FEJ 75 10 559 2002

富士時報
Vol.75 No.10 2002
T,U シリーズ IGBT モジュール(600 V)
百田 聖自(ももた せいじ)
宮下 秀仁(みやした しゅうじ)
脇本 博樹(わきもと ひろき)
まえがき
T シリーズ IGBT モジュール
IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュール
は,モータコントロールなどのパワーエレクトロニクス分
野では現在最も普及しているパワーデバイスである。それ
は駆動の容易性に加え,発生損失低減および破壊耐量向上
2.1 T シリーズ IGBT の特徴と課題
NPT 型 IGBT の単位セル構造を PT(Punch Through)
型 IGBT の単位セル構造と比較して図1に示す。これは以
下のような特徴を持っている。
などによる信頼性改善が進み,市場の評価を受けているた
(1) コレクタ側からの注入を抑制できるのでライフタイム
めである。特に 600 V IGBT モジュールは国内では 220 V
コントロールが不要であり,高温でもスイッチング損失
の産業用電源に,また欧州などの海外では 200 V の一般用
が増加しない。
電源を利用している地域などの広い市場で,欠かすことの
(2 ) 出力特性の温度依存性が正(高温でオン電圧が増加)
であるので,並列使用に有利である。
できない重要なデバイスとしての役割を果たしている。
このような状況の中,富士電機も 600 V IGBT モジュー
(3) 負荷短絡耐量などの破壊耐量が高い。
ルを 1988 年の開発当初から特性改善を進めつつ系列化を
(4 ) FZ(Floating Zone)ウェーハを利用できるので安価
行ってきたが,2001 年にはウェーハを薄く加工する技術
であり,また低結晶欠陥であるので信頼性も高い。
の開発により,NPT(Non Punch Through)化技術を
課題としては薄いウェーハの加工技術の確立がある。
600 V 用デバイスにまで適用できるようになった。これに
NPT 型デバイスではコレクタ - エミッタ(CE)間耐圧を
より低スイッチング損失で,特に高周波用途に適した製品
確保しつつ,オン電圧を低くすることが重要である。それ
として「T シリーズ IGBT」を開発し系列化した。
には CE 間に最大電圧が印加された際にも,空乏層端が
NPT 化技術の開発が主にチップ裏面構造の開発であっ
PT しない厚さとする必要があるが,CE 間耐圧の低いデ
たのに対し,2002 年からはチップ表面構造の改善を実施
バイスではその最適厚さは薄くなり,加工は困難となる。
した。その結果,チャネル密度を増加させ,さらに余分な
電圧降下成分を削除することにより,定常損失をも低減す
ることができるトレンチ構造の開発を行った。これにより,
図1 単位セル構造の比較
現在このクラスでは最も低損失のデバイスとして「U シ
ンプル展開を実施しているところである。
G
E
G
n−
また,IGBT モジュールに内蔵されている FWD(Free
n−
n+
p+
Wheeling Diode)も,損失低減とともに,よりソフトリ
その装置自身の誤動作防止だけではなく,放射ノイズが周
C
p+
350 m
カバリーな特性が求められている。それは発振などによる
E
100 m
リーズ IGBT」の開発に成功し,現在系列化を進めつつサ
辺機器や人体へ与える悪影響を懸念しているからである。
この要求に応えるべく,上述の新しい IGBT モジュールに
は新構造の FWD の開発も合わせて実施し採用した。本稿
ではこれらの素子技術と製品系列に関して紹介する。
C
(a)PT型 IGBT
百田 聖自
(b)NPT型 IGBT
宮下 秀仁
脇本 博樹
IGBT チップの開発に従事。現在,
IGBT モジュールの開発・設計お
パワーデバイスの研究・開発に従
富士日立パワーセミコンダクタ
よび応用技術の開発に従事。現在,
事。現在,富士電機総合研究所デ
富士日立パワーセミコンダクタ
バイス技術研究所。電気学会会員。
(株)松本事業所開発設計部チーム
リーダー。
(株)松本事業所開発設計部チーム
リーダー。電子情報通信学会会員。
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T,U シリーズ IGBT モジュール(600 V)
Vol.75 No.10 2002
負荷短絡波形を図5に示す。負荷短絡時には素子はその
発生損失による温度上昇で破壊に至る。しかし n-ドリフ
2.2 NPT 型デバイスへの富士電機の取組み
富士電機は図2に示すように NPT 化の技術には早くか
ト層が厚い NPT 型デバイスは電圧をこの広い n-ドリフト
ら取り組んできており,より困難な低耐圧デバイスへこの
層で支えるために,温度上昇が緩和され,結果として高い
短絡耐量を得ることができる。PT 型の耐量が 15 μs であ
技術の適用を進めてきた。
600 V IGBT に適用するための最適厚さはさまざまな研
究から 100 μm程度とされていたが,富士電機はウェーハ
るのに対し,NPT 型は 22 μs の実力があり,通常必要と
される 10 μs に対し十分なマージンを持って保証できる。
仕様の見直しと,バックグラインド加工技術の精度向上に
Uシリーズ IGBT
より,厚さの設計値を他社より薄く設定することが可能と
なった。これは発生損失の要素であるオン電圧とターンオ
フ損失の低減に効果があった。
3.1 U シリーズ IGBT の表面セル構造
チップ裏面構造の改善を行った T シリーズ IGBT の性
能をさらに向上させるために,表面構造の改善を行った。
2.3 T シリーズ IGBT の特性
以下にその特性の概要を紹介する。図3は CE 間耐圧で
富士電機ではトレンチ型のパワー MOSFET(Metal Ox-
ある VCES 波形の比較であるが,PT 型デバイスと同様に
ide Semiconductor Field Effect Transistor)を生産して
NPT 型デバイスも最大定格電圧の 600 V 以上で 800 V 程
いるが,これには車両用にも搭載可能な高い信頼性を保証
度の耐圧である。
するための設計とプロセス技術が適用されている。この技
ターンオフ波形の比較を図4に示す。PT 型デバイスで
はコレクタ側からの注入が多いので,ターンオフ時にキャ
術を IGBT に応用したのが U シリーズ IGBT である。T
シリーズのプレーナ型セル構造との比較を図6に示す。
リヤの再結合を促すために,ライフタイムコントロールを
トレンチ型 IGBT ではセル密度を大幅に増加させられる
実施している。この効果は高温では低減するために,ター
のでチャネル部の電圧降下を最低限に抑えることができる。
ンオフが遅くなり,損失が増加する傾向がある。一方,
また,プレーナ型デバイス特有のチャネル間に挟まれた
NPT 型デバイスではライフタイムコントロールを実施し
JFET といわれる部分がトレンチ型デバイスでは存在しな
ていないためにその温度特性がなく,結果としてターンオ
フ波形は高温でも変わらず,ターンオフ損失増加も生じな
図4 ターンオフ波形の比較
い。
図2 富士電機の NPT 技術適用の推移
I C =100 A
VCC =300 V
Tj =
室温
400
ウェーハ厚さ( m)
PT
300
1,800 V-NPT
Tj =
125 ℃
1,400 V-NPT
200
1,200 V-NPT
600 V-NPT
100
デバイス:
600 V/
100 A
R g =24Ω
200 ns
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
年
(a)PT型デバイス
(Sシリーズ)
(b)NPT型デバイス
(Tシリーズ)
図5 負荷短絡波形の比較
図3 PT 型デバイスと NPT 型デバイスの VCES 波形の比較
−3
条件
V CC =
400 V
V GE =
±15 V
R g=
24Ω
Tj =
125 ℃
−3
2.0×10
2.0×10
I C(A)
I C(A)
VCE
1.0×10−3
0
0
200
400
600
800
V CES(V)
(a)PT型デバイス
(Sシリーズ)
560(12)
1,000
IC
1.0×10−3
0
15 s
0
200
400
600
800
V CES(V)
(b)NPT型デバイス
(Tシリーズ)
1,000
22 s
I C:250 A/div,VCE :100 V/div,時間:5 s/div
(a)PT型デバイス
(Sシリーズ)
(b)NPT型デバイス
(Tシリーズ)
デバイス:
600 V/
100 A
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いので,この部分の電圧降下を完全に削減できる。しかし,
図8に電流密度を同一にした場合の IGBT の発生損失の
低耐圧用のパワー MOSFET のセル設計をそのままでは適
計算結果の比較を示す。NPT 型構造の適用により T シ
用できないので,600 V IGBT 用に適したセルピッチおよ
リーズではターンオフ損失が大幅に低減し,トータルでは
びトレンチの深さとする必要があり,U シリーズ IGBT で
S シリーズに比べ約 10 %の損失低減となっている。また
はシミュレーションおよび実験によりこの最適値を求め適
VCE(sat)の低減により定常損失が低下した U シリーズでは,
用した。
さらに 10 %の損失低減がされている。
FWD の改善
3.2 U シリーズ IGBT の特性
上記内容に基づき設計された U シリーズ IGBT の諸特
性を説明する。まずコレクタ - エミッタ間飽和電圧(VCE
IGBT モジュールには IGBT とともに FWD も内蔵され
(sat))とコレクタ電流密度(JC)の出力特性の比較を 図7
ているが,FWD には発生損失低減とソフトリカバリー化
に示す。
が要求される。この改善には,ウェーハ仕様の最適化,ア
2
電流密度 185 A/cm (Tj = 125 ℃のとき)での VCE(sat)
ノード側からの注入抑制,最適なライフタイムコントロー
が 2.15 V から 1.70 V まで大幅に低減した。また室温と高
ルの実施がある。富士電機ではこれらを見直した新設計の
温の出力特性の交点がより低電流域にあり,通常使われる
FWD の開発を行った。出力特性を図9に示す。
領域での温度特性が正である。この特性はモジュールを並
結果として,順方向電圧(VF)が低下しており,IGBT
列使用する場合などに素子間の動作アンバランスを低減で
と同様に正の温度特性が得られた。またキャリヤの注入を
き,製品としての長寿命化が図れる。この特性は前述した
抑制したので,逆回復時のピーク電流が減少し,発生損失
ように NPT 型ウェーハではライフタイムコントロールを
が低減しているとともに,ソフトリカバリーな特性も得ら
実施していないことと,n-ドリフト層が厚いためであり,
れた。これらにより,低発生損失で低ノイズな FWD が実
T シリーズおよび U シリーズに共通した特徴である。
現し,Uシリーズのモジュールに採用した。
図6 プレーナ型とトレンチ型セル構造の比較
図8 各種デバイスの発生損失比較
エミッタ
電極
:ターンオン損失
:ターンオフ損失
:定常損失
60
n+
ソース
ゲート
酸化膜
n+
ソース
p−
チャネル
V-pn
R-drift R-acc
R-ch
p−
チャネル
R-acc
V-pn
n−シリコン
基盤
p+層
50
IGBT部発生損失(W)
ゲート電極
R-ch
R-drift
R-JFET
層間絶縁膜
20
Nシリーズ Sシリーズ Tシリーズ Uシリーズ
図9 FWD の出力特性
300
100
125 ℃
125 ℃
125 ℃
125 ℃
250
Uシリーズ
80
Sシリーズ
200
J a(A/cm2)
J C(A/cm2)
30
0
(b)トレンチ型
図7 出力特性の比較
室温
150
室温
100
新構造
従来品
室温
60
室温
40
20
50
0
0
40
10
コレクタ
電極
(a)プレーナ型
インバータ条件
デバイス:600 V
/100 A
f out=50 Hz
I out=50 Arms
f c=10 kHz
力率=0.85
0.5
1.0
2.5
1.5
2.0
V CE(sat(V)
)
3.0
3.5
4.0
0
0
0.5
1.0
1.5
2.5
2.0
V F(V)
3.0
3.5
4.0
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表2 U シリーズ IGBT の主要定格と特性
表1 U シリーズ IGBT の系列
パッケージ
電流定格
8A
10 A
小容量 PIM
EP2
EP3
発売時期
(a)絶対最大定格(記述がなければ T c=25℃)
項 目
7MBR8UE060
7MBR10UE060
最大定格
単位
V CES
600
V
ゲート - エミッタ間電圧
V GES
±20
V
7MBR15UE060
20 A
7MBR20UE060
IC
連続
400
30 A
7MBR30UE060
I C pulse
1ms
800
20 A
7MBR20UA060
−I C
30 A
7MBR30UA060
− I C pulse
1ms
800
50 A
7MBR50UA060
最 大 損 失
Pc
1デバイス
1,135
W
50 A
7MBR50UB060
接 合 温 度
Tj
150
℃
75 A
7MBR75UB060
保 存 温 度
Tstg
−40∼+125
℃
7MBR100UB060
絶 縁 耐 圧(パッケージ)
2,500
V
20 A
7MBR20UC060
30 A
7MBR30UC060
50 A
7MBR50UC060
75 A
7MBR75UD060
コ
100 A
7MBR100UD060
100 A
7MBI100UD-060
150 A
7MBI150UD-060
200 A
7MBI200UD-060
300 A
7MBI300UD-060
150 A
2MBI150UA-060
200 A
2MBI200UA-060
300 A
2MBI300UB-060
400 A
2MBI400UB-060
2003 年 4 月
M233
600 A
2MBI600UE-060
400 A
6MBI400U-060
レ
ク
タ
電
流
A
V iso
AC:1min
マウンティング
3.5
ターミナル
3.5
N・m
(b)電気的特性(記述がなければ T c=25℃)
特 性
項 目
記 号
条 件
6MBI600U-060
単位
typ.
max.
I CES
V GE =0 V
V CE =600 V
ー
ー
2.0
mA
ゲート - エミッタ
間漏れ電流
I GES
V CE =0 V
V GE =±20 V
ー
ー
0.4
A
ゲート - エミッタ
間しきい値電圧
VGE(th)
V CE =20 V
I C =400 mA
ー
6.0
ー
T j =25℃
ー
1.8
ー
T j =125℃
ー
1.9
ー
T j =25℃
ー
1.6
ー
T j =125℃
ー
1.7
ー
ー
40
ー
ー
ー
1.2
ー
ー
0.6
ー
ー
1.0
VCE(sat)
コレクタ エミッタ間
飽和電圧
(Terminal)
VCE(sat)
V GE =
15 V
IC=
400 A
(Chip)
入 力 容 量
V GE =0 V
V CE =10 V
f =1MHz
C ies
ターンオン時間
V CC =600 V
I C =400 A
V GE =±15 V
R g =0.5 Ω
tr
t off
ターンオフ時間
(Terminal)
ダイオード
順方向電圧
IF=
400 A
nF
s
tf
VF
V
V
t on
図10 U シリーズ IGBT の代表パッケージ
min.
コレクタ - エミッ
タ間漏れ電流
M629
600 A
400
ね じ 締 め ト ル ク
M232
M238
条 件
コレクタ - エミッタ間電圧
HEP3
7in1
(M631
または
M621)
記 号
15 A
100 A
HEP2
型 名
ー
ー
0.35
T j =25℃
ー
1.8
ー
T j =125℃
ー
1.7
ー
T j =25℃
ー
1.6
ー
T j =125℃
ー
1.5
ー
ー
ー
0.3
V
V F(Chip)
逆 回 復 時 間
t rr
I F =150 A
s
(c)熱抵抗特性
特 性
項 目
系列紹介
記 号
デバイスの熱抵抗
(1デバイス)
R th(j-c)
ケース - フィン間熱抵抗
R th(c-f)
条件
単位
min.
typ.
max.
IGBT
ー
ー
0.11
FWD
ー
ー
0.18
ー
0.025
ー
℃/W
表 1 に U シリーズ IGBT の系列と発売時期, 図10に代
表パッケージの外観を示す。また, 表 2 に U シリーズ
IGBT モジュールの主要定格と特性を示す。
シリーズと U シリーズの紹介を行った。富士電機では今
後さらに IGBT 独自の技術開発や,他の半導体デバイスの
あとがき
技術を取り入れて,その高性能化を進めるとともに,パ
ワーエレクトロニクス全体の発展に貢献していく所存であ
600 V IGBT モジュール用として,NPT 型デバイスの T
562(14)
る。
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。