太(わたなべ そうた)
まえがき
図
ソフトスイッチング方式,ハードスイッチング方式におけ
るパワー MOSFET の損失分析結果
近年,環境対策への取組みは温室効果ガス削減目標と同
100
パワー MOSFET の損失(%)
時に,ASEAN,BRICs を代表とする新興国の経済成長に
伴う将来的なエネルギー需給動向を背景として,省エネル
ギー化の動きが加速している。特に,急速に普及する各種
電子機器の消費電力に対する省エネルギー化の動きは,国
〈注〉
際エネルギースタープログラム により電力効率の向上が
規制化され,これらに電力を供給するスイッチング電源の
高効率化に対する要求がますます高まっている。さらには,
各種ノイズ規制に対応するため,低ノイズ化要求への対応
80
ターンオン損失
ターンオフ損失
60
40
オン抵抗損失
20
0
ソフトスイッチング方式
も必要不可欠となっている。
ハードスイッチング方式
そこで,これらの要求に対応するべくスイッチング電源
に搭載されるパワーデバイスへの要求は低損失かつ低ノイ
ズであり,加えて壊れにくく使いやすいことが求められて
低ノイズ化を実現するパワー MOSFET として低オン抵抗
いる。
による低損失化と低ノイズ特性を両立した「SuperFAP-E3
スイッチング電源は現在までさまざまな変換方式が提
シリーズ」を汎用系列としてラインアップしてきた。
案され,メインコンバータ部には電流共振コンバータ,擬
-IC(ハードス
今回,PWM(Pulse Width Modulation)
似共振コンバータなどのソフトスイッチング方式が増加
イッチング方式)向けに従来シリーズの特徴である低オ
し て き て い る も の の, 従 来 方 式 で あ る フ ラ イ バ ッ ク 方
ン抵抗特性,低ノイズ性能とゲート抵抗制御性はそのま
式,フォワード方式,および力率改善回路(PFC:Power
まに,スイッチング性能の改善を図った第 6 世代パワー
Factor Correction)においてはハードスイッチング方式
MOSFET「SuperFAP-E3S 低 Qgシリーズ」の開発を行っ
が数多く使われている。図 1 に両者の方式におけるパワー
た。以下にその特徴と適用効果について紹介する。
MOSFET(Metal - Oxide - Semiconductor Field - Effect
Transistor)の損失分析結果を示す。ソフトスイッチング
製品の概要
方式ではオン抵抗損失が支配的となるため低オン抵抗特性
のデバイスが求められる。一方でハードスイッチング方式
今回,開発した SuperFAP-E3S 低 Qgシリーズは PWM-
では損失の大半をオン抵抗損失とターンオフ損失が占める
IC(ハードスイッチング方式)向けとして,既存の Super
ため,この回路に適用されるパワーデバイスには低オン抵
FAP-E3 シリーズのプレーナ型での業界最小の低オン抵抗
抗による低損失化と同時に,スイッチング性能の向上が求
性能を持ったまま,ゲートチャージ特性 Q g を従来比で約
20 % 低減させ,スイッチング損失の低減を実現している。
められる。
富士電機では,これまでスイッチング電源の高効率化,
表1は新製品の代表的な電気的特性と従来シリーズとの比
較を示す。 図 2 に製品の外観を, 表 2 に 500 V,600 V 耐
〈注〉国際エネルギースタープログラム:OA 機器の省エネルギーの
ための国際的な環境ラベリング制度。経済産業省と米国環境保
圧における系列化一覧を示す。以下に具体的な設計施策に
ついて述べる。
護庁の相互承認の下で運営している。
荒木 龍
原 幸仁
渡邉 荘太
パワー MOSFET の開発・設計に
パワー MOSFET の開発・設計に
パワー半導体素子の開発・設計に
従事。現在,富士電機デバイス
従事。現在,富士電機デバイス
従事。現在,富士電機デバイステ
テクノロジー株式会社半導体開発
テクノロジー株式会社半導体開発
クノロジー株式会社半導体開発営
営業本部開発統括部ディスクリー
営業本部開発統括部ディスクリー
業本部開発統括部デバイス技術部。
ト・IC 開発部。
ト・IC 開発部。
403( 23 )
第 6 世代パワー MOSFT「SuperFAP-E3S 低 Qg シリーズ」
富士時報 Vol.81 No.6 2008
めに低 Q g 化を行った。さらに,ターンオン時の突入電流
適用技術
によるノイズ低減のためにゲイン特性である gfs を低減し
SuperFAP-E3S 低 Qg は 従 来 の SuperFAP-E3 に お け る
そこで,Q g と gfs を低減する施策として,ゲート酸化膜
“低オン抵抗特性による低損失,低ノイズ特性,かつ壊れ
厚の厚膜化を行っている。ゲート酸化膜を厚膜化させて
にくくて使いやすい”というコンセプトのもと,さらにス
いくとゲートしきい値電圧 VGS(th) が上昇し,オン抵抗が
イッチング特性の向上をねらった製品である。
増加するので,スイッチング性能向上と低オン抵抗特性の
ターンオフ損失を低減してスイッチング性能向上するた
両立化が図れなくなる。オン抵抗を悪化させない範囲で
厚膜化を行う必要がある。一般的なスイッチング電源用
表
PWM-IC の駆動電圧が 10 V 以上であることを考慮し,従
特性比較
来比約 30 % の厚膜化とした。また,ゲート酸化膜を厚膜
SuperFAP-E3S
低Qgシリーズ
SuperFAP-E3シリーズ
(従来製品)
FMV23N50ES
FMA23N50E
TO-220F
TO-220F
VDS
500 V
500 V
ID
23 A
23 A
0.245 Ω
0.245 Ω
VGS
4.2 V(typ)
3 V(typ)
Q g を従来比で約 20 % 低減できた。さらに,gfs 低減の施策
g fs
16 S(typ)
28 S(typ)
として,QPJ 構造を維持したまま,チャネル密度を下げ
QG
76 nC (typ)
93 nC(typ)
表面構造の最適化を行うことにより図 4 に示すようにゲイ
型 式
パッケージ
R DS(on)max
化すると拡散形状が変わり,SuperFAP-E3 と同等レベル
の擬平面接合(QPJ:Quasi-Plane-Junction)構造が維持
できなくなり,耐圧が低下してしまう。よって,この対策
として表面 n 層の濃度の最適化とチャネル p 拡散層の最
適化により従来と同等の耐圧を確保している。
以上の設計により, 図 3 に示すようにゲートチャージ
ン特性は従来比で約 40 % 低減している。
図
新製品外観
図
Q g 比較
V DS
SuperFAP-E3S 低 Qg
V DS ,
V GS(V)
特 集
た。
V GS
SuperFAP-E3
Q g(nC)
表
SuperFAP-E3S 低Qgシリーズの製品一覧
耐圧
BV DSS
500 V
600 V
パッケージ
定格電流
ID
オン抵抗
R DS(on)
ゲート
Qg
チャージ TO-220
TO-220F
T-pack
12 A
0.52 Ω
36 nC
FMP12N50ES
FMV12N50ES
16 A
0.38 Ω
48 nC
FMP16N50ES
FMV16N50ES
20 A
0.31 Ω
59 nC
FMP20N50ES
FMV20N50ES
FMI20N50ES
ー
ー
21 A
0.27 Ω
66 nC
ー
FMV21N50ES
ー
FMH21N50ES
FMR21N50ES
23 A
0.245 Ω
72 nC
ー
FMV23N50ES
ー
FMH23N50ES
FMR23N50ES
28 A
0.19 Ω
100 nC
ー
FMV28N50ES
ー
FMH28N50ES
FMR28N50ES
TO-3P
TO-3PF
FMI12N50ES
ー
ー
FMI16N50ES
FMH16N50ES
ー
6A
1.2 Ω
27 nC
FMP06N60ES
FMV06N60ES
FMI06N60ES
ー
ー
12 A
0.75 Ω
37 nC
FMP12N60ES
FMV12N60ES
FMI12N60ES
ー
ー
16 A
0.47 Ω
58 nC
FMP16N60ES
FMV16N60ES
FMI16N60ES
ー
ー
17 A
0.40 Ω
69 nC
ー
FMV17N60ES
ー
FMH17N60ES
FMR17N60ES
19 A
0.365 Ω
81 nC
ー
FMV19N60ES
ー
FMH19N60ES
FMR19N60ES
23 A
0.28 Ω
100 nC
ー
ー
ー
FMH23N60ES
FMR23N60ES
404( 24 )
第 6 世代パワー MOSFT「SuperFAP-E3S 低 Qg シリーズ」
富士時報 Vol.81 No.6 2008
図
g fs 比較
図
E toff :24.3 J
dv / dt :11.4 kV/ s
ターンオフ時 di / dt :177.1 A/ s
ターンオン時 100 ns/div
100 ns/div
V GS:5 V/div
V GS:5 V/div
I DS:2 A/div
SuperFAP-E3S 低 Qg
I DS:2 A/div
V DS:100 V/div
V DS:100 V/div
t off
t off
(a)SuperFAP-E3S 低 Qg (b)SuperFAP-E3
I D(A)
図
図
PFC 回路における損失分析結果
ターンオフ損失 E toff - ターンオフ dv /dt 特性
60
パワー MOSFET の損失(W)
臨界モード PFC 回路(出力 135 W)
V =100
V =19
V,
V,I =7
A,T =25
℃
in
o
o
c
E toff( J)
SuperFAP-E3
SuperFAP-E3S 低 Qg
50
40
20
ターンオフ損失 E toff - ターンオフ di /dt 特性
臨界モード PFC 回路(出力 135 W)
V =100
V =19
V,
V,I =7
A,T =25
℃
in
o
o
c
E toff( J)
SuperFAP-E
3
21.3 W
10
12.0 W
2.0
パワー MOSFET の損失(W)
図
10.1W
p ton
30
0
dv / dt(kV/ s)
ターンオフ V in =AC100 V,f =72
kHz,
T =25
℃
s
a
10.1W
p toff
16.6 W
p on
11.1W
SuperFAP-E3
SuperFAP-E3S 低 Qg
(a)連続モード
V in =AC100 V,f =41
kHz,
T =25
℃
s
a
1.5
1.0
0.5
0
0.61W
p toff
0.71W
p on
0.49 W
0.66 W
SuperFAP-E3
SuperFAP-E3S 低 Qg
(b)臨界モード
SuperFAP-E3S 低 Qg
特性とターンオフ損失との関係もトレードオフを改善する
方向性を示しスイッチング性能の向上を実現している。
適用効果
di / dt(A/ s)
ターンオフ .
連続・臨界モード PFC 回路への適用
これら Q g 低減と gfs 低減施策によりスイッチング性能
図 7 に, 実 回 路 に お け る 適 用 効 果 と し て 臨 界 モ ー ド
を改善しており,スイッチング損失とスイッチング時のノ
PFC 回路に使用した場合のターンオフ時の波形を示す。
イズの原因となる dv/dt とトレードオフとの関係を図 5 に
SuperFAP-E3S 低 Qg は従来品 SuperFAP-E3 と比較して
示す。
低ゲートチャージ特性によりターンオフ期間 toff が短絡さ
ターンオフ損失 Etoff とターンオフ時のドレイン電圧変化
率 dv/dt のトレードオフは従来製品のゲート抵抗制御性は
れており,スイッチング損失は約 20 % の低減を実現して
いる。
そのままに,同一 dv/dt 条件下において約 25% 改善して
図 8 に,実アプリケーションにおける連続モード PFC
いる。また, 図 6 に示すターンオフ時の電流変化率 di/dt
回路,臨界モード PFC 回路それぞれの発生損失の分析結
405( 25 )
特 集
E toff :18.7 J
dv / dt :12.8 kV/ s
ターンオフ時 di / dt :213.6 A/ s
ターンオン時 SuperFAP-E3
g fs(S)
臨界モード PFC 回路におけるターンオフ波形比較
第 6 世代パワー MOSFT「SuperFAP-E3S 低 Qg シリーズ」
富士時報 Vol.81 No.6 2008
図
アプリケーションへの適用効果
特 集
アプリケー
ション
AC
アダプタ
135 W
パソコン
電源
400 W
適用回路
と方式
PFC回路
(臨界モード)
PFC回路
(連続モード)
メイン
AC
コントニタ
アダプタ
(フライ
65 W
バック)
項 目
従来品
新製品
改善効果
電力効率η
86.7 %
87.1%
+0.4 %
ケース温度
上昇 ΔT C
34 ℃
30 ℃
−4 ℃
電力効率η
72.9%
73.3 %
+0.4 %
ケース温度
上昇 ΔT C
98 ℃
92 ℃
−6 ℃
電力効率η
87.3 %
87.7 %
+0.4 %
ケース温度
上昇 ΔT C
90 ℃
84 ℃
−6 ℃
フライバック回路における損失分析結果
V in =AC100 V,f =62
kHz,
T =25
℃
s
a
2.5
パワー MOSFET の損失(W)
表
2.0
0.2 W
1.5
0.45 W
p toff
0.18 W
0.36 W
1.0
1.26 W
0.5
0
図
p ton
SuperFAP-E3
p on
1.13 W
SuperFAP-E3S 低 Qg
フライバック回路におけるターンオン特性比較
ゲート抵抗:82Ω
dv / dt :−6.6 kV/ s
ターンオン時 E on:2.89 J
ゲート抵抗:100Ω
dv / dt :−7.2 kV/ s
ターンオン時 E on:3.24 J
dv /dt =5 kV/ s/div
dv /dt =5 kV/ s/div
V DS:100 V/div
V DS:100 V/div
る。この SuperFAP-E3S 低 Qg をフライバック回路に置き
換え適用すると,突入電流によるノイズを低減し,低減損
失を実現することが可能である。
また,図
に SuperFAP-E3S 低 Qg 適用における損失分
析結果を示す。この SuperFAP-E3S 低 Qg では従来品と比
較してターンオン,ターンオフ損失の低減効果により全損
I D:1 A/div
失が約 12 % 低減できる。デバイス温度上昇は約Δ6 ℃低
I D:1 A/div
(a)SuperFAP-E
3S
低 Qg (b)SuperFAP-E
3
減し,ηは約+0.4% 向上し,電源システムの性能向上が
実現できる。
果を示す。図中の Pon はオン抵抗損失,Ptoff はターンオフ
あとがき
損失,Pton はターンオン損失を表している。連続モード
PFC 回路においても,臨界モード PFC と同様にターンオ
SuperFAP-E3
富士電機が新規開発した低ゲートチャージ特性により
と比較して約 20% 低減する効果
スイッチング性能向上を実現したパワー MOSFET として
が得られている。また,それぞれの回路ともターンオフ
「SuperFAP-E3S 低 Qg シリーズ」の製品特徴と適用効果に
損失の低減効果により全損失も SuperFAP-E3 と比較して
ついて紹介した。本製品は,スイッチング電源に搭載され
フ損失が
約 17% 低減されており, 表 3 に示すようにデバイス温度
るパワーデバイスの要求である低オン抵抗,低スイッチン
上昇としては約Δ4 〜 6 ℃低減し,電力変換効率ηは約+
グ損失,低ノイズのバランスとトレードオフを改善できた
0.4% 向上し,電源システムの性能向上が実現できる。
ため,本製品を適用することにより電子機器システムとし
ての電力効率向上と温度上昇低減を実現し,省エネルギー
.
フライバック回路への適用
化に貢献できるものと確信する。
図 9 に,フライバック回路におけるノイズ発生原因の
一つであるターンオン時の突入電流低減効果を示す。従
参考文献
来品 SuperFAP-E3 では,突入電流抑制のためゲート抵
Kobayashi, T. et al. High-Voltage Power MOSFETs
( 1)
抗を SuperFAP-E3S 低 Qg に比べ約 20 % 大きく設定する
Reached Almost to the Silicon Limit. Proceedings of ISPSD
必要があるため,ターンオン損失が増加していた。一方
01. 2001, p.435-438.
’
3S
SuperFAP-E 低 Qg では,ゲート抵抗を大きくした従来
品と同等以下の突入電流と低ターンオン損失を実現してい
406( 26 )
3
原幸仁ほか.第 6 世代 MOSFET
「SuperFAP-E シリーズ」
.
( 2)
富士時報.vol.80, no.6, 2007, p.432-435.
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。