富士時報 Vol.81 No.6 2008 自動車用トレンチ MOSFET 中村 賢平(なかむら けんぺい) 特 集 有田 康彦(ありた やすひこ) 西村 武義(にしむら たけよし) まえがき パワー MOSFET の需要は今後ますます増大し,さらなる 性能向上が求められている。 近年の原油価格高騰に伴い,自動車の低燃費化はます 富士電機では,これら自動車の機構部品の電子化や,電 ます重要になっている。また,CO2 削減などの環境意識の 子システムの高効率化などの要求に対応するため,各種の 高まりから,環境負荷低減を目的とした機構部品の電子 パワー MOSFET の開発および製品化を実施している。こ 化に伴い,自動車電装分野へのパワー MOSFET(Metal- こでは,富士電機の自動車電装用パワー MOSFET の中で Oxide-Semiconductor も,主に EPS 用途ならびに HEV 車の DC-DC コンバータ Field-Effect Transistor)の適用が 部に使用されているトレンチ MOSFET について,その系 増加している。 例えば,低燃費化を図るために,油圧制御であったパ 列,特徴および今後の開発動向について紹介する。 ワーステアリング装置がより軽量な電動パワーステアリン 富士電機のトレンチ MOSFET グ(EPS)へと急速に置き換わっている。小型車から適用 が始まった EPS は,近年では中型から大型自動車まで適 用車種が増加しつつあり,EPS 搭載車の生産台数は年 8 % 表1に富士電機の自動車電装用途のトレンチ MOSFET 程度の堅調な増加が予想されている。また,低燃費なら の定格と適用分野を示す。また,そのパッケージの外観 びに環境負荷低減目的で商品化されてきたハイブリッド車 を図 1 に示す。現在富士電機では,EPS 用 MOSFET とし (HEV)の生産台数は,近年の原油価格高騰にも後押しさ て 40 V,60 V 耐圧品を系列化し,42 V 電源(36 V バッテ リー)用として 75 V 耐圧品を系列化している。 れ,年 25% 程度の伸びが見込まれるようになった。 これらの用途に使用されるスイッチングデバイスである 表 富士電機の自動車電装用トレンチMOSFETの定格と適用分野 トレンチ 世代 FT-Ⅰ 型 式 FT-Ⅲ Id Vgs R ds(on) V gs(th) パッケージ 用 途 備 考 2SK3270-01 60 V 80 A +30 V/−20V 6.5 mΩ 3±0.5 V TO-220 EPS 2SK3271-01 60 V 100 A +30 V/−20V 6.5 mΩ 3±0.5 V TO-3P EPS 2SK3272-01L,S,SJ 60 V 80 A +30 V/−20V 6.5 mΩ 3±0.5 V D2-PACK EPS 2SK3273-01MR 60 V 70 A +30 V/−20V 6.5 mΩ 3±0.5 V TO-220F EPS 2SK3804-01S 75 V 70 A +20 V/−20V 8.5 mΩ 3±0.5 V D2-PACK EPS, アクティブ スタビライザ 2SK3730-01MR 75 V 70 A +20 V/−20V 7.9 mΩ 3±0.5 V TO-220F EPS 40(V) 70(A) +30 V/−20V 6.0 mΩ 3±1.0 V TO-247 EPS 2SK4068-32 FT-Ⅱ 電気的特性 V ds 2SK4047-01S 60(V) 70(A) +30 V/−20V 6.5 mΩ 3±0.5 V D2-PACK EPS, アクティブ スタビライザ F15□□ 40(V) 70(A) +30 V/−20V 5.2 mΩ 3±0.5 V TO-247 EPS 開発中 F15□□ 60(V) 80(A) +30 V/−20V 3.0 mΩ 3±0.5 V D2-PACK EPS 開発中 TFP DC-DCコンバータ, HID 開発中 F15□□ 100(V) 40(A) +30 V/−20V 18.0 mΩ 3±1.0 V 有田 康彦 中村 賢平 西村 武義 パワー MOSFET の開発・設計に 車 載 用 複 合 デ バ イ ス, パ ワ ー パワー半導体素子の開発・設計に 従事。現在,富士電機デバイス MOSFET の開発・設計に従事。 従事。現在,富士電機デバイステ テクノロジー株式会社半導体開発 現在,富士電機デバイステクノロ クノロジー株式会社開発統括部デ 営業本部開発統括部ディスクリー ジー株式会社半導体開発営業本部 バイス技術部。 ト・IC 開発部。 開発統括部ディスクリート・IC 開発部。 407( 27 ) 富士時報 Vol.81 No.6 2008 自動車用トレンチ MOSFET 単位面積あたりのチャネルの数を増加させた。さらにチャ 自動車電装用トレンチ MOSFET の特徴 ネル長を最適化してチャネル抵抗成分をさらに低減する EPS 用電子制御装置は高温雰囲気下で長期間確実に動 20 % 低減した FT-Ⅲを実現した。 作することが要求されるため,高信頼性ならびに低損失性 また,MOSFET はオン抵抗とスイッチングスピードが が重要である。富士電機では従来から,トレンチ構造を採 トレードオフの関係にある。今回製品化している新型ト 用した低オン抵抗 MOSFET を EPS 用に系列化している レンチ MOSFET では,オン抵抗 Ron とスイッチング時間 が,近年ではさらなる低損失化を目的として低オン抵抗化 の指標となるゲートチャージ Q gd との積である性能指数 が要求されている。 Ron・Q gd を FT-Ⅱに比べて約 10 % 低減している。 図 3 に 富士電機ではこの低オン抵抗化の要求に対応するために, 従来トレンチ MOSFET の FT-Ⅰ,FT-Ⅱおよび FT-Ⅲ トレンチ構造の新規設計を行い,単位面積あたりのオン抵 のチップについて,FT-Ⅰの Ron・Q gd を 1 とした場合の相 抗を従来のトレンチ MOSFET「FT-Ⅱ」に比べてさらに 対比較結果を示す。 低減させた新型トレンチ MOSFET「FT-Ⅲ」を開発して 図 4 に 60 V 耐圧の FT-Ⅰ,FT-Ⅱおよび FT-Ⅲのチッ プについて,同一パッケージ品でモータを駆動した場合の いる。以下にその特徴について紹介する。 トレンチ構造の設計ルール微細化による低オン抵抗化 ( 1) 図 2 に FT-Ⅱのチップ構造と FT-Ⅲのチップ構造の断 面比較を示す。トレンチチップ構造は,ゲート部分に精度 損失シミュレーション例を示す。FT-Ⅲのチップは,FTⅡのチップに比べてトータル損失で約 25 % 低減している。 ゲートしきい値電圧に対する設計 ( 2) のよいエッチングで凹部構造を形成して,チャネル抵抗成 EPS に使用される MOSFET では低オン抵抗特性が重視 分と JFET(Junction FET)効果の抵抗成分を大幅に低 されているため,オン抵抗特性とトレードオフの関係にあ 減することが可能となる。富士電機では,トレンチ部に高 るゲートしきい値電圧 Vgs(th)が 1 〜 2 V 程度の MOSFET 品質なゲート酸化膜を形成することで,高いゲート保証電 が一般的である。しかし,ゲートしきい値電圧が小さいと 圧 VGS(+30/−20 V)とゲート信頼性を持った低オン抵 電磁ノイズなどによる誤動作が起きやすいという問題があ 抗トレンチ MOSFET を製品化している。 る。 今回,トレンチ構造の設計ルールを従来より微細化して 富士電機の EPS 用トレンチ MOSFET は,ゲート信頼 性を考慮してゲート酸化膜厚およびチャネル濃度を調整す 図 ることで,代表的なゲートしきい値電圧を 3 V と最適化し, パッケージ系列の外観 ノイズ誤動作防止を考慮して設計している。 図 R on・Q gd の相対比較 1.2 1.0 D2-Pack TO-220AB 相対値 0.8 TO-220 TO-3P フルモールド TO-247 0.6 0.4 0.2 図 0 FT-Ⅱと FT-Ⅲの断面比較 設計ルール微細化 (単位面積あたりのオン抵抗 R on・ 減少) A 設計ルール ソース ゲート 図 n+ p p+ n+ p ゲート酸化膜 トレンチ n+ n+ n+ p+ n+ p ( ) R CH チャネル長短縮 R CH 減少) (チャネル抵抗 FT-Ⅲ n− n− n+ n+ ドレイン ドレイン (b)FT-Ⅲ =40 V, I d =60 A, V f =36 kHz,duty=50% ds P off:オフ損失 P sw:スイッチング損失 P on:オン損失 n+ 4 p ゲート酸化膜 トレンチ (a)FT-Ⅱ 408( 28 ) FT-Ⅱ ソース ゲート 5 n+ FT-Ⅰ 損失シミュレーション 損失(W) 特 集 ことにより,FT-Ⅱに比べて単位面積あたりのオン抵抗を 3 2 1 0 FT-Ⅰ FT-Ⅱ FT-Ⅲ 自動車用トレンチ MOSFET 富士時報 Vol.81 No.6 2008 図 EPS システムの等価回路 モータの負荷短絡モード,②モータと電子制御ユニット (ECU)を接続する配線の地絡モード,③ H ブリッジまた 三相モータ制御 は三相ブリッジを構成する上下間デバイスのアーム短絡 電子制御ユニット(ECU) +V cc ①負荷短絡 モード ドライブ 回路 ドライブ 回路へ 各ゲート へ モードなど,瞬時的な大電流責務にも耐えうる信頼性が必 特 要である。 集 図 6 に,富士電機の MOSFET 製品の内部構造を示す。 EPS の最大トルク時(モータ電流 30 〜 65 A 程度)には, 三相 モータ 大電流によるチップの発熱に加えて,外部端子に接続する リードワイヤ部でも大きな発熱がある。富士電機ではこれ らの課題に対し,①内部接続ワイヤの大口径化および②内 マイコン ③アーム 短絡モード ②地絡 モード − + 部接続ワイヤの複数本化という対策を行っている。 以上の特徴を持った富士電機トレンチ MOSFET は, EPS 以外にも幅広い自動車電装用途への採用が進んでい る。 図 あとがき パワー MOSFET の内部構造 エポキシ樹脂 富士電機では今まで,今回紹介したような各種自動車電 装用トレンチ MOSFET を開発し,製品化してきた。現在, 半導体チップ ベース フレーム リードワイヤ さらなる低オン抵抗化および小型化の要求に応えるため, トレンチ構造および結晶の最適化による次世代トレンチ技 術の開発に注力している。今後も自動車電装分野における 機構部品電子化および電装部品低損失化へのさらなるニー ズに応えるため,絶え間ない製品開発と提案を行い,自動 車電装分野のますますの発展に貢献していく所存である。 発熱部 参考文献 Onozawa, Y. et al. Development of the next generation ( 1) 1,200 V trench- gate FS- IGBT featuring lower EMI noise and lower switching loss. Proc. of ISPSD’ 07. 堀内康司ほか.自動車用パワー MOSFET.富士時報. ( 2) vol.76, no.10, 2003, p.601-605. 有田康彦,西村武義.自動車電装用パワー MOSFET.富 ( 3) 大電流耐量かつ高信頼性 ( 3) 士時報.vol.79, no.5, 2006, p.378-381. EPS 用 の シ ス テ ム に お い て は, 図 5 に 示 す よ う な ① 409( 29 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。