富士時報 Vol.75 No.10 2002 高耐圧ショットキーバリヤダイオード 北村 祥司(きたむら しょうじ) 伊藤 博史(いとう ひろし) 表1 スイッチング電源用ダイオード一覧 まえがき 現状適用ダイオード 用 途 近年,電子機器の小型化,高性能化の動向に対し,ス ニーズ SBD イッチング電源では,高効率化,低ノイズ化,小型化対応 LLD AC100 V 入力 専用 300 V 600 V 高効率 れる。特に,スイッチング電源の 50 %弱の損失を占める AC 200 V 入力 ワールドワイド (75 W 以上) 二次側出力整流ダイオードの特性改善が強く望まれている。 出力電圧 3.3 V 30 V 出力電圧 5 V 45 V 200 V 高効率 低ノイズ が進められている。スイッチング電源用パワーデバイスに 一次側 要求される特性としては,低損失化,低ノイズ化があげら パソコン 電源 富士電機では,この要求に対し 20 V から 100 V 耐圧の ショットキーバリヤダイオード(SBD:Schottky Barrier Diode) ,200 V,300 V 超高速低損失ダイオード(LLD: Low Loss fast recovery Diode)の開発系列化を推進し, 各種出力電圧に対応する最適なダイオードをシリーズ化し ス イ ッ チ ン グ 電 源 PFC 回路 出力電圧 12 V 二次側 整 流 てきた。 高効率 高温動作 AC アダプタ 出力電圧 15∼19 V OA/FA 電源 出力電圧 24 V 300 V 高効率 低ノイズ 出力電圧 28 V 300 V 高効率 低ノイズ 出力電圧 48 V 400 V 高効率 低ノイズ 今回,従来使用されていた 200 ∼ 300 V LLD に対し, 100 V 基地局 電源 電源の 12 ∼ 48 V 出力の整流用に最適な高耐圧 SBD を開 発したので紹介する。 逆 流 防 止 本製品は,低 VF(順方向電圧)であると同時にソフト リカバリー特性を有し,スイッチング時のサージ電圧の抑 Oring 10∼ 20 V 制が期待できる。したがって,従来は 200 V,300 V 耐圧 クラスの LLD を使用していた回路へ1ランク下の耐圧の どでは,CPU の高速化,大容量化,小型化,低ノイズ化 適用が可能となり,低 VF 化による低損失化,高効率化, などのニーズに対応する目的で,二次側整流回路に使用さ スナバ回路の簡素化が期待でき,スイッチング電源の高効 れるダイオードに対し VF による発生損失の低減,逆回復 率化,小型化に寄与できるものと考える。以下に今回開発 特性による跳ね上がり電圧,スイッチングノイズの低減が した高耐圧 SBD を紹介する。 に 200 V LLD を使用した場合の 要求されている。 図1 (a) パソコン用電源(250 W)の 12 V 出力部ダイオードの損 開発の背景 失分析を示す。損失の 90 %以上は VF による損失である (b) にスイッチング時のダイオー ことが分かる。また,図1 今回開発した高耐圧 SBD は,スイッチング電源の二次 ド印加波形を示す。このサージ電圧および急峻(きゅう 側整流,特に高電圧出力整流用に最適なダイオードと考え しゅん)な dv/dt によるノイズを抑制するために,スナバ ている。表1にスイッチング電源に使用されるダイオード 回路やビーズなどを適用しており,部品点数の増加,コス を用途別に示す。二次側整流に注目すると,3.3 V,5 V と トのアップなどを招いている。 いった低電圧出力回路では,低耐圧 SBD(30 V,45 V) 従来使用されている LLD は,pn 接合ダイオードであり, が使用されているが,高電圧出力回路では,耐圧の高い 低 VF 化には限界がある。また一般にソフトリカバリー性 LLD(200 V,300 V,400 V)が使用されていた。12 V 以 と VF にはトレードオフ関係があり,低 VF 化とソフトリ 上の高電圧出力を有するパソコン電源,通信基地局電源な カバリー化の両立が非常に困難であった。そこで SBD の 北村 祥司 伊藤 博史 パワーダイオードの開発設計に従 パワーダイオードの開発設計に従 事。現在,富士日立パワーセミコ 事。現在,富士日立パワーセミコ ンダクタ(株)松本事業所開発設計 ンダクタ(株)松本事業所開発設計 部。 部。 589(41) 富士時報 高耐圧ショットキーバリヤダイオード Vol.75 No.10 2002 低 VF,ソフトリカバリー特性に着目し,従来 pn 型高速 ダイオードを使用している高出力回路に高耐圧 SBD を適 3.2 バリヤメタル選定 用することで低損失化,ソフトリカバリー特性による低ノ 3.1節の検討結果から,150 ∼ 250 V の耐圧を確保する イズ化が同時に達成可能となる。以上から,今回の高耐圧 にはエピタキシャル層の比抵抗を高くし,厚さは 10μm SBD の目標特性は,12 V 出力から 48 V 出力部をターゲッ 以上が必要となる。低耐圧 SBD と同様なユニポーラ動作 トにし,現状の pn 型高速ダイオードと比較して, を仮定すると,VF は pn ダイオードに比べかなり高くな (1) 低 VF 性の確保 るはずだが,ショットキー接合およびガードリングからの (2 ) ソフトリカバリー性の確保 少数キャリヤ(ホール)の注入が起き,VF が抑えられる。 図4に,40 V,150 V,250 V 耐圧仕様のエピタキシャル層 (3) 150 ∼ 250 V 耐圧 に,3 種のバリヤメタルa,b,c(バリヤ高さa<b<c) を加味し,開発を推進した。 を形成したときの順方向特性のシミュレーション結果を示 素子設計 す。150 V,250 V 耐圧の仕様のものではバリヤ高さが高 図2 SBD チップの断面構造 3.1 耐圧設計 図 2 に高耐圧 SBD のチップ構造を示す。耐圧構造は ガードリング ガードリング方式を採用した。素子の耐圧は,エピタキ ショットキー電極 酸化膜 シャル層(n−層)の比抵抗 ρ と厚さ t で決まる。 図3 に, 耐圧 VBR の比抵抗ρ,厚さ t 依存性を示す。高耐圧ほど, 比抵抗ρを上げ,エピタキシャル層厚 t が厚い設計とし, エピタキシャル層 ρ t) (比抵抗 /厚さ さらにガードリングの濃度,拡散深さを最適化し目的の耐 圧を確保した。 Si基板 図1 二次側整流(12 V 出力)の損失分析と印加波形 35 30 V :50 V/div I :1 A/div t :10 ns/div スイッチング損失 図3 エピタキシャル層の仕様と耐圧 300 280 260 20 I 耐圧 V BR(V) 損失( J) 25 15 順損失 10 5 0 V 160 140 120 100 10 200 V LLD (a)損失分析 240 220 200 180 エピタキシャル層の比抵抗 12 (b)印加波形 14 16 エピタキシャル層厚 t 18 20 図4 順方向特性のシミュレーション結果 4.5 5.0 バリヤ高さ a<b<c 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 c ba 5.0 順方向電流密度 J F(A/mm2) abc 順方向電流密度 J F(A/mm2) 順方向電流密度 J F(A/mm2) 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 c b a 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 順方向電圧 V F(V) 順方向電圧 V F(V) 順方向電圧 V F(V) (a)40 V耐圧 590(42) (b)150 V耐圧 (c)250 V耐圧 富士時報 高耐圧ショットキーバリヤダイオード Vol.75 No.10 2002 いほど,大電流域では VF が低くなる(0.7 ∼ 0.8 V でクロ スイッチング損失が予想され,pn ダイオードと同様のラ スポイントあり) 。ショットキー部からのホール注入は, イフタイムコントロールが必要となる。ライフタイムキ エピタキシャル層の比抵抗が大きいほど,またバリヤ高さ ラーには,荷電粒子,重金属などが考えられるが,静特性 が高いほど多くなる。図5は図4の結果などから VF と IR やソフトリカバリー性を損なうことなく,逆回復損失を低 (逆方向電流)の関係を求めたものを示す(各耐圧クラス 減できるように,工程条件を最適化した。 。40 V 耐圧では, でバリヤ高さを変えたときの VF -IR 特性) 素子特性 従来の VF -IR トレードオフを示すが 150 V,250 V ではバ リヤ高さが高いほど VF は低減する。特に 250 V SBD にお いて pn ダイオードに対し,低 VF 特性を達成するには, 以上の検討結果をもとに,150 V,250 V SBD(電流定 バリヤ高さは,メタル b 以上必要であることが分かる。 格 10 A)を作製した。バリヤメタルとしては,バリヤ高 3.3 ライフタイムコントロール タイプ A,B それぞれの順方向特性を,図8に逆方向特性 さが異なるタイプ A,タイプ B(IR 重視)とした。図7に 3.2節の VF 特性から予想されるように,150 V,250 V を示す。比較のために富士電機製 200 V,300 V LLD も示 耐圧の結晶に,高バリヤ高さのメタルを形成した場合, した。順方向特性の立上り電圧の違いは,バリヤ高さの違 ショットキー部およびガードリング部からのホールの注入 いによる。タイプ A,B ともに LLD より低 VF となって が顕著になり,逆回復が無視できなくなる。図6に,バリ いる。特にタイプ A では,低電流域で低 VF が顕著である。 ヤ高さ b 付近のバリヤメタルを用いた場合の各耐圧クラ 図9に逆回復特性の LLD との比較を示す。最も注入の大 スでの逆回復特性を示す。特に 250 V クラスでは,大きな きな 250 V タイプ B SBD と 300 V LLD を比較した。IRP (逆回復ピーク電流)は同レベルであるがソフトリカバ リーになっていることが分かる。表2には,以上の特性比 図5 VF - I R 相関 40 V 耐圧 10−1 図7 順方向特性(試作結果) 250 V 耐圧 150 V 耐圧 a :150 V SBD A :150 V SBD B :200 V LLD 10−2 c バリヤ高さ a<b<c pnダイオード 10−6 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 順方向電流 I F(A) 100 ℃ 10−4 10−5 :250 V SBD A :250 V SBD B :300 V LLD 10 10 b 10−3 順方向電流 I F(A) J R(A/cm2) 逆方向電流密度 (40 V,150 V,250 V のとき) 1 25 ℃ 1 25 ℃ 0.1 0.1 1.2 100 ℃ 1 2 順方向電圧 V F(V) ( J F =2 A/mm のとき) 0.01 0 図6 結晶仕様と逆回復特性 I F =10 A −di /dt =100 A/ s 室温 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 順方向電圧 V F(V) 1.2 (b)250 V SBD 図8 逆方向特性(試作結果) 10,000 :150 V SBD A :150 V SBD B :200 V LLD 逆方向電流 I R( A) 1,000 250 V 耐圧 0 (a)150 V SBD 1A/div 20 ns/div 150 V 耐圧 0.01 1.2 100 ℃ 100 10 25 ℃ 1 100 ℃ 100 10 1 25 ℃ 0.1 0.1 0.01 :250 V SBD A :250 V SBD B :300 V LLD 1,000 逆方向電流 I R( A) 40 V 耐圧 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 順方向電圧 V F(V) 0 50 100 150 200 逆方向電圧 V R(V) (a)150 V SBD 250 0.01 0 50 100 150 200 250 逆方向電圧 V R(V) 300 (b)250 V SBD 591(43) 富士時報 高耐圧ショットキーバリヤダイオード Vol.75 No.10 2002 表2 特性比較(試作結果) 150 V SBD 項目 250 V SBD 条 件 タイプ A VF 25 ℃ I F =10 A 0.84 タイプ B タイプ A 0.83 1.18 タイプ B 0.93 200 V LLD 0.92 300 V LLD 1.05 単位 I dl F dt IF V Q rr t 0 IR 100 ℃ VR =150/250 V 100 ℃ I F =10 A −di / dt = 100 A/ s t rr I RP S 2,000 27 1,620 14 290 479 A 41 40 100 52 36 39 ns 2.0 2.0 3.8 2.4 2.6 2.4 A 0.55 0.48 1.27 0.63 0.14 0.3 ー 図9 逆回復特性(試作結果) I RP t1 t2 t rr ソフト性 t2 S= t1 図11 二次側整流ダイオードの損失比較(12 V 出力電源) 35 I F =10 A −di /dt =100 A/ s 100 ℃ 300 V LLD I F =10 A −di /dt =100 A/ s 100 ℃ スイッチング損失 30 逆損失 25 損失( J) 250 V SBD タイプ B 20 順損失 15 10 1A/div 20 ns/div 1A/div 20 ns/div 5 0 200 V LLD 150 V SBD タイプA 150 V SBD タイプB 図10 12 V 出力電源実装時の印加波形 V:50 V/div I :1 A/div t :10 ns/div 実装試験結果 パソコンサーバ用電源(250 W,12 V 出力)に実装した 12 V ときの波形比較を 図10に示す。200 V の LLD の代わりに I (d) は評価回路, ∼ は 150 V SBD を実装した。 図10の (b) (a) V RP =129 V (a)12 V 出力回路 フォワード側のダイオードの波形である。跳ね上がりサー ジ電圧が大幅に緩和されている。また,二次側の損失を計 V (b)200 V LLD 算したものが図11である。 タイプ A で 18.3 %の損失低減が図られている。24 V, 48 V 系電源でも同様の検討結果が得られ,約 20 ∼ 30 % I V RP =75 V V (c)150 V SBD タイプA I V RP =86 V の損失低減が期待できる。 あとがき V (d)150 V SBD タイプB 以上,高耐圧 150 V,250 V SBD の概要,スイッチング 電源二次側整流用途への適用などについての概要を紹介し た。今回の開発品の製品化は,10 A,20 A 定格,製品外 形は TO220,TO220-F15 を予定している。 較をまとめた。LLD と比較して低 VF,ソフトリカバリー (S パラメータ大)となっていることが分かる。 592(44) 今後,さらなる低損失化,高性能化のための SBD の特 性改善を進めていく所存である。 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。