FEJ 81 06 390 2008

富士時報 Vol.81 No.6 2008
IGBT ハイパワーモジュール
特 集
西村 孝司(にしむら たかし)
高宮 喜和(たかみや よしかず)
中島 修(なかじま おさむ)
( 1)
まえがき
イパワーモジュールを開発し,製品展開を行ってきた。
今回,拡大を続ける新エネルギー分野への適用をねらい,
( 2)
近年,地球温暖化を抑制するため,化石燃料を使用し
U シリーズのチップを改良した U4 チップを搭載し,熱的
ないクリーンエネルギー化が加速している。温室効果ガス
特性の向上,かつ耐環境性能を大幅に改善した 1,200 V お
(CO2)の発生を抑え,かつ電力の供給が可能な新エネル
よび 1,700 V 耐圧の IGBT ハイパワーモジュールを新たに
ギー分野(風力・太陽光発電)の市場が急速に伸びており,
開発した。本稿では,その概要と技術開発について紹介す
この分野で適用されるインバータ装置の大容量化が進んで
る。
いる。
産業用の大容量インバータに使用するパワーデバイスは,
製品系列
高 耐 圧・大電流化が容 易な GTO(Gate Turn-off)サ イ
リスタが主流であった。しかし,IGBT(Insulated Gate
開発した IGBT ハイパワーモジュールの製品系列を表1
Bipolar Transistor)モジュールの高耐圧・大容量化技術
に示す。1 in 1 で,1,200 〜 3,600 A,2 in 1 で,600 〜 1,200
のめざましい進歩により,高耐圧・大容量分野においても,
A の電流容量を持ち,モジュール耐圧は 1,200 V と 1,700 V
組立・取扱いおよび保守点検が容易な絶縁型構造を持つ
である(合計 14 機種)
。図 1 に,そのパッケージ外観を示
IGBT モジュールへの置換えが飛躍的に拡大している。富
す。
士電機では産業用大容量分野への適用をねらった IGBT ハ
表
製品系列
パッケージ
型式
パッケージサイズ
(mm)
CTI *
絶縁基板
ベース
定格電圧
(V)
1,200
M151
130×140×38
1,700
600以上
1 in 1
窒化ケイ素
(Si3N4)
銅
(Cu)
1,200
M152
190×140×38
1,700
1,200
2 in 1
M256
130×140×38
600以上
窒化ケイ素
(Si3N4)
定格電流
(A)
製品型式
1,200
1MBI1200U4C-120
1,600
1MBI1600U4C-120
1,200
1MBI1200U4C-170
1,600
1MBI1600U4C-170
2,400
1MBI2400U4D-120
3,600
1MBI3600U4D-120
2,400
1MBI2400U4D-170
3,600
1MBI3600U4D-170
600
2MBI600U4G-120
800
2MBI800U4G-120
1,200
銅
(Cu)
1,700
2MBI1200U4G-120
600
2MBI600U4G-170
800
2MBI800U4G-170
1,200
2MBI1200U4G-170
* CTI:Comparative Tracking Index(比較トラッキング指数)
西村 孝司
390( 10 )
高宮 喜和
中島 修
パワーモジュールの品質保証に従
パワー半導体デバイスの開発に従
ハイブリッド IC,MIC,IGBT モ
事。現在,富士電機デバイステク
ジュールのパッケージ開発に従事。
事。現在,富士電機デバイステク
ノロジー株式会社半導体開発営業
現在,富士電機デバイステクノロ
ノロジー株式会社半導体事業統括
本部開発統括部モジュール開発部
ジー株式会社半導体開発営業本部
部生産統括部品質保証部。
チームリーダー。
開発統括部パッケージ実装技術部。
IGBT ハイパワーモジュール
富士時報 Vol.81 No.6 2008
および特性を表 2 に示す。
電気的特性
2MBI800U4G-170(2 in 1 800 A/1,700 V)を代表型式と
IGBT チップの飽和電圧は,pnp トランジスタの注入効
し,モジュールの電気的特性について紹介する。最大定格
率を下げ,ライフタイムコントロールを適用せず輸送効率
を上げ,正の温度係数を持ち,高性能化を達成している。
図
IGBT ハイパワーモジュールのパッケージ外観
また,FWD チップの順電圧は,キャリヤのライフタイム
コントロールを最適化することで,IGBT チップと同様に
正の温度係数を持つ。
M152パッケージ
正の温度係数を持つチップは,接合温度が高くなると,
並列接続されたチップ間において接合温度を均等化するよ
うに働き,電流バランスを自己調整するため,チップの並
列接続数の多い IGBT ハイパワーモジュールに適している。
図 2 および図 3 に,モジュールでの飽和電圧−コレクタ電
流特性と順電圧−順電流特性を示す。
.
M256パッケージ
M151パッケージ
スイッチング特性
U4 シリーズの IGBT チップでは,入力容量 Cies と帰還
容量 Cres のバランスを最適化したので,ターンオン損失
表
最大定格および特性(型式:2MBI800U4G-170)
(a)最大定格(指定なき場合は,T j =T c=25 ℃)
項 目
記 号
条 件
定 格
単 位
コレクタ − エミッタ電圧
V CES
V GE =0 V
1,700
V
ゲート − エミッタ間電圧
V GES
ー
±20
V
コレクタ電流
I C(DC)
連 続
T C =80 ℃
800
A
I C(Pulse)
1 ms
T C =80 ℃
1,600
A
1素子
4,800
W
℃
最大損失
PC
最大接合温度
T j max.
ー
150
保存温度
T stg
ー
−40∼+125
℃
AC:1分
3,400
V
絶縁耐圧
V iso
(b)電気的特性(指定なき場合は,T j =T c=25 ℃)
項 目
コレクタ − エミッタ間漏れ電流
ゲート − エミッタ間漏れ電流
記 号
℃, Tj
V GE =0 V, =125
VCE =1,700 V
I GES
V GE =±20 V
ゲート − エミッタ間しきい値電圧
V GE(th)
飽和電圧(chip)
V CE(sat)
C ies
入力容量
ターンオン時間
ターンオフ時間
条 件
I CES
標 準
最 大
単 位
ー
ー
1.0
mA
ー
ー
2.4
A
5.5
6.5
7.5
V
T j =25 ℃
ー
2.25
2.40
T j =125 ℃
ー
2.65
ー
ー
75
ー
ー
3.10
ー
ー
1.25
ー
ー
1.45
ー
ー
0.25
ー
T j =25 ℃
ー
1.80
2.15
T j =125 ℃
ー
2.00
ー
ー
0.45
ー
A
V CE =20 V, =0.8
IC
V GE =+15 V
I C =800 A
最 小
V GE =0 V,V CE =10 V, f =1 MHz
t on
tr
t off
V CC =900 V,I C =800 A
V GE =±15 V
T j =125 ℃
tf
順電圧(chip)
Vf
逆回復時間
t rr
V GE =0 V
I f =800 A
V CC =900 V,I F =800 A, T j =125 ℃
V
nF
s
V
s
(c)熱的特性
項 目
熱抵抗(1素子)
記 号
R th(j−c)
条 件
最 小
標 準
最 大
IGBT
ー
ー
0.026
ー
ー
0.045
FWD
単 位
K/W
391( 11 )
特 集
V −I 特性
.
富士時報 Vol.81 No.6 2008
IGBT ハイパワーモジュール
の大幅な低減,低電流時のターンオン di/dt の低減,ゲー
顧客ニーズである装置の小型化には,高密度化を伴う。モ
ジュールの発熱を放出する冷却体を小さくすると放熱効率
が低下し,半導体チップの接合温度上昇を招く。モジュー
900 V,Rg(on)=4. 7 Ω,Rg(off)=1.2 Ω,Tj=125 ℃における
ルの信頼性に懸念を与える要因となるため,接合温度を低
定格電流(800 A)でのモジュールのターンオン,ターン
く抑える必要があり,それには次に示す三つの方法がある。
オフ,逆回復波形を示す。その時のスイッチング損失は,
モジュールの発生損失低減
(a)
ターンオン時で 257 mJ,ターンオフ時で 254 mJ,逆回復
(b)
モジュールの熱抵抗(接合部とケース間)低減
時で 228 mJ である。 図 5 にスイッチング損失の電流依存
冷却体の放熱効率向上
(c)
性を,図 6 にスイッチング損失のゲート抵抗依存性を示す。
モジュールで実施可能な項目は,一つは発生損失の低減
であり,もう一つは熱抵抗の低減である。発生損失の低減
パッケージ技術
は,チップ特性に大きく依存し,次世代チップ技術が待望
される。一方で,熱抵抗の低減は,モジュール構造の最適
.
熱抵抗低減
化によりチップ特性とは独立して達成できる。
産 業 用 の 大 容 量 イ ン バ ー タ 装 置 の 多 く は, 多 数 の モ
図 7 に,DCB(Direct Copper Bonding)基板にアルミ
ジュールを直並列接続することで大容量化を達成している。
図
図
スイッチング損失−電流依存性
飽和電圧−コレクタ電流特性
コレクタ電流 I c(A)
1,400
スイッチング損失(mJ)
=900
V,
g=4.7/−1.2Ω,
L m =75 nH,
V CC
R
V GE =±15 V,
T j =125 ℃
600
V GE =+15 V
1,200
1,000
T j =25 ℃
800
600
400
T j =125 ℃
200
0
0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
500
E on
400
E off
300
E rr
200
100
0
0
200
400
600
800
1,000 1,200 1,400
電流 Ic ,
I f(A)
4.0
飽和電圧:V
(V)
CE(sat
)
図
図
スイッチング損失(mJ)
1,400
1,200
1,000
T j =25 ℃
800
600
400
T j =125 ℃
200
0
図
スイッチング損失−ゲート抵抗依存性
順電圧−順電流特性
順電流 I f(A)
特 集
ト抵抗によるターンオン di/dt の制御性の向上や,逆回
復時のサージ電圧抑制などの特徴を持つ。 図 4 に,Vcc=
0
0.5
1.0
15
2.0
V f(V)
順電圧 2.5
3.0
=900
V,
A,
GE =±15 V,
j =125 ℃
L m =75 nH,
V CC
I =800
V
T
C
700
E on
600
500
400
E off
300
200
E rr
100
0
0
2.5
5.0
7.5
10.0
12.5
15.0
ゲート抵抗 R g(Ω)
スイッチング波形(L 負荷時)
0V
0V
V GE :20 V/div
V GE :20 V/div
V AK :500 V/div
I C:200 A/div
V CE :500 V/div
0 V,0 A
V CE :500 V/div
I C:500 A/div
t :1.0 s/div
0 V,0 A
(a)ターンオン
392( 12 )
t :0.5 s/div
I F:500 A/div
t :0.5 s/div
0 V,0 A
(b)ターンオフ
(c)逆回復
IGBT ハイパワーモジュール
富士時報 Vol.81 No.6 2008
熱シミュレーションによる構成部材別熱抵抗比率
熱シミュレーションによるモジュール熱抵抗比較
52.2
50
100%
100
熱抵抗比率(%)
40
30
10
11.0
3.6
3.1
Cu パターン裏
基板下はんだ
Cu ベース
0
6.3
9.4
IGBT チップ
14.4
チップ下はんだ
20
66.6 %
60
40
20
0
窒化ケイ素
アルミナ
アルミナ
(21 W/
(m2K)
)(24 W/
(m2K)
)(90 W/
(m2K)
)
絶縁基板
各種DCB基板の比較
厚 さ
熱伝達率
表
アルミナ
Al2O3
アルミナ
Al2O3
窒化ケイ素
Si3N4
窒化アルミ
AlN
0.32 mm
0.32 mm
0.32 mm
0.65 mm
○(90
)
W/
(m2K)
◎(170
)
W/
(m2K)
×(21
△(24
) W/
)
W/
(m2K)
(m2K)
93.1%
80
構成部材
表
IGBT チップ
チップ下はんだ
Cu パターン表
絶縁基板
Cu パターン裏
基板下はんだ
Cu ベース
120
Cu パターン表
熱抵抗比率(%)
図
曲げ強度
○
△
◎
×
絶縁破壊電圧
◎
◎
◎
◎
コスト
◎
△
△
×
組立性
○
○
△
△
熱抵抗効果
×
△
○
◎
比較トラッキング指数
PLC *
高い
低い
CTI : Comparative Tracking Index
(比較トラッキング指数)
0
600≦CTI
1
400≦CTI <600
2
250≦CTI<400
3
175≦CTI<250
4
100≦CTI<175
5
CTI <100
* PLC:Performance Level Category
◎:非常に良い,○:良い, △:やや悪い, ×:悪い
にくいモールドケースを実現するためには,次の二つの方
法がある。
ナ(Al2O3)を使った現状の IGBT ハイパワーモジュール
の熱シミュレーション結果を示す。DCB 基板の熱抵抗が
モジュール全体の約 52% を占めており,DCB 基板の熱抵
モールドケース表面の沿面(炭化導通路)を長くす
(a)
る。
(b)
炭化導通路を形成しにくいモールド樹脂を適用する。
抗を低減することが最も有用な手段であると判断した。表
モールドケース表面の沿面を長くするためには,ケー
3 に DCB 基板の比較結果を, 図 8 に熱シミュレーション
ス表面に凹凸を施す必要があり,外形寸法が大きくなるこ
によるモジュール熱抵抗比較結果を示す。DCB 基板の選
とから競合他社とのパッケージの互換性が損なわれるため,
定にあたり,熱抵抗低減効果,組立性,コストなどから総
富士電機は,1 ランク上の比較トラッキング指数(600 ≦
合的に検討した結果,大幅な熱抵抗低減効果が期待できる
CTI:Comparative Tracking Index)を持つモールド樹脂
窒化ケイ素(Si3N4)の採用を決定した。熱抵抗の測定を
を選定し,適用することで対応した。表 4 に耐トラッキン
実施して,アルミナ基板に比べ IGBT 部で 33%,FWD 部
グ指数を示す。なお,600 ≦ CTI は,耐トラッキング指
で 31% の熱抵抗低減を確認した。
数の最も高い区分に位置づけられる。
.
モールドケースの耐環境性能改善
パワーサイクル耐量の確保
モールドケースの表面が高電界下に置かれている状態
において,モールドケースの表面が粉塵(ふんじん)や水
本 IGBT ハイパワーモジュールは,現状の大容量 IGBT
分の付着により炭化して炭化導通路(トラック)を形成し,
ハイパワーモジュールと同様の大容量化パッケージ技術
絶縁が低下して絶縁破壊に至ることがある。状況によって
を継承し,チップ下はんだに高剛性材料の Sn-Ag はんだ
は発火を引き起こす恐れもある。風力・太陽光発電装置は,
を適用し,DCB 基板を分割化して DCB 基板間の熱緩衝
塵埃(じんあい)や塩分を多く含み湿度も高い環境に設置
を抑制,DCB 基板間の電流を均等化する主端子構造を持
されることが多い。IGBT ハイパワーモジュールをこのよ
つ。これらに加え,DCB 基板に窒化ケイ素を採用したこ
うな環境下で適用する場合は,炭化導通路を形成しにくい
とにより,DCB 基板下のはんだ厚さの最適化および製造
モールドケースの開発が必須である。炭化導通路を形成し
方法の改善を行って,チップの並列接続数が少ない従来
393( 13 )
特 集
60
DCB 基板
(アルミナ)
図
富士時報 Vol.81 No.6 2008
IGBT ハイパワーモジュール
モジュールと同等のΔ Tj パワーサイクル耐量を確認した。
いる新エネルギー分野にきめ細かく対応できる製品群であ
さらに,IGBT ハイパワーモジュール特有のアプリケー
る。
特 集
ションであるケース温度が大きく変化するΔ Tc パワーサ
今後は,さらなるニーズに応えるために半導体技術およ
イクルにおいても,Δ Tc=70 ℃の条件で 10,000 サイクル
びパッケージ技術のレベルを高め,パワーエレクトロニク
を確認している。
スの発展に貢献する新製品の開発を行っていく所存である。
あとがき
参考文献
西村孝司ほか.産業用大容量 IGBT モジュール.富士時報.
( 1)
本稿では,U4 シリーズチップを搭載し,熱的特性を向
上し,耐環境性能を大幅に改善した IGBT ハイパワーモ
ジュール製品について紹介した。本モジュールは,ニーズ
が多様化している大容量分野に加え,急速に市場が伸びて
394( 14 )
vol.78, no.4, 2005, p.264-268.
原口浩一ほか.U4 シリーズ IGBT モジュール.富士時報.
( 2)
vol.78, no.4, 2005, p.256-259.
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。