富士時報 Vol.75 No.10 2002 U シリーズ IGBT モジュールの技術革新 岩室 憲幸(いわむろ のりゆき) 宮坂 忠志(みやさか ただし) 関 康和(せき やすかず) まえがき (Non Punch Through)構造 IGBT(NPT-IGBT)を開発 した。特にこの NPT-IGBT の開発にあたっては,ウェー IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)は,MOS ハ厚を 100 μm 近くになるまで削り素子を作成するという FET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transis- 薄ウェーハプロセス技術を新たに開発することで特性改善 tor)の高インピーダンス特性と,バイポーラトランジス に成功し,その結果,1,200 V 系は 1999 年に S シリーズを, タの低オン電圧特性とを兼ね備えたパワーデバイスとして, 600 V 系では 2001 年に T シリーズをそれぞれ製品化した。 1980 年代前半に考案された。その後 1980 年代後半の第一 今回開発した超低損失 U シリーズ IGBT チップ(U- 世代 IGBT の出現により電力変換装置用デバイスとして, IGBT チップ)は,上記 NPT-IGBT チップの開発で培わ 産業,情報,交通などの各分野でのパワーエレクトロニク れた薄ウェーハプロセス技術と,より一層の表面セル微細 ス技術の中で非常に大きな役割を占めてきた。IGBT はバ 化を可能にするトレンチゲート技術を融合させることで, イポーラトランジスタ以上の電圧・電流定格を持つこと, さらなる特性改善を図ったパワー半導体素子である。図1 さらには高速スイッチングができることで年々注目される は 600 V 系 IGBT チップの各世代でのオン電圧ーターンオ ようになり,それに伴ってさらなる低損失化が切望される フ損失トレードオフ特性比較を示したものである。トレン ようになった。その結果,表面セル構造の微細化とそれに チゲート構造と薄ウェーハ NPT 構造により,大きな性能 伴う高性能化の技術革新により第一,第二,第三世代と進 改善が達成できていることが分かる。また上記薄ウェーハ 歩を重ね,装置の小型化・高性能化に大きく寄与してきた。 NPT 技術をさらに進歩させた薄ウェーハ FS(Field Stop) 特に近年,IGBT モジュールの性能向上は目を見張るもの 技術を今回新たに開発し,1,200 V 系ならびに 1,700 V 系 がある。 IGBT チップに適用した。これにより,図2に示すように (1) 本稿では,富士電機が開発した超低損失 U シリーズ オン電圧ーターンオフ損失トレードオフ特性を飛躍的に改 IGBT モジュールの設計コンセプトならびに諸特性を報告 善することに成功した。さらにこの U-IGBT チップは, し,富士電機製 IGBT モジュールの技術革新について紹介 pnp トランジスタの注入効率を下げ,ライフタイムコント する。 ロールをせず輸送効率を上げるという設計コンセプトによ 超低損失 IGBT チップの開発 図1 600 V IGBT トレードオフ比較 富士電機は IGBT の製品化を 1988 年から始め,市場に 率を上げ,ライフタイムコントロールにより輸送効率を 下 げ る と い う 設 計 コ ン セ プ ト を 基 に し た PT( Punch Through)構造 IGBT において,表面セル構造の微細化に よる MOSFET 部からの電子電流の供給増により特性改善 を進め,1988,1990,1994 年に第一,第二,新第三世代 (N シリーズ)IGBT モジュールを製品化した。その後, ターンオフ損失(mJ/pulse) 供給してきた。ワイドベース pnp トランジスタの注入効 T j=125 ℃ 10 さらなる性能向上を目指して,上記 pnp トランジスタの 注入効率を下げ,ライフタイムコントロールしないで輸送 600 V/100 A素子 V CC=300 V I C =100 A V GE=±15 V 8 Sシリーズ 6 Nシリーズ 4 Tシリーズ 2 新型 IGBT (Uシリーズ) 0 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 コレクタ - エミッタ間飽和電圧 V CE(sat(V) ) 2.8 効 率 を 上 げ る と い う 設 計 コ ン セ プ ト に 基 づ い た NPT 岩室 憲幸 宮坂 忠志 関 康和 パワー半導体素子の研究開発に従 パワー半導体モジュールの開発・ パワー半導体デバイスの研究開発 事。現在,富士日立パワーセミコ 設計に従事。現在,富士日立パ に従事。現在,松本工場半導体基 ンダクタ(株)松本事業所開発設計 ワーセミコンダクタ(株)松本事業 盤技術開発部長。工学博士。電気 部マネージャー。工学博士。IEEE 所開発設計部副グループ長。 学会会員。 Senior Member,電気学会会員。 555( 7 ) 富士時報 U シリーズ IGBT モジュールの技術革新 Vol.75 No.10 2002 り,図3に示すようにオン電圧が正の温度係数を示し,そ ている。図4は 1,200 V/450 A U-IGBT モジュールにおけ の結果,大電流定格品への適用に非常に適した素子となる。 る負荷短絡波形である。負荷短絡時の電流値を定格電流の IGBT の設計において,トレンチゲート構造のような微 細表面セル構造を適用することでオン電圧の低減が実現で 約 5 倍に制限し,125 ℃においても 10 μs 以上もの十分な 耐量が得られていることが分かる。 きることは知られているが,その反面,負荷短絡などの異 常時に大きな電流が流れてしまい,その結果として素子が 新 FWD チップの特徴 破壊しやすくなる問題が生じ,これをブレークスルーする ことが大きな課題となっていた。今回開発した U-IGBT 新 FWD(Free Wheeling Diode)素子はアノード層か チップは,トレンチゲート構造を最適化することでオン電 らの少数キャリヤの注入をコントロールすることで,ソフ 圧を犠牲にすることなく,負荷短絡などの異常時に流れる トな逆回復特性を有する。さらにライフタイムコントロー 電流値を抑えることに成功し,その結果耐量の向上も図れ ルを最適化することで,IGBT 同様,オン電圧が正の温度 係数を示すよう設計されており,大電流定格品への適用に 非常に適した素子となっている。この新 FWD の適用によ 図2 1,200 V,1,700 V IGBT トレードオフ比較 り,図5に示すように IGBT のターンオン時の電流ピーク T j=125 ℃ ターンオフ損失(mJ/pulse) 12 1,200 V/50 A素子 V CC=600 V I C =50 A V GE=±15 V 10 8 減させることが可能となる。 U-IGBT のインバータへの適用時の熱検討 Nシリーズ 6 汎用インバータ分野では IGBT モジュールの適用が一般 新型 IGBT (Uシリーズ) 4 Sシリーズ 的になってきているが,さらなる性能向上と信頼性向上を 達成し,コストパフォーマンスの向上を進めることが大き 2 な課題になっている。図6にチップサイズとインバータ適 0 1.4 1.6 1.8 2.0 2.2 2.4 2.6 V CE(sat(V) コレクタ - エミッタ間飽和電圧 ) 2.8 図4 U-IGBT モジュール負荷短絡波形(1,200 V/450 A) T j=125 ℃ 75 ターンオフ損失(mJ/pulse) 値を抑制することができ,その結果,ターンオン損失を低 1,700 V/150 A素子 V CC=900 V I C =150 A V GE=±15 V 50 NPT-IGBT I C:1,000 A/div 新型 IGBT (Uシリーズ) 25 1,200 V/ 450 A 素子 VGE:20 V/div 〔測定条件〕 T j =125 ℃ VCC =800 V +R G =1.1Ω −R G =20 Ω VGE =±15 V VCE:500 V/div 0 1 2 3 4 コレクタ - エミッタ間飽和電圧 V CE(sat(V) ) 5 時間:2 s/div 図3 U-IGBT 出力特性(1,200 V 素子) 図5 U-FWD と従来 FWD 適用時の IGBT ターンオン波形比較 VCE:250 V/div,I F:50 A/div コレクタ電流 I C〔 I C / I C 定格〕 (−) 1.5 1.0 T j=25 ℃ T j=125 ℃ 0.5 0 0 0.5 1.0 1.5 2.0 コレクタ - エミッタ間電圧 VCE(V) 556( 8 ) 2.5 75 A/1,200 V- FWD素子使用 T j =125 ℃ V CC =600 V,I F =75 A 従来 FWD 新FWD VCE IF 時間:0.5 s/div 富士時報 U シリーズ IGBT モジュールの技術革新 Vol.75 No.10 2002 用時の発生損失の関係を示す。従来品のチップサイズを基 準とし 1,200 V/150 A 素子を代表例に 30 kW インバータの 定格負荷時の損失を比較すると,従来品の発生損失に対し ΔTj- c を加算する方法で議論してきている。 図9 に冷却システムを含む温度上昇を有限要素法(FE M)を用い検証した結果を示す。三次元モデル解析により, 同サイズであれば約 30 %の損失低減が可能である。また (1) 放熱器取付け用ベース部の横方向熱広がり チップサイズの依存性が小さく,仮に同一損失とするなら (2 ) チップ間隔の最適化による相互干渉の低減 ば 20 %程度までチップシュリンクの可能性があることを (3) モジュール配置の最適化 示唆している。これは前述のチップ技術の適用により,図 を実施することにより,チップ温度上昇を抑制できる可能 7に示す IGBT の出力特性が大幅に改善され,電流密度を 性があることが分かった。 この解析技術の開発により,信頼性を検証するうえで重 上げてもオン電圧が増加しないためである。 しかし図8に示すようにベース部温度を基準としたチッ プ温度上昇(ΔTj- c)は熱抵抗(Rth(j- c))がチップサイズ 要な温度検討を容易にかつ精度よく実施できるようになっ たと考える。 に反比例するため単純に ΔTj- c =発生損失×Rth で計算す ると,チップサイズをシュリンクした場合,急激に上昇し, 信頼性上パワーサイクル耐量などの課題が生じる。 4.2 パワーサイクル耐量の向上 富士電機では,IGBT モジュールにおけるパワーサイク ル試験素子の解析から,パワーサイクル耐量はチップ下の 4.1 放熱器を含む温度上昇 IGBT チップの温度上昇は放熱器を含む冷却システムに 図8 IGBT ΔTj- c とチップサイズ比較 より確定されるものであるが,従来は冷却システムトータ 150 ルでの検証は容易ではなく簡易的にフィン温度を固定し, 140 ΔT j−c(deg) 図6 IGBT 発生損失とチップサイズ比較 280 条件 三相PWM (3アーム変調) V DC=600 V f C=10 kHz I O=64 A rms cos =0.85 P f O=50 Hz 260 IGBT発生損失(W) 240 220 200 180 条件 三相PWM (3アーム変調) V DC=600 V f C=10 kHz I O=64 A rms cos =0.85 P f O=50 Hz 130 120 110 100 90 80 70 60 50 Sシリーズ 40 30 Uシリーズ 20 160 10 0 Sシリーズ 0.4 0.6 0.8 1.0 IGBTチップサイズ (1,200 V/150 A SシリーズIGBT=1.0として) 140 120 0 0.2 100 Uシリーズ 80 60 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 IGBTチップサイズ (1,200 V/150 A SシリーズIGBT=1.0として) 1,200 V 150 A 2 in1 従来型 IGBT T j =76.0 deg TC =65.6 deg ΔTc-a =40.6 deg 図7 IGBT 出力特性比較 電流密度 (1,200 V/150 A SシリーズIGBT=1.0として) 図9 IGBT チップ温度上昇 FEM 解析結果 2.6 2.4 2.2 V GE=15 V T j=125 ℃ 2.0 1.8 1.6 Uシリーズ 1,200 V 150 A 2 in1 Uシリーズ IGBT T j =76.9 deg TC =63.9 deg ΔTc-a =38.9 deg 1.4 1.2 Sシリーズ 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0 1 2 3 VCE(V) コレクタ - エミッタ間電圧 4 557( 9 ) 富士時報 U シリーズ IGBT モジュールの技術革新 Vol.75 No.10 2002 図11 U-IGBT モジュールと従来モジュールの外形比較 ΔT j パワーサイクル耐量(cycle) 図10 パワーサイクル耐量の向上 Sシリーズ,Uシリーズ Sn/Agはんだ 108 107 106 Nシリーズ, Pシリーズ Sn/Pbはんだ 105 104 103 5 10 50 100 500 (a)従来品(2 in1 × 3) (b)U シリーズ(6 in1) ΔT (deg) j はんだとボンディングワイヤの,おのおのの寿命の合成で ゲート構造と薄ウェーハ技術の融合により IGBT としては 求まることを確認し,寿命向上のためチップ下はんだをす 究極に近い姿となり,装置の低損失化ならびに小型化に大 (2 ) ず系の高剛性材料に変更する技術を報告した。 今回Uシリーズではこの技術を全面適用し,図10に示す きく寄与している。IGBT モジュールの性能を最大限生か すためには装置における最悪条件を理解し,その条件にお ように,例えばΔ 40 deg においては従来比 10 倍以上に耐 ける放熱器を含む熱検証をしたうえ,最適な素子を選択す 量を向上させている。逆に従来と同等の耐量であれば,従 ることが現在要求される事項である。そのための要素技術 来 40 deg 以下であった温度変化を 60 deg まで上げること を開発したが,今後さらにレベルを向上させ,製品に適用 が可能である。 していく所存である。 図11は従来品の 1,200 V/150 A 素子とUシリーズとのモ ジュールの比較を示したものであるが,上述技術の適用に よりベース面積で 40 %の小型化を達成している。 参考文献 (1) Laska, T. et al.The Field Stop IGBT(FS- IGBT)ー A New Power Device Concept with a Great Improve- あとがき ment Potential. Proceedings of the 12th ISPSD. 2000, p.355- 358. 超低損失 U シリーズ IGBT モジュールの開発にあたり, (2 ) Morozumi, A. et al.Reliability of Power Cycling for 富士電機のチップ技術ならびにパッケージ技術について概 IGBT Power Semiconductor Module. Conf. Rec. IEEE 略を紹介した。特に U シリーズ IGBT チップはトレンチ Ind. Appl. Conf.36th. 2001,p.1912- 1918. 558(10) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。