富士時報 Vol.77 No.5 2004 電源二次側整流器用ダイオード「低 I R-SBD シリーズ」 特 集 1 掛布 光泰(かけふ みつひろ) 一ノ瀬 正樹(いちのせ まさき) まえがき 図1 SBD チップの断面構造 ガードリング 近年,携帯機器の小型・高機能化やコンピュータの ショットキー電極 (バリヤメタル) CPU 高速化に代表されるように,電子機器の小型・軽量 酸化膜 化,高性能化が急速に進んでいる中で,電子機器の回路基 板やスイッチング電源では低消費電力,高効率,低ノイズ, エピタキシャル層 高密度実装化が不可欠となっている。また,スイッチング 時のダイオードに印加されるサージ電圧および急峻(きゅ Si基板 うしゅん)な dv/dt によるノイズを抑制するために,スナ バ回路やビーズなどを適用しており,部品点数の増加,コ ストアップなどを招いている。ノートパソコンの AC アダ プタでは携帯性重視のため小型化が進む一方,消費電力の 増加傾向により内部は高温となり,ここに使用される半導 回のチップ設計に際しては,耐圧構造にはガードリング方 体デバイスの使用環境は厳しくなる一方である。このため 式を採用し,その濃度,エピタキシャル層(n−層)の比 半導体デバイスへの要求特性として,低損失,熱暴走温度 抵抗と厚さ,拡散深さ,およびバリヤメタルの最適化を図 抑制,使用温度限界の向上,低ノイズ化の要求が強い。特 ることで,低 IR かつ従来なみの VF を有する 40,60,100 に,スイッチング電源の 50 %弱の損失を占める二次側出 V 耐圧の低 IR-SBD シリーズを開発した。本製品は,従来 力整流ダイオードの特性改善が強く望まれている。 の同耐圧 SBD と比較して,IR を約一けた低減し,逆方向 損失を大幅に低減させることに成功し,熱暴走開始温度の 概 要 改善,使用温度限界の向上が図られた。また,高アバラン シェ耐量特性を有し,電源起動時などの過渡サージ電圧へ ショットキーバリヤダイオード(SBD)は,低順方向電 の対応が期待でき,スイッチング電源の高効率化,小型化, ,ソフトリカバリー性,低ノイズなどの性能を有 圧(VF) より柔軟で幅広い回路設計に寄与できるものと考える。表 し,スイッチング電源の二次側整流用途に広く使用されて 1に低 IR-SBD シリーズの絶対最大定格と電気的特性,図 いる。富士電機では,従来の 20 ∼ 100 V 耐圧の SBD(低 2 にパッケージの外形を示す。電流定格は 10 A,20 A, ,120 ∼ 250 V 耐圧の SBD〔低逆漏れ電流(IR) VF タイプ) 30 A,製品外形は TO-220,フルモールドタイプの TO- タイプ〕の開発系列化を推進し,多岐にわたるパッケージ 220F,表面実装タイプの T-Pack(S)である。 にて各種出力電圧・電流容量に対応し,さまざまな電源ア 以下に今回開発した低 IR-SBD を紹介する。 プリケーションに最適なダイオードをシリーズ化してきた。 しかしながら,従来の低 VF タイプの SBD は,高温時の 素子特性 IR が大きいことにより逆方向損失が増大し,効率を低下 させ熱暴走を起こす可能性もあり,AC アダプタのような 図3に低 IR-SBD と従来品との順方向特性比較を,図4 に逆方向特性比較を示す。SBD の損失は,順方向と逆方 小型電源パッケージでの適用に難点があった。 今回,開発した低 IR−SBD は,スイッチング電源の二 向の損失の合計であり,特に実使用温度領域で,この損失 次側整流,特に高温環境下での整流用に最適なダイオード を減らすことが課題である。特に高温時には IR 増加によ と考えている。図1に SBD チップの断面構造を示す。今 る逆損失を実用上考慮に入れなければならない。しかしな 334(28) 掛布 光泰 一ノ瀬 正樹 パワーダイオードの開発・設計に パワーダイオードの開発・設計に 従事。現在,富士日立パワーセミ 従事。現在,富士日立パワーセミ コンダクタ (株) 松本事業所開発設 コンダクタ (株) 松本事業所開発設 計部。 計部。 富士時報 電源二次側整流器用ダイオード「低 I R-SBD シリーズ」 Vol.77 No.5 2004 表1 低 I R-SBDシリーズの絶対最大定格と電気的特性一覧 絶対最大定格 型 式 パッケージ V RRM (V) V RSM (V) YG862C04R TO-220F 45 YA862C04R TO-220 TS862C04R T-Pack YG862C06R YA862C06R 電気的特性 Io (A) I FSM (A) P RM (W) V FM(V) I F=0.5× I o (Tj=25 ℃) I RRM ( A) V R=V RRM R th(j-c) (℃/W) 45 10 125 330 0.61 150 3.50 45 45 10 45 45 10 125 330 0.61 150 2.00 125 330 0.61 150 2.00 TO-220F 60 60 TO-220 60 60 10 125 330 0.68 150 3.50 10 125 330 0.68 150 2.00 TS862C06R T-Pack 60 60 10 125 330 0.68 150 2.00 YG862C10R TO-220F 100 100 10 125 330 0.86 150 3.50 YA862C10R TO-220 100 100 10 125 330 0.86 150 2.00 TS862C10R T-Pack 100 100 10 125 330 0.86 150 2.00 YG865C04R TO-220F 45 45 20 145 330 0.63 175 2.50 YA865C04R TO-220 45 45 20 145 330 0.63 175 1.75 TS865C04R T-Pack 45 45 20 145 330 0.63 175 1.75 YG865C06R TO-220F 60 60 20 145 660 0.74 175 2.50 YA865C06R TO-220 60 60 20 145 660 0.74 175 1.75 TS865C06R T-Pack 60 60 20 145 660 0.74 175 1.75 YG865C10R TO-220F 100 100 20 145 660 0.86 175 2.50 YA865C10R TO-220 100 100 20 145 660 0.86 175 1.75 TS865C10R T-Pack 100 100 20 145 660 0.86 175 1.75 YG868C04R TO-220F 45 45 30 160 1,000 0.63 200 2.00 YA868C04R TO-220 45 45 30 160 1,000 0.63 200 1.25 TS868C04R T-Pack 45 45 30 160 1,000 0.63 200 1.25 YG868C06R TO-220F 60 60 30 160 750 0.74 200 2.00 YA868C06R TO-220 60 60 30 160 750 0.74 200 1.25 TS868C06R T-Pack 60 60 30 160 750 0.74 200 1.25 YG868C10R TO-220F 100 100 30 160 750 0.86 200 2.00 YA868C10R TO-220 100 100 30 160 750 0.86 200 1.25 TS868C10R T-Pack 100 100 30 160 750 0.86 200 1.25 図2 パッケージの外形 10 4.5 10 10 4.5 2.7 4.5 1.3 1.32 3 9.5 TS868C 1.5 15 YG868C 15 P矢視図参照 10 P矢視図 型式:YG868C□□R 型式:YA868C□□R 9.5 13.5 13 YA868C 型式:TS868C□□R がら,VF と IR にはトレードオフの関係があり,一般に低 SBD においては, IR 化を図ると,VF が増加する。今回の 40 ∼ 100 V 耐圧 ル採用と結晶仕様最適化により,定格電流で比較したとき 章で述べたように,新規バリヤメタ 335(29) 特 集 1 富士時報 電源二次側整流器用ダイオード「低 I R-SBD シリーズ」 Vol.77 No.5 2004 図3 順方向特性比較 特 集 1 10 1 順方向電流 (A) IF 10 順方向電流 (A) IF 順方向電流 (A) IF 10 1 0.1 0.1 0.1 YG805C04R 100 ℃ YG805C04R 25 ℃ YG865C04R 100 ℃ YG865C04R 25 ℃ YG805C10R 100 ℃ YG805C10R 25 ℃ YG865C10R 100 ℃ YG865C10R 25 ℃ YG805C06R 100 ℃ YG805C06R 25 ℃ YG865C06R 100 ℃ YG865C06R 25 ℃ 0.01 0.01 0.01 0 1 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 順方向電圧 (V) VF 0 順方向電圧 (V) VF 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 順方向電圧 (V) VF 図4 逆方向特性比較 YG805C04R T =100 ℃ j =100 ℃ j YG805C06R T =100 ℃ j YG805C10R T 103 YG805C04R 1 10 T =25℃ j 103 YG865C06R 102 T =25℃ j YG805C06R 1 10 逆方向電流 ( A) IR YG865C04R 102 逆方向電流 ( A) IR 逆方向電流 ( A) IR 103 102 YG865C10R YG805C10R 101 T =25℃ j 100 100 0 10 YG865C06R YG865C04R 10 20 30 逆方向電圧 (V) VR 40 10 20 30 40 YG865C10R 50 60 10−1 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110 VR 逆方向電圧 (V) VR 逆方向電圧 (V) の VF を従来品の 10 %程度の増加に抑えつつ,IR は従来 品の方が損失は低く,Tj = 150 ℃においては従来品と比 品の約 1/10 にまで低減させ,高温時の損失の大幅な低減 較して約 76 %と大幅に損失低減が図られており,電源の を実現した。 高効率化が期待できる。 発生損失検討 熱暴走温度検討 LCD( 液 晶 デ ィ ス プ レ イ ) テ レ ビ 用 24V 出 力 電 源 素子の温度は損失が大きいほど上昇し,高温での IR が (Vdc = 380 V,I = 5 A)の条件にて,損失計算をシミュ 大きいほど顕著になる。IR は高温であるほど増大するた レーションした。図5に 60 V/20 A 品の接合温度(Tj)− め,IR 増大/損失増大/素子発熱/IR 増大・・・と悪循 推定発生損失(Wo)の関係を示す。比較のため従来の 環となり,最後には素子が熱破壊(熱暴走)を引き起こす SBD も示した。Tj が低い領域では,従来品の方が損失は 場合がある。図6に 40 V/30 A 品の周囲温度−逆方向印加 小さいが,高温では IR が損失に大きく影響するため低 IR 電圧の熱暴走データを示す。比較のため従来の SBD も示 336(30) 富士時報 電源二次側整流器用ダイオード「低 I R-SBD シリーズ」 Vol.77 No.5 2004 表2 LCDテレビ用24 V出力電源実装熱暴走推定温度 図5 接合温度−推定発生損失(60 V/20 A) 条件:放熱フィン30 ℃/W取付け 23インチLCDテレビ電源 (+24 Vout/3.5 A) 8 YG805C06R YG805C06R YG865C06R YG865C06R 推定発生損失 W (W) O 7 6 5 型 式 フォワード側 フライバック側 フォワード側 フライバック側 フォワード 新製品 YG865C06R 4 従来品 YG805C06R 3 30インチLCDテレビ電源 (+24 Vout/5.0 A) フライバック フォワード フライバック 従来品 YG805C06R 約74 ℃ 約84 ℃ 約72 ℃ 約77 ℃ 新製品 YG865C06R 約98 ℃ 約108 ℃ 約97 ℃ 約100 ℃ 2 1 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 接合温度 (℃) Tj 電源(Vdc = 380 V,I = 3.5 A または 5 A)に 60 V/20 A 品を使用した場合の推定熱暴走温度を表2に示す。熱暴走 温度は従来品と比較して,23 インチ LCD ではフォワード 側 が 32 % 向 上 ( 98 ℃ ), フ ラ イ バ ッ ク 側 が 28 % 向 上 図6 熱暴走データ(TS868C04R,TS808C04R) (108 ℃)し,30 インチ LCD ではフォワード側が 34 %向 上(97 ℃) ,フライバック側が 29 %向上(100 ℃)すると 45 推測され,動作限界温度が高く高温使用に適したデバイス 逆方向印加電圧 (V) VR 40 35 1 DC 2 30 DC となっている。 新製品 TS868C04R あとがき 25 従来品 TS808C04R 20 低 IR-SBD の概要,スイッチング電源二次側整流用途へ 15 の適用などについて紹介した。 10 今後,電源のさらなる小型化・低損失化・高効率化の要 5 求が高くなることが予想され,それに対応するべく,SBD 0 の特性改善・小型パッケージ品の系列化を図り,製品系列 0 50 100 150 200 周囲温度 T (℃) a の拡充とさらに高品質な製品の開発に向け,レベルアップ を推進していく所存である。 した。低 IR 化が図られているため,従来品と比較して使 用温度範囲が広がっていることが分かる。また,より実装 条件に近い 23 インチ,30 インチ LCD テレビ用 24 V 出力 参考文献 (1) 北村祥司,伊藤博史.高耐圧ショットキーバリヤダイオー ド.富士時報.vol.75, no.10, 2002, p.589- 592. 337(31) 特 集 1 *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。