富士時報 Vol.79 No.5 2006 自動車用大電流 IPS 中澤 仁章(なかざわ まさあき) まえがき 特 集 竹内 茂行(たけうち しげゆき) 西村 武義(にしむら たけよし) パワーステアリング用 MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)で採用している低 Ron・ 自動車電装業界では「環境」 「安全」 「快適」をキーワー A トレンチ技術を用いた出力段パワー MOSFET チップと, ドとし,高度な車両制御技術,排ガスの低減と燃費向上の IPS で培ってきた自己分離回路技術を用いた IC チップを, ための高度な燃焼技術などの実現が図られている。これに チップオンチップ組立技術により融合させた。限られた 伴い,電子システムが複雑化することで,ECU(Electronic チップ搭載面積に対し,図 2 のようにトレンチ MOSFET Control Unit)の大規模化に年々拍車がかかっている。ま を最大サイズで搭載することにより,目標としていたオン た,ECU 搭 載 ス ペ ー ス の 捻 出( ね ん し ゅ つ ) の た め, 抵抗の達成,および高放熱処理が可能な小型パッケージ化 ECU の温度環境は年々高温化している。以上の背景から, 。また,チップ を達成した(熱抵抗については図 3 参照) システムメーカーでは ECU の小型化・高温度環境での信 オンチップの組立には接着フィルム材を用いることにより, 頼性の向上が切望されている。ECU の小型化・信頼性の IC 回路部を MOSFET 上に精度よく搭載することが可能 ( 1) 向上を実現するための半導体デバイスとして,パワー半導 体とその周辺保護回路,状態検出・状態出力回路,ドライ 図 F5052H の外形図 ブ回路などを一体化したスマートパワーデバイスが注目さ 7.8 れ,その適用が着実に伸長している。 2.45 6.3 富士電機では自動車の電子化推進の一環として,メカニ 5.1 に取り組んだ。モータ制御用大電流 IPS に要求される機 4.1 7.5 用可能な大電流 IPS(Intelligent Power Switch)の開発 0.8 10.3 F5052H Brake System)などで使用する高出力モータの制御に使 1.6 型式 カルリレーの半導体化が進められている ABS(Anti-lock ロット 番号 能は下記のとおりである。 低オン抵抗化 ( 1) 0.4 高放熱処理可能な小型パッケージ ( 2) 0.3 0.1 各種保護機能(バッテリー逆接続時温度上昇抑制な ( 3) 端子表面処理:鉛フリーはんだめっき ど) 高誘導性負荷(高 L 負荷)エネルギー耐量(モータ ( 4) 図 ロック時破壊防止,並列接続時エネルギー分担可能) F5052H のチップ写真 富士電機ではこれまで技術開発を進めてきたチップオン チップ構造を採用することで,上記課題をすべて達成す る製品の開発に成功した。本稿では,自動車用大電流 IPS トレンチ MOSFET 「F5052H」について紹介する。 IC 低オン抵抗化と小型面実装パッケージの両立 今回目標とするオン抵抗 8 mΩ(Tc = 25 ℃,Iout = 40 A)および小型パッケージ(図 1 参照)を達成するために, 竹内 茂行 中澤 仁章 西村 武義 スマートパワーデバイスの開発・ スマートパワーデバイスの開発・ パワー半導体素子の開発・設計に 設計に従事。現在,富士電機デバ 設計に従事。現在,富士電機デバ 従事。現在,富士日立パワーセミ イステクノロジー株式会社半導体 イステクノロジー株式会社半導体 コンダクタ株式会社松本事業所開 事業本部自動車電装事業部電装開 事業本部自動車電装事業部電装開 発設計部。 発部。 発部。 375( 31 ) 富士時報 Vol.79 No.5 2006 図 自動車用大電流 IPS 基板使用時の熱抵抗特性例 図 バッテリー逆接続時の温度上昇例 ボディダイオード 通電時温度上昇例 R th(ch-fin) 10 300 1 R th(ch-c) 0.1 0.01 0.001 0.01 0.1 1 10 100 1,000 チップ温度(℃) 熱抵抗 R th(℃/W) 特 集 400 100 200 バッテリー逆接続対策品 通電時温度上昇例 100 パルス幅 P w(s) 0 表 0 50 100 通電時間(s) 150 200 F5052Hの特性一覧表 定 格 項 目 許容電力損失 114 W(25 ℃) を,MOSFET チップ上に搭載することにより,MOSFET 接合部温度 150 ℃ の昇温に対する高速応答性を実現し,負荷短絡のような状 項 目 静止電源 電流 オン抵抗 特 性 スイッチ ング時間 規 格 条 件 I cc(off) max.50 A 25 ℃,40 A,16 V max.8.0 mΩ を考慮し,厳冬期のバッテリー電圧低下時でも十分な通電 150 ℃,40 A,16 V max.14.5 mΩ 能力を確保し,それ以下のバッテリー電圧低下時において t d(on) max.0.6 ms は,完全に出力をオフさせる低電圧検出機能を搭載するこ tr max.0.6 ms とにより,低電圧時の不完全動作が発生しない設計として max.1.0 ms いる。 R on t d(off) 定常熱抵抗 R th(ch-c) L負荷クランプ耐量 V cc =16 V R = 0.25 Ω max.0.6 ms 本製品はバッテリーが VCC 端子に直接接続されること バッテリー逆接続保護機能 ( 3) − 1.1 ℃/W 今回の F5052H では,負荷インピーダンスが低いため, I out≦80 A, Vcc =16 V, Tc =150 ℃ min.800 mJ バ ッ テ リ ー を 逆 接 続 し た 場 合 に, 負 荷 経 由 出 力 段 MOSFET のボディダイオードに流れる大電流によって発 過電流検出機能 (負 荷 短 絡 保 護) Vcc =16 V (負荷ショート) 過 熱 検 出 機 能 検出 min.155 ℃,復帰 min.150 ℃ 低電圧検出機能 検出 min. 4.0 V,復帰 max.6.0 V F5052H では,バッテリー逆接続時には,GND 端子経 条 件 結 果 由で出力段 MOSFET ゲートに電圧を供給することで,同 −55∼+150 ℃ >1,000 サイクル MOSFET をオンさせるバッテリー逆接続保護方式を採用 項 目 温度サイクル試験 信 頼 性 態でもデバイス破壊防止が可能となる設計としている。 低電圧検出機能 ( 2) V cc =16 V,110 ℃ tf 保 護 機 能 素子の負荷短絡状態を検出する電流センサ,温度センサ 50 A 定 出 力 電 流 格 負荷短絡保護機能(過電流検出機能,過熱検出機能) ( 1) 6.0∼16.0 V 動作電源電圧 プレッシャクッカ試験 121 ℃,2.0×10 Pa min.96 A 生する損失で,はんだ融点を超えてしまう危険性がある (図 4 参照) 。 >96時間 した。ボディダイオードに電流が流れる場合よりも圧倒 高温高湿バイアス試験 85 ℃,85 %,16 V >1,000時間 的に損失が低いトレンチ MOSFET に通電させることで, パワーサイクル試験 ΔT j =100 ℃ >10,000 サイクル バッテリー逆接続時に生じる発生損失によるデバイスの破 5 壊防止を可能とした。 となり,目標とする保証項目すべてを達成することができ 高 L 負荷エネルギー耐量への取組み た。 モータ制御用途で使用する半導体スイッチの課題として, 各種保護機能 電流遮断時に発生する過大な誘導性負荷(L 負荷)エネル ギーの処理がある。モータロック発生時でも素子が破壊し F5052H の特性一覧を表1に示す。今回はモータ制御で ない設計が必要であり,車両が重い車種では,モータも高 使用しているメカニカルリレーの半導体化をターゲットと 出力となるため,モータロック時の逆起電力は 1 J 以上と する仕様内容とした。高信頼性の実現および ECU 側での 非常に大きくなる。 冗長設計を最低限にするために,下記の保護機能を搭載し F5052H では冗長設計のため,一つの負荷を並列駆動し ている。 ていた素子が故障し,残りの素子で駆動するような状況に 376( 32 ) 自動車用大電流 IPS 富士時報 Vol.79 No.5 2006 図 L 負荷遮断動作 図 F5052H設計 クランプダイオード 耐圧=40 V 出力電流 ドレイン−ソース間電圧波形 追加 IC回路により ソース電圧をモニタ D G 素子1電流波形 D 素子2電流波形 G S IC S 出力電流 40 V ドレイン− ソース間電圧 双方のデバイスでL負荷 遮断時のエネルギーを 処理する。 バッテリー電圧 +7 V=20 V ドレイン− ソース間電圧 図 遮断時のエネルギーを長時間で処理 するため,瞬間的な発熱が低下 図 特 集 従来設計 並列接続時の L 負荷電流遮断波形例 F5052H の外観 ドレイン−ソース間電圧と L 負荷遮断エネルギー耐量 I out =80 A遮断,T c =150 ℃ L負荷遮断エネルギー耐量(mJ) 2,000 1,800 回路追加によりドレイン−ソース間 耐圧はL負荷遮断時のみ20 Vとなり, 目標破壊耐量を達成 1,600 1,400 1,200 1,000 目標破壊耐量 800 600 能である。L 負荷遮断時にはドレイン−ソース間のクラン 400 回路未搭載 L負荷動作時のドレイン−ソース間耐圧:40 V 200 0 10 20 30 40 50 60 L負荷遮断時ドレイン−ソース間電圧(V) プ電圧は約 20 V となるため, 図 6 のように 1 素子単独の L 負荷エネルギー耐量は 1,200 mJ を有する。 F5052H を並列接続で動作させた際は,ソース電圧が負 電圧になった際に並列接続しているすべてのデバイスがそ の電圧を検出するため,すべての素子で L 負荷エネルギー おいても破壊しないための設計を施した。その結果,高出 処理を行うことが可能である(図 7 参照) 。小型パッケー 力モータを素子並列接続で駆動する際は,電流遮断時の L ジでありながら,高 L 負荷エネルギー耐量の確保が可能 負荷エネルギーをすべてのデバイスで処理し,かつ 1 素子 であり,目的とするモータ制御用として十分な耐量確保を でエネルギー処理する場合でも,高 L 負荷エネルギー処理 実現できた。 が可能となる新規設計を採用した。 従 来 の L 負 荷 エ ネ ル ギ ー 処 理 の 方 法 は, 出 力 段 あとがき MOSFET のドレイン−ゲート間にツェナーダイオードを 搭載することにより,L 負荷電流遮断時に MOSFET をオ 富士電機では, 図 8 に示す F5052H の量産を 2007 年か ンさせ,エネルギー処理を行う方法が一般的であった(図 ら予定している。次回の大電流用途デバイスは,次世代ト 5 参照) 。この方法では,並列接続時には,クランプ電圧 レンチ MOSFET によるさらなる低オン抵抗化,および次 が低い素子にエネルギーが集中し,破壊に至る可能性があ 世代スーパースマートプロセス適用による IC 回路微細化 る。 により,低コスト,高機能化を推進し,市場ニーズに対応 F5052H では,L 負荷動作時の逆起電圧によってソース していく所存である。 電圧が負電圧に変化することを検出して,ソース電圧が GND 電位に対し− 7 V に到達すると,クランプ回路が動 作する設計とした。本回路は DC 印加時は動作しないため, ドレイン−ソース間には通常は typ. 40 V(ドレイン−ゲー 参考文献 竹 内 茂 行 ほ か. 自 動 車 用 チ ッ プ オ ン チ ッ プ ス マ ー ト ( 1) MOSFET 技術.富士時報.vol.76, no.10, 2003, p.626-629. ト間搭載のツェナーダイオード耐圧)までの電圧印加が可 377( 33 ) *本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する 商標または登録商標である場合があります。